後編
「何故殺さない?」
地下駐車場の更に地下へ連行され、機械仕掛けの手枷によって拘束されている江戸川が、目の前に歩いてきた綾瀬に聞いた。
「理由は二つある。一つは奴らをおびき出す為の餌。もう一つは、お前の特異な体質だ。視えるのだろう? すでに命のないものの姿が」
「………何故それを?」
「我々の科学力を侮るな。お前たち人間は超能力などというが、我々にはそれがどういう原理に基づくものなのかも、すでに理解できている。しかし、その力を持つ存在は貴重だ。殺してしまうのはもったいない。何らかの利用法を検討しようと思っているんだ」
「そうかい。だけど、俺には視えるぞ。お前を恨めしげに見つめている多くの人々の姿がな!」
江戸川が言うと、綾瀬は高笑いをした。
「そう? だけど、所詮は死人。弱者、雑魚よ! 私の命を奪うことも、バイラスの目的を阻止することもできないわ。貴方も同じよ。……来なさい! 見せたいものがあるわ」
「まさに悪役の鑑の様な台詞の羅列だな」
「いいから来い!」
綾瀬は江戸川を引っ張り、更に地下深くに伸びる階段を歩いていく。
「一体どこへ連れて………なっ!」
階段を下りて行きついた扉が開かれ、その先に広がる光景に江戸川は言葉を失った。
彼の眼下に広がるのは、コンクリートで囲まれた巨大な地下空間に紺色の巨大な二足歩行人型ロボットがそびえる光景であった。
「まさか……あれが?」
「鉄人28号。江戸川、貴方には鉄人28号による地球征服の様子を特等席で見せてやるわ」
「ふんっ! 確かにあの鉄人はすごいが、それ一体で地球が征服できるとでも思っているのか?」
江戸川が冷ややかな表情で言った。しかし、綾瀬は首を振り、物分かりの悪い子どもに教え込ませるように説明する。
「その考え方が既に愚かなのよ。巨大ロボット一つが暴れることで、地球を征服できるはずがないでしょう? この鉄人28号は、侵略行為の云わば象徴。我々の侵略計画を悟らせずに、そして円滑に計画を実行に移す為の道具にしか過ぎないのよ」
「……一体何を?」
「私たちがただ意味もなく、地道な侵略行為をしていたと思う? 答えは違うわ」
「社会そのものの崩壊か?」
「そうよ。社会という構造を持った文明を滅ぼすのに、力による侵略行為は非合理的。もっとも簡単な侵略方法は、社会の根底にある存在を崩すこと。地球人の社会構造など、子どもの積み上げた積木に過ぎない。根元を崩せば簡単に構造は壊れる。予め社会の基盤となる存在になりうる者に成り変ったバイラスが世界中に配備された。そして、必要となるのは、起爆剤となる存在」
「それが、鉄人28号か」
江戸川が恨めしげに鉄人28号を見つめて言った。
「貴方には侵略の道具としてその巨大な鉄の塊が見えるのかもしれないけれど、それは大きな間違いだ。そいつは我々バイラスではなく、地球人が未来の為にと開発しようとしたものだ。我々はそれを実現させただけに過ぎない。科学力、文明力を発展させ、この世界を己のものと思い上がっているこの地球人類が、我々にとっては非常に漬け込みやすい段階にあった。発展を急ぐあまり、社会力の発展がまだ成長しきれていない」
「社会力?」
「わざわざ貴方に講義をする必要もないけれど、この先貴方には重要な役割を持ってもらう。だから、簡単に答えるわ。社会構造がまだ安定しきれていないという意味だ」
「なんだ? 宇宙人風情に、地球人の戦争史の批判を受けなきゃならねぇのか?」
「その考え自体がまだ甘い。対立、争い、それはその時点時点毎により優位に事が運べるように淘汰する術として非常に単純で、確実な方法だ。我々バイラスも、争いの歴史と共に発展を続けてきた。だが、地球人とバイラスの違いは別にある。システムへの信頼の薄さだ」
「はぁ?」
「決められた事実に対する信頼、社会そのものを構築する人という存在の関連性が弱いことだ。そこは、文明の発展が遅れている国と発展をしている国にも違いはない。我々の判断では、地球人と我々の差は社会構築における傾向の違いにある。地球人は社会構造上の力や文明や科学の発展の指標を各々別の存在に変換して誇示する傾向にある。それが、社会を複雑にさせ、成長を遅らせる。もっとも、欲求をより強くさせ、文明や科学を発展させるという利点はあるようだが」
「そうかい。じゃあ、お前らバイラスは俺達を社会力の差で侵略するってことか?」
「その通りだ。地球人に我々の圧倒的な科学力や武力での侵略行為は非合理的だと考えられる。代わりに、社会に侵食していき、この鉄人28号による仮想侵略行為を起こし、社会の傾向を一方向に向けさせる。そして、これによって完了した侵食段階の次に、地球人の前に高度な科学力と文明力を持つ宇宙人である我々と侵食された社会において、ファーストコンタクトを演出する。そして、我々の持つ圧倒的な科学力を提供という名の侵略を受け、地球人は文明の歩みをやめる。同時に、社会そのものを完全に侵略する。数年で地球人は理解のできない科学力を使い、誘導された文明に懐柔され、自分達が生きていると思っている社会は完全に我々バイラスの支配下に置かれ、当人達が気づく事も疑う事もない隷属と成り果てる。そして、我々は今まで地球人によって開拓されたこの惑星を支配下にする」
「………なんて面倒な方法を考えるんだ! 侵略者なら、もっと単純に宇宙船団か何かで攻めてきやがれ!」
「我々は合理的な種族なのだ。それに、目に見えた行動によって地球人社会の傾向を誘導する為にこれから行う、鉄人28号による東京破壊計画の首謀者として死ぬ重要な役割が、江戸川、貴方には与えられている」
「ふん! そう簡単に東京が破壊されるか!」
「それは自分の目で見ていろ。そして、最後の瞬間、地球人の社会が我々バイラスに誘導されていく様を見るがいい」
江戸川を見下し、言い終えた綾瀬はその手にタグの様な小さな金属の棒を握った。
「なんだ、それは?」
「意志認識遠隔操作装置。わかりやすく言えば、鉄人28号を意のままにコントロールすることのできるリモコンだ。………さぁ、目覚めるがいい! 鉄人28号!」
綾瀬の掛け声に呼応し、地下空間に佇む巨大なロボットは起動した。
金田達が乗る車は、新宿区内に入り、江戸川が拉致された地下駐車場に乗り込もうとしていた。いつの間にか日没は過ぎ、月が出ていた。今宵は、満月だった。
「あそこの駐車場です!」
車内で結城が地下駐車場の入口を指差した。
「恐らくあそこに奴らのアジトへ通じる道があるはずだ! 若い衆にも連絡を入れろ!」
「へい!」
橘が運転手に言った。運転手はいつも地下室の扉の前に立っている側近の男だ。直ぐに彼は他の車両に連絡を入れる。
そして、黒光りする彼らの車両が列を成して地下駐車場へと突入しようとした時、突如地面が揺らぎ、目の前の道路が地割れを起こし、アスファルトがめくれ上がった。
間一髪で、車列は停車し、車から各々が飛び出した。外気の熱気が車内に流れ込む。しかし、誰も熱帯夜である事を気にする余裕などなかった。
「なんだ?」
「アレは!」
「……アレが?」
「鉄人28号……」
皆が口々に声を漏らし、最後に橘が車の窓から見える鉄人28号を見つめて呟いた。
地面を砕き、地下から飛び出した黒光りする巨大な金属の塊は、沈んだ夕日に代わり空を支配する月明かりに燦然と輝き、両腕を力の誇示をするかの様に持ち上げた。
そして、動力が唸りを上げた。それはまるで百獣の王が上げる咆哮の様に、夜の街にガォーッ! と轟いた。
「親分! あんな鉄屑、我々が本気になればどうにでも……」
「馬鹿者が! あの鉄人に生身の人間が敵うはずがねぇだろう! 野郎共、アレを操ってる奴らを倒すんだ!」
橘は子分達に言い、地下駐車場を指し示した。それに彼らは応じて、雄叫びを上げ、各々の武器を片手に突入した。
「橘さん」
「結城、雑魚は儂らが引き受けた。お前さんは過去の因縁と決着をつけてきな! 探偵、そいつの助けになってやんな!」
「はい」
金田は頷いた。
一方、鉄人28号は夜の闇に両目を光らせ、巨大な拳を新宿の高層ビルに向かって突いた。壁一面に張られたガラスが砕け散る。
「……この場所は危険です。橘さんは……」
「儂を年寄り扱いするな! 儂もあのバイラス共とは浅からぬ因縁があるんだ。若い衆と行く!」
「………気をつけて下さい」
橘の瞳を見て、止める事が無理だと判断した金田は彼に言った。彼は軽く口元を笑わせると頷いた。
「結城さん、行きましょう!」
金田は結城に言うと、そのまま地下駐車場とは逆方向に走り出した。
「金田さん、どこへ?」
「あの巨大ロボットをコントロールするにはそれなりの高さがある場所で無ければなりません」
「でも、ここは高層ビル群の中心地帯ですよ? 一体どれが……」
「彼らは国家や行政などの社会における要になる組織をその支配下に置こうとする特徴があります。恐らく、新宿の地下にあると考えられる彼らのアジトも、元々は雨水を溜めるなどの目的で作られている都市部の地下空間だと思います。それに、彼らは今まで行ってきた拉致行為で直ぐに彼らが行方を眩ませるからくり……それも大部分が地下道を利用した方法で説明できます」
「すぐに地下へ隠れていたんですか?」
「はい」
「しかし、いくつかは地下に潜っただけでは説明できない時もあります」
「そちらの場合は地下通路ほど難しい理屈はありません。単純に、人の視野から消えただけです」
「宇宙船!」
「はい。犯行は全て人の視力が落ちる夜の暗がりです。その闇の中に強力な光を発した直後に全ての灯りを消して暗闇にまぎれてしまえば、人はそれを認識できません。しかし、犯行時に宇宙船の存在を隠せたところで、普段も宇宙船を隠しておくのは非常に難しい。……結城さん、彼らの宇宙船は球体の形ではありませんか?」
「その通りです。……でも、何故?」
「相手が宇宙人と思って、何でも難しく考えてしまうから肝心な部分を見落としてしまうんです。宇宙船の消失は、結局手品です。見せる目的の相手には効果的ですが、その対象外の視点にとっては舞台裏から手品を見ているのも同然! 犯行を行った時は、空へ飛び立つだけですから、逃げてしまえば対象とした人物以外に見られた所で問題にはならない。しかし、問題は着陸です。どんなにさり気なく着陸したところで、地上に何かが着陸すれば、それを目撃されるリスクが生まれる。一番、安全な方法は人の目に留まらない様な場所……、例えば郊外の山奥や海上です。しかし、都市部の人間に成りすましたりする彼らにとってその方法は万能ではありません。ならば、人の視線より高く発覚のリスクが少なくて、利便性が高く、そして自分達の手元に隠せる場所は、一つです!」
結城に説明が終わる頃、金田達はその建物の前に到達した。
「ここは……」
結城が建物を見上げた。
「東京都庁! この最上部にあるアンテナ……それが、彼らの宇宙船です!」
金田は夜空に聳える庁舎のシンボルである二本に分かれた高層階、その最上部にそれぞれ設置されたアンテナを指し示して言った。
「東京都庁のエレベーターなんかに乗せて、高みの見物か? だが、直ぐにこの場所はばれるぜ? 俺の友人には、名探偵がいるんだからな。お前らは袋の鼠だぜ?」
都庁の高層エレベーターで昇りながら、江戸川は共に乗る綾瀬に言った。綾瀬はそのまま視線を江戸川に向けることなく答える。
「金田九十九か。確かに、あの男の能力は侮れない。……しかし、それが袋の鼠になるとは言えないわ」
「あん?」
「最上階の更に上、アンテナにカモフラージュさせているが、その正体は我がバイラスの宇宙船だ。つまり、追い詰められるのは、奴らだ」
「……全く、ちっとも宇宙人の侵略行為と思えないことばかりしやがって!」
「当然だ。それが、我々のシナリオなのだからな」
「なっ!」
やっと江戸川に向けた綾瀬の顔は、鼻は無く、ギョロリと目を見開かせ、嘴の様な丸みの帯びた唇から歯をむき出しにした人間とは思えないものであった。
「宇宙人め!」
「バイラスと呼んで欲しいわね、地球人」
エレベーターは最上階に到着した。
江戸川は都庁ビル最上部の外側を昇る非常階段へ歩かされる。彼の眼下に新宿副都心が広がった。
「なんて事だ」
彼の目に飛び込んできた光景は、鉄人28号によって破壊された新宿の高層ビル群であった。地上に巻き上がる黒煙と粉塵の中を鉄人の黒い巨体が蠢く。そして、自らの数倍もの大きさがある巨大な建築物に鋼鉄の拳を突きたてる。高層ビルの壁はその衝撃に一瞬で砕け散り、更にもう一方の拳も構え、躊躇無く、突く。
高層ビルは衝撃に耐え切れず、大きく傾く。更に鉄人は両手を引き、相撲の突っ張りの様に高層ビルへ突進した。
「やめろぉおおおおお!」
高層ビルは崩壊を始めた。巨大な建造物は、大量の粉塵を大気中に巻き上げ、地響きを周囲に起こして、人類の叡智の結晶から瓦礫の山に変わっていった。
「どう? 地球人の文明も、所詮は己の生み出した力の前に滅びる程度の存在なのよ」
「………」
江戸川は手摺りを握りしめ、苦虫を噛んだ様な険しい顔つきをして、しかし何も綾瀬の言葉に返すことが出来ずにいる。彼の額に浮かんだ汗は、決して蒸し暑さからのものだけではなかった。
「ならば、その言葉をそっくりそのまま返しましょう!」
「!」
「何者?」
突然聞こえた声に、綾瀬は声のした非常階段の入口に声を上げながら、振り向いた。
「それがあなたの素顔ですか、綾瀬さん」
「金田九十九!」
非常階段の入口の前には金田が立っていた。金田は拳銃を驚く綾瀬に向けて構えると言葉を続けた。
「あなたの言っている事は正しい。確かに、僕達地球人の今の現実は自分の生み出した技術の利益と損益の両方の側面を持ち、その弊害も恩恵の裏で常に受けている。しかし、それはバイラスのしている事も同じです」
「何?」
「事実、バイラスの言う社会力によって、地球人には絵空事でしかなかった巨大ロボットをこうして生み出した。しかし、これは地球人にあなた方をも圧倒できる技術を持っているという証明にもなる」
非常階段に吹き抜ける風にワイシャツを靡かせて、金田は言った。しかし、綾瀬は両手を広げて高笑いをした。
「何を言うと思えば、馬鹿馬鹿しい! 我がバイラスの科学力が地球人に劣るだと? 下らない! 貴様ら地球人はまだ母星の衛星にすら自由に行き来できない程度のレベルじゃないの。それでよくそんな口が聞けたわね!」
綾瀬の言葉に眉一つ動かさずに金田は答える。
「レベルの問題じゃないんです。少なくとも、今僕が言っている言葉の意味は」
金田の台詞に綾瀬が一瞬警戒を緩めた瞬間、彼女の後ろにいる江戸川は金田に叫んだ。
「金田、そいつの右手に握っているモノが鉄人を操るリモコンだ!」
「黙れ!」
振り返り様に左腕を鞭の様に伸ばし、江戸川を叩きつけた。
「ぐわっ!」
呻き声を上げ、階段の手すりに江戸川は凭れ掛かる。
「江戸川!」
「おっと、拳銃を下ろすのよ! 金田探偵さん」
「!」
金田が綾瀬の右手に向けた拳銃の引き金を引こうとした瞬間、綾瀬は彼の顔を見ながら言った。金田は彼女の顔と同時にその背後にビルの下から現れた巨大な鉄人の顔に息を呑んだ。
鉄人は背中に積んだロケットによって宙に飛び上がり、都庁ビルの二つの塔の間をホバリングしていた。
「あの男も便利なものを作ってくれたわ。何せ、このリモコンは声に出さなくても鉄人を意のままに操れるんですもの! さぁ、銃を床に置きなさい」
「………」
金田は黙って拳銃を床に置くしかなかった。そして、両手を頭の高さまで上げて、ゆっくりと拳銃から離れる。
「いいわ。そのままビルの中へ戻りなさい」
綾瀬に言われ、ゆっくりと彼女から目を離さずに金田は非常階段の入口のドアノブを握る。そして、小さく呟いた。
「今です」
「ライダー……キィーック!」
「!」
それは一瞬の出来事だった。突如、天から轟いた声と共に、鉄人の頭上から逆光を背に人影が綾瀬に襲い掛かってきた。そして、刹那には彼女の右腕をその人影の足が貫き、そのまま人影は宙に舞った彼女の腕を掴み、壁を蹴り、金田の前に着地した。
「くっ! 貴様は!」
吹き飛ばされた右手を庇いながら綾瀬は、恐ろしい形相で金田の前に立つ人影、仮面ライダー姿の結城に怒鳴った。
「お前に騙された哀れな男の成れの果てだ」
結城は答えた。彼のヘルメットの両眼の発光色は、彼の首に巻くスカーフと同じ色になっており、それは怒りの炎にも、血にも思える赤い色であった。
「金田さん、合図ありがとうございます。……リモコンです」
結城はちぎれた手からリモコンを取ると、背後の金田に渡した。彼は頷くと、それを受け取った。