序
東京スカイツリーで金星人ことサルノ王女を保護した進藤は直子達と共に乗り付けていた警察の覆面車輌に乗車した。
サルノ王女の命が狙われている状況の為、共に動画で全世界に配信された直子達も同様に保護対象となった為だ。
また、道中で要注意人物の情報も届いていた。
マルメス。セルジナ公国内の王女暗殺を目論む一派が送り込んだと目されるその筋専門のエージェントだ。公安と外事共に、日本へ侵入していることが確認されており、昨夜の飛行機爆破容疑を根拠に国内で手配をする方向で調整している。しかし、黒幕がセルジナ政府関係者の可能性が高く、国際指名手配には至れていない。
あくまでも日本の警察機構として国内での犯罪を防ぐ為の捜査という位置付けとなっている。
車が走り出してからも窓の外の人々の中にマルセスを含む要注意人物がいないか確認する。セルジナ公国領事館は愛知県名古屋市内にある為、領事館で保護を求めることは現実的ではない。その為、これから都内にある要人が使用するホテルへ移動し、そこでセルジナ領事館職員と合流することになっている。
しかし、領事館内にサルノ王女暗殺に荷担している人物がいた場合、マルセスらに情報が漏れている可能性がある。爆発物を既に使用している為、公安も独自にホテル内部と周辺の調査をしており、外事も監視カメラ映像から人物の捜索をしている。
道中は警視庁の交通機動隊と警備部の護衛をつけて安全を確保している。
隣に座るサルノ王女が進藤に話しかけてきた。
「貴方はなぜ私を保護したのですか?」
「貴方は我が国の要人です。その身辺を警護するのが自分の仕事なのです」
「無駄なことです。私一人の命を護ることよりもより多くの命を護る為に行うことがあるはずです」
「それは自分の仕事ではありません」
「この窓の外に見える人々、そのすべてがまもなくキングギドラによって」
「まだそのようなことを! 貴方は金星人でなく、セルジナ公国マアス・ドオリナ・サルノ王女です」
「それはこの体のことであって、私ではありません。私は金星人。貴方達、地球人にキングギドラの脅威を伝えに来たのです」
「だったら、さっさと王女にその体を返して頂きたいですね」
「それはまだできません。ラドンが現れ、こちらに向かっています。そしてモスラもいつキングギドラが目覚めても駆けつけられるように近づいています」
「しかし、それでどうこうするのは私ではありません。総理大臣達政府です」
「ではその方々に合わせて下さい」
「今はできません」
どんなに問答を続けてもらちがあかない。すでに顔照合で99・9%本人とわかっている。彼女はサルノ王女だ。
しかし、彼には彼女の言っている内容に少なからず気がかりを感じていた。事実、ラドンはアメリカ合衆国で都市を襲い、大臣の矢口の秘書官からモスラの関係者というミクロネシア連邦の要人がサルノ王女と会談をしたい為、ホテルにいると連絡が入っている。
進藤は深く息を吐き捨てた。
進藤達の車輌の列をビルの屋上から双眼鏡で確認している人物がいた。
サングラスをかけ、スーツを着た七三のヘアースタイルにジェルで固めた長身の男。名をマルセスという。彼がボスと呼ぶセルジナ公国の某政府重要人物からの命令を受けてサルノ王女暗殺を企てている。昨夜の飛行機爆破で本来は死亡し、それを日本国内で確認し次第、情報操作を行う予定であったが、隕石によって日本政府が想定より早く対応をしたこと、更に動画配信でサルノ王女の生存を確認したことで予定が大幅に変更することになった。
既に新たな暗殺計画をいくつか用意しているが、彼の手元にある警護メンバーの情報を見て舌打ちをした。
資料の人物は進藤正義。直接の関わりはないが、過去に別の仕事で彼の名前を目にしている。外交官と共にとある国で行動していた進藤が邦人の保護をする為に、マルセスの仕事は潰されたのだ。実戦的な射撃能力に長け、勘も鋭い、更に代々の警察エリート家庭の出身。マルセスにとって厄介な相手だ。
「いいか。何か一つでも想定と異なる点が生じた場合は即座に中止だ。次のチャンスに回す」
背広の襟につけたマイクにマルセスは言った。
そして、視線を上げると空を仰ぐ不気味なゴジラの姿が目に留まった。
「さっさとこんな国から帰りたいものだな」
マルセスはそう吐き捨て、屋上から撤収した。
ホテルに到着した進藤達は、警察庁警備部の応援と合流し、客室へ自称金星人のサルノ王女と直子達を案内した。
その際、進藤は用意された高層エレベーターに乗らず、面倒をかけても業務用のエレベーターを乗り継いで低層階から高層階へと上がった。
「お兄ちゃん、なんでわざわざ乗り換えたの? さっきの人が折角用意してくれていたのに」
直子がエレベーターを乗り継いだ時に問いかけた。サルノ王女も理由を知りたそうに視線を進藤に向ける。
「ただの用心だよ。あの人はホテル側の人間で5分前からエレベーターを止めていた。もてなしとしては上出来だが、警護においては不十分だ。彼には別の階へエレベーターを上げてもらった。その階にはセーフルームとしてキープしておいた部屋がある。予約状況を相手が調べていた場合、これから行く部屋とその部屋の二つに目星をつけている筈だ。エレベーターの階層をチェックする役割の人物がいた場合、特定されるリスクがあがる。この業務用エレベーターならば、万が一エレベーターの階層を確認できるとしたら、既にホテル内に潜入している人物になる。その場合、そもそも部屋を特定することが容易に行える。つまり、部屋が特定されている場合を想定した警護もするが、その注意すべき対象を限定することができる」
進藤が淡々と答えると、直子はぽかんと呆然としていた。無理もない。彼女の知る進藤は家での兄でしかない。
一方、サルノ王女は満足そうに頷いている。
「流石です。進藤さん」
「いえ、仕事ですから」
そして、進藤は彼女達を部屋へ入れた。
同時に、彼の耳に着けた無線のイヤホンにエレベーターを待たせていた人物は従業員にいなかったと報告があり、数日前から行方不明になっている制服があることも確認された。警備室にいる部下から、それらしき人物が数分前に監視カメラの死角に入り、以降の足取りが不明になっていることも伝えられた。
進藤は直子たち達に聞こえないように小声でマイクに言った。
「もうあの男はホテルにいないはずだ。警戒は怠るな。あの程度の変化で潜入させた男を撤退させる相手だ。そうとう入念かつ用心深い」
進藤はマルサスの顔を頭に浮かべる。彼の実力はデータが示している。
完璧主義の策士。それがマルサスの評価だ。むしろ先程の男は我々に対しての威力偵察と考えていいだろう。
部屋も特定されていることを前提にすべきだ。
進藤は時計を見た。まもなく到着するもう二人の要人も警護対象に組み込むよう命じられている。
しかし、その話は先程決まったイレギュラーだ。恐らくイレギュラー故に、しばらくマルサスらが次の手を打つまでに時間があるだろう。
そう考えて、進藤は部屋に入るとサルノ王女に話しかけた。
「王女、いえ金星人でしたね」
「はい」
「貴女と同じ内容のことを話している方々がまもなくここに到着します。お会いしますか?」
「勿論です。お願い致します」
まもなくミクロネシア連邦インファント島のモルとロラという双子の女性がホテルに到着した。小柄な彼女達を見て、進藤は小美人という単語を頭に浮かべた。
客室内にある応接スペースで、小美人の二人に対面してサルノ王女と何故か彼女の希望で直子も隣に座り、進藤は双方の顔を見ることのできる壁よりに立った。
直子の先輩、小牧はこの状況に耐えられなくなったらしく、ホテルに着いてから気分を悪くし、別室で休んでいる。直子と異なり、映像に声だけしか入っていない為、タイミングを見て地元警察の保護下にして帰宅させるつもりで進藤も考えている。その為にも、これ以上、彼に情報を持たせるわけにはいかないという理由からも、別室で休ませて正解だと進藤は考えた。
「「はじめまして。インファント島のモルとロラと申します。……いえ、地球の守護神モスラの巫女と申した方が伝わりやすいかもしれませんね」」
「そうですね。5000年前にキングギドラを退けたモスラがこの時に備えていたことはわかっていました」
「「既にモスラはこの国の近海で待機しています」」
「何故まだ来ないのですか? キングギドラはまもなく目覚めます! 隕石の姿である今なら勝てる可能性もあります」
「「今はまだ動けません。ご存知だと思いますがモスラは大きいのです。今モスラが隕石のある黒部ダムまで行ってしまっては、その途中に暮らす多くの日本の方に迷惑をかけてしまいます。モスラもそれは望んでいません。モスラはキングギドラが目覚めたら海上へ誘導し、戦おうと考えています」」
「愚かです! 今のキングギドラは5000年前よりもずっと強くなっているのですよ! モスラがいくら誘き寄せようとそれに乗るとは思いませんし、万が一応じた時はモスラが倒されます」
「「モスラも5000年の時をただ卵で眠っていたわけではありません。まだモスラは幼虫ですが、十分にキングギドラと戦える力を持っています」」
双方共に同じキーワードを共有して話をしている。
しかし、進藤達はそのキーワードの意味を十分に理解していない。
「先程から出ているキングギドラというのは?」
「「脅威です」」
「はい。キングギドラは5000年前にも隕石として地球に来ました。しかし、その時は地球の守護神であるモスラに敗れ、宇宙へ逃げました」
「そしてそのキングギドラがまた地球へ?」
進藤が問いかけると、三人は頷いた。
「はい」
「「5000年前に失敗した地球侵略を再び行おうとしているのです」」
「侵略って……。キングギドラというのは宇宙人なのか?」
「進藤さんのおっしゃる宇宙人の定義がわからないのですが、恐らくそれに近い存在です。キングギドラは意思を持つ存在です。その意思はあなた方、地球人と同じ個の意思を持つ知的な存在で、自らをX星人と呼んでいます。X星人の意思は三つ存在し、故にキングギドラは三つの頭を持つのです。そして、事実として私達金星人は遠い昔、キングギドラ……いえ、そのX星人達によって滅ぼされたのです」
SF映画のような話だが、侵略という表現は意思を持つ存在であれば納得のいくことではあった。
しかし、同時に進藤は一つの矛盾に気づいた。
それを口にしようとした時、三人は一斉に声を上げた。
「キングギドラが!」
「「目覚めました!」」
黒部の安田達調査チームはヘリコプターの待機する黒部ダムへ一度戻っていた。安田と旭は採集したサンプルを解析に回すために、そして原因不明の電力消耗問題を解消する為の資材を富山の市街地から運搬する為だ。
携帯電話等は既に電池切れとなっていた為、ラドンのことを知ったのも黒部ダムに到着した後であった。
「関電よりダムから電力を供給可能とのことです。あとは県警とこちらで必要な有線を敷線すれば野営可能にはなります」
「この時代にデータ通信なしのアナログ解析なんて考えるとは思いませんでしたよ」
旭の連絡に安田は苦笑して答えた。
そして荷物をまとめ、ヘリコプターに搭乗する為に外に出ようとすると、関電職員が声をあげた。
「あれ? あれ? 発電してるのに通電しない? え?」
まもなく制御室内の灯りも落ちた。発電所で停電が発生した。元々隕石落下以降、一帯の電力供給ができない不具合は継続していたが、流石にダム内部の電力そのものが完全に枯渇するほどまでには至っていなかった。
そして、隕石のある方角から轟音が聞こえ、地響きを彼らは感じた。
「出ましょう!」
真っ先に外へ向かった旭に続いて安田も外に出た。
「えっ? な、なんだ?」
「虫の群れ? ……ではないですね」
二人ともその光景を理解することができなかった。
隕石のある場所から黒い何か小さな虫の大群のような渦が上空に向かって伸びており、所々光を反射して金色に輝いている。
二人とも理屈ではなく、直感としてそれが隕石から現れ、空に舞い上がり、巨大な渦を作っているのだとわかった。
「集まっている」
安田が呟いた通り、渦は上空で球体状に集束していく。
そして、ついに地上から50メートルほどの高さに浮かぶ、直径約100メートルの金色の球体が彼らの前に現れた。
それは完全なる球体であった。模様や凹凸のない金色の表面は光を反射し、地上を鏡の如く映し出していた。風になびくこともなく、空の一点に存在していた。その非自然的な存在は、一層に彼らに神秘的な印象と共に不気味な恐怖心を持たせた。
一度執務室に戻った矢口はまさに志村と共に巨災対の報告をする為に、泉と赤坂と約束をしていたレク室へ向かおうとしているところであった。
「確認ですが、合成ではありませんね?」
矢口の感想はそれであった。
赤坂は苦笑混じりに頷いた。
「富山県警とJAXAと君のところの安田君とその他政府内の情報通信担当がグルになって我々を騙していない限りはな」
「では、あれがキングギドラということですね」
「矢口の報告した脅威、キングギドラと呼称したものは龍のもとになった存在だったが、実際に現れたのは球体だった。元々俺はその話を信じるつもりもないが、事実としてもたらされた情報との際によって今の我々が混乱をしている。それ自体が由々しきことと考えるべきだろう」
「おっしゃる通りです。彼女達の話を報告した自分の判断の誤りです」
矢口は即座に泉と赤坂に謝罪した。
「とはいえ、事実として我が国上空に隕石から現れた巨大不明浮遊体が存在している以上、潜在的脅威が存在している。もしもあれがキングギドラであれば、龍の姿でないのも我々に対する計略。こうして具体的な策を練れずにいる状況を産み出した時点で、彼女達の情報を無力化している。あれに知能があるかは不明だが、まさに策士に翻弄された訳だ」
泉が憮然とした表情で片眉だけを上げて言った。総理大臣としての発言ではなく、今のが泉修一としての言葉だということは赤坂も矢口もそして志村達秘書官達にもわかった。
そして、矢口に視線を向ける。
「矢口、巨災対にあれを抱える余力はあるか?」
「ラドン対策プランがまとまっていない以上」
「だろうな。……実際に領空に存在する所属不明の浮遊体として赤坂官房長官を中心に防衛プランを早急に立ててほしい」
「そうですね。JAXAと防衛省、それから宇宙は国際法の対象になるので、外務省と法務省からも人を回して下さい。ラドンが来る前に何らかの対応を行えるように動きます」
「わかった。巨災対と重複しないメンバーでかつ、状況次第で統合を視野に入れたメンバーを集めるように指示しよう」
この時の泉の反応を見て、矢口も赤坂もこの男を御輿やぐらに担ぎ上げたことが正解であったと確信した。
まもなく形式的には赤坂官房長官を長としつつも、情報の集まる実質的な事務局を矢口とした内閣府直属の特設対策準備室が設置された。通常の手続きを簡略化させた平時では異例の措置である。