「早く地下へ!」

 霞ヶ関駅前で進藤は叫んだ。
 既に核ミサイル発射の連絡は受けており、既に回りはパニック状態であった。車は移動中に渋滞で足止めを受け、シェルター施設へ間に合わなかったのだ。
 地下への階段には人が殺到し、負傷者や転倒者が血を流して倒れているが、助けようとすると、その助けようとした者まで巻き添えを受けて負傷してしまう程の混乱状態であった。
 霞ヶ関駅前でこの混乱である為、より人口密度の高い地域ではと想像してしまい、進藤は首を振った。
 今は考えている時間はない。
 目の前の要人達を守ることだけに集中する。
 基本的に部下達が囲む様に配置し、その中に直子を含めた警護対象者の四人が立っていたが、人の流れに押されてサルノ王女がはみ出てしまった。

「俺の手を!」
「きゃっ!」

 目の前でサルノ王女の顔が消えた。

「っ!」

 進藤は感覚を研ぎ澄ました。阿鼻叫喚と喧騒の中で、余計なノイズを無視し、サルノ王女の声だけを探す。

「……きゃぁ!」
「そっちか!」

 進藤は人をかき分け、流れに逆らう。サルノ王女は建物の路地に連れ込まれようとしていた。その手を引くのは、目に焼き付けていた要注意人物、マルメスだった。
 進藤は後を追って路地へ入る。

「っ!」

 咄嗟に身を角に隠した。銃声がビルの間を共鳴する。
 マルメス一人だけでない。複数の仲間が一緒にいて、発砲してきたのだ。

「この状況下だ。如何に日本と言え、警察の応援は来ないぞ!」

 路地の奥からマルメスの声が聞こえてきた。

「進藤! お逃げなさい! 私は大丈夫です!」

 サルノ王女の声が聞こえた。しかし、職務上としても、そもそも一人の男としても銃を持つ相手に捕まった女性を置いて逃げる訳にもいかない。
 とはいえ、進藤は拳銃を形態していない。防弾チョッキは身につけているが、それを承知の相手は確実に頭部を狙ってくる。

「っ!」

 角から顔を少し出しただけで発砲をしてきた。相手の残弾はまだ十分にあるらしい。そもそも残弾切れを起こすような素人が相手ではない。
 足元を見ると、今の発砲で砕けた金属タイルが落ちていた。足で慎重にそれを動かし、進藤の視点から路地内を見れるようにする。マルメスは路地の奥へサルノ王女を連れて行き、ビニールシートの上に立たせた。更に奥には車が止まっている。
 ビニールシート上で殺害し、遺体と共に逃亡。今後のマルメスの仕事に差し支えないように、証拠を残さないつもりだ。証人の進藤は当然、殺害するつもりなのだろう。
 進藤は考えている余裕がないと判断した。防弾チョッキを外し、腕に掴むと、それを盾にして突っ込む。

「マァァァルメェェェスッ!」

 進藤の声に視線が集中したことを感じる。発砲音が連続する。
 腕に激痛がする。防弾チョッキ越しでも痣か骨にヒビが入ったのは間違いない。更に、足に激痛が走った。バランスを崩す。足を撃ち抜かれた。

「くっ!」

 サルノ王女とマルメスの手前で止まった。突っ伏して背中を撃たれる醜態は晒さなかったが、銃口の冷たい視線が自身を捉えたことを感じた。
 防弾チョッキの隙間からマルメスの笑みが見える。他の部下がサルノ王女に銃口を向け、マルメスの銃口は進藤に向いていた。両脇にも銃口の気配がする。
 完全に詰んだ。

「盾に成れず、犬死にする……。お前らにとっては一番屈辱的な死になるな」

 マルメスから自分に対する怨恨の気が向いているのを感じる。勝利を確信し、マルメスは私情を挟んだ。
 本来ならば、最大のチャンスだが、今の進藤にはこのチャンスを活かす武器も策もない。
 マルメスがニヤリと笑い、引き金を引いた。

「進藤ーっ!」

 サルノ王女の声が銃声と共に響いた。

「……えっ?」

 進藤は目の前に止まった銃弾を驚いて見つめていた。正面だけではない。左右から放たれた銃弾も全てが止まっていた。
 そして、銃弾はそのまま地面に転がった。
 進藤だけではない。マルメス達も混乱していた。
 しかし、一人だけ冷静に立っている人物がいた。サルノ王女だ。

「ぎゃあぁぁぁっ!」

 突然、マルメスは悲鳴を上げ、右手をおさえていた。見ると、赤紫に手の皮膚が変色し、指が潰れている。そして、持っていた拳銃は地面に落ちていた。
 他の男達は一瞬戸惑った。
 その瞬間だけで、進藤には十分であった。血の流れ出る足で地面を蹴り、転がった拳銃を掴んだ。
 そして、サルノ王女に銃口を向けていた男の額を撃ち抜く。
 一瞬もあれば進藤には十分であった。
 そのまま元々打ち合わせをしていたかのように進藤はその身でサルノ王女の上に被さり、右手に持つ拳銃で残りの男達に銃口を向ける。

「えっ?」

 本来ならば、そのまま発砲し、残る相手を殲滅するはずであった。
 しかし、彼が視線を敵に向けた時、既にそこに敵は残っていなかった。
 そもそもの姿がそこになかったのだ。

「「「「「ぎゃあぁぁぁっ!」」」」」

 刹那、頭上から男達の悲鳴が聞こえ、次の瞬間には目の前に死体となって転がっていた。
 何が起きたのか。地面に立っていた筈の男達が一瞬の間に飛び上がり、そのまま地面に落下し、即死した。
 事実としてはそうであるが、進藤の常識でそれを理解することは困難であった。
 残されたマルメスも状況が理解できないで潰れた右手を抑えている。
 進藤は拳銃をマルメスに向ける。とりあえず、形勢は逆転したが、状況の理解は追い付かない。
 唯一平然としているのは、進藤の後ろにいるサルノ王女だけだった。彼女は淡々とした口調で言った。

「この体は大切なインターフェースだ。失うこと自体にデメリットはないが、今後の効率を悪くする。いや、その効率差を考えるとデメリットと言えるか」
「……何を言っている? お前は誰だ?」

 進藤が問いかける。視線はマルメスから外さない。

「この者が言ったはずだぞ? 金星人だと」
「あの浮遊体と同じ力を使えるのか。金星人なら同じことができて当然ということか。金星人を使ってあの浮遊体はできているのだからな。……もう一度聞く、お前は誰だ? これはX星人の誰だという意味だ」

 今度は淡々した口調で返さず、笑い声を上げた。

「クククッ! 面白い。まさか気づいていたのか。この者が認めただけのことはある」
「残念だが、この事は俺だけじゃなく、この国のお偉方も気づいている。金星人の話を聞けば、矛盾に気づく。お前らX星人に金星人は滅ぼされた。なのに、その話をしたのは金星人と名乗っている張本人だ。そして、X星人自身があの巨大不明浮遊体というのに、その数はたったの3つだという。あの無数の粉末、あれこそがお前らの正体であり、お前らが騙したのか侵略したのか知らないが支配している金星人の成れの果てなんだろう? そうなれば、サルノ王女の体を借りた金星人は何だ? 本人はこの矛盾に何も気づいていなかった。大方、それを気づかないようにしていたんだろう? 折を見て、そのインターフェースとやらとして利用して俺達地球人も支配しようとしたのか、はたまた巨大不明浮遊体の一部にしようと思っていたのか、その真意というのはわからないけれどな」
「……地球人を侮っていたらしいな」
「だったら、下手な小細工をやめて素直に答えろ! お前は誰だ? お前の本体は例の三つの内のどれかなんだろう?」
「残念ながら、我々に個体を識別するための名というものは必要がない。故にない。だが、あえて今名をつけるならば……ノゾミとでも名乗ろうか」
「ノゾミ?」
「そして、我に合流しようとしている二つをカナエとタマエと名付けよう」
「ふざけるな!」

 進藤は憤るものの、つまり大飯原発上空にいる巨大不明浮遊体が本体なのかと冷静に判断する。

「あぁ、冗談だ。だが、この名の元にした情報から地球人はユーモアが好きだと分析された」

 30年以上前のバラエティー番組の情報を何故知っているのかは不明だが、ノゾミの声から高みの見物をしている余裕が伝わってくる。
 進藤は苛立った。目の前には、自身の銃口で動きを制しているだけでまだ殺気の消えないマルメスがいる。
 彼は進藤達の会話の内容に一切興味がない。ただ、進藤の隙を待っているのだ。

「ノゾミとやら、悪いが今はその体の主を殺そうとしているこの男を捕まえて首謀者を吐かせることが先決だ。少し黙っていて貰えるか?」
「下らぬ。もうすぐお前もその男も我々の支配下となるのに……ぐあっ!」

 突然、ノゾミが呻いた。
 その瞬間、進藤の注意が逸れた。

「っ!」

 間に合わなかった。
 一瞬の隙をついて、マルメスは左手にナイフを持ち、進藤を突き飛ばして頭を押さえて呻くサルノ王女の首にナイフを突きつけた。

「銃を置け。ここでこいつを殺すのは俺の本位ではない。そもそもお前を殺せない以上、ここで王女を殺したら俺の命の保証がないからな。もう妙なのとはするなっ!」

 頭に手を押さえているサルノ王女は先程と異なり力なくマルメスの手に引かれる。首筋にうっすらと血が滲んでいる。
 マルメスはゆっくりと車に近づく。

「大人しくしていろ。俺もこんな化物と逃避行なんざ御免だ。車を動かしたら王女を解放する。俺が暗殺を止めるというんだ……日本の警察であるお前は俺の射殺をするわけにもいかないだろう?」
「くっ!」

 進藤は銃を下ろした。
 その時、サルノ王女が顔を上げて叫んだ。

「私を撃ちなさい!」

 その瞬間、進藤の目にサルノ王女の額の黒子が金色に光ったことに気づいた。
 刹那、進藤は考えるよりも先に拳銃を撃っていた。

「うわっ!」

 銃声と同時にサルノ王女はマルメスと共に頭部を撃たれた衝撃で後ろに倒れた。
 同時に進藤は走り寄りながら拳銃を回し、倒れたマルメスの頭を拳銃の甲で殴り付けた。

「がふっ!」

 加減はできなかった。頭部から血を出してマルメスは意識を失ったが、死んではいないだろう。サルノ王女の体を抱き起こしつつ、マルメスの息を確認する。
 脳震盪を起こして失神しているだけだった。
 サルノ王女の額にうっすらと血が滲んでいるが、銃弾で撃ち抜かれてはおらず、弾は潰れて地面に転がっていた。その先端には金色の粉がついているのを進藤は確認した。

「……あなたは?」
「警察庁の進藤です。サルノ王女、貴方の護衛を担当する者です」

 サルノ王女の言葉を聞いて、進藤は安堵しながら名乗った。
 刹那、上空から飛行機が低空飛行でもしているかの様な轟音が聞こえていた。
 そして、空が突如紅く染まり、咄嗟に進藤は目を閉じて彼女の上に覆い被さった。
 鼓膜が破れるかの様な爆発音と衝撃波と表現すべき全身を襲う圧を感じた。
 それが核爆発によるものだと進藤が気づいたのは少し後のことであった。





 
 

 少し前、ラドンの群から一匹が離れていた。
 大使館に戻らず、シェルターにも入らずに横須賀基地内に残り、その瞬間をしっかりと見届けようとしていたカヨコはそれを確かに目にしていた。

「あれが……ラドン」

 αと同じ赤い第四形態になったその個体は、最新鋭の戦闘機よりも速い超音速飛行で雲とソニックブームによる轟音を生み出しながら、高く、高く飛んでいた。
 それを見上げていたカヨコはラドンの目的を察した。

「ヘイ! ミサイルの現在地は?」

 地図を確認した瞬間に理解できた。
 核ミサイルはターゲットのラドンαに命中させるために大気圏外を回りながら地上を目指していた。
 まさにラドンの目指すのは核ミサイルであった。
 細かい計算なんて必要ない。地図の軌道を見れば直感でわかる。

「あぁ神よ!」

 二つの接触ポイントは東京上空。まさにゴジラの頭の上であった。
 カヨコは額に手を当てつつ、もう一方の手を出した。秘書がサングラスを渡した。

「矢口、貴方の国はまだゴジラに試されるみたいよ」

 カヨコはサングラスをかけて呟いた。
 まもなく、東京上空の空が光った。




 

 

 ラドンが核ミサイルに特攻し爆発した直後から空は赤紫色に染まっていた。
 雲はほとんどないが、不気味な空であった。もしも降雨が始まれば、それは放射性物質を含んだ死の雨である可能性があると進藤は思った。
 実際には大気圏外での爆発であった為、その生命に及ぶ危険性は低い状態であったが、その場にいた進藤達がそれを知るすべはなかった。
 マルメスを拘束し、マルメスの用意していた車の後部座席に押し込むと、進藤とサルノ王女も中に運転席と助手席に乗り込んだ。
 乗り込んだものの、車のエンジンがかからない。スマートフォンも全く音がしない。核爆発で電磁パルスが発生しているらしい。

「安全が確認できるまでここに籠城ですね」

 足の怪我を布で縛りながら進藤は言った。幸い骨や大きな血管を外れて肉を断たれただけであったので、動かすと額に汗が滲む程の痛みだが、今すぐ命に関わる傷ではなさそうだ。

「進藤と言いましたね?」
「はい」
「私はこれまで何をしていたのでしょうか? 飛行機から今までの記憶が曖昧で思い出せないのです。まるで靄がかかっているかの様に」
「わかりました。……どの道しばらく動けませんから、これまでの状況を順を追ってご説明致します」

 進藤はこの話は長くなるなと思いつつ、言った。
 空から燃え盛るラドンが墜落してきたことに進藤達は気づかなかった。
 核爆発の爆心で直撃を受けたにも関わらず完全に消滅することなく、虫の息であっても生存したラドンは、燃えながら落下していたのだ。
 ラドンは直下のゴジラに落下した。
 そして、ゴジラの全身に炎は燃え広がり、ラドンは体を完全に炎へと変え、ゴジラを赤い炎に染め上げた。
 その炎の中でゴジラの表皮が、パキッと割れた。
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