緊急召集であったが、富山にいる安田以外の巨災対メンバーが全員集まっていた。昨夜の時点で各省とも休日返上とはなっていたことは想像に難しくないものの、連休に旅行をする者がいないのは首を斜めに振らない彼ららしいと言えた。

「パタースン大使からの情報提供だ。今回は椀飯振舞だ。まずはどんどん意見を上げてくれ」

 厚生労働省医政局研究開発振興課長(医系技官)の森文哉が旧巨災対時と同様に、年長者として便宜上の仕切り役を務める。
 まず口を開いたのは、間邦夫国立城北大学大学院生物圏科学研究科教授だった。尚、先日ゴジラの研究論文で教授になった。

「ゴジラ同様ラドンも形態を変化している。昨年の資料と比較して、ラドンは昨年の第一形態から個体の大きさなど変化している。つまり、第二形態、そして今第三形態となっている。ゴジラと違い、元々複数個体存在している状況は今後の世界へ渡りを行う可能性が高い」

 リノの資料から各個体の動きを線で引いた地図を広げて間は言葉を続ける。

「この動きと時間差を照らし合わせると、ラドンは現在群れでの行動をしており、αをリーダーに行動している。もしαを誘導できれば群れ単位での誘導ができる可能性はある。しかし、鳥類がベースであることを考慮すると、知能が高い可能性があり、成功するかどうかはわからない」
「ラドン第二形態は滑空するように飛来してきましたけど、あんな巨体で空にどうやったら飛べるんでしょうね」

 立川始資源エネルギー庁電力・ガス事業部原子力政策課長が間の見解を聞いて疑問を口にした。
 その言葉を受けて、一同は先程から無表情でラドン第三形態のリノから飛翔する映像を繰り返しパソコンで見続けている尾頭ヒロミ環境省自然環境局野生生物課長に視線を向けた。
 彼女はチラリとその視線を確認すると、無表情のまま見解を答える。

「胸部から脚部にかけての範囲から飛翔時にジェット噴射のような空気の射出が確認できます。これはゴジラの亜種であることを考慮すれば、体内の高熱で膨張させた水蒸気だと推測されます。従って、ジェット機同様に推進力を持って飛行が可能だと考えられます」

 尾頭の見解を聞くと、一同無言で頷く。
 続いて町田一晃経済産業省製造産業局長は、ハンカチで額の汗を拭きながら発言する。

「ヤシオリ作戦で使用した血液凝固剤は一定数保管していますので、再びラドンに使用することは可能です」
「ゴジラと違い空を飛ぶ為、領空内に入った時点で空自はいつでもスクランブル可能な体制を整えている。しかし、個体の大きさが違うとはいえ、経口投与を空飛ぶラドンに行うことは難しい」

 袖原泰司防衛省統合幕僚監部防衛計画部防衛課長は即座に回答を口にした。

「米軍も苦戦しているらしい。今度はサンフランシスコ上空を通過している為、ネバダの時程直ぐに核兵器は使えないらしい。内地からの情報だとゴジラとネバダの時に強硬派だった連中の中にも二度目の核兵器使用には反対に回った人もいるらしい」

 小松原潤外務省総合外交政策局長が言った。
 竹尾保国土交通省危機管理・運輸安全政策審議官はそれに頷き、森を見て問いかける。

「血液凝固剤をグラウトの要領でラドンの体内に入れられますか?」

 グラウトとは土木の工法の一つで、水ガラスやセメントなどの薬液を注入することを指す用語で、地盤沈下や液状化現象のリスクが高い緩い地面を固める際に行われる。壁などのヒビの修復などではハンドガンタイプのグラウトガンを用いることが多く、土木工事ではボーリングした穴に注入することが多い。
 しかし、森は首を振った。

「現実的ではないな。皮膚が固ければそれに応じた針が必要になる。いくらゴジラよりは小さいとはいえ、必要量を注入するのであれば、ヤシオリ作戦と同じ経口投与の方が効率的だ」
「それにジェット推進力をもつとなれば飛行機と同じ。20時間もあれば日本上空だ。薬があっても投与する道具が特殊なものだと時間は足りない」

 小松原が時計を見ながら言った。明日の午前中には日本へ入る想定になる。

「彼の威力に関してはまだ対処のしようがある。実際米軍も通常兵器で駆除を成功させた。空自と米軍で防衛、駆除も可能かもしれない」
「しかし、それだけでは交渉カードとしては難しいだろうな。とはいえ、引き延ばし交渉をするカードにはなるはずだ」
「よし、一通り意見が出たな」

 袖原と小松原がそれぞれ言い終えると、森が仕切った。そして、これまで口を挟まずに聞いていた矢口が総括する。

「皆、時間はないが、今あるもので実行可能なプランに絞って検討してほしい。必ず何か見つかるはずだ。我が国でラドンに対して熱核兵器を使わせる訳にはいかない。ここが正念場だ。宜しくお願いします」

 一同は力強く頷いた。



 


 

 東京スカイツリーで金星人ことサルノ王女を保護した進藤は直子達と共に乗り付けていた警察の覆面車輌に乗車した。
 サルノ王女の命が狙われている状況の為、共に動画で全世界に配信された直子達も同様に保護対象となった為だ。
 また、道中で要注意人物の情報も届いていた。
 マルメス。セルジナ公国内の王女暗殺を目論む一派が送り込んだと目されるその筋専門のエージェントだ。公安と外事共に、日本へ侵入していることが確認されており、昨夜の飛行機爆破容疑を根拠に国内で手配をする方向で調整している。しかし、黒幕がセルジナ政府関係者の可能性が高く、国際指名手配には至れていない。
 あくまでも日本の警察機構として国内での犯罪を防ぐ為の捜査という位置付けとなっている。
 車が走り出してからも窓の外の人々の中にマルセスを含む要注意人物がいないか確認する。セルジナ公国領事館は愛知県名古屋市内にある為、領事館で保護を求めることは現実的ではない。その為、これから都内にある要人が使用するホテルへ移動し、そこでセルジナ領事館職員と合流することになっている。
 しかし、領事館内にサルノ王女暗殺に荷担している人物がいた場合、マルセスらに情報が漏れている可能性がある。爆発物を既に使用している為、公安も独自にホテル内部と周辺の調査をしており、外事も監視カメラ映像から人物の捜索をしている。
 道中は警視庁の交通機動隊と警備部の護衛をつけて安全を確保している。
 隣に座るサルノ王女が進藤に話しかけてきた。

「貴方はなぜ私を保護したのですか?」
「貴方は我が国の要人です。その身辺を警護するのが自分の仕事なのです」
「無駄なことです。私一人の命を護ることよりもより多くの命を護る為に行うことがあるはずです」
「それは自分の仕事ではありません」
「この窓の外に見える人々、そのすべてがまもなくキングギドラによって」
「まだそのようなことを! 貴方は金星人でなく、セルジナ公国マアス・ドオリナ・サルノ王女です」
「それはこの体のことであって、私ではありません。私は金星人。貴方達、地球人にキングギドラの脅威を伝えに来たのです」
「だったら、さっさと王女にその体を返して頂きたいですね」
「それはまだできません。ラドンが現れ、こちらに向かっています。そしてモスラもいつキングギドラが目覚めても駆けつけられるように近づいています」
「しかし、それでどうこうするのは私ではありません。総理大臣達政府です」
「ではその方々に合わせて下さい」
「今はできません」

 どんなに問答を続けてもらちがあかない。すでに顔照合で99・9%本人とわかっている。彼女はサルノ王女だ。
 しかし、彼には彼女の言っている内容に少なからず気がかりを感じていた。事実、ラドンはアメリカ合衆国で都市を襲い、大臣の矢口の秘書官からモスラの関係者というミクロネシア連邦の要人がサルノ王女と会談をしたい為、ホテルにいると連絡が入っている。
 進藤は深く息を吐き捨てた。






 

 進藤達の車輌の列をビルの屋上から双眼鏡で確認している人物がいた。
 サングラスをかけ、スーツを着た七三のヘアースタイルにジェルで固めた長身の男。名をマルセスという。彼がボスと呼ぶセルジナ公国の某政府重要人物からの命令を受けてサルノ王女暗殺を企てている。昨夜の飛行機爆破で本来は死亡し、それを日本国内で確認し次第、情報操作を行う予定であったが、隕石によって日本政府が想定より早く対応をしたこと、更に動画配信でサルノ王女の生存を確認したことで予定が大幅に変更することになった。
 既に新たな暗殺計画をいくつか用意しているが、彼の手元にある警護メンバーの情報を見て舌打ちをした。
 資料の人物は進藤正義。直接の関わりはないが、過去に別の仕事で彼の名前を目にしている。外交官と共にとある国で行動していた進藤が邦人の保護をする為に、マルセスの仕事は潰されたのだ。実戦的な射撃能力に長け、勘も鋭い、更に代々の警察エリート家庭の出身。マルセスにとって厄介な相手だ。

「いいか。何か一つでも想定と異なる点が生じた場合は即座に中止だ。次のチャンスに回す」

 背広の襟につけたマイクにマルセスは言った。
 そして、視線を上げると空を仰ぐ不気味なゴジラの姿が目に留まった。

「さっさとこんな国から帰りたいものだな」

 マルセスはそう吐き捨て、屋上から撤収した。




 

 

 ホテルに到着した進藤達は、警察庁警備部の応援と合流し、客室へ自称金星人のサルノ王女と直子達を案内した。
 その際、進藤は用意された高層エレベーターに乗らず、面倒をかけても業務用のエレベーターを乗り継いで低層階から高層階へと上がった。

「お兄ちゃん、なんでわざわざ乗り換えたの? さっきの人が折角用意してくれていたのに」

 直子がエレベーターを乗り継いだ時に問いかけた。サルノ王女も理由を知りたそうに視線を進藤に向ける。

「ただの用心だよ。あの人はホテル側の人間で5分前からエレベーターを止めていた。もてなしとしては上出来だが、警護においては不十分だ。彼には別の階へエレベーターを上げてもらった。その階にはセーフルームとしてキープしておいた部屋がある。予約状況を相手が調べていた場合、これから行く部屋とその部屋の二つに目星をつけている筈だ。エレベーターの階層をチェックする役割の人物がいた場合、特定されるリスクがあがる。この業務用エレベーターならば、万が一エレベーターの階層を確認できるとしたら、既にホテル内に潜入している人物になる。その場合、そもそも部屋を特定することが容易に行える。つまり、部屋が特定されている場合を想定した警護もするが、その注意すべき対象を限定することができる」

 進藤が淡々と答えると、直子はぽかんと呆然としていた。無理もない。彼女の知る進藤は家での兄でしかない。
 一方、サルノ王女は満足そうに頷いている。

「流石です。進藤さん」
「いえ、仕事ですから」

 そして、進藤は彼女達を部屋へ入れた。
 同時に、彼の耳に着けた無線のイヤホンにエレベーターを待たせていた人物は従業員にいなかったと報告があり、数日前から行方不明になっている制服があることも確認された。警備室にいる部下から、それらしき人物が数分前に監視カメラの死角に入り、以降の足取りが不明になっていることも伝えられた。
 進藤は直子たち達に聞こえないように小声でマイクに言った。

「もうあの男はホテルにいないはずだ。警戒は怠るな。あの程度の変化で潜入させた男を撤退させる相手だ。そうとう入念かつ用心深い」

 進藤はマルサスの顔を頭に浮かべる。彼の実力はデータが示している。
 完璧主義の策士。それがマルサスの評価だ。むしろ先程の男は我々に対しての威力偵察と考えていいだろう。
 部屋も特定されていることを前提にすべきだ。
 進藤は時計を見た。まもなく到着するもう二人の要人も警護対象に組み込むよう命じられている。
 しかし、その話は先程決まったイレギュラーだ。恐らくイレギュラー故に、しばらくマルサスらが次の手を打つまでに時間があるだろう。
 そう考えて、進藤は部屋に入るとサルノ王女に話しかけた。

「王女、いえ金星人でしたね」
「はい」
「貴女と同じ内容のことを話している方々がまもなくここに到着します。お会いしますか?」
「勿論です。お願い致します」




 

 

 まもなくミクロネシア連邦インファント島のモルとロラという双子の女性がホテルに到着した。小柄な彼女達を見て、進藤は小美人という単語を頭に浮かべた。
 客室内にある応接スペースで、小美人の二人に対面してサルノ王女と何故か彼女の希望で直子も隣に座り、進藤は双方の顔を見ることのできる壁よりに立った。
 直子の先輩、小牧はこの状況に耐えられなくなったらしく、ホテルに着いてから気分を悪くし、別室で休んでいる。直子と異なり、映像に声だけしか入っていない為、タイミングを見て地元警察の保護下にして帰宅させるつもりで進藤も考えている。その為にも、これ以上、彼に情報を持たせるわけにはいかないという理由からも、別室で休ませて正解だと進藤は考えた。

「「はじめまして。インファント島のモルとロラと申します。……いえ、地球の守護神モスラの巫女と申した方が伝わりやすいかもしれませんね」」
「そうですね。5000年前にキングギドラを退けたモスラがこの時に備えていたことはわかっていました」
「「既にモスラはこの国の近海で待機しています」」
「何故まだ来ないのですか? キングギドラはまもなく目覚めます! 隕石の姿である今なら勝てる可能性もあります」
「「今はまだ動けません。ご存知だと思いますがモスラは大きいのです。今モスラが隕石のある黒部ダムまで行ってしまっては、その途中に暮らす多くの日本の方に迷惑をかけてしまいます。モスラもそれは望んでいません。モスラはキングギドラが目覚めたら海上へ誘導し、戦おうと考えています」」
「愚かです! 今のキングギドラは5000年前よりもずっと強くなっているのですよ! モスラがいくら誘き寄せようとそれに乗るとは思いませんし、万が一応じた時はモスラが倒されます」
「「モスラも5000年の時をただ卵で眠っていたわけではありません。まだモスラは幼虫ですが、十分にキングギドラと戦える力を持っています」」

 双方共に同じキーワードを共有して話をしている。
 しかし、進藤達はそのキーワードの意味を十分に理解していない。

「先程から出ているキングギドラというのは?」
「「脅威です」」
「はい。キングギドラは5000年前にも隕石として地球に来ました。しかし、その時は地球の守護神であるモスラに敗れ、宇宙へ逃げました」
「そしてそのキングギドラがまた地球へ?」

 進藤が問いかけると、三人は頷いた。

「はい」
「「5000年前に失敗した地球侵略を再び行おうとしているのです」」
「侵略って……。キングギドラというのは宇宙人なのか?」
「進藤さんのおっしゃる宇宙人の定義がわからないのですが、恐らくそれに近い存在です。キングギドラは意思を持つ存在です。その意思はあなた方、地球人と同じ個の意思を持つ知的な存在で、自らをX星人と呼んでいます。X星人の意思は三つ存在し、故にキングギドラは三つの頭を持つのです。そして、事実として私達金星人は遠い昔、キングギドラ……いえ、そのX星人達によって滅ぼされたのです」

 SF映画のような話だが、侵略という表現は意思を持つ存在であれば納得のいくことではあった。
 しかし、同時に進藤は一つの矛盾に気づいた。
 それを口にしようとした時、三人は一斉に声を上げた。

「キングギドラが!」
「「目覚めました!」」
4/8ページ
スキ