後編




「どこに行くんだ?」

 江戸川はあの後、綾瀬の尾行を任され、帝技術開発研究所から出てきた彼女の車を尾行している最中である。
 彼女は新宿区内を移動し、都庁近くの有料地下駐車場に消えて行った。江戸川は一瞬悩んだが、後を追って地下駐車場に入る事にした。まだ彼女と江戸川に直接の面識がないことが、江戸川の行動の自信となっていた。
 駐車場内を徐行しながら、綾瀬の車を探す。
 その時、駐車場内にエンジン音が響き渡った。

「なんだ?」

 江戸川は音のした方向を見た。一台のバイクが車から降りた綾瀬の前にアクセルを吹かせて止まっていた。

「仮面ライダー……」

 江戸川は慌てて車から降りると、駐車されている車を陰にして、彼らに近づく。
 仮面ライダーはエンジンを切り、ヘルメットを脱いだ。結城の顔が露わになった。

「なんで……。生きてたのね、甲児さん」
「夏美、白々しい演技は止めろ」
「……何を言っているの?」

 綾瀬は当惑した表情をする。しかし、結城は構わず続ける。

「俺が逃げてから、お前は俺の立ち寄りそうな場所を探した。万が一の生存の可能性を考えて。だが、お前が俺を探していたのは、意志認識遠隔操作装置の研究資料とサンプルだ。しかし、目的の物を入手した矢先に金田さんの命を狙い始めたのは失敗だったな」
「………ふふっ。まさか本当に貴方が仮面ライダーだったとはね。橘大五郎が用意した駒であることの見当はつけていたわ。だから、彼を狙えば必ず仮面ライダーが現れる。だから、何度かは陽動に利用したけど、全て失敗。そして、金田を始末しようとした時も同様に仮面ライダーが邪魔をした。一瞬、貴方が仮面ライダーという可能性も考えた」
「………やっぱり。夏美、お前は!」

 結城が言うと、夏美は高笑いをして答えた。

「そうよ、私は崇高なる知的生命体、バイラス! 貴方の様な低脳な地球人じゃないわ!」

 結城は悔しげに下唇を噛み、叫んだ。

「くっ……! いつからだ? いつから、お前は」
「始めからよ。綾瀬夏美という女は貴方と会う以前に死んでいるわ。私はその姿を借りて、綾瀬夏美として貴方の前に現れた」
「じゃぁ………俺と付き合ったのも」
「全ては貴方が完成させようとしていた意志認識遠隔操作装置を得る為。そうでなければ、地球人の恋愛や恋人関係なんて下らない行動をするはずがない。少し声色を変えて、求愛行動をしただけで貴方は愛し合っていると勘違いをしてくれた。簡単なものだったわ」
「………」

 綾瀬の愉快そうに語る言葉を聞きながら、結城は悔しさと憎しみが入り混じり、苦虫を噛んだ様な表情を浮かべて、拳を握り締めていた。

「こうしてここまで突き止めたことは褒めてあげるわ。甲児さん、やっぱり天才ね」
「うわぁぁあああああ! 夏美ぃ、お前だけは……許さない! 変……身っ!」

 結城は上着を脱ぎ捨てて、ヘルメットを被ると、構えた銀色の左腕を動かす。ヘルメットの眼は青白く光り、顎にシールドがかかる。胴に球状のバックルのついたベルトが、銀色の腕は緑色に、肩と肘からは赤い刃が現れ、彼は仮面ライダーの姿に変身した。

「ふっ! この私に戦いを挑むとは、愚かよ」

 綾瀬は両腕を伸ばし、鞭の様に結城を叩きつけようとする。しかし、結城は素早く回避し、腕は地面や車を叩きつける。車のフロントガラスが砕け散った。
 江戸川は車の陰に隠れて、上着に隠れている拳銃ホルダーからリボルバー式の拳銃を取り出す。残弾を確認し、ロックを解除する。ずっしりとした鉄の重さが両手に感じながら、江戸川は彼らの戦いの様子を伺う。
 結城は綾瀬に向って走り、飛び上がる。

「ライダァァァキィィィック!」

 右足を前に突き出し、綾瀬に向って降下する。しかし、両腕をしならせて、両脇から結城を挟みこむ様に、鞭の如く長い腕を叩きつけた。

「がはっ!」

 結城は蝿叩きで叩かれた蝿の様に地面に落下し倒れた。自分の攻撃もダメージに加わったらしく、彼の全身のスーツにはヒビが入り、ヘルメットの顎と左眼、左腕の刃が砕けていた。

「だから言ったでしょ? 愚かだって」

 綾瀬は腕を人間の長さに戻すと、倒れる結城に近づきながら言った。

「うぅ……」
「もう蟲の息ね。……死になさい、甲児さん」

 綾瀬は右手を一本の鋭利な杭の様に一体化させ、その切っ先を倒れる結城に向ける。

「やめろ!」
「うわぁあああっ!」

 車の陰から現れた江戸川は声を上げると同時に彼女の右手を拳銃で撃ちぬいた。発砲音が駐車場内に響き渡り、硝煙の臭いが拳銃を構える彼の鼻を刺激する。
 左手で撃たれた右手をおさえ、綾瀬は突如現れた江戸川を睨む。

「地球人めぇ!」
「バイラス、どうやら拳銃は効果があるみたいだな? 地球には治外法権ってのがあるんだ! あんたの星じゃ人殺しが許されているのかも知れないが、日本で殺人は犯罪だ。日本の法律ではお前は綾瀬夏美という人間として扱われ、お前は今殺人未遂の現行犯だ」
「何者だ?」
「今日から国際刑事警察機構国際捜査官になった江戸川和也だ!」
「うぅ……あなたは」

 江戸川の後ろで結城がゆっくりと体を起こす。江戸川は綾瀬から視線を変えずに言った。

「二度も言わせるな。……お前は逃げろ! ここは俺が引き受ける!」
「しかし……」
「いいから! 早く!」

 江戸川が叫び、それに煽られて結城はふらつきながらバイクに乗り、地下駐車場から逃げる。

「待てぇ! ……あうっ!」

 綾瀬が叫んだ瞬間、江戸川は彼女の左肩に発砲した。江戸川は更に拳銃を力強く構える。

「行かしはしないぞ!」

 彼女は江戸川の持つ拳銃の銃口を睨みつける。そして、肩を震わせて笑い始めた。

「何がおかしい!」
「別に今更、仮面ライダーなんて障害でもなんでもないのよ」
「え?」
「既に、鉄人28号は完成したのよ」

 綾瀬は声を高くして言った。江戸川は周囲の気配に気がつき、視線を移した。周囲にはイカの様な姿の直立した怪物が彼を取り囲む様に立っていた。






 

「じゃあ、僕の命を彼らは狙っていたんですか!」

 例の運送会社倉庫で、壊れたスーツの応急処置で修理をしながら語る結城の話を聞いて、金田は驚きつつ聞き返した。結城は頷いた。

「はい」
「気がつかなかった……。どうもありがとうございます」
「いえ、裏を返せば俺もバイラスを倒す為に、貴方をオトリに利用していたにすぎませんから……。うん、こんなものか」

 丁度修理を終えたらしく、結城は両足に腕と同じ緑色のブーツを履くと呟いた。
 ヘルメットの顎と左眼はスペアパーツの流用で直され、顎のシールドは着脱式にしたらしい。肩と肘の赤い刃は修復不可能だったらしく、取り払い変わりにスーツ全体の地色と同じ黒のプロテクターを付けている。

「そのヘルメットの触角は?」
「本来、俺は奴らの兵士として操られて侵略に利用される存在だった。これは本来その指令の受信用のアンテナだけど、今は無意味です。……ただ、これを勝利のVの字と縁起を担ごうと思って、また取り付けました」
「こうして見ると……、バッタの様な姿ですね。腕に付いていた刃も考えてみると、バッタの棘を意識している気がします」
「ホッパー第一号……それが彼らの呼称した俺の名です」

 その時、扉が開かれ、橘が倉庫内に入ってきた。

「待たせてすまねぇな。こっちもやっと出入の準備ができた。……話は移動の中でしな」
「準備?」

 金田が聞くと、橘は顎で外を示した。
 二人は橘の後ろを見た。倉庫の外には、黒いスーツ姿の筋骨隆々とした体格の男衆が、日本刀、鎖鎌、ショットガン、自動小銃、各々の武器を持って整列していた。






 

 結城が気付いた時、そこは見慣れない一面が白い角のない楕円形の個室の中であった。
 次第に蘇る記憶で、自分が謎の集団に拉致された事を思い出した。

「夏美! ………うっ」

 思わず発した愛する人の名だったが、彼女からの応答の変わりに反響する自分の声と、体に走る激痛が彼を襲った。
 はっきりとしない意識が浮遊感となって彼の思考を鈍らせる。何故拉致されたのか、自分は今どのような境遇に置かれているのか、それらの判断が全くできないでいた。
 ふらつきながら、おもむろに個室内を彷徨う、一面真っ白い霧がかかっている様だった。
 何かにぶつかり、彼は床に倒れた。
 一瞬、意識がはっきりとした。顔をあげて、何にぶつかったのか確認をする。

「人……だ」

 視界に白い直方体の台に仰向けで寝かされた人の形をしたものが飛び込んだ。しかし、すぐにそれが人間なのか人形なのかわからなかった。
 なぜなら、そこに寝ている人間の体は全身銀色の機械がむき出しになったロボットの様な姿をしていたからだ。
 そして、視界が一気に広がった。一面の白いベールが消えて、部屋全体がわかった。同時に思考回路が回り始めた。
 彼の周りには、何人もの人が、同じく機械の様な姿をして寝かされていた。

「なんだ……これは?」

 結城は呟き、はっとした。慌てて自分の両手を見た。
 左腕が、彼らと同じ銀色の機械的な姿になっていた。

「どういう……うっ!」

 全身を襲う痛みにうめき声を上げた。筋肉痛の様な痛みだ。体の変化に神経が悲鳴を上げている様だった。

「目覚めたのか、結城甲児。いや、ホッパー第一号製造番号009」

 突然聞こえた声のした方向を見ると、部屋の中心に立っていたのは人間ではなかった。
 直立するイカの様な姿をした生物であった。

「何者だ?」
「改造手術が完了する前に目覚めるとは……失敗作か」
「バイラス……」
「どうやら、洗脳が未完成らしい。だが、正解だ。我らはバイラス。宇宙最高の存在」
「俺をこんな姿にしたのは何故だ?」
「簡単だ。資源の再利用。人間も利用できるものは無駄にはしないだろう? やっと改造人間兵として再利用する方法が確立されたのだ。お前はその量産型第一号シリーズの第九作目。そして、本製造開始後、初の失敗作だ」
「………ここはどこだ?」
「我がバイラスが誇る宇宙船の一つだ」
「他の人達は?」
「彼らは無事に製造が進んでいる。本来はお前と同じく、計画の為に必要な知識を得る為だけの存在にすぎなかったが、まもなく我らの駒という新しい役割を持って目覚める」
「侵略の道具にするつもりか?」
「その通り。お前は、洗脳の影響で我々の存在も目的も知っている。非常に不都合な存在だ。失敗作は、我がバイラスの汚点。処分しなければならない」

 バイラスは言い終わると同時に複数の触手を槍の様に伸ばして突き、結城を襲う。しかし、結城は素早くそれらを回避した。

「なかなかやるな。流石はバイラスの改造手術を受けている」

 結城は攻撃を避けて、寝かされている他の改造人間の間に着地した。
 結城はとっさに彼らの頭のそばに置かれているヘルメットを掴み、眼の間に伸びるVの字型の触角をおもむろにちぎり取った。

「これで、お前らの指図は受けない!」
「洗脳が裏目に出たか」
「変身!」

 結城はヘルメットを被り、叫んだ。






 

「そして、何とか……偶然もあって、俺は宇宙船を墜落させ、脱出した。どうやら他の改造人間もバイラスも死亡したらしく、俺の生存を知る者は幸いいなかった」
「偶然?」
「儂だ」

 移動の車内、金田が結城の話を聞いていた時、後部座席に構える橘が言った。

「偶然、儂はあの日新宿で結城を拉致したバイラス共の宇宙船を見つけた。すぐに後を追跡し、山の中でウチの若い衆にバズーカ砲で攻撃させたんだ」
「俺はその混乱を利用して、襲ってきていたバイラスを倒し、墜落直前に宇宙船から脱出した」
「バイラス共の死体を手土産に宇宙開発プロジェクトの連中へ警告の一つも発してやろうと思って、墜落現場に行ったら、その男がヘルメットを片手にぶら下げて突っ立ってたんだ。事情を聴いて、儂が匿うことにした。赤い刃などの未完成だった改造を補う為の強化、改造バイクのサイクロン号を与えた。結局、儂の自己中心的な目的に利用してしまっただけだ」
「だが、俺はそれに救われた。奴らと戦えた。……そして、夏美の正体も突き止められた」

 結城は出発の時から左手に握りしめていた赤いスカーフを見つめて言った。

「そのスカーフは? 出発の時から持っていましたが」
「夏美からの……最初に貰った物です。さらわれた時にも持っていて、運良く燃えずに見つかったんです。ただ、これを付けていたら、夏美の身に危険が及ぶのではという不安から、ずっと橘さんに預かっていてもらっていたんです。……もう、今となっては要らぬ配慮でしたが」

 言い終わると彼は自分の首にスカーフを巻いた。

「だが、これは俺の決意だ。この戦いで過去のすべてを終わらせる!」
「……結城さん、これは余計なお世話ですが」

 金田はそう前置きを言うと、結城の目を見て言った。

「生き残ってください。必ず生きて、新しい未来を歩いてください」

 金田の言葉に少し俯いて考えたが、やがて結城は顔を上げて頷いた。
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