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 昼前、東京スカイツリーは土曜日ということもあり、観光客や買い物客が多く集まっていた。その中をショートカットに白のブラウスとスカート、今年のトレンドの服装をした女子大学生が館内の商店に目もくれず、外国人観光客の隙間を小柄な体を活かしてすいすい進み、展望エレベーターの受付フロアへ繋がるソラマチの屋上フロアへと出てきた。

「あ、進藤さん、こっちこっち!」

 彼女、進藤直子の姿を見つけた同じ大学の映像メディアサークルに所属する小牧に声をかけられて近づいた。小牧は直子の先輩に当たり、細身に眼鏡の優男で無欲な笑みは典型的な草食系男子を地で行く様相であった。

「すみません。混雑で遅延してしまって」
「いや、まだタイミングが掴めないから大丈夫だよ」
「先輩、彼……いえ、彼女ですね?」
「あぁ」

 受付フロアの出入口付近に立つ男装した女性が周囲の観光客達に演説をしていた。いや、演説とまでいうと警備員に止められるので、一人で話しているという方が表現として正しい。
 たまたま大学へ向かう途中で小牧からネタを見つけたとSNSのサークルグループに一斉召集がかかり、一番近い駅にいた直子が合流して今に至る。
 彼女達映像メディアサークルは元々映画作成のサークルとして代々活動をしてきたが、近年は動画配信サイトを利用した自主製作映画作品やリアルタイムのニュース配信も行っており、特に後者は大学周辺の地域行事や商店の宣伝などにも協力し、活動資金調達にもなる為、サークル活動の主力となっている。特に、スポンサーなしの配信では偶々見つけたネタを即席取材してリアルタイムに配信を行うことで視聴数を増やし、広告収入を稼いでいる。
 この方法は動画配信で社会問題となりつつある過激志向に走るリスクを減らせるサークル運営上の知恵というだけでなく、常にネタとなる出来事がないか観察をする楽しみ、見つけた時の興奮が単純に彼らは楽しめると感じていることも活動の主力になった大きな要因だ。

「準備いいか?」
「バッチリです!」

 自撮り棒を付けて手振れを防止したスマートフォンとサークルメンバーが常に携帯している無線マイクを持った小牧と同じく無線マイクをセットした直子は、謎の男装した女性に突撃取材を結構した。

「地球人の皆さん、私に耳を傾けて下さい。キングギドラは既に地球へ来ています」
「すみません! お話を伺わせてもらって宜しいですか?」
「貴方は?」
「東亜大学の映像メディアサークルです。この後リアルタイムで動画配信をしながらお話を伺いたいのですが宜しいでしょうか?」

 小牧はサークルで自主製作した名刺を見せて挨拶した。すかさず直子が加わる。

「ここで続けるよりも私達の取材を通して全世界に動画で配信した方がきっと貴女のメッセージがより多くの方に届けられると思いますよ」

 この言葉が上手くいったらしい。彼女は取材に応じた。
 直ぐに予備の無線マイクを小牧が彼女に渡し、ハウジングもなく、動画のリアルタイム配信を開始した。

「東亜大学の進藤直子です。まず貴女のお名前は?」
「金星人です」
「金星?」

 思わず直子も面を食らった。同時に脳裏に受験勉強中に読んだ三島由紀夫の小説を思い出す。

「貴女方のご存知の金星ではありません。正しくは○×□△□×○☆△」
「え?」

 本当に何と発音したのか聞き取れなかった。そもそも人間の声帯でそんな発音ができるのかも疑わしい。
 直子も小牧も驚く中、金星人は表情を変えず続ける。

「本当の名前は地球の言語で表現できないので、最も近い意味が金星となるので、金星人と名乗っております。遠く昔に滅びた我々金星人は宇宙を長い放浪の旅に出ましたが、我々を侵略したキングギドラが再び地球へやってきた為、私は地球人へ警告をしに来たのです」
「そのキングギドラとは?」
「大いなる脅威です。キングギドラは5000年前にも地球へ来ています。その時は地球の守り神であるモスラによって宇宙へ追い返しました。しかし、キングギドラは更に強くなっており、モスラだけでは勝てないほどの脅威となっています」
「モスラ?」
「はい。キングギドラの地球襲来は既にモスラも気づいており、まもなく5000年の眠りから覚めることでしょう。しかしこのままではキングギドラの方が先に覚醒するでしょう。キングギドラはモスラだけでなく、ラドン、そしてゴジラの力も合わせないと敵わないはずです。彼らも時期に目覚めます。しかし、その戦いは地球人の耐えられるものではありません。その為、警告なのです。まもなくこの地は彼らの戦いの火に包まれます。逃げるのです。逃げて生き延びるのです!」
「………」

 直子は言葉を失っていた。
 一つはこの金星人が妄想や嘘を口にしているとは思えないと感じてしまっている為。
 そして、彼女はゴジラと昨年世界を騒がせたラドンが目覚めると言っているのだ。それにどう反応して良いか戸惑いが言葉を失わせていた。
 直子の脳裏にかつてのゴジラのことが思い浮かぶ。足立区在住で当時高校生であった直子は直接ゴジラを見ていないが、テレビの映像で、そして避難をする人々の話でその恐ろしさは十分に思い知らされている。幸い兄は当時日本にいなかったが、父は桜田門からしばらく消息不明になっていた。立川から安否確認の連絡を受けて、母とほっと胸を撫で下ろしたことを今でも鮮明に覚えている。

「まずはラドンです。そして、キングギドラも覚醒を始めます」

 金星人の言葉で我に返った。

「では、ラドンが現れると?」
「はい、海を渡ってやってきます」
「……あ、すみません」

 突然、音声着信音が直子のポケットから鳴り響いた。うっかりマナーモードにし忘れていたらしい。
 着信を消そうとスマートフォンの画面を見ると、まず普段連絡が入ることのない兄からの連絡であった。
 一瞬無視をしようとも考えたが、結局電話に出た。

「もしもしお兄ちゃん? ちょっと今は……」
『今一緒にいる方とそこにいろ! 今そっちに行って保護する!』
「えっ?」

 兄の仕事を考えて思う。この金星人は本当に宇宙からのお客様だというのだろうか。




 

 

 少し前、進藤は沢口官房長から正式にセルジナ公国政府専用機爆破事件特命捜査担当として継続捜査が命じられた。
 捜査本部立ち上げは外交調整後となる為、現時点では進藤と沢口官房長と警備局長、刑事局長で行った会議で選出した公安部と刑事部のメンバーを組み込んでの小規模精鋭による特命捜査チームで当たることになった。
 他のメンバーとの合流は他部署との調整で時間がかかるとのことで、進藤は昼を先に取ることにした。
 そんな最中、食堂でランチメニューを食べながら見ていたSNSで妹の動画配信の案内が目に入った。
 たまには見てやろうと動画を見た瞬間、彼は食堂で大声を張り上げた。
 慌てて自分の預かっていたサルノ王女の写真と動画の金星人を見比べる。
 鑑定を行わない限り断定することはできないが、進藤はそれが同一人物であると直感的にわかった。
 慌てて食堂を飛び出し、スカイツリーへの最短経路を脳裏に浮かべた地図で検索する。そして、妹へ音声発信をした。

『もしもしお兄ちゃん? ちょっと今は……』
「今一緒にいる方とそこにいろ! 今そっちに行って保護する!」

 そしてすぐさま警備局長へ直接電話をかけた。




 

 

 黒部ダムの側にできたクレーターの中央にある直径100メートルを超す隕石を前に、調査チームは苦戦していた。
 富山大学とJAXAのそれぞれ調査メンバー、巨災対からは安田龍彥文部科学省研究振興局長次席補佐が参加していたが、機械を用いた観測を行おうとするが、電力供給が上手くいかず、手元の電池由来の懐中電灯を始めとした電子機器も電気残量切れで使用できなくなった。
 その為、日没前にクレーターから離れて下山する必要が出てきてしまった。

「クレーターの外は電気製品の不調がないので、発電機を起動させれば電力問題は解決できそうです」

 JAXA職員の旭が安田に声をかけてきた。
 安田は用意してきた計器が使えず、落胆を隠しきれない様子で頷いた。

「でもどう思います? そうなると、もうアレが原因としか思えないですよね?」
「そうですね。非接触の状態で電気を放電させるとなると、空気中に放電されて隕石の中に流れていることになりますもんね」
「それで俺達が感電しないんじゃ目に見えない電線でもなきゃ説明できませんよ」
「そうですね。……安田さん、巨災対に入って変わりましたね」
「え?」

 安田はぎょっとした顔で旭を見た。
 確かに、安田とは随分前から面識があり、元々安田が文部科学省研究振興局に席を置いている関係でJAXAに出入りする機会も少なくはなかった。前にあったのは宇宙ステーションに使用したガラスを他分野で活用する研究の協働時だ。

「前のガラスの件で一緒に仕事をした時はもっと冗談の通じない。言っちゃ悪いですけど、ちょっと恐いタイプのオタクって感じでしたから」
「それ、よく本人に言えますね?」
「それだけ変わったと思ったからですよ。……サンプル取るの手伝ってもらっていいですか? そちらでも解析をやるんですよね?」
「一応。データは回して下さいね。うちからも回しますから」
「勿論です」

 そして山岳警備隊の補助を受けながらクレーターの隕石に近づく。簡易検査キットで有毒ガスなどは確認できていないが、本来は使いたいところである測定装置が使えない以上、リスクは高い。
 採集器にピッケルで削りながら採集をするが、表層も硬いが表層の下は更に硬い。やっとの思いで2ミリに満たない小さな欠片を採集した。

「黄鉄鉱ですかね?」
「金かもしれませんよ」

 欠片は僅かに金色の輝きを帯びている。持ち帰って原子吸光分析等の成分分析をしないことにはわからない。
 そんな会話をしていると、地震が発生した。

「おおっと」

 地面に身を屈めつつ、バランスを取る。
 揺れはすぐに収まり、彼らはクレーターから脱出した。

「あのー」
「どうしました? 安田さん」

 旭を呼び止め、安田は隕石を見て言った。

「何か隕石、動きませんでした?」
「ん? 今の地震で土砂が崩れ始めているのかもしれませんね」

 そういい、山岳警備隊と富山大学のメンバーに土砂崩れの危険があると旭は伝えに言ったが、安田は隕石を見つめていた。
 目に見えて動くことはなかったが、やはり少し形状が変わった気がした。






 

 アメリカ合衆国ネバダ州北西部に位置するリノは、ラスベガスに次ぐカジノ・シティであり、その時も終わらない夜は続いていた。
 そんな中、ホテル高層階の展望レストランで、一人の観光客が窓の外を指差して叫んだ。

「鳥だ!」

 その声に釣られて他の客達も窓の外を見ると、空に黒い鳥の群れが真っ直ぐ窓に向かって近いづいてきた。
 ざわざわと少しずつ恐怖が一人一人に伝染していく。
 そして、一羽目が窓にぶつかった。

「アウッ!」

 窓辺の客が椅子から転がりながら窓ガラスから離れる。
 次の瞬間には一羽、また一羽と鳥の群れが窓ガラスに激突し、窓にヒビを作る。鳥達は失神か絶命し、ベロリと血痕とヒビをガラスに残して摩天楼から地上に向かって落下していく。鳥の種類もバラバラだ。鳩などの都市にいる鳥類から渡り鳥など様々だ。
 あらゆる鳥が一つの群れをなして、窓ガラスにぶつかってきたのだ。
 他のビルも同様に、同じ方角から来た鳥の群れがまるで建物を回避する余裕もなくぶつかったかの様なおぞましい光景となっていた。

「なんてことだ……」

 恐怖に震える連れの女性を抱きしめながら、男性の一人がクモの巣のようにヒビが入り、表面には鮮血と羽毛がベットリとついた一面の窓を見て呟いた。
 しかし、その直後再び彼は同じ言葉を口にした。
 今度は畏怖と絶望のこもった叫び声と共に。

「なんてことだっ!」

 刹那、彼らの眼前の窓ガラスは砕け、天井と床が崩れる。
 そして、そのフロアは巨大な猛禽類の如く鋭い爪の生えた足に襲われた。
 それはこのホテルだけではなく、リノの至るところで起きていた。
 鳥の群れを追い立て滑空するように飛来して来たのは、10メートルを越える鳥達であった。全体的な特徴は猛禽類を彷彿とさせるが、額から後頭部にかけて2本の鶏冠を生やしており、翼は羽よりも皮膜の面積が広い。
 その巨大鳥は合計8羽飛来していた。
 そして、最も体の大きな個体が身を起こすと体を震わせた。
 次第に脚部の重心が変わり、体も更に巨大化する。羽毛が消えていきより硬質感のある鱗状の表皮へと変貌する。極めつけは立位の状態の変化だ。今まで他の鳥類と同じ前傾姿勢でのバランスを取っていた筈が、脚部の変化に伴い、むくりと直立したのだ。先程までの猛禽類を彷彿とさせていた姿とはまるで異なる。
 歯の生えた鋭い嘴と2本に並んだ鶏冠、大きな皮膜が発達した翼竜の様な翼は腕の骨格が鳥類と異なるものになったことを示していた。そして、二本の脚で直立し、それは咆哮を上げた。
 まもなくネバダ州軍が出撃した。その際、アメリカ合衆国政府から同個体がラドンであると認めた。




 

 

 ラドン出現の報は同時刻に日本政府の元にももたらされた。
 まさに矢口が志村からもたらされた金星人のライブ動画を受けて警察当局へ連絡を担当警察官が金星人の保護に向かっていると回答を得て、いよいよ部屋に待機をお願いしているモルとロラを無視できなくなってきたところに追い討ちをかけるように舞い込んだ報告であった。

「モルさん、ロラさん、ネバダにラドンが現れました」
「「そうですか」」

 矢口が部屋に戻って告げると、二人は返事を返した。そこに驚きはなかった。少なくとも彼女達は預言された事情が実際に起こることを一切疑っていないことを矢口は確認した。
 今から脅かすよと前もって言われて脅かされても驚きようがない。彼女達の反応はまさにそれであった。

「モスラや脅威についての話の続きを伺いたいところですが、ラドンが我が国へ飛来してくる可能性が高まった以上、私は本来の職務を放棄する訳にはいかない」
「「承知しております。では、参りましょう」」
「どういうことでしょうか?」

 引き取りを申し出た言葉に対する回答として可笑しい。
 矢口は思わず聞き返した。

「「矢口さんの、巨災対とおっしゃる方々の元へ向かうのですよね? いつでも大丈夫です」」

 彼女達は当然の行動として矢口に同行するつもりらしい。
 どうやら彼女達は政治的なやり取りは全く考慮していないらしい。改めて、ミクロネシア連邦政府の考え方がわからなくなってきた。もっともその背景事情については志村へ調べるように伝えており、外務省のルートで探りを入れている。
 少し彼女達の扱いをどうするか考えたが、国と国の間で正式に本件の協力関係を確認しあっていない現段階で巨災対へ彼女達を連れてはいけない。
 最善の方法はすぐに見つかった。

「では、私からお二人にお願いがあります。先程一緒に視聴した動画の金星人を警察が保護に向かっています。警察庁へは私から連絡を入れますので、お二人には金星人の話す内容の真偽を、いえ内容の差異を確認して頂きたい」
「「そうですね。私達も金星人は気になっておりました。そのお願い、承ります」」

 そして、一時間後の巨災対召集時にはラドンの群れがサンフランシスコ、太平洋方面に飛翔し、州軍が甚大な被害を受けながらも、2羽の撃墜に成功したものの6羽が生存している状況となっていた。
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