「G」の呪い




「………ねぇ、あの部屋って、さっき私達がいた部屋じゃない?」

 ケーキを完食したマウが外を指差した。くの字型の形をしていたホテルは、レストランバーから部屋の外が見える。
 マウが気ついたのは、部屋の外に黒い服を着た人影が動いていたことだ。

「泥棒!」
「ちょっ! 待ちなさいよ!」

 素早く反応した森羅は、窓から外へ出ると、人影を追い始めた。マウも慌てて後を追う。
 それに気がついたボーイが走ってくる。

「おつりはチップよ!」

 マウはボーイに叫んだ。彼が視線をテーブルに移すと、そこには十分すぎるお金が置かれていた。
 マウの声で、人影が森羅達に気づいた。

「マウのバカ! 気づかれた!」
「それならアンタの声も大きいでしょ!」
「でも気づかれたのは、マウの声だ!」
「あぁー、もう! こういう体力系は七瀬の仕事なのよ!」

 マウが喚いた時、森羅は丁度塀を飛び越えようとした人影に飛びかかった。見事足を捕まえ、人影はバランスを崩し、そのまま敷地内に落ちた。

「でかしたわ!」
「いたた……」
「無茶苦茶しやがって……」
「え、子ども?」
「お前らも子どもじゃねぇか!」

 人影の正体は、黒い服を着た、二人と大して年齢の変わらない少年であった。



 


 

「つまり、君のお父さんが、代々続く魔都と真実の人類殲滅の書の秘密を守る一族の長で、パピルスを盗まれた被害者ってことなんだね?」

 森羅はレストランバーに戻り、黒服の少年、ムハンマド・ビン・アッダウサリーの話を聞いていた。ムハンマドは頷いた。
 今度は、黙っていてもボーイがオレンジジュースを彼らの前に置いて行った。というよりも、何やらトラブルがあったのか、レストランバーから姿を消している。

「そうだ。……俺の父、ウマル・ビン・アッダウサリーは、一族でも長ただ一人だけが許される真実の人類殲滅の書のパピルスに書くことが許されている人物だ」
「んで、その大切な秘密を書いたパピルスを盗まれたわけね」
「あぁ。そこで俺は父に代わって彼らに調査を諦めさせるように、血文字を鏡に書いたんだ」
「血ってのは?」
「安心しろ、ヤギの血だ」

 ムハンマドは褐色ビンを出して見せた。

「なんだぁ」
「でも、血文字だけで効果があるとは思えないんだけど。それなら、事情を伏せて警察に被害を求めた方がいいと思う」
「勿論、その方法もある。それに、我が一族の力はこの国の警察にも及んでいるから、必要以上の情報が伝わる事もない。だが、やはりあまり使いたい手段ではない。だから、彼らが自主的に魔都を調べる事をやめさせるようにしたいんだ。それに、血文字だけでも彼らには十分に効果があるはずだ」
「なんで?」
「彼らは『神々の王』の力が封じられたフェニックスを見ているからだ」
「!」
「バカバカしい、じゃあアンタはパピルスに書かれていたセクメトを生み出したっていう『神々の王』が実在して、その力を封じた形の一つっていうフェニックスも実在するというの?」
「あぁ。その姿は巨大なコンドルとなり、魔都を守っている。魔都へ近付いた彼らはアレに遭遇している。いや、襲われているという方が正しいな。結局生きて帰ってこられたのは、ウィルソンというジジイとヴォスルーって兄さんだけだ。今の面子は新しく集めた者らしい」
「そうか……彼らが言い渋っていたのはこの事だったのか」
「ちょっと森羅、まさかコイツの言っていることを信用するの?」

 マウが驚いて聞くと、森羅は頷いた。

「うん。少なくとも、ウィルソン達が彼のお父さんからパピルスを盗んだことと、彼らが魔都へ言ったのにも関わらず、何も調べずに戻っていることは事実だよ。そして、彼らはその理由を今も恐れている」
「………ま、まさか、本当に呪いとか言わないでしょうね?」

 マウがオレンジジュースを啜りながら恐る恐る言う。

「怖いの?」
「こ、怖くないわよ! ……ただそんな呪いだの幽霊だのお化けだのっていうのは商品価値を下げるのよ、だから私はそういう誤解を解いておかねばと……」
「つまり怖いんだね」
「うっ………」
「それで、君はこれからどうするの?」

 マウが黙ると、森羅はムハンマドに聞いた。

「まだ何とも言えない。俺はこのまま様子を見ながらこうした事を続けるつもりだが、父達はもっと事態が切迫していると考えているらしい」
「どうするの?」
「詳しく話すことは出来ないが、我が一族の本来の目的を成すことにするかもしれない」
「………」
「すまないが、もしも君達が協力をしてくれるならば、彼らを魔都へ行かない様に説得して欲しい」

 そう言い残すと、ムハンマドは二人を残してレストランバーを後にした。






 

「博士、容態は落ち着きましたか?」

 部屋で休んでいたウィルソンを訪ねたのは、一度部屋に戻ったリックであった。
 他の面々も部屋に戻っており、今部屋には彼ら二人しかいない。

「あぁ、リックか。すまない、しかしもう大分落ち着いた。……どうも、アレを見てから心臓が弱くなったらしい」
「そうですね……ホテルの医者から心臓に良いという薬を頂きました。……試しにどうですか?」
「そうだな、戴こう」

 ウィルソンは、リックの渡した水と薬を飲んだ。

「うん、苦い。実に効果がありそうだ」
「魔都には行くんですよね?」
「あぁ、例え呪いがあったとしても、我々は真実の歴史を見つけなければならん。その為の出資も必要だし、発見の為ならば危ない橋も渡る。アレも、今回のことも、何であっても関係はない。我々にとっては、発見を阻む障害でしかない」
「……そうか」
「安心しろ、……学術的価値よりも金銭的な価値の高いものは上手く君の手に渡るようにする。……あのマウ・スガールという少女もそれが目当て、……なんだろう?」
「……あぁ。勿論、それが名目だが、彼女に渡す契約をしたのは、例のパピルスだ。アレは、魔都の情報と一緒にしていてはいけない」
「な……にを……」

 ウィルソンは目を細めて言う。片手を額に当てる。
 リックは彼に囁いた。

「お話は後で伺いますよ。……どうやら、眠そうだ」
「あぁ。……薬が、……効いているのかも、……しれん」
「では、俺も部屋から出ますね。鍵は閉めておきましょう。あ、万が一の場合に備えて、短縮ダイヤルにセットした携帯電話を置いておきます」
「あぁ……。すま……ない……」

 リックは、寝落ちるウィルソンの枕元に携帯電話を置くと、部屋から出ようとする仕草をしながら彼の様子を伺った。
 彼がドアノブに手をかけた頃には、ウィルソンは布団で完全に寝入っていた。

「おやすみ、博士。あなたには、呪いによる被害者になってもらいます」

 リックはすぐさま準備に取り掛かった。予めホテルから盗んでいたシーツカートに入れておいた道具を自分の部屋から取ってきた。幸い同じフロアであり、監視カメラも設置されていない。途中に人と遭遇しなければ問題ない。

「……よし」

 カートを部屋に持ち込むと、素早く血文字の書かれている部屋に入った。正直、演出が出来れば何でもよかった。
 彼の準備は円滑に終わった。そして、行動に移った。




 

 

「どうしてこうなった?」
「ボーイさんが言ってたよ。広い部屋で別々の部屋じゃ寂しいだろうって」
「まぁ、あのボーイなら言いかねないというのはわかるわ。そこは百歩でも千歩でも譲るわ。だけど、それでなんでツインじゃなくてダブルの部屋になるのよ!」

 マウは森羅に広々としたホテルの部屋に置かれたキングサイズのダブルベッドを指差して怒鳴った。

「知らないよ。そんなことより、このベッドふかふかで大きいよ! 七瀬さんがいても、三人で十分に余るほどだもん! そうだ、携帯のカメラに撮っておこう」
「あぁ、あのボーイの考えていることは見当つくけど、それをちゃんと受け止めるガキはこいつだけだってのを知ってほしい」
「ん? マウも乗ってみたら? すっごい跳ねるよ!」
「………でも、このベッドをあつらえるのもどうかしているわね」

 ベッドでピョンピョン跳ねてはしゃぐ森羅を他所に、深読みしすぎたマウは溜め息を吐いた。
 廊下からドタドタと足音が聞こえたのは、そんな時であった。

「何かしら?」
「見てみよ!」
「わっ!」

 ベッドから大跳躍をして真横に降り立った森羅に驚くマウだが、彼に手を引かれて廊下に出る。

「あっちは、ウィルソンさんの部屋だ」
「またムハンマドの嫌がらせじゃないの~」
「いいから行こう!」
「え~」
「いいから!」




 

 

「スペアキーです!」

 ボーイがスペアキーを出して駆けつけると、素早くドアの鍵を開けた。
 すぐさまリックが部屋に、そして寝室に入った。続いて、他の面々も部屋に流れ込んできた。時間がない。

「博士! ……いない!」

 リックはベッドにウィルソンの姿がないことに驚いてみせる。そして、ベッドの裏に回る。ウィルソンが裏に倒れているかを確認する演技と、鍵を枕もとに戻すためだ。

「こっちか!」

 事実、マイケルが反対にある血文字の部屋に向かって走り、他の者の視線もそちらに移る。リックは、素早くしかし、指紋が付かないように慎重に鍵を枕もとに置いた。

「こ、これは……!」
「先生!」
「博士!」

 リックも、如何にも声を聞きつけた様に血相をかいて彼らの後を追った。

「博士ぇ!」

 リックが声を上げて、中央の部屋を突っ切り、扉の前にミラとボーイが立つ血文字の部屋に向かって走る。丁度、その時に部屋へマウと森羅が駆けつけてきた。
 リックは彼らに構わず、血文字の部屋に入った。

「これは……!」

 リックの後ろからマウと森羅が部屋に入ってきた。

「!」
「?」

 二人がその光景に息を呑んでいるのを気にすることなく、リックはマイケルとジョンソンに話しかけた。

「博士は?」
「ダメだ、完全に心臓が停止している……」
「しかし、これは……」

 マイケルが答え、ジョンソンはウィルソンの周りを見て呟いた。そして、リックはここぞとばかりに、思い口調で決定的な一言を呟いた。

「呪い………」
「「「「「!」」」」」

 この瞬間、この場にいるみんながリックの仕掛けた呪いという演出にかかった。
 それもそのはずである。ウィルソンは椅子に座った状態で死亡しており、その周囲の床には儀式的な模様が描かれ、閉じられたカーテンと蝋燭が不気味に揺れていたのだ。
 そして、蝋燭の火は、ウィルソンの死体と彼らと、鏡に書かれた血文字を揺らしながら照らしていた。




 

 

「今、通報を受けた救急と警察が部屋を調べているそうです」

 別室で待機している一行にボーイが伝えた。しかし、このボーイも事件関係者の一人なのである。

「呪い……なのかな、やっぱり」
「何を、言ってるんだ! 呪いであんな血文字や儀式めいた事をされたら、たまったもんじゃない!」

 ジョンソンが不安気に言うのを、マイケルが叱咤する。

「まさか、ムハンマドがやったんじゃ?」
「死因がわからなきゃ何とも言えないよ」

 マウが聞くと、森羅は冷静に答えた。
 そこへ地元の刑事が入ってきた。

「まだ司法解剖をしていない段階である為、断定は出来ない。しかし、医師の観察では、若干の麻酔が投与されている可能性も考えられるが、直接の死因は心臓麻痺によるショック死だと判断された。なんでも、ウィルソン氏は心臓が弱かったとか?」

 刑事の質問にミラが答える。

「はい。先日、少し精神的にショックの大きい出来事に遭遇したもので。それ以来」
「なるほど。聞けば、先ほども彼はショックを受けたそうですね?」
「はい」
「よろしければ、お聞かせ頂けますか?」
「はい。実は、部屋に書かれていた血文字なんです」
「えぇーと、『剣に近付く者は呪われる 王の使徒』というものですね?」

 刑事は手帳を見て言った。

「はい。ウィルソン博士は、その……呪いを極度に恐れています」
「ほほーう。それで、あの血文字で……なるほどなるほど。して、その血文字の件は?」
「全くわかりません。彼が苦しんで、それどころではなくなってしまったので」
「なるほど。………あぁ、あの血文字ですが、簡易検査の結果、人の血液ではないことだけはわかっています。詳しく調べなければわかりませんが、恐らく動物の血でしょう」
「えっ!」
「本当ですか!」

 ミラだけでなく、マイケルも驚いて声を上げる。マウと森羅以外の面々も声を出さないだけで驚いている。

「質の悪い悪戯と考えられます。……血文字については、本件と合わせて捜査をしてみます。それで、本件についてですが、被害者から電話を受けたと?」
「はい」

 刑事の質問にリックは手を上げた。

「あなたが。その時のことを詳しくお話頂けますか?」
「はい。……俺は一度博士の容態を伺いに行くと、彼は丁度薬を飲んでいる最中でした。直ぐに眠りたいと言われたので、携帯電話の短縮ダイヤルを俺の番号に設定し、万が一の時は俺に電話する様に伝えて、携帯を彼に渡して、部屋を後にしました」
「ふむ」
「そして、しばらく経った後でした。彼は俺に電話をかけてきました。そこで、彼の様子がおかしいので……、部屋に駆けつけたんです。しかし、鍵がかかっていて、ボーイを呼びに向かったんです」
「そんな彼の足音を聞いて、私も廊下に出ました。部屋の前で彼から早口で状況を聞いていると……」

 ミラが言うと、続いてマイケルとジョンソンも手を上げた。

「その後、僕が、そしてジョンソンが来た」
「あぁ」
「そこにスペアキーを用意したボーイが来て、鍵を開けて、彼の遺体を発見したって訳だ」
「ふむ……電話のあった時間はわかりますかね?」
「あぁ、携帯に履歴が……おや?」

 刑事に言われ、リックが携帯電話を操作すると、眉を寄せた。刑事も怪訝そうな表情をする。

「どうしたんですか?」
「いえ、どうも……操作方法を間違えて会話を録音していたみたいです」
「本当ですか! 早速、再生を!」
 
 驚いた刑事に言われるまま、リックは再生を押した。
 
『……せ? どうしたんですか!』
『……助けてくれ! このままじゃ……』
『博士?』
『……や、やめろ! 手を切るな! ドンッ! つぁ……っ!』
『博士? 博士? ぁっ……ブツッ!』
「以上です」
「手?」

 リックが再生を止めると、刑事は腕を組んだ。

「博士の手に何か?」
「いえ、何もありません。当然、切られてもいません。……とりあえず、状況が状況ですが、殺人事件と言い切れるかわかりません。とりあえず、解決までこの町にいてもらいます」
「それは!」
「本当ですか?」
「考古学のお仕事もあるかと思いますが、これは極めてデリケートな問題です。あなた方は、検視結果次第では殺人事件容疑者となるんです! それから、あまり疑われるような行動はとらないようにお願いいたします。では!」

 文句を言うミラとリックに刑事は言い、部屋を出て行った。

「……ねぇ、やっぱりムハンマドがやったんじゃないの?」

 マウが小声で森羅に聞いた。

「仮にそうだとしても、その証拠はない。それに、あの録音の謎がある……」

 森羅は静かに答えた。






 

 一行は一度各自の部屋に戻った。リックも部屋に戻り、ベッドに倒れこむと、深く息を吐いた。

「成功した……」

 達成感よりも疲労感が先に来た。後悔はない。自分の選択は、他になかった。
 そんなことをリックが考えていると、誰か部屋をノックした。

「はーい」

 出ないのも変なことなので、リックは扉をあけた。

「あぁ、アンタらか。……すまねぇな、とんでもないことに巻き込んじまったみたいで」

 部屋の前にいたのは、隣の部屋の森羅とマウであった。マウは言わずもがな、不機嫌な顔をしている。

「契約云々とか、面倒な話は一段落するまで待ってくれ」
「はぁ? 何を……」
「リックはこの事件をどう思う?」

 マウが食いかかろうとすると、森羅がリックに聞いた。

「あ? どうって、何がだ?」
「まさか、呪いって思っているの?」
「ぅ……、まぁ刑事の言うとおり、度の過ぎた悪戯かもしれないな。だけど、あの電話はなんだったんだ? それに、あの血文字も……」
「ふーん、リックは呪いだと思っているんだね?」
「さぁな。正直、混乱してんのか、訳がわからねぇ」
「じゃあ、部屋に駆けつけた時も混乱してたんだね?」
「あ?」
「だって、リックは鍵が閉まっていることを確認したら、真っ先にロビーにスペアキーを取りにいったんでしょ?」
「だからなんだ?」

 リックが煩わしそうに森羅に聞き返すと、マウが馬鹿にした様な口調で横から言った。

「だって、他の皆が異変に気がついたのは、アンタがボーイにスペアキーを用意させるように言ってから、部屋に戻ってからの声とかなんでしょ? つまり、アンタは最初に部屋に行った時、大声も大してノックもしないでスペアキーを取りに行ったって事よ」
「!」
「私に言われるまで気づきもしないなんて、アンタも相当な間抜けね」
「……わ、悪かったな。これでも結構、パニクってんだ」

 リックは動揺を極力状況に見合った程度に抑えるようにする。そして、心の中で呪文の様に何度も唱える。彼らが犯人を俺と言っている訳ではないと、まだトリックが解かれていないと。

「それで? まさか俺を馬鹿にしにきただけってことはないよな?」
「そもそも、電話ってどこで受けたの?」
「え? この部屋だけど?」
「そうなんだ……」
「そうだ。……なんだ? 探偵の真似事でもする気か? よせよせ、アンタは探偵よりも泥棒の方が近い」
「あん? もぅ一回行って見なさいよ、……二度と商売ができなくしてやるわよ?」

 マウが敵意剥き出しの目をして言った。

「落ち着きなよ、マウ。……それに、血文字の件に関しては犯人がわかってるんだし。この事件もすぐにわかるさ」
「おい! 榊君、それは本当か?」
「うん、僕が捕まえたんだよ! すごいでしょ!」
「あぁ……それで、その犯人はどこのどいつなんだ?」
「例の魔都の墓守の一族のガキよ」
「ガキって言っても、マウよりも大人でしょ?」
「あん?」
「お前ら、喧嘩するならさっさと出て行け」

 マウと森羅が口論を始めようとしたので、リックは二人に言い、そのまま部屋の外へと追い出した。
 鍵をかけると、リックは込みあがる笑いを必死でこらえた。笑い声を彼らに聞かれてはまずい。しかし、難しいことだった。
 血文字の犯人は、墓守の一族の人間。警察は事件と血文字を同一犯と考えている。このまま黙っていれば、事件の犯人も墓守が全て被ってくれる。

「まさに、呪いだ……やはり、アレは人智を超えたものなんだ……」






 

「森羅。アンタ、リックが犯人だと思っているでしょ?」
「………」

 廊下を歩きながら聞くマウに、森羅は黙って歩く。

「へぇー、そういう態度を取る。私は七瀬とは違うわよ!」
「マウ、この事件には得体の知れない呪いがかかっているんだ」

 森羅は立ち止まって言った。

「ちょっと、森羅までそんなこと!」

 文句を言うマウを片手で制する。

「人が罪を犯すきっかけって言うのも、一つの呪いだと思うよ。つまり、動機」
「よく言うわ。何人も犯罪者をムショ送りにしている癖に、呪いなんて……。まるで罪を憎んで人を憎まずって精神ね」
「別に、僕は犯罪者を憎んだことは一度もないよ。それに、彼の行動には最初から矛盾があった」
「え?」
「マウ、彼から貰う予定だったものは何?」
「……真実の人類殲滅の書が書かれたパピルスだけど」
「僕がそのパピルスを貰うよ」
「ちょっと待ちなさいよ! それって、いつもの入館料って言うんじゃないでしょうね?」
「うん!」

 森羅は満面の笑みで頷いた。

「嫌よ! 今回は別に私に被害がある訳じゃないし、あのパピルスは歴史を覆す大発見なんだから!」
「いいけど。事件が解決しなきゃ、パピルスは多分警察の関与によって、確実に表に出るよ? そうなったら、多分マウの手には渡らないと思うよ。それに、マウに被害がないって言ってたけど、このまま呪い騒動が大きくなって、殺人事件として本格的に捜査が始まると、マウの立場にも影響するんじゃないの?」
「………森羅、アンタ最近益々性格悪くなっているわよ?」
「それはお互い様でしょ?」
「……はぁ。わかったわよ、私もこんなところに閉じ込められるなんてたまったもんじゃないしね。……ただし、ただで渡す訳にはいかないわ! 事件が片付いたら、私に付き合って、この国の骨董市を巡りなさい! それと明日このホテルである洋服の展示会にも一緒に行くのよ!」
「それって、マウにとって宣伝効果があるんじゃないか! それに展示会は関係ないんじゃ……」
「問答無用! 別にいいのよ、私は無実の墓守が捕まっても~」
「うぅ……わかったよぉ」
「そうでなくっちゃ!」

 指を鳴らして喜ぶマウに森羅は気を取り直して、謎解きの決まり文句を口にした。

「それでは、”驚異の部屋”をご案内します」
2/4ページ
スキ