前編




 明け方の都内某運送会社倉庫の裏出入り口前に一台のバイクが止まった。一見、ジェットタイプのヘルメットであるが、見慣れない形状をしている。バイクは国産の改造で、違法改造ではないが、かなりのマイナーチェンジがなされている。

「すみません」
「………!」

 ライダーがバイクを敷地に入れる前に、金田は穏やかな表情で声をかけた。ライダーは酷く驚いていた。

「結城甲児さん、ですね?」
「あ、あぁ」

 結城は驚いた表情のまま、金田の顔を眺める。金田は穏やかな表情を崩さずに自己紹介をする。

「僕は、探偵の金田九十九と申します。綾瀬夏美さんをご存じですね? 彼女から貴方の捜索を依頼されました」

 結城は表情を変えずに答えた。

「そうですか」
「それだけですか?」
「………どこまでわかっているんですか?」
「多分、二割といったところでしょうね。とりあえず、こちらの場所は橘さんの息がかかっている中から、最近借り上げて立ち入りを禁止した所を探して見つけました。何故橘さんがあなたを匿っているのか、何故仮面ライダーとして事件を起しているのか、その事情はまだわかりません」
「なら、これ以上は関わらない方がいい。彼女には、僕は死んでいると伝えて下さい。………それから、これを」

 結城はバイクのキーからコインロッカーの鍵を取りはずし、金田に渡した。

「ある研究の資料とサンプルが入っています。これを遺言代わりに彼女へ渡して下さい。………もう、結城甲児は生きる必要性を失いました。勿論、お金はお支払致します」
「………貴方が死亡した可能性が高いと報告する方法自体はいくつか存在します。しかし、彼女が悲しむ結果になるのですよ?」
「彼女も結局は俺と同じだ。………恋人の死よりも、目の前に与えられた世紀の研究成果に、心を奪われるはず」
「………わかりました。一つだけ、宜しいですか?」
「はい」
「僕は貴方を信じて、正しい事をしていると、信じていいんですか?」

 金田が聞くと、結城は自らの左手を眺め、少し思案してから答えた。

「正しいかは、わからない。だが、俺がやらなければいけない事だ。だから、信じてほしい」
「わかりました」

 金田は軽く会釈をすると、結城の前から立ち去った。






 

 国会図書館の一角で、江戸川は大量の資料を調べていた。

「ここにもないか………。なんなんだ、鉄人28号って! ………ん?」

 江戸川が頭を抱えていると、河嶋博士の霊が本棚の一つを指さしていた。
 江戸川はその本棚を見る。彼の霊はさらに一冊の本を指さしていた。江戸川はその本を手にとってみた。

「………国家技術水準向上委員会? ……既に解散されているのか」

 本の背表紙を開くと、1946年~1990年と書かれていた。閲覧スペースにもっていき、順々に見ていくと、高速道路建設や新幹線構想、無線通信機器の一般化、更にはリニアモーターカー、宇宙開発構想と多岐に渡っていた。しかし、よく読み進めていくと、荒唐無稽な内容ではなく、全て国家予算や技術力、国家経済への影響まで綿密に検討された案を記載していた。

「空間転移技術開発……エリアファクシミリー? テレポート技術まで構想していたのか。………鉄人計画、あった!」

 江戸川は穴が開くほどに分厚い本を凝視して、鉄人計画についての内容を読み始める。
 鉄人計画は一言で表せば、ロボット技術開発計画の事であった。鉄人と呼ばれる高性能巨大ロボットを開発することで、様々な技術が飛躍的に向上する事につながるとして構想されている。

「成程、巨大建造物の安定化技術、微細な動きは次世代の義手や義足技術という事か……。へぇー、操作技術には遠隔意志認識技術……ユビキタスって奴だな」

 彼の後ろにゆっくりと足音を殺して人影が近づいてきた事に、彼はまだ気がついていなかった。

「鉄人27号まで設計。……年号が1990年! じゃぁ、28号はこの段階では設計されていないのか?」
「そこまでだ!」






 

「………以上が、調査結果です。結局、芦ノ湖から彼の遺体は見つかりませんでした」

 夕焼けに染められた探偵事務所のソファーに座って、金田は頭を下げて言った。しばらく、古くなった換気扇がカタカタという音だけが事務所に流れた。

「彼は、何故自殺をしたのでしょうか?」
「わかりません。遺書もなく、唯一の遺留品はこのロッカーの鍵でした。調べたところ、新宿駅近くのロッカーでした」
「………ありがとうございました」

 綾瀬はゆっくりと鞄から封筒を取り出した。

「成功報酬は頂けません。僕の受けた依頼は、彼を見つけることでした。僕は、彼を見つけた報告をした訳ではない。できるなら、御遺骨だけでもと………」
「いえ、その気持ちだけでありがとうございました。………では、失礼致します」

 綾瀬は丁寧にお辞儀をし、事務所から去って行った。

「………依頼、完了」

 金田は自分の椅子に深く座り込んだ。
 数日間、彼は彼女からの苦情の問い合わせが来るのではないかと考え、事務所に待機していた。本気で彼を探していたら、彼の死んだと報告した芦ノ湖へと行くだろう。そこで人と話せば、誰もそこで死んだ人間がいないことにはすぐに気がつくはずである。金田は、綾瀬が苦情を申し出てきた際、結城の本当の所在を伝えるつもりであった。
 しかし、一ヶ月が過ぎても、彼女から連絡が来ることはなかった。彼女にとって、結城を諦めるきっかけが欲しいだけであったのか、彼の研究が欲しいだけであったのかはわからない。一つだけ金田に確信が持てたのは、彼女にとって結城の生存は特に求めていた事ではなかったという事実だけであった。
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