破
午後17時、日没を迎え、薄暗い空には月が出ていた。
富士山が眼前に聳える静岡県富士市北東部をキングギドラは移動していた。サファリパークの動物達が騒ぎ、人が誰もいないレジャーランドを眼下に見下ろし、キングギドラは富士山の様に悠然と歩いていた。
その先にある裾野市、御殿場市では陸上自衛隊が防衛線を展開し、待機しているものの幕僚本部からの具体的な指示はまだ届いていない。
このままキングギドラが進行すれば、自衛隊は撤退か攻撃か静観かを迫られることになる。
しかし、それよりも先に事態は急変した。
キングギドラもそれを察知し、その場から浮遊する。
同時にキングギドラがいた地面が赤く煮えたぎり、地鳴りと共に大地が盛り上がると一気に崩壊し、地中内部から紫色の光線が放たれた。キングギドラに直撃するも、重力湾曲場で押し留められる。
そして、地中から土砂が山のように盛り上がり、中から背鰭を生やした巨大な生物が現れ、体を揺さぶり土砂を振り落とす。
その姿はかつて鎌倉から上陸し、東京を火の海に、ヤシオリ作戦以降今朝まで東京駅に存在していたゴジラ第4形態と同じ姿であった。
ゴジラはキングギドラを見上げて咆哮を上げる。
キングギドラもゴジラを見下ろし、咆哮した。
この瞬間、二体は明確に互いを滅ぼすべき敵と判断した。
先に動いたのはゴジラであった。やはりキングギドラはゴジラの動向を見る構えだ。
ゴジラは再び口を大きく開き放射線瘤を放つ。キングギドラがそれを重力湾曲場で封じ込める。続いて尾の先からも放射線瘤を発射させる。
結果は変わらない。既に第5形態との戦闘でゴジラの攻撃にキングギドラは対策を整えていた。
続いてキングギドラが動いた。一斉に3つの口を開き、閃光が放たれた。
ゴジラの体が浮き上がり、地面に叩きつけられた。重力の圧力でゴジラが苦しむ様子はなかったが、叩きつけられた衝撃でその巨体は地面にめり込んだ。
しかしゴジラはそれを意に介することなく、その地面に突っ伏した体勢のまま背鰭から放射線瘤を乱射する。
キングギドラの重力湾曲場で屈折させるが、更に追い撃ちと放たれた尾からの放射線瘤が遂に重力湾曲場の壁を貫通し、キングギドラを襲う。
キングギドラは分散させて回避をするが、乱射される放射線瘤に阻まれ、直ぐに元の三つ首の姿に戻った。
「周辺地域の空間放射線量が生命に危険なレベルに達しています」
連絡を受けた葉山の代理の経済産業副大臣が報告した。
「何れにしても今は十分な実力を発揮できる状況ではありませんね。……総理、風下の部隊は他の部隊と合流するようにしてよろしくですね?」
「あぁ。ここは辛抱の時だ。対空防衛と静岡県及び山梨県の富士山周辺地域に加えて神奈川県内にも避難を指示してくれ」
「承知しました。防衛大臣、よろしくお願いいたします」
泉と赤坂の会話を受けて防衛大臣は連絡をする。
ゴジラとキングギドラは依然として互いを牽制してあっていた。
キングギドラは遂にゴジラとの形勢を傾ける為の策に出た。
鱗を分散し、ゴジラの周囲に展開させる。ゴジラは背鰭からの放射線瘤の乱射で対応するが、途中から口と尾からのみに変わった。消耗戦に持ち込み、ゴジラの火力を使い果たそうというヤシオリ作戦フェーズ1と同じことをキングギドラはしていた。
そして攻撃の穴を突いて、ゴジラの周囲に重力の檻が張られた。
ゴジラは尾を叩きつけ、重力の檻を破ろうとするが、境界面で勢いが止まる。
尋常ではない強靭さを持つ体の為、ゴジラは重力の圧力で苦しむことはないが、それでも自由は奪われる。
そして、キングギドラは首を動かし、ゴジラを上空高く浮かせる。
キングギドラは更に自身の首を長く伸ばし、重力の檻を自身の首で巻き付ける。ゴジラの背鰭がぺきっと凹んだ。既に内部の圧力は地球の中心部に匹敵する程になっており、原型を保てるゴジラが異常な状況であった。
更にキングギドラは胴を細長く伸ばし、尾も巻き付ける。
遂にゴジラの様子に変化が現れた。
キングギドラは重力を限界まで操作する。則ち、ブラックホールの生成だ。
ゴジラの体が縮小し、中心部に漆黒の球が現れる。
このままキングギドラはゴジラを消滅させようとする。
しかし、刹那、内部が激しい閃光に輝き、キングギドラの体は内部からの圧力によって四散した。
直ぐに上空で姿を元に戻すがキングギドラには何が起きたか理解できていなかった。
それは眼前に浮かぶゴジラに対しても同じであった。
ゴジラの基本的な姿は第4形態とほとんど変わらない。しかし、明らかに異なる箇所が2つあった。
背鰭の外側から4対の光り輝く翼が展開されていた。光翼はモスラの光の羽と同じように実体があるのかすらもわからない。光の粒子が集まって形成されていた。
更にもう一ヶ所、明らかに異なる点がある。第二の腕だ。細長い人の腕に良く似た第5形態と同じ腕が肩から生えていた。第4形態まで存在していた小さい腕も同じ場所に存在している。
そして、その長い腕は光翼と同じ光でできた棒状の物体を両手にそれぞれ一本ずつ持っていた。
ゴジラ第6形態であった。
キングギドラはゴジラ第6形態を警戒し、距離を取ろうと富士山の方角へ空中を移動する。
それを見たゴジラは左腕を振り、手に持つ光の棒をキングギドラに向けて投げた。
キングギドラの重力湾曲場を貫き、光の棒は鋭い針の様に伸び、キングギドラ背中から突き刺し、貫通して胸から先が出る。
そして、ゴジラはキングギドラに接近し、右手を振り落とす。手に握られた光の棒はまるで剣の様に平たく長く伸び、キングギドラの中央の首を切り落とした。
更に、ゴジラは身を翻し、長い尾がキングギドラを富士山の山腹に重力湾曲場ごと叩きつける。
明らかに先程までのゴジラとは全く別次元の強さとなっていた。
「……そうか。時間をかけたんだ」
映像を見ていた安田がパソコンで調べ始めた。
その検索ワードを見た尾頭と間教授も合点がいったらしい。
キーワードは「相対性理論」。
「確かに。もしもゴジラがモスラやラドンから能力を自身のものにするだけの十分な時間を得ていれば、納得の行く状況です」
「あの完成された動きが様々な進化の実験を経た上での帰結としての形態であれば、あの第6形態はまさに対キングギドラ戦特化型といえる。小型化をやめたのはキングギドラという天敵に対する選択だろう。そもそもあのブラックホールから脱出したということは則ち、今我々がキングギドラの解析をして手に入れようとしている重力の謎を解明したから、少なくともブラックホールを含む重力という力を物理的な手段で干渉し、破壊や無力化といった行為を可能にしたことを意味する。あの光の棒が重力湾曲場を貫通してキングギドラへ攻撃が通用したことがその証明になる!」
一方、安田もパソコンの結果を見ながら、JAXAの旭と連絡を取っていた。
「つまり、できるできないの常識的な思考を無視した場合、ブラックホールと外部の観察者には途方もない時間のズレが生まれるということですね」
連絡を終えた安田が頷いた。
この瞬間、巨災対は一つの仮説にたどり着いた。
キングギドラのブラックホールに取り込まれた一瞬、内部のゴジラと外部にいたキングギドラを含むゴジラ以外の全ての存在とでは時間のズレが生じていた。それが相対性理論の代表的な考え方であり、推測では無限に近い途方もない時間を一瞬の内にゴジラはブラックホール内で過ごしたことを意味している。
仮にこの説が事実であった場合、ゴジラは現在の物理学では不可能とされるブラックホールからの脱出を実証したことになる。
キングギドラの意識の中枢であるノゾミは焦っていた。
中央の首の意識の中枢であるカナエは先程のゴジラの光剣による切断の瞬間から存在を感知できない。
例え分散していようと彼らの意識は常に一つのネットワークで繋がっており、情報が絶えず共有され続けていた。それがあの瞬間からパッタリと消えたのだ。
可能性は一つしかない。コアの破壊だ。
キングギドラを構成する無数の金色の粒子はそれぞれ金星人をコアとしている。一粒に一人と。最も彼らにそもそも自我は失われている為、意識はX星人だけがそれを自在に操れるようになっている。その中枢が彼ら三つの意識体である。そして、その意識体の本体も金星人と同じようにたった一粒のコアに存在している。
しかし、本来それは余程の不運でなければ、絶対に破壊されない安全な方法であった。何故ならキングギドラの中を彼らは常に移動している為、万が一狙って破壊されることがあるというのは砂粒一粒を狙って潰すのと大差ない。とはいえ、状況からその天文学的確率の不運がカナエに振りかかったと判断する他ない。
この時点でノゾミは、前提としてゴジラが狙って破壊をしたとは考えていないのだ。
それ以上に彼らの理解できない状況があった。
何故、ブラックホールで消滅できなかったのか。
何故、重力湾曲場で防げないのか。
ノゾミは残るタマエにも回答を求めた。
タマエの出した回答は、巨災対の出したものと同じ仮説。しかし、確率があまりにも低い。
ノゾミもそれは想定したが、結論はあり得ないというものであった。
何故なら、彼らは知らなかった。
ゴジラの情報はサルノ王女から入手していた。かつて東京を破壊し、ヤシオリ作戦なる日米の共同作戦によって凍結され、そのゴジラの恩恵で地球人は新たなテクノロジーを手に入れたこと。その事実を情報として得ていたが、それは歴史の1ページに残されたただの情報でしかない。ゴジラが恐るべき速度で変遷を遂げ、それをただの形態変化でなく進化と表現する方が適切というべき存在であり、牧元教授が人類に科した罪、そして神の名を与えられた存在だということは知らない。
可能性としてはあまりにも低く、本来ならばキングギドラ同様にあり得ないと切り捨てる程度の仮説であったが、ゴジラを知っている人類は信じた。その本質は、「ゴジラならばあり得る」という一種の信仰であった。可能性がないのでなく、低いというのはそれがどれほど低くても可能性があることなのだ。つまり、ゴジラならばあり得ると考える。
しかし、彼らはそれがない。故に別の可能性を考える。
最も確率の高い可能性をタマエが出した。
エラーによる重力操作の不備。そのエラーの元が消滅したカナエによるものという可能性だ。
それでもその確率は1%未満だが、最も高い可能性であり、何らかのエラーを起こしていた為、カナエは破壊に至ったという尤もらしい仮説となり、ノゾミはタマエにキングギドラの20%のコアをエラースキャンの為に領域を使って行うように指示した。タマエも了承し、スキャンを始めた。
そしてノゾミはゴジラとの戦闘に集中した。ゴジラ相手に接近戦は不利であり、飛行が可能であっても地球外からの攻撃であれば対応方法が限られると判断した。想定するパターンが少なければそれを逆手に取って逆転するパターンも必然的に導き出される。
キングギドラは富士山腹に叩きつけられた後、ゴジラの接近前に上空へ急上昇した。土煙と衝撃波が発生した。
ロケットの様に大気圏外へ向けて上昇する。
しかし、キングギドラはそれを追尾し、追い付く勢いでゴジラも上昇したことに気付いた。
キングギドラは閃光を連射し牽制するが、ゴジラはそれを回避し、更に直撃の場合は光剣で斬り、また光翼を羽ばたかせて弾いた。
ノゾミは混乱した。あり得ない。あり得ない。
まもなく、大気圏を越えた。しかし、ゴジラは着いてきた。
この瞬間、タマエがエラー検出結果、エラーなしと回答した。
同時に、ノゾミはゴジラに要因がある可能性を、切り捨てた仮説を検証した。
もしも、そんなあり得ないほどに低い確率のことを引き起こしたと過程した場合、これまでの唐突なまでの戦況の変化が全て説明できてしまう事実に気がついた。
最早、起こり得る起こり得ないという次元ではなかった。ノゾミは気付いたのだ。
事実を前にしたら、確率は無意味であり、それが低くても最も合理的な説明のできる仮説を信じるべきであったと。
そして、何よりも、ゴジラに対して恐怖という感情を抱いていることに気がついたのだった。
キングギドラはゴジラから逃げようと宇宙を目指し、更に上昇をする。
しかし、ゴジラはそれを許さず、キングギドラを抜き、先回りする。
機動性すらもキングギドラを上回っていたゴジラは、キングギドラに左手で掴みかかる。
キングギドラも重力湾曲場を最大にしてゴジラの腕を防ぐ。その圧倒的な圧力に流石のゴジラの手も潰れた。
しかし、ゴジラの指は瞬時に再生し、更に光翼の一枚が消失し、代わりにゴジラの手に光が宿る。右手に持つ光剣も消失し、右手に光を宿した。
次の瞬間、キングギドラは恐怖の悲鳴の様に鳴いた。真空状態の為に、声は響かないが、目の前で起きた光景とパニックを起こす二本の首だけで、声が響かずとも十分に表現されていた。
目の前でゴジラは《重力湾曲場を手で抉じ開けて破り捨てた》のだ。
重力操作を身に付けたキングギドラでも理解を超えた出来事であった。
更に、ゴジラはそのまま光る右手でキングギドラの左の首の根元を掴んだ。
そして、ゴジラは何かを探るかのようにキングギドラの首を掴んだままもう一方の光る左手で首の頭部付近を掴んだ。
ゴジラの光翼が更に一枚消失した。
ゴジラの口の中に光が宿った。
その口を開き、キングギドラの首の一点を噛みつき、その瞬間、ゴジラの口から眩い閃光と共にキングギドラの首が吹き飛んだ。
そして、残された生首はゴジラが捨てると宙を浮遊した。
キングギドラ=ノゾミも確信した。
《ゴジラはX星人のコアを狙って破壊することができる》ということを。
弱点を突ける相手となれば、下手な逃走は追撃のリスクを高める。キングギドラはこれまでとは全く違う戦い方をすることにした。
それはつまり、自身よりも強者に退路を断たれた状況で一騎討ちをする場合の最善の戦い方だ。
幸い金星人のコアは無事である為、宇宙空間に漂う生首も再び体の一部に戻すことも自在に操作することも可能だ。
ノゾミのコアもキングギドラの全身を高速で移動させてゴジラに狙われないようにする。
同時にゴジラの攻略方法を考える。しかし、方法は少ない。既に外部からの攻撃手段で有効なものはほとんどない。周辺の星を全て消滅させるほどのブラックホールを使えば倒せなくても逃走する時間は稼げる可能性がある。
しかし、その猶予を与える可能性が低い。
従って、かつてゴジラを凍結させた体内からの攻撃が唯一有効な方法になる。
キングギドラは宙に浮かぶ首を分散させ、ゴジラの顔を覆い被さるとそのままその口腔内に侵入させる。
ゴジラは苦しむ様子を見せるが、まもなくだらりと両手と頭を下げ、沈黙した。
それを確認したキングギドラは首を長く伸ばし、ゴジラの周りを取り囲む。翼と口の間にブラックホールを発生させ、ゴジラを消滅させようとする。
しかし、キングギドラはゴジラの異変に気がついた。
刹那、ゴジラの目が金色に輝き、同時にゴジラの全身から金色の粒子が出てくるとそれはゴジラの頭部に円環を描いて集まる。まるで西洋の神や天使で描かれる輪のそれであった。
そして、ゴジラは顔を上げ、咆哮した。
キングギドラは発生させたブラックホールを口と翼の間からそれぞれ放った。
しかし、ゴジラは《その一発目のブラックホールを口で物理的に噛みきり
、続く二発目のブラックホールに至っては光輝く両手で受け止め、キングギドラの胴体に押し付けた》。
キングギドラの胴体は瞬時に消滅し、残された首と翼、二本の尾が集まり、再び龍の姿へと変わり、離脱を図る。
しかし、ゴジラは龍の尾を掴むと、口を開く。
その口の中に漆黒の点が発生した。
紛れもなく、それはキングギドラが使用していた重力操作によって局地的に発生させた制御可能なブラックホールそのものであった。
それをゴジラは光翼を一枚消失させ、ブラックホールを包む。あらゆる光すらも飲み込むはずの漆黒の点の周りを光が渦巻く、本来あり得るはずのない全く未知の次元に存在する現象が発生していた。
龍ことキングギドラは死の恐怖を感じた。同時に、その意識体のノゾミは後悔していた。地球を狙ったこと、ゴジラの存在を軽視したこと、ゴジラと戦ってしまったことを。
そして、ゴジラはその光の渦によって帯状に放射されたブラックホールをキングギドラに向けて放った。
刹那、キングギドラは完全に消滅した。
ゴジラの放った光の渦は地上からも観察可能な明るさであった。
皇居にいる直子も多くの避難者達と一緒にそれを見上げていた。
夜空に伸びる一筋の光。それはどんな流れ星よりも美しく、強い光であった。
そして、進藤達巨災対メンバーも官邸の屋上に出ていた。
その後ろから矢口達閣僚達も屋上に上がって来た。
「どうなったのでしょうか?」
「わかりません。ただ、この地球に降りてきた方が勝者であり、我々人類にとっての最大の脅威となることは間違いありません」
進藤が誰にとなく疑問を口にすると、隣に立った矢口が答えた。
そして、彼の回答に応じたかのように夜空から光が降りてきた。
それはまさに降臨であった。
夜空に浮かぶ満月を背に光翼を生やし、金色の輪を頭の上に浮かべて降りる姿は西洋神話の神そのものであった。
長い尾を眼下にある押上の東京スカイツリーに向けて垂らし、長い腕には光り輝く槍の様な棒を握り、満月の夜空に降臨した神は、地上の人々にまるで過去の罪の精算を求める様な威圧感をもって、その口を開き、咆哮を上げたのであった。
地球最大の決戦-sin-
終