夕焼け色に染まる富山港湾部に波をぶつけながら、茶褐色の巨大な芋虫が神通川を上流に向かって進んでいく。
 その先には再び球体の形に戻った巨大不明浮遊体ことキングギドラがあった。
 その様子を救助と避難誘導を並行しつつ見つめる富山駐屯地の陸上自衛官達。空を切り裂く音が山側から聞こえてくる。航空部隊が到達した。
 モスラが富山きときと空港側まで神通川を昇った所で、頭部をぐいっと上げて、カコーンッ! と咆哮した。
 同時に、F-15戦闘機で編成された航空部隊がターゲットを中心に捉えつつ、大きく山岳部から日本海を旋回し、迎撃ポイントに到達した。
 既に泉からの最終許可は降りている。まずは威力偵察の為の初擊として、20mm機関砲が一斉に巨大不明浮遊体に放たれる。
 無傷。
 否、雨の様に撃ち込まれた20mmの弾丸は間違いなく巨大不明浮遊体の表面を貫き、その内部へと入ったが、その穴は瞬く間に塞がってしまったのだ。
 続いて、機関砲撃と同時にマーキングしたF-15は小さく旋回を行い、空対空ミサイルを発射した。
 ミサイルは束となってマーキングされた巨大不明浮遊体へ向かう。
 着弾……しなかった。
 ミサイルが着弾する筈の表面が変形し、大きく円を画く様にミサイルを取り囲むとミサイルを後ろから蔦が絡まるように掴まえ、そのまま砕いてしまった。
 爆発時の閃光が陸上部隊から目視で確認されたが、まるで威力がなかった。自衛官の一人はそれを「まるで見えないバリアによって押し潰されたかの様」と報告した。
 主力装備を無力化された航空部隊は日本海へと抜け、指示をあおぐ。
 同時に、作戦は予定通り進行しており、先に富士山麓から発射された多連装ロケットシステムによる12発の227mmロケット弾が巨大不明浮遊体に直上から撃ち込まれる。
 しかし、先のミサイルと同じことが起きた。ロケット弾は着弾することなく表層で取り込まれ、見えない力に押し込められて無力化されたまま爆発した。
 航空自衛隊の戦闘機部隊の攻撃、陸上自衛隊の長距離支援攻撃共に、その攻撃の手が止んだ。戦闘機部隊は大きく旋回し、帰投する。
 本来の作戦ではこの後、F-35A戦闘機部隊と交代し、陸上自衛隊の長距離支援と交互に爆撃するものであった。しかし、全くの無力。それも着弾すらさせない完全な無力化となると、作戦そのものが成立しなくなる。
 一方、モスラは自衛隊の攻撃が止んだことを確認すると、再度咆哮した。被弾を避けるために様子を伺っていたらしい。
 同時に、全作戦中部隊へ作戦の変更が通達された。ウカワ作戦フェーズ3。
 本来の作戦としては、フェーズ1の威力偵察、その後のフェーズ2での絶え間ない陸空による爆撃であるが、ウカワ作戦にはイレギュラー因子であるモスラを考慮した第三段階のフェーズ3を用意していた。もとい、矢島が本作戦名をウカワ作戦とした本当の意味はこのフェーズ3を考慮したことにある。
 ウカワ作戦フェーズ3は、鵜を使い漁を行う鵜飼い同様に、モスラを主力とし、自衛隊火力は支援攻撃に切り替えて巨大不明浮遊体を狩る作戦だった。
 モスラは加速し、巨大不明浮遊体に向かう。
 そして、強靭な筋力のバネで飛び上がり、巨大不明浮遊体へ体当たりを行った。芋虫の最もシンプルかつ最強の攻撃といえる。
 しかし、モスラの攻撃は未遂に終わる。巨大不明浮遊体はモスラの体当たりの軌道にある部位を拡散させ、穴をあけてモスラを回避、モスラは上流の国道上に着地した。
 直ぐに巨大不明浮遊体は形状を元の球体に戻す。
 モスラは再び咆哮し、体を反らせると、胸部の仮足の間から光線攻撃を行う。
 しかし、それも鋭角な蕾状に変形した巨大不明浮遊体の表面で湾曲し、空を貫く。




 

 

「光学兵器……熱を帯びているもののその殆どが大気との接触面に集中している。ゴジラの放射線瘤とも巨大不明浮遊体の放った閃光とも異なる。最も近いものを強いて上げれば無数に集めたLEDの光や太陽光。様々な波長の光が束となったものと言えますね。ソーラーレイとでも言うのでしょうか」

 陸上自衛隊の用意したヘリコプターに乗り換えた旭は高感度カメラで撮影したモスラの光線を繰り返しパソコンで表示させて、隣に座る安田に見せた。
 宇宙というロマンに生きる旭と違い、最新の科学技術を社会を豊かにするために応用する現実的な世界に生きる安田には彼の科学者らしい興奮を理解しつつも、同様の反応はできないでいた。そもそも生体内で発光を行う生物は少なくない。
 しかし、それはあくまでも発光の範疇だ。モスラのそれは紛れもなく光線だ。それもレーザーサイトや照明器具のレベルではない。直撃を受けたものは失明どころではないだろう。瞬く間に炭化するかそれすら残らず光の中で消滅してしまうかもしれない。それほどの光を生体内で放ったのだ。安田の常識がついていかない。
 一方、旭は映像を見ながら、首を捻る。すでに彼の興味は生物の常識を凌駕するモスラの光線からそれを屈折させた巨大不明浮遊体のバリアに移っていた。

「安田さん、光が屈折する原因といえば何が考えられますか?」
「色々とありますね。ここ富山だと、その自然現象として蜃気楼が有名ですし」
「空気中の温度差で起きるやつですね。カゲロウもありますね」

 どうも旭は自分の考えたものを安田に確認したいらしい。やや面倒くさいと思いつつ、安田は旭に問いかけた。

「旭さんはどんなものを思い浮かべるんですか?」
「重力ですね」

 どや顔で言う旭だが、反して安田の反応は冷ややかだ。

「あの浮遊体が重力のバリアで光線を屈折させたんですか? 冗談キツいっすよ、旭さん」

 口にした直後に既視感を感じた。
 冷ややかな顔をしつつも、映像を確認する。
 ……確かに、バリアを張った瞬間に表面の色合いが湾曲している。
 顔をひきつらせながらも、安田は旭に問いかけた。

「まぁ、仮に重力だとして、我々にそれを観測する術はあるんですか? 光を屈折させることはわかっても、それを重力かと証明できなくては」
「今問い合わせをしています。きっとこんな近くでの事象なら嫌でも観測されている筈です。何せ、あれだけ大きな物が浮遊し、そして先の光線や今のバリアが重力を用いたとすれば、その余波があるはずです。事実、我々が目にしていた閃光やバリアの様なものはその軌跡を見ていたと考えるのが、相対性理論を基礎とする我々の常識です」

 鼻息を荒くして旭は言った。少なくとも安田の常識とは異なる。

「で、どこに問い合わせをしたんですか?」
「KAGURAですよ」

 KAGURAとは、岐阜県飛騨市神岡町にある神岡鉱山の地下に建設され、昨年の令和元年秋から本格稼働を開始した大型低温重力波望遠鏡のことだ。

「お、返信が来ました。……ビンゴです」
「えっ!」

 安田も旭のパソコンを見ると、担当者から本日中、何度か重力波の乱れを検知し、観測が止まったとのことだった。時刻はまさに巨大不明浮遊体出現時と移動時、そして謎の閃光が放たれた時間と一致する。
 更に添付されていた微弱ながらも重力波が観測された時刻が並んでいるが、どれもウカワ作戦開始後のバリアが確認された時間と一致する。

「はははは……」

 安田は渇いた笑いを上げた。チラリと見ると、旭が何か言うことがあるだろう、と言わんばかりの顔をして見ている。

「ごめんなさい」

 まさに既視感であった。




 

 

 巨大不明浮遊体の攻守、また浮遊そのものの正体が重力であるという仮説は瞬く間にウカワ作戦関係者、そして巨大不明浮遊体特別対策準備室を含む政府にも伝わった。

「仮にそのメカニズムが解明された場合、人類の宇宙開発は飛躍的に進む。まさにゴジラに匹敵する脅威にして恩恵も与える存在ということか」

 矢口は中継映像を見ながら呟いた。
 隣に立つ黒木が言う。

「しかし、それが事実であると、戦略的にかなり不利になります。自衛隊、いや人類の現在主力は方式こそ異なりますが、基本的には爆発の運動エネルギーか熱エネルギーによる攻撃です。熱エネルギーを主とした兵器はそれこそ核やナパーム。運動エネルギーで攻撃する実弾は全く無力。爆発のエネルギーも高い圧力を受けている中では十分に威力を発揮できない。彼の攻撃としての脅威もありますが、守備としてのあの重力湾曲場はかなり厄介です」

 黒木の言葉通り、F-35Aの航空部隊が支援攻撃をするが、何度やっても無力化され、ダメージらしい損傷は見られない。
 モスラも牽制しつつ上空の巨大不明浮遊体を見上げている。全く策がない訳ではないらしく、モスラは山間を移動して現在山を壁にしており、先の重力湾曲砲の初擊ならば耐えられる程度の場所を取っている。

『『モスラは諦めていません』』

 モルとロラが言った。そして、目を閉じて歌い出した。
 同時に富山のモスラも歌うように鳴いた。

『『モスラーヤンモスラー。モスラーヤンモスラー……』』

 モスラは頭部を上げ、口から糸を吐き出した。舞い上がる糸はただ宙に放たれただけでなく、まるで意志を持つかの様に巨大不明浮遊体の表面に巻き付いていく。
 ホテルにいる小美人二人と富山のモスラの様子を合わせると、実際にモスラの糸は自在に操れるらしい。
 思念誘導糸は、砂山が崩れる様に散り散りになろうとする巨大不明浮遊体を捉え、動きを着実に封じる。
 その様子を見て、一同は勝機を感じた。
 旋回したF-35A戦闘機がミサイルを放つ。今度は無力化されずに着弾した。

「おおっ!」

 思わず冠城が声を上げた。
 しかし、思念誘導糸はあくまでも分散と集合による形態変化を封じたに過ぎず、ミサイルを重力の檻で封じ込めて爆発の威力を無力化させることができなくさせただけに過ぎない。
 巨大不明浮遊体そのものに発生した重力湾曲場は健在で、目に見えての損傷はない。
 だが、巨大不明浮遊体特設対策準備室の面々は十分に策を見いだせていた。

「一度の攻撃回数を減らしても構わない。絶えず攻撃を続けるように!」

 黒木は防衛省へ連絡した。

「これまでは形態変化をして常時あの出力の重力湾曲場は発生させていなかった。ならその理由があるはず」
「あぁ。仮に重力を操作することが可能であった場合、我々がそれを為すには電気エネルギーが必要になる。巨大不明浮遊体の動力については謎だが、何かしらエネルギーを変換するのは必ず制約として存在する。重力湾曲砲が初擊のみであったことも考えると重力操作には相応の対価となるエネルギーが必要であり、それは有限もしくは消費が生成速度を上回っていると考えられる。……すぐに隣の立川さんにエネルギーの推定量を調べてきてもらってくれ」
「わかりました」

 志村は矢口の言葉を受けて、すぐに隣の巨災対へ向かった。勿論、すべて仮定の値になるが、推定量くらいなのだから正解さよりも回答までの速度だ。
 モスラの思念誘導糸が吐き切るまでに志村は戻ってきた。

「これまでの200倍は少なく見積もってもエネルギーコストの悪い戦いをしていると考えられるそうです。多い見積もりは一万倍以上なので、最小で考えた方がいいとも」
「恐らく彼の言う最小の場合はミサイルのダメージを防ぎきれないはずだ」
「なので、実際は400倍くらいは見積もっても問題ないと。また例の推測通りだと、すべてを使いきる計算はしないはずだから長くて30分。既に10分以上になるので……」
「賢明な司令官ならばそろそろ無駄な持久戦は止めるはずですね」
「あ、はい」

 黒木が入ってきた。志村は驚きつつ頷く。

「作戦域の全部隊に撤収または後退の指示をお願いします。そろそろ彼の力を計ることができます」

 黒木が防衛省に連絡を入れると、すぐに部隊は巨大不明浮遊体から距離を取った。
 一方、モスラは支援が終わったことで再び白兵戦に挑むらしく、体表面を変色させて移動を開始した。すぐにどこに行ったかわからなくなる。

「見事な迷彩だ」

 黒木が感想を口にした。
 そして、突然神通川沿いの山からモスラが体当たりをしてきた。
 巨大不明浮遊体は回避できずに直撃を受ける。鈍い音が響いた。
 しかし、一撃では仕留められず、再びモスラは着地すると、迷彩して加速を始める。
 そして再びモスラが体当たりをするために飛び上がった。だが、巨大不明浮遊体表層が光り、その無数の光がモスラに雨の様に降り注ぐ。モスラの硬い表皮はその攻撃に損傷を受けることはなかったが、体当たりは失敗に終わり、地面に落ちる。

「機関砲の弾丸だ。重力を操作して弾丸を射出したのか」

 黒木は悔しそうにいった。
 それを聞いた矢口は巨大不明浮遊体を見て、空中要塞という言葉を浮かべた。





 
 

 モスラが地面に着地すると、巨大不明浮遊体は攻勢に出た。これまでの散開ではなく、球体内部から変形したものを突き立て、糸を切り裂いた。
 そこから現れたのは龍であった。金色の龍の長い首が球体の中から伸び、糸を切り裂き、そして眼下のモスラに向かって襲いかかる。
 モスラは回避しようとするが間に合わず、龍の頭部に噛みつかれる。
 同時に噛まれたモスラの胴体の硬い表皮がベコベコと凹み、亀裂から体液が流れる。顎の中、口腔内に局所的な重力湾曲場を発生させたのだ。
 しかし、モスラも只やられるだけではない。青い眼が赤く染まり、体節の隙間から紫色の煙を噴出させる。
 周囲の木々が一瞬で朽ち果て、龍の口も腐食する。散開し、球体の中に戻った。
 昆虫の幼虫の中には毒を生成し、それを防衛の武器として用いる種が少なくない。蝶や蛾の仲間もその例に漏れず、強烈な匂いや毒を出すことで外敵から身を守るものがいる。
 地球の守護神であるモスラとしては本来使いたくない切り札の一つだった。
 幸いにも巨大不明浮遊体はすぐに離れ、龍によって糸を切り裂いたことで元の状況へと戻ることになった。
 モスラは再び糸を吐き出すが、今度は自らに接触する前に分散し、重力の力で糸を拡散させずに一纏めにしてしまう。糸の塊が国道の上に落下した。
 モスラは咆哮し、思念誘導糸とソーラーレイを連射するが、散開と集合を繰り返す巨大不明浮遊体に決定打を与えられず、次第に消耗戦でモスラが劣勢になっていく。
 そしてモスラの動きが鈍くなった瞬間、巨大不明浮遊体は球体から四本の針状の触手を伸ばし、モスラを貫いた。
 同時に球体から三本の龍の首が現れ、口を開く。
 モスラが最後の悲鳴にも似た咆哮を上げた。
 刹那、三つの口から閃光がモスラに放たれた。
 モスラの表皮は一瞬で凸凹に潰れ、体液が周囲に舞い上がり、その巨体も宙に舞う。
 そして、次の瞬間、地面にそのすべてが叩きつけられた。
 モスラは沈黙し、巨大不明浮遊体は直ぐ様、南西へと移動を再開した。今度は時速100キロメートルと速くなっていた。






 

 約3時間後、福井県大飯原子力発電所上空に巨大不明浮遊体は到達し、静止した。
 小浜市小浜港湾に着地したヘリコプターから降りた安田達は、同港の福井県漁連小浜支所に設置された現地指令所に合流した。そこには安田の見知った顔も到着していた。

「安田さん、お疲れ様でした」
「東京から来たんですか」
「まぁ、原発関連となると。特にこの手のケースは庁内だと僕が担当みたいなので。……既に安全停止は始まっていますが、完全に休止させることは時間的にできませんでした」

 やや根暗な印象のある男は巨災対メンバーの根岸達也だ。原子力規制庁に属し、元は監視情報課長であったが、ゴジラ凍結後は新設された千代田監視センター長としてゴジラの監視と千代田区内に増設されたサーベー値の24時間監視を管理している。
 矢口達霞ヶ関の巨大不明浮遊体特設対策準備室を含め、巨大不明浮遊体が黒部ダムを出発した時点で進路上の大飯原子力発電所、高浜原子力発電所に対して停止と周辺地域一帯への避難を進言し、県庁、警察本部、消防局、陸上自衛隊の連携で既に関係者以外の避難がすべて完了していた。
 また巨大不明浮遊体が発電所のエネルギーを狙っている可能性は3時間前の時点で確定していたことも避難勧告と原発停止を後押しした。黒部ダムでもそうであったが、モスラと戦闘を行った付近の猪谷発電所でも電力供給に不具合が判明していたことで、巨大不明浮遊体のエネルギーは仮に補助的にであっても外部からの補給が必要だと結論付けられたのだ。
 根岸は防護服を渡されて服の上から着る安田に問いかけた。

「安田さんはどうしますか? 今からなら霞ヶ関にも富山にも戻れますが」
「尾頭さんは富山には?」
「行きたいようですが、ラドンのことがあるので迎えないようです」
「誰か富山に行けそうな人は?」
「巨災対も特対準備室も缶詰めで、外にいるのはここにいる我々だけですね。一応、陸自に便乗すれば富山に行って、都内に戻るルートも可能みたいです」
「となれば、僕はとんぼ返りですね」
「お疲れ様です」

 到着早々富山へ戻ることになった安田に根岸は苦笑混じりで労う。
 安田の富山へ戻る理由は3つある。巨災対担当者としては根岸が到着しており、かつ大飯と高浜は既に対策本部が立ち上がっており、外部の安田がここに残る理由がほとんどないことが一つ。富山大学で分析を行っていた巨大不明浮遊体のサンプルの結果と現物の回収が一つ。そしてモスラのことが一つだ。
 サンプルに関しては、件の戦いで解析が富山大学での継続ができなくなったので、首都圏内の文科省管轄の施設に移動させることにしたのだ。
 そして、モスラについてだ。モスラは敗北したが、一時間前に活動を再開し、繭になったと最新の報告が届いている。
 その為、白羽の矢が立ったのが一番近く、もっとも事情を把握している安田だった。

「巨大不明浮遊体分裂!」

 自衛官の一人が叫んだ。
 一同は屋外を見た。
 夜空の中に浮かび、地上に設営されたライトに当てられた巨大不明浮遊体は球体から2つの渦を出し、渦が2つの球体を形成させる。
 瞬く間に巨大不明浮遊体は三つの球体に分裂した。
 そして分裂した二つの球体は高浜原子力発電所方面へ移動を開始した。
 そこにいた全員が状況を理解していた。
 巨大不明浮遊体はエネルギー吸収効率を上げる為に、三つに別れてそれぞれ原子力発電所からエネルギーを吸収するつもりなのだ。
 後に大飯原子力発電所の吸収速度が算出され、高浜原子力発電所を含めて翌日の午前中に吸収が完了すると予測された。








 巨大不明浮遊体大飯原子力発電所上空到達の一時間前。富山県猪谷駅付近に神通川を遮るように倒れたモスラに異変が起きた。
 陸上自衛隊がボロボロになったモスラと周辺の道路、鉄道、河川の状況を確認するために富山駐屯部隊が現地にいた。
 目の前の巨大な幼虫に驚きつつも、その安否を確認する。血液は凝固しており、富山大学の有識者から体節付近にある気門の確認を指示された彼らはそれを確認する。

「ガス交換が確認できました」

 無線で市街地に仮設された富山の災害対策本部に連絡を隊員がしていると、モスラのボロボロになった背中からバキバキと大きな音が聞こえた。
 慌てて離れた隊員達は、モスラの背中が割れ、中から無傷のモスラが出てくるのを目撃した。脱皮だった。
 多くの昆虫がそうであるが、モスラも脱皮をし、再生したのだ。
 更に数分後、脱皮したモスラは口から糸を吐き出し、自らを包む巨大な繭を形成し、沈黙した。
 都内のモルとロラの話では、翌日の昼頃には成虫になるという。
 その結果、日本は嵐の前の静けさとも言うべき一晩を過ごすことになった。翌日は午前中から巨大不明浮遊体、ラドン、モスラの脅威が順次予測されていた。
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