「クレーターが小さいですね」

 映像を見た矢口の第一声はそれだった。
 周囲の木が倒れ、クレーターが形成されているが、映像に見える隕石は比較物がない為断言できないものの、直径100メートル近い。専門ではない為、知識がない矢口だが、黒部ダムどころか周辺地域の地形が変わるほどの大きなクレーターが形成されても可笑しくない大きさの隕石であることはわかった。
 知識のある沖長官や関口に至っては目を見開いて、同様の反応をしている官僚達に説明を求める視線を向ける。
 しかし彼らもすぐに説明することができず、戸惑っている。

「こ、これは想定外としか……。いや、被害が少ないのは良かったのですが」
「つまり、本当ならこの程度で済むはずのない隕石ということですね?」
「そうです」

 赤坂は関口の回答を聞き、腕を組んだ。
 震災、ゴジラ、そしてこの暖冬、想定外という言葉を使いたくない政府としてこの隕石は実際の被害以上に厄介な事案となった。
 まもなく内閣府直轄でJAXA内に調査委員会の設置が決定し、4時間後に関口とJAXAによる会見を開くことが決まった。
 またJアラートで隕石の通知が遅れたことが確認された為、ゴジラに異常がないことと合わせて赤坂から会見を開くことでレクは終了した。
 現時点で内閣総理大臣の会見は国民の不安を煽るリスクがあると判断し、泉は明日の官邸内会見で対応をすることになった。




 

 

 2時間後、海上保安庁から機体を発見したと連絡が入った。
 まもなく操縦士含め、王女以外の遺体が発見され、夜が明ける前にブラックボックスを含めた機体の回収も進んでいると追加連絡があったが、王女だけは行方不明のままとなった。
 ブラックボックスと回収された機体の一部は海上保安庁の羽田航空基地へ運ばれ、首都圏の通勤渋滞が発生する前に成田から羽田へ移動し、進藤はブラックボックスの中身を確認することができた。これで原因のある程度が絞り込める。

「……どう判断しますか?」

 機内の録音音声と機体の計器の記録を確認し終えた時、部下は開口一番に進藤に問いかけた。
 進藤も早計な判断は危険だと感じていた。しかし、計器の記録は彼の予想を恐らく裏付けることになるだろう。

「確証は解析をした後でいい。だが、恐らく直接の原因は爆発物によるものだ。直前の光というのが気がかりだが、爆発の時間に間がある。懸念はあるが、それは解析結果を受けて方針を修正すればいい。何れにしても事故と事件の両面で対応することになる。……さて、君達はこれらを纏めてくれ。俺は上に報告と今後について指示を受ける。世話になったな」
「いえ、仕事ですから」

 ブラックボックスからロスト前に流星の接近を思わせる機内の音声が確認された。しかし、一瞬客室内の気圧が低下したものの直ぐに戻り、機長らもマニュアルに沿って安全確認を行っていた。ロストの約2分前のことであり、無視はできないが、ロストのタイミングは音声でも爆発音が聞こえ、場所も操縦室と客室の間であると想定でき、回収された機体の一部も不自然に機体の前方底部に墜落時の崩壊とは異なる中から外に向かう損傷が確認できた。
 最終的な決定は解析後としても、この証拠であればセルジナ公国とは日本側の過失による事故の調査でなく、国際犯罪の捜査協力という形式を確立できそうだ。
 そして、羽田で別れた古巣、警視庁警備部の仲間達とは今回これっきりになるであろうが、恐らく進藤は国際犯罪の調整役として継続が決まるだろう。何故なら、セルジナ公国で仕掛けられた爆発物だとしても、加害者関係者が既に国内で潜伏している可能性があるからだ。
 それを覚悟の上で、進藤はまっすぐ警察庁へ向かい、まもなく沢口龍彦警察庁長官官房長へ直接報告を行うこととなった。





 
 

『えぇー詳細に尽きましてはこの後、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構、JAXAより説明を致します……』

 テレビで関口が会見に苦戦している様子を目の端で確認しつつ、執務室で赤坂は対面する矢口に資料を渡した。

「これが例のセルジナ公国サルノ王女だ。元々の予定では約6時間後の今日、昼前に公にしない形で私と階段をする予定だった。内容は双方の資源相互提供。我が国は例のマキフィルターの提供、セルジナ側は我が国で一番欲しているレアメタルを始めとした地下資源だ」

 赤坂の言ったマキフィルターとはゴジラの解析の福音として得られたマキモデルを元に開発したフィルターのことだ。現在都内の下水処理施設にて試験中でまだ実用段階に至る上では課題が山積しているものの、汚水浄化をすることで発電をすることには成功している。今後、確度を高め、福島第一原子力発電所での汚染水を用いた実験が計画されている。
 しかしセルジナ公国は原子力発電施設を持たない国の筈だ。

「セルジナがマキフィルターを欲しているのは意外ですね」
「それだけサルノ王女の手腕があるということだろう」

 つまり、セルジナ公国の新たな輸出産業としてもマキフィルターは注目しているらしい。
 しかしわざわざそれだけのことを伝え為に赤坂が矢口を呼び出したとは思えない。

「マキフィルターについては運用を含めれば内閣府と文科省、経産省が主で巨災対は開発段階までの参画と認識しておりました。この話は運用になるのでは?」

 巨災対とは巨大不明生物災害対策復興本部の略称で、かつてのゴジラ出現時に組織された巨大不明生物特設災害対策本部(旧巨災対)、そして立川への移管後に再編された巨大不明生物統合対策本部を前身とし、泉内閣組閣時に被災地の復興と日本の巨大不明生物防災計画、復興計画を行う所管部署として組織されたものだ。
 もっとも復興本部としてよりも災害対策、凍結されているゴジラの安全保障を主とした役割が強い。しかしながら、旧巨災対のメンバーがほぼ全員移行しており、矢口と泉の考えた縦割りに影響されない横断的な組織としての特徴を引き継いでいる為、マキフィルターを含め多方面で参画している。

「サルノ王女はセルジナ改革を主導した人物として国内で命を狙われる立場にある。今回の来日が公にしていないのもそれが理由だ。警察庁の警備部が精鋭を揃えて警護計画を立てていたのだが、まぁこういった結果にはなった。警察官僚は君の方が繋がりが多いだろう」
「つまり、外務省側と警察の調整をしてほしいと?」
「そこまでは求めていない。どうやら警察側にそれに特化した人物を担当に置いているらしいからな。進藤という名だ」
「国家公安委員会にいますね」
「そのご子息だ」

 未だに赤坂の意図が読めない。赤坂の場合、特に矢口と話す際は横道に反れるような話題を持ち出すことはこれまでない。

「私に何をしろと?」
「この文章の内容の電話が昨日届いた」

 赤坂は二枚の紙を見せた。原文は英語で書かれたものであるが、もう一枚は日本語で訳されている。
 ミクロネシア連邦政府からの電話を文字起こししたものらしい。
 内容はインファント島の使者の紹介らしい。同島をスマートフォンで検索するとミクロネシア連邦内の島の一つで、かつて大日本帝国の外地として移民もしていたらしい。
 その使者が日本政府に伝えることがあるということで、連絡をしてきたという主旨だ。しかし、その伝えたい内容が妙なものであった。日本へ来る異人は消えた後に使者となる。使者は天から来る脅威を伝える。そういった内容だ。

「政府からの連絡ですか?」
「まぁ当然の反応だな。先方は大真面目だが、それを受けるほどの時間はない為断った」
「そうですね。……ん?」

 矢口は文書を読みながら違和感を覚えた。

「これはつまり、先の件を預言していると?」
「そう考えて仕方ないだろうな。すべて読んだか?」
「はい。確かにこの内容と同じ事象が起きています。隕石とサルノ王女。となると、後半のこと」
「脅威についてのこと。つまり、天から降りた星から現れた龍が人々を襲い、眠りし神も目覚めるというくだり」
「現実的ではありませんが、かと言って捨てるほど楽観視はできません」
「巨災対に本件は任せる。捨てるのかは君の判断だ」
「わかりました」

 矢口は紙を受け取り、退室した。
 そして、即座にミクロネシア連邦政府へ連絡を取ることにした。






 

 朝を迎え、国内は平常に戻りつつあった。元々土曜日ということもあり、行楽目的の移動が主であったことも影響していた。首都圏の鉄道、高速は通常通りの運航で、渋滞も想定範囲内となり、航空も朝の便からは通常通りの営業となった。富山県、長野県共に自動車道も空港も安全が確認され、営業されている。
 黒部ダムは例年であれば冠雪により稼働そのものが停止している場合が多い為、電力供給上の影響もなく、入山制限のある時期である為、登山観光客の減少等の影響もなかった。
 JAXAと同行する形で今朝出発した巨災対のメンバーもまもなく現地へ到着する模様だ。
 そして、昼前に矢口の用意した部屋へ志村の案内でミクロネシア連邦からの使者が到着した。
 使者は若い双子の女性であった。名をモルとロラといった。

「急な来日と早々の訪問、ありがとうございます」

 矢口は形式的な挨拶をし、外務省に依頼して用意した通訳が口を開くと、彼女達はまるで鏡に写っているかのように息を吸うタイミングも同じく手を挙げてそれを制した。

「「通訳は必要ありません。日本語が話せます」」
「そうでしたか。では、このまま日本語で」

 その完璧なステレオ音声になった二人の言葉にやや面を喰らいつつも、矢口は平静を維持して本題に入る。

「昨夜の我が国で起きたことを予言していたことについてですが、あなた方がミクロネシア連邦に伝えた内容で間違いありませんね」
「「はい。私達はインファント島でモスラに仕える巫女をしております。日本へご連絡して頂いたことはモスラが私達に伝えたことになります」」
「モスラというのは預言者か何かですか?」

 政治家が預言者という単語を口にすることを内心苦笑しつつも矢口は問いかけた。二人は首を振る。

「「いいえ。モスラは太古よりこの星を護る神です。5000年の眠りについていますが、私達巫女には卵のモスラからの声を聴くことができます」」

 キーワードが出た。5000年と卵だ。卵が比喩なのか実際の生物の卵の意味なのかはわからないが、後者であればモスラは人間ではない。

「5000年の眠りとは?」
「「5000年前にも脅威は地球にやって来ています。その時はモスラによって退けられました。しかし、脅威は5000年周期の彗星軌道に乗って再び地球へ来ようとしていました。なので、モスラは卵のまま5000年の眠りについたのです」」
「しかし、5000年前にその様な出来事があったと証明するのは難しいと思うが、何か遺跡や文献はあるのでしょうか?」
「「島の遺跡は戦争で殆どが壊れてしまいました。しかし、脅威の記憶は人々の中に残っています。日本を含めたのアジアでは龍の姿として、西洋ではドラゴンとして。日本の神話でもヤマタノオロチの姿で残されています」」
「つまり、脅威というのは龍の姿なのか?」
「「はい。三つの首と二つの尾、そして大きな翼を持つ金色の龍。それが脅威の姿です」」

 根拠は弱い。本来であれば切り捨てるようなオカルト話だ。
 しかし、一通り聞き終えてからでも遅くはない。

「ではモスラとは? 神というが卵というのが比喩ではなければ、生物と解釈してよろしいですか?」
「「はい。地球で最も大きく、美しい蛾を想像して頂ければ、今はそれで差し支えありません」」

 矢口は眉間に皺を寄せた。
 昆虫に類する生物であるとは想像していなかった。

「「蛾を含め、虫と呼ばれるものはすべてモスラの眷属に当たります。それに、すでにモスラは覚醒をしています。矢口さんも近い内に直接その目でモスラをご覧になるので、今はその理解で差し支えありません」」
「我が国に来るのか?」
「「はい。既に日本の近海まで来て待機しています。しかし、脅威は人間だけの脅威ではなく、この星そのものの脅威となります。モスラはゴジラも眷属をもって脅威に敵対することになると言っています」」
「ゴジラの眷属、ラドンのことか?」
「「はい。モスラは伝えていました。ラドンがまもなく脅威に引き寄せられて日本へ来ると」」

 ラドン生存が本当し、日本へ来た場合、彼女らのいう脅威やモスラなる存在以上に差し迫った危機に日本は陥ることになる。
 国連の解釈では容姿の差異や鳥類由来の為、便宜上ゴジラと区別してラドンの名称を用いているが、ラドンはゴジラの亜種である。ゴジラは個体分裂の可能性が示唆されており、政府内で第五形態と呼称している凍結しているゴジラの尾に形成された人型のゴジラ分裂体もゴジラに該当させるために、日本はゴジラ、またはゴジラに類する個体の日本領内での活動が確認された場合、熱核兵器使用までのカウントダウンを無条件で再開することが決められている。
 つまり、現行の考え方ではラドンが日本領に入った時点で熱核兵器の脅威に晒されるのだ。当然、避難も儘ならない。
 そんな現実的なリスクを考えていると、志村が入室してきた。
 そして、メモを矢口に見せる。
 それを見て矢口は志村に言った。

「その動画を見れるか? ここで構わない」
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