同時刻、愛知県名古屋市合同庁舎の国土交通省中部地方整備局に設置された対策本部では関係者が続々と集まっていた。
 中部地方整備局の管轄は愛知県、三重県、そして岐阜県、長野県、静岡県になる。つまり、ラドンとキングギドラによる一連の戦禍は全て中部地方整備局の管轄内で発生していた。
 彼らのミッションは三つだった。
 一つは戦闘による土砂崩れ等による孤立地域への道路啓開。既に自衛隊や消防、警察の空路による人命救助はパンクしており、特に現在もキングギドラとラドンがいる静岡県内に至っては安全の保障が皆無であるため、自衛隊すらも偵察目的以外の飛行を許可していない。即ち、孤立住民に残された希望は陸路の開通、即ち道路啓開であった。
 次の一つがラドンの死骸の処理だ。時間が経過すれば、如何なる生物であっても水分と有機物を含む死骸は必ず腐敗する。放射性物質を含有する生物の死骸から流出した汚染水や土壌の除染作業を速やかに実施しなければなからなかった。特に地下水脈の汚染だけは絶対に許してはならない。何故なら、岐阜県、長野県、静岡県の大井川、どれも中部地方の生活用水の源になる水であった。万が一、これらの水脈が汚染された場合、中部地方は慢性的な水不足に苦しむことになる。
 そして最後の一つが、東西の分断状況の早期解消であった。ある意味これこそが中部地方整備局に日本政府から課された最大のミッションであった。東海道新幹線を含む鉄道各線、東名高速道路、新東名高速道路が現時点で完全に使用不能となり、また損壊により即時復旧が困難な状況になっていた。そして北陸地方も富山県と福井県の沿岸地域が未だに完全な機能回復をしていない為、現在の西日本と東日本の人と物の使用可能なルートは安全確認中のエリアを国道を経由しての中央自動車道、富山県内の通行止めエリアを長野県内の山道を迂回しての日本海側ルート、あとは市道と県道、更に名前のない道を通るルートしか残されていない。一部船舶保有の民間が京都府と新潟県の往復便での物流ルートを申請しているという情報も届いていた。
 つまり、日本政府からの最優先事項である東西の流通網の確保を最速でクリアする条件を満たす方法で他の二つのミッションもクリアする最善の指示が彼らには求められていた。
 既に各地の支所に民間の建設会社が集っている。あとはどこを啓開させるかであった。
 幸いにも彼らは先人達が作った歴史を研修等で学んでいた。最も参考になったのは東日本大震災でのくしの歯作戦と呼ばれる東北地方整備局が実施した道路啓開と同じく福島県内の原子力発電所周辺地域の啓開、そしてゴジラ出現時の特にヤシオリ作戦時に特殊建機を運び込む為に行われた道路啓開の記録だ。
 特にヤシオリ作戦の啓開はその殆どが陸上自衛隊主導で行われたものの、当時この中部地方整備局からも多くの職員が応援に駆けつけていた。その経験が今回の判断基準に大きく影響した。
 結論は、第一は勿論中央自動車道の啓開で、流通ルートの回復。そして中央自動車道から啓開可能な集落へのくしの歯作戦。勿論、沿岸部と山岳部では勝手が異なる為、この方法で救援可能な孤立集落は数ヶ所だ。
 深刻なのはラドン墜落の二重苦にあっている岐阜県北東部の集落への救援だ。これが第二優先事項としつつも、中央自動車道は主に長野県になる為、岐阜県側はラドンの死骸処理を自衛隊主導で行いつつ、道路啓開をし、迅速な除染を行う為のルートを確保することが岐阜県側の最優先事項と位置付けられた。既に岐阜県には応援で建設会社の他、陸上自衛隊、中部電力の原子力発電所事故対策担当職員が大量の防護服を持って待機していた。
 そして、岐阜県と長野県を優先しつつ、静岡県の壊滅した大井川上流域、そして新東名高速道路の状況把握とリアルタイムで最善のルートを更新し、侵入可能となった瞬間に即応できる体制を整えた。
 この中には被災地出身者、また現在も巨大生物に蹂躙されている静岡県出身者や現在も家族が居住している者も多くいた。しかし、彼らもまた決して諦めていなかった。





 
 

 静岡県静岡市の静岡県合同庁舎では消防本部と警察本部、県庁各担当職員が集まり、静岡県近藤県知事や一部の県議会議員、そして偶々帰省中であった元県議会議員の衆議院議員である齋藤もいた。
 齋藤は昨年度の総選挙では野党と与党の連立候補者であった。対立候補者は数名いたものの票割れをする危険の少ない面々であり、実質対立候補者は一人であった。そちらは静岡県の地方派閥の一党出身者で、齋藤を推した野党以外の各主要野党の連合候補者となっていた。前半の選挙戦は対立候補者の雄弁さと応援演説での保守第一党がゴジラ復活と同時に核攻撃のカウントを再開することを認めたことを執拗に責め、齋藤が劣勢となっていた。全国でも特異な連立候補者ということと、地理的に日本の中心地域であることなどから注目を集め、この選挙区がこの選挙戦の勝敗を分けるとも目されたのだ。
 そして保守第一党は後半戦で切り札を送り込んできた。齋藤の応援演説に来たのは矢口蘭堂。聞くところでは自身の選挙区へはまだ1日しか戻れておらず、演説もその日のたった一度だけ。あとは全て復興担当大臣としての仕事と全国の選挙区で応援演説をしている状況であった。彼はこの選挙戦において、まさに英雄であった。
 静岡市市役所前通りで街頭演説を行った際に齋藤はそれを目の当たりにした。既に各地の選挙区での状況を伝え聞いていた齋藤の事務所は周辺ブロックを全て通行止めするように警察に依頼し、実際に集まった人数は最早アイドルの屋外ライブ会場の如く人の絨毯となっていた。
 そして、矢口はヤシオリ作戦が失敗した場合は核攻撃が行われていたこと、そして日本の経済復興には世界からの信頼が必要であることを篤く語り、その為に世界へ示す誠意がカウントダウンの停止であると説明した。

「ゴジラは現在も東京都中央区で凍結しており、政府の策定した警戒レベルでは最も安全な1の状態を維持しています。しかし、ゴジラという巨大生物による災害があることを我々は経験しました。これは私個人の考え方ですが、0と1は違います。一度あったことは二度目に備えなければいけません。ゴジラが最後の一匹とは思えない。人類史のスケールではもう巨大生物が現れないかもしれません。しかし、地球の歴史のスケールでは必ずもう一度巨大生物が現れる日が来ると考えています。これは願うしかありませんが、同時にもしも第二、第三のゴジラが現れる時、何も備えずにいてしまっては先の悲劇を繰り返すことになります。これは地震や台風といった自然災害と同じことが言えます。ここ静岡は東海地震が起こるといわれ、本日まで半世紀近くに渡って様々な対策を続けてこられました。間違いなく全国トップクラスの防災県と思っております。是非とも静岡県防災の中に今後は巨大生物災害も含め、全国の模範とさせていただき、それを日本全体へと発信して下さい」

 その後は他の応援演説と大きな違いはなかったが、彼の言葉は長年の防災県民として訓練を重ねてきた有権者達の心を掴み、ゴジラと世界に対して弱腰だと暗に言っていた対立候補者の支持を根こそぎ奪い、そのまま齋藤は圧倒的な票差で当選した。
 今の状況はまさに矢口が語った状況そのものであり、彼の言葉は今、静岡県民の闘志を絶やさないマインドとなっていた。
 それを裏付ける様に県内の各地から避難報告と被災地からの安否情報が続々と集まっていた。壊滅した大井川流域の川根地区もキングギドラ出現前に地域の避難所へ集まっており、そこから下流の地域へ車輌で一斉に避難し、死者行方不明者0人という驚異的な実績を残している。また、幸い沼津市と伊豆市は危険度が低く、海にも巨大生物はいないため、清水港と焼津港を利用できることで、逃げ遅れた住民の避難もまもなく完了する。
 ここにいる面々は既に時間的に市外への避難は困難である為、地下等の屋内避難をすることにしている。万が一の時に備えて副知事ら、後任を託す者達は既に沼津市へ避難をしている。
 しかし、誰も死地に残る諦めはない。皆、幼少期から兎に角生き残ることを教えられてきた静岡県民だ。この街がゴジラとキングギドラによる戦場となっても絶対に諦めず生き残ると決めていた。






 

 午後4時、空が夕陽に染まる安部川へ藁科川が流れ込む国道1号線静清バイパスの橋のたもとにラドンαは瀕死といえる程の状態ながら辛うじて意識を持って逃げていた。
 しかし、既にキングギドラは南西の丸子地区を越え、目の前の梵天山に差し掛かっていた。
 キングギドラの後ろには家屋や木々を巻き込んで引き摺られるラドンβとモスラがいた。既に重力の檻による圧力と引き摺られることによって傷だらけになり、抵抗する力もないほどにボロボロになっていた。
 ラドンβにいたっては折れた骨が表皮を貫く開放骨折を随所におこし、既に意識を失っていた。
 モスラも羽がボロボロに破れ、文字通りの虫の息となっていた。
 そして、梵天山の山頂へとたどり着いたキングギドラは首を動かし、ラドンβを宙へ浮かせると、眼下のラドンαへと向かってβを叩きつけた。
 絶叫する二羽。安倍川にαの血液が流れる。
 しかし、キングギドラは更にβを浮き上がらせ、再びαに叩きつける。
 その瞬間、βの体が裂けた。重力の檻によって肉片や血液が飛び散ることがなく、血と肉と骨が混ざった球体になった。
 それを再び浮き上がらせるが、キングギドラは最早武器としての利用価値がないと判断し、重力の檻を解いた。
 同時にラドンαの上に肉片や骨が混ざった血の雨がドバーッと降りかかる。
 しかし、既にαに同胞を殺した怒りに咆哮を上げる力も残っていない。
 そんな様子を見てキングギドラは、ゆっくりと宙へ浮き上がった。そして、眼下のラドンαを見下し、重力湾曲場を展開する。この状態で踏みつければ、αはひとたまりもない。
 だが、その瞬間、キングギドラは視線を眼下から北東へ移した。
 北東には静岡浅間神社や古墳のある賤機山がある。その奥から地鳴りが響いてきた。
 そして、山の形をなぞるように黒くなり、そのまま山を黒く塗り潰す。
 刹那、一斉に山全体が紫色に光り、無数の紫色の光がキングギドラを襲った。キングギドラは重力湾曲場を最大にして、攻撃を防ぐが、それでも勢いに押されて梵天山の山肌を崩しながら着地した。
 午後4時10分。キングギドラはゴジラ第5形態と会敵した。





 


 ゴジラの大群とキングギドラの姿は駿府城跡にある静岡県合同庁舎からも見えた。そこに残る近藤県知事達は勿論、定点カメラを経由し、日本中の人々もその様子を目の当たりにしていた。
 皇居の直子とモル、ロラも同様であった。

「遂にゴジラとキングギドラが戦うのね。……モスラは?」
「「危ない状態です。キングギドラの残虐な攻撃に今のモスラはもう対抗する力がありません」」
「そんな……」

 直子が思わず口に手をそえた。
 先のラドンβの最期を彼女も見ていた。彼女達の周囲にもそのあまりに残酷過ぎる光景に気分を悪くした人も出ていた。
 カメラの位置からは今のモスラは見えないが、ラドンβと殆ど同じなのは直子も容易に想像できた。

「「直子さん、ありがとうございます。……モスラは最後の切り札を使います」」
「最後の切り札?」
「「はい。モスラは永遠の命を持つ存在でしたが、それは戦わずに平穏にいた場合に限ります。逆にその命を力にすることで、地球の力を受けて戦うことのできる存在でもあります。しかし、それをしてしまうとモスラは死んでしまいます。モスラは本来その力を使わずに巫女にそれを封じることで地球の守護神として永遠の時間を生きていました。……何千年という時間の中で私達もモスラと共に地球、そして皆さん人間の歴史を見てきました。正直、私達はまだ皆さんを残してしまうことに不安があります。しかし、その先もキングギドラに征服されてしまっては存在すらしません。なので、私達は決心しました。モスラも同じです」」
「それって……」

 モルとロラはニコッと直子に笑顔を向けると、目を閉じ、両手を広げた。
 刹那、二人の体は光り、そのまま光の中に消えてしまった。
 光は空を貫き、そして西へと流星の如く飛んでいった。
 



 

 

 モルとロラの二つの光は、天を貫く光の線となり、地上の人々の目を釘付けにした。
 そして、瞬く間に静岡のモスラの頭上へと到達し、モスラに向かって落下した。
 刹那、モスラの全身が光輝いた。ボロボロに破れた羽も光の翼に変わる。それはまるで燃え盛る釜で鍛える刀の如く光りは白から紅へと変化する。
 次の瞬間、モスラを捕らえていた重力の檻が粉砕され、紅色の閃光が夕焼け色の空へと飛翔した。それはまるで今にも溶け落ちそうな熱く燃える鋼をそのまま全身を纏う鎧として身につけたかの様な姿であった。更に、飛行能力も高い為か、紅の光を残像として空に線を描く、戦闘機は愚かラドンですらも不可能なジグザグ飛行を可能とし、宙へ鮮やかな紅の線を描く。
 そして、キングギドラを後ろから貫き、その体を真っ二つに切断する。
 燃える鎧のモスラは安倍川下流で反転し、キングギドラを向き、急停止する。
 キングギドラは即座に分散と集合をし、元に戻る。しかし、これまでよりも手応えがあった。モスラは重力湾曲場の壁を貫通し、キングギドラを攻撃していた。
 モスラを警戒するキングギドラだが、更に追い討ちをかけるようにゴジラの大群による放射線瘤の一斉照射がキングギドラを襲う。
 形勢が逆転した。
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