「G」の呪い
「GPSも動かない……」
一面を砂漠に囲まれた大地を数人の男女が彷徨い歩いていた。
「この近辺は何の影響かはわからないが衛星でも何があるかわからないそうだ。……逆に我々はここが何処であるのかを知ることが出来るが」
「本当に存在するのか? ……この世を支配する程の力というものが」
一人の男が一行を先導する老人に聞いた。勿論、彼がその確たるものがない事は知っていた。
「わからない。一説には聖剣エクスカリバー伝説の起因となったものとも言われている」
「ここはエジプトですが?」
「如何なる伝説も、その始まりは口伝だ。……伝わった地でその地の伝承と融合する事は多い。日本という国には、キリスト教を弾圧した時代があり、その影響からアジアの仏教や神教と習合したものがある。ここの魔都に纏わる伝説も同じで、……ここが起点だ」
「その言葉、信用しますよ」
男は老人に言った。
その時、老人の足が止まった。小高い丘になっている頂上に立った老人は、眼前に現れたピラミッドを見ていた。
「見つけた……世紀の発見だ」
「あそこに、呪われた聖剣が……」
「な、なんだ!」
「あれは!」
皆がピラミッドの形をした幻の遺跡、魔都に目を奪われていると、一人が空を指差した。
「怪物だぁ!」
男は叫んだ。それは、シンドバッドの物語に出てくる様な巨大なコンドルであった。
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カイロの空港構内に髪飾りでお下げを二つ作ったゴスロリ風の服装をした少女が腕を組んで立っていた。少女と言っても、外見からその年齢は定まらない。
「……来たわね。遅いわよ、森羅!」
少女は入国ゲートから出てくる金髪の小柄な少年を見つけると大声で呼んだ。
「マウ……」
「おっそいわよ! 何をチンタラしてたのよ?」
「エジプトはビザが必要だからチェックが他の国より多いんだよ」
「そんなもんテキトーに作っちゃえばいいじゃないの……」
「………いつか痛い目に合うよ」
「あー……って、七瀬は?」
少女、マウ・スガールは話を誤魔化す様に少年、榊森羅に聞いた。彼は首を振った。
「七瀬さんはお父さんが自動販売機を持ち上げ様として、ぎっくり腰で入院しちゃって、お店番をしなきゃいけないんだって」
「……なんでそんなものを?」
「一万円札が隙間に入っちゃったんだって」
「それはお大事に……。まぁいいわ! 森羅が来れば用は足りるから」
「………何を企んでるの?」
森羅が警戒した目をマウに向ける。彼女は肩をすくめる。
「全く、女の子との二人旅なのに、情緒も欠片もないわねぇ~」
「マウが僕を呼ぶ時は、面倒なことに巻き込まれるに決まってる!」
「……い、言ってくれるわね。でも、今回の商品は歴史が書きかえられる程の代物かもよ? それを、「C M B」の指輪を持つ森羅が見過ごせるかしら?」
マウは挑戦的な笑みを森羅に向けて言った。
森羅は大英博物館の伝説の三賢者の証である「C M B」の指輪を継ぐ知の守護者なのだ。そして、今回彼を日本から呼び出したマウは、善意の第三者として盗品などの表に出せない高額の商品を売買するブローカーで、闇市場では魔女として恐れられている存在なのだ。もっとも、この二人の会話は子どもの喧嘩だが。
「それが何かってことにもよるけど?」
「それについては……来たわ。彼から直接聞いて」
「ん?」
マウが指した先から歩いてくる男は、二人に手を振った。彼は顔立ちから、中東系とヨーロッパ系のハーフらしい。
「やあ、少し遅れてしまった。俺はリック・ヴォスルー。指輪の主とこうしてお会いできるとは、光栄だ」
「榊森羅です。……確か、トレジャーハンターで同じ名前の人がいたけど?」
「俺の名前をご存知とは光栄だ。いかにも、俺はトレジャーハンターをしている。どうやら、そこそこ有名なんだな?」
リック・ヴォスルーは森羅と握手をしながら、マウに聞いた。
「あんたがロクでもない事ばっかりしているからでしょ?」
「厳しいな。……立ち話もなんです。移動しましょう、ホテルに皆待っていますから」
リックに連れられて二人は空港を後にした。
ホテルに到着すると、リックは二人を一室に案内した。部屋には4人の男女がいた。
「こちらが、俺を雇っている考古学者のハーフィズ・ウィルソン博士」
丁度、薬を飲んでいた彼は、コップに入った水を口に流しいれると、森羅達に挨拶する。
「よろしく。失礼、先日発作を起こしたばかりでね」
中肉体系のハーフィズ・ウィルソンは薄くなっている白髪頭を掻いた。
「発作ということは、心臓?」
「あぁ、アレを見たときは死ぬかと思った。危険と、危機だったわけだ」
「アレについては順を追って……」
「おぉ、そうだったな」
リックに言われ、ウィルソンは頷いた。そして、リックは次に女性を示した。
「彼女も考古学者で、ミラ・ワイズさんだ」
「よろしく。考古学と言っても、私の研究は信仰文化の研究なので、博士と違って純粋な考古学ではないんです」
「偉い大学の先生の肩書きまで持っている方が何を仰りますか? あ、オレはマイケル・ムーランって言います。まだ、駆け出しの助手です」
謙遜気味に言ったフチなしメガネが聡明な印象を与えるミラ・ワイズに、中東アラブ系の顔立ちの青年、マイケル・ムーランは笑って言うと、森羅達に挨拶した。
「最後は自分ですね。ジョナサン・ジョンソン、ムーラン君と同じく助手です」
白人系の青年、ジョナサン・ジョンソンは丁寧にお辞儀した。
「そしてこちらが「C M B」の指輪を持つ榊森羅さんと、マウ・スガールです」
「ちょっとリック、なんか私の扱いが悪いんだけど」
「気のせいだ」
「ま、いいわ。さあ、面倒な自己紹介も終わったんだし、早速話してもらおうかしら? 真実の人類殲滅の書と幻の遺跡、魔都とその宝についてのお話を」
マウは腰に手をあて、不敵な笑みを浮かべて言った。
「真実の人類殲滅の書?」
「ふふーん、やっぱり興味を惹かれたわね?」
声を上げた森羅にマウはニヤリと口元を上げた。
「人類殲滅の書っていうのは、『王家の谷』の第19王朝ファラオ、セティ1世の墓に描かれた『天の雌牛の書』に描かれているセクメトに姿を変えたラァの目が人類を殲滅させようとしたっていう内容のテキストの通称だ」
「そう、そんな物騒な命令をセクメトは従順に実行していくんだけど、成長のない人類に失望してそんなことを命令したラァは冷静になって気づくのよね。人間が滅びたら自分の神っていう地位も危うくなるって」
「しかし、既にセクメトはラァが簡単には止めることができなくなっていた。悩んだラァは人間に頼った」
「愚かっていうか、そんな神って、今で言えばヘタレよねぇ。……で、結局人間は大量のビールをセクメトに飲ませて眠らせている間に、ラァが憎しみを取り除いて、めでたしめでたしって、オチまで日本神話で聞いたような話よ。エジプト神話の中じゃ、オシリスとイシスの物語やラァの旅の物語に並ぶくらいの有名な話よね」
「マウの言うとおりの内容だね。お酒で眠らせて倒すっていう日本神話のヤマタノオロチ退治の話は、このテキストが出来たずっと後だけどね」
「ま、ラァが嘆いた通り、人間の考えることなんていつの時代も同じってことでしょ? ……で、真実の人類殲滅の書ってものについて聞かせてもらおうじゃない」
マウが森羅からウィルソンに視線を移すと言った。彼は頷き、慎重にテーブルの上に一枚のパピルスを広げた。
「これは、まだ新しい……確かにパピルスは長持ちするものではないから書き継ぎされるものだし………え!」
呟きながらパピルスに書かれているテキストを眺めた森羅の目が見開かれた。マウも隣から覗き込む。
「へぇー、ラァの名前の代わりにラムセス1世の名前が書かれているんだぁ。………? これは『神々の王』って訳すの? ………何、このオカルトチックな内容はぁ!」
「内容の軸は人類殲滅の書と同じだけど、ラァに当たる求心力を失った老人がラムセス1世で、ラァにヌンが人類殲滅という案を与えた代わりに、神々の祖…ヌンと意訳もできるけど文字が違う。この神々の祖という人物がラムセス1世と一体化して『神々の王』という別の名前の存在になっている。そして、その人物の目を……少女の遺体に与えてセクメトを生み出したって展開になっている。『天の雌牛の書』の解釈は季節的な洪水を描いたというものもあるけど、この内容からは父の代の政治的不安があったことを伝えている」
「そういう解釈もできるが、どうも事実を伝えているような節があるが、内容の解釈以上に、重要なのは最後の部分だ」
リックに言われ、森羅とマウは最後の部分を見る。
「セクメトから抜き取った憎しみが、剣として記されている」
「へぇー……剣を手にする者に不滅の王の力を与えるのね」
「マウ!」
「別に私はヒエログリフを読んだ感想を言っているだけなんだけど? それに、これとは別にあるんでしょ?」
「え? ……まさか、この剣のありかが!」
森羅が驚いてリックを見ると彼は頷いた。そして、ウィルソンは別の紙を取り出した。
「これは?」
「GPSの位置情報みたいね。……まさか!」
「そのまさかだ。ここに魔都が存在する。いや、正確にはこの位置から半径約300m以内の地点にその遺跡が存在する」
ウィルソンは自信満々に言った。
「……一体この位置情報はどうやって手に入れたの?」
森羅が聞くと、彼らは顔を見合わせた。何か言うべきか悩んでいる様子だ。
「パピルスの入手元を聞いた訳じゃないんだよ?」
「「「「「「!」」」」」」
一同が森羅の一言で目を見開く。それに対して森羅は表情を変えずに平然と言った。
「そのパピルスが盗品か、盗品でなくてもあまり表立って言えないルートで入手したものだってことは、僕がマウに呼ばれてきたこと自体で見当がつくよ」
「こら!」
「反論でもあるの?」
「うっ……」
食いかかろうとしたマウは森羅の一言で押し黙る。
「この際、それの入手ルートについては置いておくよ。でも、ここが魔都であると推測するに至った理由は今、聞いておきたい」
「………」
「……確かに、私もその話は聞いておきたいわね」
マウに言われ、リックが渋々口を開いた。
「全く、こういうことを伝える為に呼んだんじゃねぇんだぞ……。魔都の所在地を知っている人間の衣類に高性能なGPS発信機を付けたんだ」
「それで、魔都の場所に行くまで常時動きを監視したって事だね」
「あぁ」
「………そういうことね」
「マウ、わかった?」
「ふふん、アンタばっかりが何でもわかっているって顔をされちゃたまらないもんね! 幻の遺跡って云われるんだ、衛星で机の上に置いた硬貨の文字を読むこともできるこの時代に発見されていないってことは、恐らく天然の磁場バリアみたいな状態になっているんでしょ? もしかしたら、蜃気楼みたいになっていて、その場所の近くにいても気がつかないようになっているのかもね。……まぁいいわ、要はGPSの位置情報が正確に測れなくなる場所に魔都ってのがあるって判断したんでしょ?」
「あぁ、正解だ。お陰で、交代で24時間パソコン画面を睨みつけ、手の空いている人間は現地の情報を仕入れて、GPSを遮断する様な洞窟や地下階層のある場所の洗い出しっていう地道な仕事をしていたって訳だ」
「それを言って、私達が褒めると思う?」
「いいや。しかし、我々は魔都を見つけた!」
ウィルソンは自信満々に言い切った。
「……マウ、僕に何をさせようと思っているのかわからないけど、僕は一旦ここまでで話を聞くのをやめさせてもらうよ」
「え!」
「おい!」
「僕は泥棒の仕事に加担するつもりはない。これ以上は深入りになるからね。マウ、君も一緒にくるんだ!」
「え! ちょっと!」
森羅はマウの腕を掴むとそのまま部屋を連れ出した。リックは後を追おうとしたが、ウィルソンはそれを止めた。リックは、黙って閉まるドアを眺めていた。
「ちょっと! なんであそこで話を切り上げるのよ! これじゃ、私の仕事もパアよ!」
ホテルのレストランバーに連れて行かれたマウは、森羅の手を振りほどき抗議を訴える。
「そのマウの仕事、詳しく教えて欲しい」
「タダで私が教えると思う?」
マウが腕を組んで言うのを無視して、対面のテーブル席に森羅は座る。そして、立っているマウを見上げて、森羅は挑戦的な笑みを浮かべて聞き返す。
「僕の協力なしで、マウが仕事を成立できるんだったら、構わないんだけど?」
「相変わらず人の足元を……!」
「さ、教えて」
「………ちっ! ちょっと、そこのボーイ! オレンジジュースとカシスオレンジを!」
マウは舌打ちをするなり椅子に座ると、通りかかったボーイに投げやりに注文する。ボーイはなぜか服の着ていない男性のマネキンを抱えている。彼はそのままマネキンを抱えて奥へと引っ込んだ。一応、注文は聞いていた筈だ。
「マウ、カシスオレンジはお酒だよ」
「なによ! 私の歳も知らない癖に」
「どう見ても僕と同世代だろ?」
「……じゃあ18歳ですよーだ!」
「18歳もダメだよ!」
「じゃあ、20歳」
「………」
そんな会話をしていると、ボーイがドリンクを持ってきた。今度はマネキンを抱いていない。
しかし、彼はマウと森羅の顔を交互に見て少し悩んだ後に、マウにそっと耳打ちした。
「だぁああああ! わかったわよ! 同じオレンジジュースをお願い!」
マウは顔を真っ赤にさせて、ボーイに言った。彼は曖昧に笑みを浮かべて下がった。
「マウ、カシスオレンジはジュースではないですよ、って言われたんでしょ?」
「………黙れ」
「だから見栄はダメなんだよ」
「うっさいわね!」
マウがブスッと拗ねていると、再び現れたボーイがチェリーの乗ったオレンジジュースをマウの前に出し、ケーキをそれぞれの前に出した。
「これは?」
「注文の確認を間違えてしまいました。私からのお詫びですので、料金は戴きません。あ、そちらのチェリーはお嬢様の美しさを引き立てる為に添えられたらと思いまして、勝手ながら私が添える様に命じました。勿論、料金は変わりません」
「……そ、そう。じゃぁ、ありがたく戴いてあげるわ……」
照れているのを必死に隠しているのが見え見えのマウが顔をボーイから背けて言った。ボーイは恭しく二人に礼をすると、奥へと下がった。
「よかったね?」
「う、うるさい! さっさと話をするわよ!」
からかう森羅に言うと、マウはチェリーを咥えると話を始めた。
「元々、今回の話はリックから持ってきた話なのよ。商品はあのパピルス、真実の人類殲滅の書。条件は、それ自体に対する価値を見出せる人物に売ること」
「つまり、剣や魔都を求めない者に売ってほしいって事だね?」
「ま、リックからしたら折角見つけた宝を横取りされたくないってことでしょ?」
「でも、それなら何でリックはパピルスを手放そうと考えたんだろう? それに、彼らは魔都に行った事が既にあると思う」
「私も同感だわ。なのに、あのヤロウ! 私にその事を黙っていやがってぇ!」
「……マウ、もしかしたら今回の事、簡単な話じゃないかもしれない。何か、とんでもない秘密がありそうで……」
森羅はオレンジジュースを飲みながら静かに言った。
部屋に残された一行はしばらく黙っていたが、ミラが口を開いた。
「リック、何で彼らを呼んだの? あなたは彼らならいい協力者になるって……」
「俺が言っていたのは、マウ・スガールだ! アイツも頭は切れるが、闇にも顔が利く。ちゃんと金になることなら、仕事を引き受けるブローカーだ。まさか、アイツが指輪の所持者を連れてくるとは思わなかったんだ!」
「ふーん……ま、そういう事にしておくわ」
「……二人とも、その辺にしておけ。魔都は何としてももう一度行く! その為には何でもいい、アレの正体を暴ける人間が必要だ! もうこれ以上、損失は生みたくない」
ウィルソンは胸を掴んで、憎悪入り混じった表情をして言った。
「………ん? ドアが……」
マイケルは奥の部屋の扉が風で開いたことに気がついた。窓の鍵は閉めていたと記憶していたのだ。
彼はそのままドアを開けた。
「……! これは!」
「どうした? ……なっ!」
「まさか……うぐっ!」
「先生!」
ウィルソンは胸を押さえて表情を歪めた。慌ててジョンソンが彼に薬と水を渡し、ソファーへ彼を連れて行く。
リックは、その様子を黙って眺め、再び視線を部屋に置かれた鏡を見た。
ナイフや皿が並べられた棚の隣にある、装飾された大きな鏡には血と思しき赤い文字で、『剣に近付く者は呪われる 王の使徒』と書かれていた。
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