黒部の安田達調査チームはヘリコプターの待機する黒部ダムへ一度戻っていた。安田と旭は採集したサンプルを解析に回すために、そして原因不明の電力消耗問題を解消する為の資材を富山の市街地から運搬する為だ。
 携帯電話等は既に電池切れとなっていた為、ラドンのことを知ったのも黒部ダムに到着した後であった。

「関電よりダムから電力を供給可能とのことです。あとは県警とこちらで必要な有線を敷線すれば野営可能にはなります」
「この時代にデータ通信なしのアナログ解析なんて考えるとは思いませんでしたよ」

 旭の連絡に安田は苦笑して答えた。
 そして荷物をまとめ、ヘリコプターに搭乗する為に外に出ようとすると、関電職員が声をあげた。

「あれ? あれ? 発電してるのに通電しない? え?」

 まもなく制御室内の灯りも落ちた。発電所で停電が発生した。元々隕石落下以降、一帯の電力供給ができない不具合は継続していたが、流石にダム内部の電力そのものが完全に枯渇するほどまでには至っていなかった。
 そして、隕石のある方角から轟音が聞こえ、地響きを彼らは感じた。

「出ましょう!」

 真っ先に外へ向かった旭に続いて安田も外に出た。

「えっ? な、なんだ?」
「虫の群れ? ……ではないですね」

 二人ともその光景を理解することができなかった。
 隕石のある場所から黒い何か小さな虫の大群のような渦が上空に向かって伸びており、所々光を反射して金色に輝いている。
 二人とも理屈ではなく、直感としてそれが隕石から現れ、空に舞い上がり、巨大な渦を作っているのだとわかった。

「集まっている」

 安田が呟いた通り、渦は上空で球体状に集束していく。
 そして、ついに地上から50メートルほどの高さに浮かぶ、直径約100メートルの金色の球体が彼らの前に現れた。
 それは完全なる球体であった。模様や凹凸のない金色の表面は光を反射し、地上を鏡の如く映し出していた。風になびくこともなく、空の一点に存在していた。その非自然的な存在は、一層に彼らに神秘的な印象と共に不気味な恐怖心を持たせた。





 
 

 黒部ダムの側にできたクレーターの中央にある直径100メートルを超す隕石を前に、調査チームは苦戦していた。
 富山大学とJAXAのそれぞれ調査メンバー、巨災対からは安田龍彥文部科学省研究振興局長次席補佐が参加していたが、機械を用いた観測を行おうとするが、電力供給が上手くいかず、手元の電池由来の懐中電灯を始めとした電子機器も電気残量切れで使用できなくなった。
 その為、日没前にクレーターから離れて下山する必要が出てきてしまった。

「クレーターの外は電気製品の不調がないので、発電機を起動させれば電力問題は解決できそうです」

 JAXA職員の旭が安田に声をかけてきた。
 安田は用意してきた計器が使えず、落胆を隠しきれない様子で頷いた。

「でもどう思います? そうなると、もうアレが原因としか思えないですよね?」
「そうですね。非接触の状態で電気を放電させるとなると、空気中に放電されて隕石の中に流れていることになりますもんね」
「それで俺達が感電しないんじゃ目に見えない電線でもなきゃ説明できませんよ」
「そうですね。……安田さん、巨災対に入って変わりましたね」
「え?」

 安田はぎょっとした顔で旭を見た。
 確かに、安田とは随分前から面識があり、元々安田が文部科学省研究振興局に席を置いている関係でJAXAに出入りする機会も少なくはなかった。前にあったのは宇宙ステーションに使用したガラスを他分野で活用する研究の協働時だ。

「前のガラスの件で一緒に仕事をした時はもっと冗談の通じない。言っちゃ悪いですけど、ちょっと恐いタイプのオタクって感じでしたから」
「それ、よく本人に言えますね?」
「それだけ変わったと思ったからですよ。……サンプル取るの手伝ってもらっていいですか? そちらでも解析をやるんですよね?」
「一応。データは回して下さいね。うちからも回しますから」
「勿論です」

 そして山岳警備隊の補助を受けながらクレーターの隕石に近づく。簡易検査キットで有毒ガスなどは確認できていないが、本来は使いたいところである測定装置が使えない以上、リスクは高い。
 採集器にピッケルで削りながら採集をするが、表層も硬いが表層の下は更に硬い。やっとの思いで2ミリに満たない小さな欠片を採集した。

「黄鉄鉱ですかね?」
「金かもしれませんよ」

 欠片は僅かに金色の輝きを帯びている。持ち帰って原子吸光分析等の成分分析をしないことにはわからない。
 そんな会話をしていると、地震が発生した。

「おおっと」

 地面に身を屈めつつ、バランスを取る。
 揺れはすぐに収まり、彼らはクレーターから脱出した。

「あのー」
「どうしました? 安田さん」

 旭を呼び止め、安田は隕石を見て言った。

「何か隕石、動きませんでした?」
「ん? 今の地震で土砂が崩れ始めているのかもしれませんね」

 そういい、山岳警備隊と富山大学のメンバーに土砂崩れの危険があると旭は伝えに言ったが、安田は隕石を見つめていた。
 目に見えて動くことはなかったが、やはり少し形状が変わった気がした。






 

 アメリカ合衆国ネバダ州北西部に位置するリノは、ラスベガスに次ぐカジノ・シティであり、その時も終わらない夜は続いていた。
 そんな中、ホテル高層階の展望レストランで、一人の観光客が窓の外を指差して叫んだ。

「鳥だ!」

 その声に釣られて他の客達も窓の外を見ると、空に黒い鳥の群れが真っ直ぐ窓に向かって近いづいてきた。
 ざわざわと少しずつ恐怖が一人一人に伝染していく。
 そして、一羽目が窓にぶつかった。

「アウッ!」

 窓辺の客が椅子から転がりながら窓ガラスから離れる。
 次の瞬間には一羽、また一羽と鳥の群れが窓ガラスに激突し、窓にヒビを作る。鳥達は失神か絶命し、ベロリと血痕とヒビをガラスに残して摩天楼から地上に向かって落下していく。鳥の種類もバラバラだ。鳩などの都市にいる鳥類から渡り鳥など様々だ。
 あらゆる鳥が一つの群れをなして、窓ガラスにぶつかってきたのだ。
 他のビルも同様に、同じ方角から来た鳥の群れがまるで建物を回避する余裕もなくぶつかったかの様なおぞましい光景となっていた。

「なんてことだ……」

 恐怖に震える連れの女性を抱きしめながら、男性の一人がクモの巣のようにヒビが入り、表面には鮮血と羽毛がベットリとついた一面の窓を見て呟いた。
 しかし、その直後再び彼は同じ言葉を口にした。
 今度は畏怖と絶望のこもった叫び声と共に。

「なんてことだっ!」

 刹那、彼らの眼前の窓ガラスは砕け、天井と床が崩れる。
 そして、そのフロアは巨大な猛禽類の如く鋭い爪の生えた足に襲われた。
 それはこのホテルだけではなく、リノの至るところで起きていた。
 鳥の群れを追い立て滑空するように飛来して来たのは、10メートルを越える鳥達であった。全体的な特徴は猛禽類を彷彿とさせるが、額から後頭部にかけて2本の鶏冠を生やしており、翼は羽よりも皮膜の面積が広い。
 その巨大鳥は合計8羽飛来していた。
 そして、最も体の大きな個体が身を起こすと体を震わせた。
 次第に脚部の重心が変わり、体も更に巨大化する。羽毛が消えていきより硬質感のある鱗状の表皮へと変貌する。極めつけは立位の状態の変化だ。今まで他の鳥類と同じ前傾姿勢でのバランスを取っていた筈が、脚部の変化に伴い、むくりと直立したのだ。先程までの猛禽類を彷彿とさせていた姿とはまるで異なる。
 歯の生えた鋭い嘴と2本に並んだ鶏冠、大きな皮膜が発達した翼竜の様な翼は腕の骨格が鳥類と異なるものになったことを示していた。そして、二本の脚で直立し、それは咆哮を上げた。
 まもなくネバダ州軍が出撃した。その際、アメリカ合衆国政府から同個体がラドンであると認めた。




 

 

 ラドン出現の報は同時刻に日本政府の元にももたらされた。
 まさに矢口が志村からもたらされた金星人のライブ動画を受けて警察当局へ連絡を担当警察官が金星人の保護に向かっていると回答を得て、いよいよ部屋に待機をお願いしているモルとロラを無視できなくなってきたところに追い討ちをかけるように舞い込んだ報告であった。

「モルさん、ロラさん、ネバダにラドンが現れました」
「「そうですか」」

 矢口が部屋に戻って告げると、二人は返事を返した。そこに驚きはなかった。少なくとも彼女達は預言された事情が実際に起こることを一切疑っていないことを矢口は確認した。
 今から脅かすよと前もって言われて脅かされても驚きようがない。彼女達の反応はまさにそれであった。

「モスラや脅威についての話の続きを伺いたいところですが、ラドンが我が国へ飛来してくる可能性が高まった以上、私は本来の職務を放棄する訳にはいかない」
「「承知しております。では、参りましょう」」
「どういうことでしょうか?」

 引き取りを申し出た言葉に対する回答として可笑しい。
 矢口は思わず聞き返した。

「「矢口さんの、巨災対とおっしゃる方々の元へ向かうのですよね? いつでも大丈夫です」」

 彼女達は当然の行動として矢口に同行するつもりらしい。
 どうやら彼女達は政治的なやり取りは全く考慮していないらしい。改めて、ミクロネシア連邦政府の考え方がわからなくなってきた。もっともその背景事情については志村へ調べるように伝えており、外務省のルートで探りを入れている。
 少し彼女達の扱いをどうするか考えたが、国と国の間で正式に本件の協力関係を確認しあっていない現段階で巨災対へ彼女達を連れてはいけない。
 最善の方法はすぐに見つかった。

「では、私からお二人にお願いがあります。先程一緒に視聴した動画の金星人を警察が保護に向かっています。警察庁へは私から連絡を入れますので、お二人には金星人の話す内容の真偽を、いえ内容の差異を確認して頂きたい」
「「そうですね。私達も金星人は気になっておりました。そのお願い、承ります」」

 そして、一時間後の巨災対召集時にはラドンの群れがサンフランシスコ、太平洋方面に飛翔し、州軍が甚大な被害を受けながらも、2羽の撃墜に成功したものの6羽が生存している状況となっていた。





 
 

 緊急召集であったが、富山にいる安田以外の巨災対メンバーが全員集まっていた。昨夜の時点で各省とも休日返上とはなっていたことは想像に難しくないものの、連休に旅行をする者がいないのは首を斜めに振らない彼ららしいと言えた。

「パタースン大使からの情報提供だ。今回は椀飯振舞だ。まずはどんどん意見を上げてくれ」

 厚生労働省医政局研究開発振興課長(医系技官)の森文哉が旧巨災対時と同様に、年長者として便宜上の仕切り役を務める。
 まず口を開いたのは、間邦夫国立城北大学大学院生物圏科学研究科教授だった。尚、先日ゴジラの研究論文で教授になった。

「ゴジラ同様ラドンも形態を変化している。昨年の資料と比較して、ラドンは昨年の第一形態から個体の大きさなど変化している。つまり、第二形態、そして今第三形態となっている。ゴジラと違い、元々複数個体存在している状況は今後の世界へ渡りを行う可能性が高い」

 リノの資料から各個体の動きを線で引いた地図を広げて間は言葉を続ける。

「この動きと時間差を照らし合わせると、ラドンは現在群れでの行動をしており、αをリーダーに行動している。もしαを誘導できれば群れ単位での誘導ができる可能性はある。しかし、鳥類がベースであることを考慮すると、知能が高い可能性があり、成功するかどうかはわからない」
「ラドン第二形態は滑空するように飛来してきましたけど、あんな巨体で空にどうやったら飛べるんでしょうね」

 立川始資源エネルギー庁電力・ガス事業部原子力政策課長が間の見解を聞いて疑問を口にした。
 その言葉を受けて、一同は先程から無表情でラドン第三形態のリノから飛翔する映像を繰り返しパソコンで見続けている尾頭ヒロミ環境省自然環境局野生生物課長に視線を向けた。
 彼女はチラリとその視線を確認すると、無表情のまま見解を答える。

「胸部から脚部にかけての範囲から飛翔時にジェット噴射のような空気の射出が確認できます。これはゴジラの亜種であることを考慮すれば、体内の高熱で膨張させた水蒸気だと推測されます。従って、ジェット機同様に推進力を持って飛行が可能だと考えられます」

 尾頭の見解を聞くと、一同無言で頷く。
 続いて町田一晃経済産業省製造産業局長は、ハンカチで額の汗を拭きながら発言する。

「ヤシオリ作戦で使用した血液凝固剤は一定数保管していますので、再びラドンに使用することは可能です」
「ゴジラと違い空を飛ぶ為、領空内に入った時点で空自はいつでもスクランブル可能な体制を整えている。しかし、個体の大きさが違うとはいえ、経口投与を空飛ぶラドンに行うことは難しい」

 袖原泰司防衛省統合幕僚監部防衛計画部防衛課長は即座に回答を口にした。

「米軍も苦戦しているらしい。今度はサンフランシスコ上空を通過している為、ネバダの時程直ぐに核兵器は使えないらしい。内地からの情報だとゴジラとネバダの時に強硬派だった連中の中にも二度目の核兵器使用には反対に回った人もいるらしい」

 小松原潤外務省総合外交政策局長が言った。
 竹尾保国土交通省危機管理・運輸安全政策審議官はそれに頷き、森を見て問いかける。

「血液凝固剤をグラウトの要領でラドンの体内に入れられますか?」

 グラウトとは土木の工法の一つで、水ガラスやセメントなどの薬液を注入することを指す用語で、地盤沈下や液状化現象のリスクが高い緩い地面を固める際に行われる。壁などのヒビの修復などではハンドガンタイプのグラウトガンを用いることが多く、土木工事ではボーリングした穴に注入することが多い。
 しかし、森は首を振った。

「現実的ではないな。皮膚が固ければそれに応じた針が必要になる。いくらゴジラよりは小さいとはいえ、必要量を注入するのであれば、ヤシオリ作戦と同じ経口投与の方が効率的だ」
「それにジェット推進力をもつとなれば飛行機と同じ。20時間もあれば日本上空だ。薬があっても投与する道具が特殊なものだと時間は足りない」

 小松原が時計を見ながら言った。明日の午前中には日本へ入る想定になる。

「彼の威力に関してはまだ対処のしようがある。実際米軍も通常兵器で駆除を成功させた。空自と米軍で防衛、駆除も可能かもしれない」
「しかし、それだけでは交渉カードとしては難しいだろうな。とはいえ、引き延ばし交渉をするカードにはなるはずだ」
「よし、一通り意見が出たな」

 袖原と小松原がそれぞれ言い終えると、森が仕切った。そして、これまで口を挟まずに聞いていた矢口が総括する。

「皆、時間はないが、今あるもので実行可能なプランに絞って検討してほしい。必ず何か見つかるはずだ。我が国でラドンに対して熱核兵器を使わせる訳にはいかない。ここが正念場だ。宜しくお願いします」

 一同は力強く頷いた。
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