燃える鎧のモスラは巨災対の面々であっても茫然としていた。

「………」

 安田も言葉を失っていた一人であった。
 最早あれは科学の常識や物理法則などの言葉を使う次元すら超えていた。想定外も想定外だ。そもそも想定をするはずのない存在だった。
 ゴジラもラドンもキングギドラすらも、人類がまだ解明できていなかったり、再現がまだ困難な法則に従って存在している。その未解の法則を想定外と表現したことはあった。それが巨大不明生物という存在でもあった。
 しかし、モスラはその想定外すらも軽く凌駕する。現実的な判断を求められる一介の官僚の立場として安田は考えないようにしていたものの、仮に巨大不明生物の不明たる未知の法則を机上で話すのであればそれは空想科学、サイエンスフィクションと何ら変わらない。だが、モスラを説明する場合、仮説すら成立しない。それはSFですらない。幻想。ファンタジーだ。

「仮にあの羽の光が我々の知るスペクトラムと同じであれば表面温度は1000度以上となる。空気抵抗以前にそもそも質量と形状から飛翔そのものが困難。ならば、キングギドラの重力操作と同様、または類似した結果を生み出す何らかの未知なる作用がその体に働いていることになる。そうなれば本来は考慮すべき摩擦といった抵抗も、恐らく全て無視していると仮定できる。最早、モスラの一連の現象のメカニズムは我々の想像を超えている。あまりに理解を超えた現象は魔法と何ら変わらない。それを理解しようとすることすらが今の人類には無謀という存在なのだろう。ならば、一度それを魔法と割り切り、魔法なる現象の二次的、三次的な結果を我々の知る科学で考えた方が現実的な想定となる」

 モスラについてあれこれ検討をしていた間教授は、これまで書いていた模造紙を全て床に捨て、立ち上がると誰にとなく熱弁した。しかし、モスラについては既に間教授以外は思考をすることすらできない状態であった。
 一方で、理屈抜きでその状況を正確に判断することを求められる立場にある黒木は別の見解を示した。

「あまり良い展開とは言えません」
「どういうことでしょうか?」

 黒木の言葉に冠城が問いかける。彼は冠城を見ず、スクリーンを眺めたまま答える。

「これはキングギドラの戦術です。これまでの戦いで、多少なり威力が認められた攻撃に対してキングギドラは必ず初撃を受けているのですよ。そして二撃目は許さない。必ずその攻撃に有効なカウンターをする。キングギドラは間違いなくゴジラとモスラの攻撃に対する対抗策を既に用意しています。それを覆すには、キングギドラを上回る秘策を用意するか、彼の策が全く通用しないほどの力によるごり押し、それこそ初撃で決着が着くほどの圧倒的な戦力差がないといけません。それができなかった以上、モスラとゴジラはまだ優位とは言えませんよ」

 黒木の言葉を裏付けるように、気象庁職員がパソコンを見て慌てた様子で声を上げた。

「大変です! 賤機山地下の圧力が急激に上昇しています! あの地域に活断層も火山も存在しない筈なのに……マグマ溜りが存在してます」

 その言葉に一同はすぐにキングギドラの作戦だと察した。圧力によって岩石が融解して膨張。重力の局地的な上昇による圧力。キングギドラによる重力操作。簡単な連想だった。

「その圧力が膨張した場合、どうなりますか?」

 黒木はその職員に問いかけた。結果はわかっている。しかし、確認が必要だった。

「地上に向かって噴出します。噴火口ができるということです。直上の賤機山は崩壊し、新たな火山が生まれます」

 無茶苦茶な話だが、中学生の理科で学ぶレベルの簡単な展開であった。
 マグマ溜りが膨張して地上に上昇する。地上の地面は膨らみ、その後地面が割れて噴火する。

「圧力急上昇! 噴火します!」

 気象庁職員は叫んだ。
 刹那、ゴジラ達がいる賤機山が内部から崩壊し、マグマが噴出した。ゴジラ達は見る見るうちにそれに巻き込まれ、噴煙がその姿を隠す。
 まもなく、流れ出た溶岩が家屋と木々を巻き込み、黒煙を上げ、安倍川と藁科川に接して水蒸気を上げた。一面が白と黒の煙に包まれる。
 それを見届けたキングギドラは浮遊し、モスラへ視線を移した。
 モスラが身構えるが、キングギドラは煙の中に消えた。

「姿が、消えた?」
「違う。分散して煙に紛れたんだ」

 安田が驚くと、進藤が悔しそうな顔をして言った。
 形勢が逆転したと思ったのは、むしろキングギドラの策略であった。キングギドラはモスラの初撃を受けて分散して集合した時、既に地中へ自身の一部を潜らせていたのだ。
 あの瞬間から既にキングギドラの思惑通りに全ての物事は展開していたのだ。黒木はそれを踏まえて静かに呟いた。

「自分はキングギドラを見誤っていた様です。彼の驚異は状況に対応し、形勢を優位にする戦術性の高さと思っていましたが、そもそもの展開そのものを支配する戦略性の高さにあったということですね」

 状況は圧倒的不利であった。






 

 分散して煙に混ざったキングギドラはモスラの周囲に迫る。
 モスラは燃える鎧の羽をはばたかせて熱風を起こして煙を退かせる。
 互いの得手不得手が重なり、拮抗している様に見えた。
 しかし、モスラもそれがキングギドラの何らかの策略だと考え、警戒し続ける。
 充満する煙から金色の光が見えた。
 すかさずモスラはソーラーレイを射って攻撃する。その瞬間、モスラもそれを見ていた人々もそれがキングギドラの罠だと気づいた。だが、既に遅かった。
 突如安倍川の中から金色の鋭い針状の物体が何本も現れ、モスラの燃える鎧の羽を刺した。
 しかし、硬い鎧に阻まれ、針は羽を貫けない。
 すると、針の先端の形状が螺旋の溝が入った円錐状に膨らみ、高速回転する。更に煙の中からもモスラをぐるりと上下左右全てを取り囲んで、ドリルが出現し、一斉にモスラを襲う。ドリルに展開された重力湾曲場によって威力を増し、モスラの鎧は遂に無数のドリルによって貫かれた。
 紅色に燃えていた鎧は色を鈍ぶらせ、黒くくすんだ銀色になる。
 鎧の羽を無数のドリル針によって、串刺しにされたモスラは身動きが取れない。
 その目の前に煙が集まり、キングギドラが姿を現す。
 キングギドラは3つの首を伸ばし、モスラを三方向から取り囲むと、口を開き、閃光を放った。
 モスラが悲鳴をあげる。鎧は重力の圧力によって亀裂が入った。
 そしてトドメとばかりに広げた翼を体の前に寄せる。3つの口と翼の間の景色が球体状に歪む。重力が湾曲したことで、光も歪んだ結果だ。
 キングギドラは串刺しの鎧モスラにその球体を放った。
 刹那、モスラの鎧は圧力に耐えきれず、遂に砕け散り、モスラは羽を失った。体の鎧もまもなく砕けて、ふわふわした毛に包まれた本体が現れる。
 その瞬間、モスラの目が青く光った。
 モスラを苦しめていた重力の球体が消滅し、モスラは眩い光を放ち、キングギドラを吹き飛ばした。
 キングギドラの体に大きな穴が開き、再生ができない。
 そして、その後ろに飛ぶモスラには失われた筈の羽があった。
 正しくは実体としての羽はない。光が羽の形を成し、モスラの羽となっていたのだ。光の為か、羽の形は基本的にモスラの羽の形だが、揺らめく不定形であり、それが幾重にも重なり模様の様に見える。
 これまでを見てきて、今のモスラの姿を見た者は言葉を介さずとも理解していた。
 それこそ本当に最期の切り札。モスラの最終究極形態であると。




 

 

 巨災対でも光の羽のモスラを映像で確認していた。
 モスラが羽ばたく度に光の粒子が周囲に飛散している。

「あの光の粒子がキングギドラの修復を阻害している可能性が考えられます」

 皆が疑問を抱いていた何故キングギドラはすぐに体に空いた穴を修復しないのかに対して、尾頭は見解を口にした。誰も否定しない。むしろ、それくらいしか考えられない。

「光の粒子が燐粉と同じものである可能性は高い。しかし、それを飛散させるというのは自滅行為ともいえる。……いや、死を覚悟しているのか」

 間教授は呟いた。
 しかし、彼らの言葉以上に多くの者がその姿を見て、直感的に理解していた。
 光の羽のモスラの燐粉攻撃はまさに最期の切り札なのだと。
 それらを裏付けるようにキングギドラの体に付着し、少しずつ表面を腐食させ始めていた。

「妙ですね」

 黒木が呟いた。

「妙とは?」

 黒田が問いかけると、彼はじっとモニターを眺めたまま答える。

「キングギドラが無抵抗過ぎるのです。むしろどんどん自身に燐粉を付着させているともとれる」

 確かに事実であった。
 キングギドラはこれといった反撃をせず、ただ一方的にモスラの燐粉攻撃と時折来る体当たりによる羽の切断攻撃を回避行動こそするものの基本的に受け身に徹している。
 その為、初撃の大穴に匹敵する傷は受けていないが、羽や胴体が切断されて損傷する箇所がどんどん増えている。
 ただこの様子だけを見れば、モスラの攻勢に圧されて反撃できないだけに見えるし、モスラの光の羽はそれほどの逸脱した存在だ。
 しかし、キングギドラのこれまでの戦い方を見ていた黒木にはこの劣勢すらも反撃の機会を虎視眈々と待っているように見えてしまっていた。
 それはまるでモスラの手の内を全て見た上で反撃をしようと企んでいるかのようだった。



 


 

 モスラはキングギドラを被い尽くす光の粒子にソーラーレイを放った。
 刹那、光線は乱反射し、キングギドラの全身に攻撃を拡散させた。
 キングギドラが初めて呻き声らしい声をあげた。
 更にモスラは羽から光を無数の針のようにして放った。キングギドラに刺さった針は消滅せずにその場に留まる。
 ここでモスラは一気に畳み掛けた。
 モスラの羽が先端から分裂し、光でできた無数の小さなモスラを作り出し、キングギドラに突撃した。
 無数の小型モスラはキングギドラを外からだけでなく、傷口や口腔内から進入し、内部からも攻撃を開始した。
 同時にモスラ本体もキングギドラに目掛けて体当たりをする。
 刹那、キングギドラの目がギラリと光った。
 安倍川を上流から下流のキングギドラに向かって加速していたモスラは突如失速し、川へと叩きつけられた。周囲に飛散していた燐粉もすーっと安倍川へと吸い寄せられ、視界がクリアになる。
 モスラは体を飛ばそうと、噴火によって水量の減った安倍川の上でもがくが地面から離れられない。更にモスラの上には煙の中の煤や細かい砂なども吸い寄せられるように降り積もる。
 そして、地中から金色の龍の尾が現れ、モスラを見下すキングギドラが近づくとその先端がキングギドラの尾の一本と融合した。キングギドラは先の鎧モスラとの戦いで安倍川内に忍ばせていた自らの一部をそのまま地中に隠し、この瞬間に高出力で重力を操り、モスラを地面に這う尾に縛り付けたのだ。
 更にこれはキングギドラにとって反撃の狼煙に過ぎなかった。罠にかかったモスラの目の前で体に空いた大穴の中心に光の粒子やモスラの分裂体が集まってくる。そして、キングギドラの体は見る見る内に修復されていく。
 モスラはそれを見せつけられながらも何もできずもがくことしかできない。
 キングギドラの大穴に集まった光の塊は次の瞬間、漆黒の球体に変わり、消滅した。
 その意味がわかるか、とまるでモスラに問いかけるようにキングギドラは咆哮し、三つの首がモスラの光の羽と胸部に伸び、噛みついた。否、正確には噛みつくように口を開き、それぞれに近づいた。
 そして口の間に羽と胸部を入れると、口の間に先と同様の漆黒の点が出現した。
 刹那、モスラの胸部と光の羽はその漆黒に吸い寄せられ、一瞬にして消滅した。
 胸部を失ったモスラの頭部と腹部は一瞬遅れて黄色い血液を噴出させ、ピクピクと不随意の痙攣をさせて絶命した。
 重力を操る能力がある時点で想定をすべきキングギドラの切り札にして、この宇宙に存在する全ての物質が、光すらも逆らうことのできない重力の落とし穴、ブラックホールすらも自在に操作できる能力を失念していたモスラの完全なる敗北であった。
 最後の敵を倒したキングギドラは悠然と静岡市街地へと進入し、そのまま東を目指して歩き始めた。既に腹部の大穴は塞がっていた。






 

 約20分後、キングギドラは人々に恐怖を植え付けていくように清水港を通過した。
 一方、官邸内は騒然としていた。可能性として出てはいたものの、ブラックホールを局所的に発生と消滅を自在に行え、かつある程度の三次元的な方向も操作可能となればキングギドラに対するあらゆる対抗手段が無力化される可能性が出ためだ。

「総理、米軍は支援攻撃を断ってきました」

 会議室で、防衛大臣が泉に報告した。

「国連も同じだ。ブラックホールまで操作可能となれば、敵対よりも早期降伏を想定した静観という意見が多いらしい。特にゴジラと異なり、キングギドラは知的生命体ということも理由らしい」

 泉は険しい顔で答えた。
 閣僚が集まった会議室でも発言は乏しい。それほど絶望的な状況であった。

「矢口、巨災対はどうだ?」

 赤坂が矢口に問いかける。

「現在サンプルの分析中です。しかし、キングギドラがブラックホールを使って無力化を行う可能性が出た為、特効薬を開発しても有効になるかの保証はありません」
「そうか……」

 赤坂はその言葉を聞き、眉間を指で摘まむ。シャツの襟元に汗染みができていた。
 そんな折り、国交相がメモを受け取り、声をあげた。

「すみません。映像を安倍川に変えていただけますか?」

 すぐにメインモニターの画面がキングギドラから安倍川に切り替わる。
 噴火は落ち着いており、煙も少なくなっている。川の水かさも少ないものの回復してきている。
 目立った変化は見られないが、矢口が眉を寄せた。

「ん? ラドンとモスラが無くなっている?」
「確かに……。おい、前の映像は出せるか?」

 関口が声をあげた。官僚が何名か確認をし、すぐに関口に伝える。

「照会中ですが、30分前にこちらで表示していたものが画像であるそうです。今、表示します」

 泉の顔を見て関口は伝えた。
 言葉通り、直ぐに画像が隣に表示された。
 確かに川に転がったモスラとラドンが確認できる。モスラは間違いなく死骸であり、ラドンも生存している可能性はありつつも、少なくとも虫の息だ。

「本当に消えている……」
「巨大な生物が消えるはずはありません。少なくとも移動したと解釈すべきだと思います」

 関口が言うと、矢口が速やかに訂正する。
 同時に矢口は可能性を考える。
 ラドンがモスラの死骸を持って移動した? 可能性は低い。少なくともモスラの死骸を移動させる理由がない。補食した可能性は、ある。
 河川に流された? これはない。あの水量では巨大な生物を流すことはできない。
 その他の自然現象は、やはり二体の大きさから可能性は低い。
 やはり前者が有力となる。しかしラドンにその力が残っているだろうか?

「ラドン以外の何かが移動した……? 補食した……? っ!」

 矢口は思考の最後を口に出し、目を見開いて思わず体を浮かした。反動で椅子がガタッと音を立て、一同の視線を集めた。
 矢口はそれを恥じることもなく、その注目を利用し、そのまま発言した。

「至急、過去30分の周辺の地震観測データ、空間放射線量データ、安倍川の映像を調べて下さい! モスラとラドンをゴジラが補食した可能性があります!」

 誰も笑うものはいなかった。
 誰も矢口が不用意にゴジラと発言したことを咎めるものはいなかった。
 矢口の言葉を聞いた皆が一様に、その可能性があったと考えた為であった。


 



 

 巨災対にも矢口から連絡が入った。
 この手の行政区分の入り乱れた情報を収集し、統合、分析することに最も長けた巨災対が結果的には最も早く結論にたどり着いた。

「地震計データがプロットできました! 発生時刻も着いています」
「サーベーデータ、プロットできました!」
「キングギドラの移動を大まかにプロットしました。こちらと頂いたプロットを重ねます。……やはりキングギドラ以外に群発地震がありますね。サーベーデータが時差を持って上昇していますね。……時間経過毎に表示できますか?」

 尾頭がパソコンにデータを集めて確認する。
 直ぐに同時進行で処理を行っていた安田が手を上げた。

「はいはーい。データを時間毎に分けてプロットしています。今処理中です」

 そう言いながらパソコンを尾頭の隣に持ってくる。二人を取り囲むように人が集まる。
 まもなくアニメーションの画像化処理が終わり、表示された。
 5分毎の6枚のアニメーションだが、十分であった。
 キングギドラが移動し、その振動を感知している。一方で、後を追うように安倍川付近から地震が起こり、時差でその付近の放射線量が微弱ながら上昇し、それも短時間で分散している。
 最後の決め手はこのデータを元に時刻が割り出され、ピンポイントで該当する箇所の映像を国交省、気象庁、警察庁、総務省で一斉に照会をかけた。

「み、見つけました!」
「こちらも!」
「バッチリ映ってます!」
「地震と道の陥没があります!」

 集められた映像は泉や矢口のいる会議室へも共有した。
 まず安倍川のモスラとラドンは二ヶ所の角度で確認された。表現的としては地面に食べられているというのが最も正しいものであった。解像度の問題で、決定的なものではないが、地中から現れた無数の黒い何かがまるで地面にモスラとラドンを引きずり込んでいた。
 そして、東へ向かって地面を陥没させながら移動し、その後地中深く潜ったのか姿は見えないが地震が起きている。

「画像の解像度を上げれば確定ですが、まぁ状況的にゴジラですね」

 安田が映像を見終えて言った。
 一方、間教授は手拭いを首に巻きながら苦しい表情で言った。

「同時にゴジラであれば、岩石を溶かす程の高温であっても生存が可能ということが証明された。これは熱核兵器であってもゴジラの生命を絶つことはできない可能性を示唆している。……今更ながら、ゴジラに有効な手段はヤシオリ作戦だけだったということが明らかになった訳だ」

 地中を移動する存在がゴジラであれば、それは確実に移動速度を上げてキングギドラを追跡していた。
 つまり、まもなくゴジラはキングギドラに追い付くということであった。
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