大飯原発の龍が南東方面に移動を開始したのは関東地方とまだ連絡が可能であった為、爆発の前であった。
 厳密な時刻としては、この龍の意識であるノゾミが進藤と会話をしていた頃である。
 そして、後を追うようにカナエ、タマエの二つの龍も旭達の見る視線の先を飛んで行った。
 周辺の放射線量値に上昇はなく、原発内の燃料はその原子崩壊のほとんどが終わっていた。原子力発電所三基分の総エネルギーを巨大不明浮遊体が吸収したことになる。
 そして、数十分後の正午に三つの龍と四体のラドンが接触した。






 

「携帯もつかないわ。換気扇も止まっちゃって、酸欠にならなきゃいいけど」
「「確かに油断のならない状況ですが、大丈夫です。もうすぐ地上の驚異は去ります」」

 地下鉄駅構内ですし詰め状態ながらも、警護の人達に柱の影をスペースとして確保してもらえたことで、直子とモル、ロラは多少余裕のある空間にいた。

「お兄ちゃん達大丈夫かしら」
「「それは私達にもわかりません。ですが、きっとお二人なら無事だと思います」」
「そうですね。……真っ暗だし、怖いな」
「「今は不安ですが、時期に外へ出られます。今だけの辛抱ですよ」」
「強いですね、お二人は」
「「いいえ。今の言葉を仰ったのは日本の方ですよ。私達を守る様に頼まれた兵士の方が遺跡が崩れてしまい、日本の方々が作った豪の中へ入れていただいた際に、慣れない場所で不安気に見えたのでしょう。仰った言葉です」」
「それって……」

 直子がそれはいつの話なのかと聞こうとした時、地鳴りと揺れが起きた。
 悲鳴が上がる。
 直子は頭上を見上げる。

「地上を何かが移動している?」
「「はい。目覚めたのです」」

 モルとロラは感じ取っていた。
 地上を這う無数の驚異の存在を。
 連絡手段を失い、その事実を日本全体が知るのはまだ先のことだが、現在東京駅から品川駅間を無数の生物が高速で移動していた。
 その生物は3メートル程の身長の尾を有した人型で顔の中央に単眼があり、ゴジラと同じ背鰭を生やし、四つん這いで移動していた。
 覚醒したゴジラ第5形態の無数の大群は、新幹線と東名高速道路に別れて西を目指していた。
 一方、東京駅のゴジラは骨格標本の如く、骨のみが残されていた。





 
 

 正午。にわかに東京上空で核爆発があったことをテレビが報じ始め、人々が地下から出てきていた。
 パニックが収まり、怪我人の救助活動が始まっていた。岐阜県関市もその一つであった。
 元々地下施設の少ない地域であった為、人口密集地ではパニックも起きていた。しかし、刃物の町として観光の盛んな町ではあったが、休日であることと巨大生物達の混乱で観光客もおらず、ほとんどの店舗も臨時休業をしたことで、多くの住民は屋内避難をしていたのだった。
 関西以西と東北以北の地域はまだ都市機能を残していた為、テレビ放送も行われており、断片的ながらも情報が伝えられ始めていた。
 そんな関市上空を耳をつんざく轟音が轟いた。
 同時に防災無線が緊急放送を始めた。

『こちらは、関市です。巨大不明浮遊体とラドンが、接近しています。避難をしましょう』

 緊迫感にかけるマニュアル通りの放送であったが、市内の住民は空を見上げて、その身に迫る危険を正しく認識していた。
 南東の空から轟音を上げて飛来したのは四羽のラドン。
 北西の空からは3つの金色の龍。
 日常からかけ離れたその光景に人々の多くが一時、空を見上げて動きを止めていた。
 先に仕掛けたのはラドンであった。この時点で既に航空自衛隊はラドンにそれぞれα、β、θ、γの個体識別用のコードを付けていた。
 硫黄島ではαだけが第四形態となっていたが、この時点で核ミサイルに特攻した五羽目と同様、他の三体も第四形態となっていた。
 βが口を開き、放射線瘤を龍の一つに向けて放つ。
 しかし、龍は前面に重力湾曲場を張り、放射線瘤を防ぐ。
 そして、最初の接触。閃光と共にα、β、γは三つの龍とすれ違うが、θが羽を破壊され、その場で静止し、呻く。
 そして、θは首を折り、止まっていた時間が動き出したかの様に北西方向の山に向かって墜落した。
 地響きと土煙が上がった。
 一方、残る三羽のラドンは旋回し、再び龍に迫るが、龍達は旋回せずにそのまま南東方面へ飛行を続ける。
 速度が上回るラドンが再び龍達にそれぞれ接触した。今度は、閃光があるものの、ラドンも龍も墜落することなく、きりもみになりながら、激しくぶつかり合う。
 ラドンは速度を上げて衝撃波を生み出すことで、龍の重力湾曲場に対抗し、龍も重力湾曲場の範囲内にラドンが入らず、互いの攻撃は拮抗していた。
 そして、次第に方角が東にずれて行きながら、それぞれは死闘を繰り広げながら移動していった。
 それを関市の住民達は何もせず、ただ空を見つめることしかできなかった。



 


 

 一方、富山県のモスラにも変化が起きていた。

「どうですか?」
「依然として連絡はつきません。上空で爆発しているならば、EMPが発生して電子機器や通信が使えない可能性は高いですね」

 安田が問いかけると自衛官が答えた。
 彼らはモスラの繭の前に設営された仮設テント内にいた。
 既に安田は富山大学からサンプルを回収していたが、モスラの繭やラドン接近と核ミサイルのことがあり、この地に足止めを食らっていたのであった。

「しかし、間さんや尾頭さんがこれを見たら何と言うかな?」

 安田はテントの外に出て、改めてモスラの繭を見て呟いた。
 モスラの繭は山と山に糸がかかり、谷間の神通川の上に被さるように作られていた。

「あ、あ、あぁーっ!」

 モスラの繭を見ていた安田は叫んだ。
 目の前の繭がパキパキと音を立てて割れ始めていたのだった。






 

「「モスラが羽化します」」
「えっ?」

 モルとロラの言葉を聞いて、直子が驚いた。
 彼女達は地下から脱し、現在皇居の敷地内にいた。
 直子が聞いた話によると、地上に出た多くの人が怪我人の開放を含めて避難民として皇居へ押しかけていたらしい。
 その際、敷地内へ入る旧江戸城の門は固く閉ざされていたらしいが、どこからかの連絡が入り、突如開門され受け入れが始まり、警官や医師達の治療、物資の供給が始まったらしい。
 そして、直子達もその情報を耳にし、もしかしたら進藤達と合流できるかもしれないと、皇居へ行ったのであった。
 モルとロラが先の言葉を発したのは、敷地の広場に入ったところであった。付近には足を怪我したのか、座り込んでいる中年の女性もいる。
 混乱が起きてしまっては大変だと、直子は二人に小声で言った。

「モスラのことをあまり大きな声で言わない方がいいわ」
「「大丈夫です。モスラは私達の味方です。モスラが危機を救ってくれるはずです」」

 そして、二人は互いに頷くと、目を閉じて互いの手を合わせ、ゆっくりと歌い始めた。

「「ナァーアァーインティンディーハァーン、モォーォーバァー、ナァーアァーインティンディーハァーン、モォーォーバァー……」」

 二人の歌声は周囲の喧騒にかき消えることなく、むしろその透き通った声に周囲の人々は動きを止めて、その歌を聴いていた。
 彼女達の歌はモスラへ捧げるものであると同時に、この場においては人々の安らぎを与えるものになった。

「「……ラァーラァーラァーラァーラァァァー」」

 二人が歌い上げるといつの間にか形成された人垣は一斉に拍手をした。
 彼女達はそれに優雅なお辞儀で返し、直子に告げた。

「モスラが飛び立ちました」


 



 

 一方、二人の歌を感じ取ったモスラは繭から出て羽を広げた。
 蝶や蛾は元々体より羽が大きい種であるが、その大きさは150メートル以上あった。
 安田達は頭上を覆い尽くした巨大な羽を見上げていた。
 全体的に黄揚羽の模様を擬態として大きな目玉模様に変えたような羽の模様であった。
 しかし、安田達は知らなかった。それがモスラ成虫の初期状態であり、これから本当のモスラ成虫の姿を見ることに。
 モスラはココーンっと一鳴きし、羽をゆっくりと動かした。
 不思議なことに、羽を動かしているはずのモスラの方へ風が流れ込む。
 そして、モスラの羽の色が黄色から緑色に変色し、更に青、黄、緑、赤と羽に色が入っていき、七色に染色される。羽の形状も初期の丸みのあるものから先端が鋭く尖った形状へと変化した。
 更に、モスラはゆっくりと飛翔する。まるで地上から見えない何かに押し上げられているかのように優雅に浮き上がった。
 そして、南方に向くと、眼下の安田達を見たかの様に、下を一瞥して一鳴きすると更に形が変わった。羽はまるで飛び魚のヒレの様に後方へ伸び、正面から見ると、×の字に広がる。頭部、胴体も触覚が畳まれ、抵抗を減らした飛行機や新幹線の様な鋭利な形になった。
 巨大不明浮遊体の様に重力を操っているのとも異なる不思議な力によって、本来の物理法則ではそもそも空を滑空することすらできないような姿で上空にいるモスラは、その姿のまま飛行し始めた。
 そして瞬く間に加速し、空の彼方へと見えなくなってしまった。

「安田さん、一体モスラはどうやって飛んでいたんでしょうか?」

 どうしても疑問を聞かずには要られなくなった自衛官が安田に問いかけた。
 しかし、安田が答えられるはずもない。両手を大きく動かして言った。

「こんな昆虫、ゴジラ以上ですよ。あぁもう訳がわからない!」

 海外ドラマの役者の様に文字通りのお手上げだと手を上げて叫んだ。



 


 

 政府機能が回復したのは核爆発から2時間後の午後1時頃であった。
 この時点で既に電磁パルスの影響の少ない消防用有線電話回線を利用した連絡である程度現在の日本の状況は把握されていた。
 また電子機器が使えないものの紙媒体の記録価値が高い日本政府の特性から、最優先であるゴジラ、ラドン、キングギドラ、モスラの各事案に対応するため、担当省庁の行政事務機能を統合すること、それぞれの呼称を上記に統一すること、富士裾野を前線基地とした作戦立案の要請を臨時閣議決定として行った。
 都内の放射線量値が直ちに人体へ影響の出ない値であることが確認されたことで、復旧活動も東京都が主導で始まり、内閣府でも数時間前の機能を回復させた。
 壁を撤去して一つの大部屋となり、巨大不明生物及び巨大不明浮遊体等統合災害対策本部に名称を新たにした巨災対では各中継映像の設定を行っていた。

「まだ若干映像に乱れはありますが、大丈夫です。電子機器も一部のパソコンに故障がありましたが、復旧が済みました」

 総務省職員、防衛省職員と確認を終えた志村が部屋に戻ってきた矢口に報告をした。
 矢口はこの後官邸に戻り、以降の連絡は志村が伝令役となる予定だが、矢口としても一目巨災対の状況を確認しておきたかったのだが、勿論それだけではない。
 進藤とサルノ王女が入室した。

「諸々の手続きと彼女の診察が終わった。王女は記憶の混濁があるが、本人の希望もあり、こちらに同席して頂くことになった。そして彼は王女の護衛であるものの、暗殺者が警察へ引き渡された時点でその任は解除されているものの、王女のたっての希望でもあり、我々も彼をここへ迎え入れることを長官らと話をしていた為、このタイミングで合流となった」
「人気者は大変だな、法務省の冠城です」
「宜しくお願いします」

 初対面の面々と挨拶を交わしつつ進藤は旧知の黒田へと歩み寄った。

「X星人と金星人の話は聞いているな?」
「ああ。彼女にその記憶は?」
「一応残っている。だが、自身の記憶としてではなく、問われるとそんな話を聞いたというニュアンスで返答がくる。医師の表現を借りると、以前何となく見たテレビドラマの話を思い出すようなものらしい」
「ふっ、その医師はなかなかの名医だな。……進藤の見解としてはどうなんだ? 金星人側の協力というのは?」
「断定はできないが、難しいと思う。彼女は金星人として、制限をかけられつつもある程度の自我を持っていた。それ故に俺の銃弾を止めずに受けたと考えている。しかし、キングギドラはただの体を動かす細胞だ。意志疎通も難しいだろう」
「それについては方法がないわけではないらしい」

 黒田は袖原を呼び止めた。

「例の案、実行はどれくらいになりますか?」
「サンプルを持ってる安田さんがまだ長野上空辺りなので、目処は立たないです。届いてからの解析、そして実行可能な方法を試していくことになるので」
「なんの話だ?」
「キングギドラに関してだけは長期化した場合のプランがあるということだ。巨災対の……今はどちらも一緒か。彼処でパソコンを扱ってる尾頭さんと隣で模造紙に殴り書きしながら思考の整理をしている間教授、彼らが言うなれば巨災対のブレーンであり、これまでの奇抜なプランを発案する起爆剤だ。二人の案というのが、採集したサンプルを使いキングギドラを崩壊させる作戦だ。具体的な方法はサンプル解析次第だが、ウィルスの様に全てに蔓延させるか、ガン細胞の様にコントロール不能にさせるか、とりあえず時間さえあれば方法はあるらしい」
「つまり、この4つ巴の戦いはキングギドラに勝って欲しいと?」
「そういう訳ではない。……モスラが人類に味方しているという話は聞いているが、かと言って全面的に信頼を寄せている訳ではない」
「となると、いずれは確実に倒せる方法があるキングギドラ、次いでモスラ、核ミサイルの直撃なら一体は最低でも倒せるとわかっているラドン、そして全く対処法の想定ができていないゴジラという順か」
「なんの順位かとはあえて聞かない」
「言いたくない」

 二人は苦笑した。

「東名高速の映像繋がりました!」

 最も映像の乱れが多かったゴジラの移動する東名高速道路の映像が映った。
 まるでネズミやゴキブリの大移動だった。一部の面々はその光景を見え身震いしている。
 既に高速道路は全線通行止めになっている為、上下線共に走行中の車輌はない。しかし、それを確認することすら難しいほどに道を埋め尽くすゴジラの群れであった。

「これがゴジラ第5形態………」

 矢口が呟いた。
 現在モスラが超高速で移動し、まもなく静岡県川根上空で交戦中のキングギドラとラドンに合流する。
 試算では午後4時頃にゴジラも静岡市へ到達する。
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