前編
【前編】
宇宙人、長年人々は広大なる宇宙にいる別の生命体の存在を信じ、探し続けた。
しかし、誠しやかに囁かれる宇宙人飛来、捕獲の噂はあるが、それは事実として受け入れるには信憑性にかけるものばかりである。
例え、宇宙人が我が地球に降り立ったとしても、その目的が明確に知りえぬ限りは、その話に真実味は帯びないのである。
だが、宇宙人の来訪目的が地球侵略である場合、宇宙船団が攻めてくる時では既に我々はなす術が残されてはいないだろう。
地球人が地球を防衛出来うるのは、侵略攻撃の算段を考える為に宇宙人達が地球に潜入している時なのだ。
しかし、秘密裏に地球人の社会に潜入した彼らの存在を知りうる者は、極僅かな人間だけであった。
「………綾瀬夏美さん。帝技術開発研究所の開発員、これはすごいですね」
名刺を見た金田九十九は感嘆の声を上げた。探偵事務所の冷房の効きが悪く、所長である彼の額に汗が滲む。ちなみに、他に職員はいない。
一方、応接用ソファーの向いに座る綾瀬は、暑さを微塵も感じていないといった表情で、しかし少し不安で美しい顔に影を落としている。そんな彼女の肉厚的な口元が動き、依頼内容を話し始めた。
「こちらの写真の方を、探して頂きたいのです。……結城甲児さんです。私の同僚で、その、恋人です。こちらはいくつもの難事件を解決されているとお聞きしました。お願いです。甲児さんを、探して下さい」
写真をテーブルに置いた金田は、窓から差し込む夕日を背に受けて、柔らかい表情で答えた。
「わかりました。必ず、結城さんを見つけてみせます。……まずは、詳しい事情を教えて下さい」
一ヶ月前、結城は一度帰宅した後、着替えて職場の正門の前に戻っていた。既に、周囲は暗くなり、窓から漏れる灯りの数も少なくなっている。結城はバイクのエンジンを切ると、煙草に火をつけた。
「ごめんなさい。甲児さん、待った?」
綾瀬が職場から出てきたのは、二本目の煙草が尽きようとした時であった。火を消すと、結城は笑顔で答える。
「いや、大した事はない。それよりも、お疲れ様」
「ありがとう。神経回路の構造を一から組み直していたから……」
「ロボットの神経回路か。将来は義手も変わるのか………」
綾瀬にヘルメットを渡すと、結城は言った。ヘルメットを被りながら、綾瀬は答える。
「それだけじゃないわ。巨大ロボットだって作れる。そうすれば、今までに比べると格段に土木工事とかの危険は減って、作業効率も飛躍的に上昇するわ」
「さ、乗って。……そうだな。その時の為にも、意志認識遠隔操作装置を完成させなければな」
「大丈夫よ、貴方なら。貴方は間違いなく、天才だもの」
綾瀬は結城の肩に両手を添えると、ゆっくりとその背中に身を寄せた。結城は、微笑を浮かべると、バイクのエンジンをかけ、アクセルを吹かした。
「そして、私達は夜のツーリングを楽しんできたのですが、送ってもらっている途中の、新宿の……都庁前に来た所で」
綾瀬は声を詰まらせて、ハンカチを口に添える。金田は黙ってお茶を湯呑にそそぐと、彼女の前に差し出した。
彼女は静かに会釈をすると、湯呑を口に運ぶ。微かに喉が動き、湯呑を戻し、彼女は再びハンカチを口に添えた。
「ありがとうございます。……その、都庁前に差し掛かったところでした」
再び綾瀬は話し始めた。
都庁前の道は、時間も日付が変わろうとしていた事もあり、車一台すら走っていなかった。結城のバイクは更に加速する。
突然、物陰から10人程の人が彼らの前に立ちはだかった。
「うわっ!」
「きゃぁあぁあああ!」
結城は咄嗟に急ブレーキをかけた。車体はバランスを崩し、道を滑りながら、転倒した。
結城も綾瀬も道に投げ出された。しかし、綾瀬は幸い打撲もなく、軽い擦り傷程度であった。ゆっくりと顔を上げると、結城も体を起こしているところであった。しかし、左腕が骨折したらしい。
「なんだ? 一体……、危なかった」
立ち上がった結城の前に、先ほどの人々が彼の周りを取り囲んだ。彼らは、10代から40代の男女と様々だ。
「いきなり飛び出して、危ないだろう!」
「………おめでとう。貴方は我々に選ばれた」
結城の言葉を無視して、一人の中年男性が言った。
「さぁ、行きましょう」
更に、若い女性も言った。
「………何? お前達は一体、何者だ?」
「それは、我々と一緒に来ればわかる」
そして、先ほどの男が手を差し出した。結城の体が崩れる。
「結城甲児、我がバイラスと共に」
刹那、彼らの後ろから眩い光が発せられた。綾瀬は思わず目を瞑る。
「……え?」
目を開くと、そこには転倒したバイクと綾瀬のみが残されていた。
「その事、警察には?」
金田は聞いた。綾瀬は頷いた。
「はい。しかし、警察も信用してもらえず」
「カメラの映像などは? 都庁周辺ならば、多く設置されているでしょう」
「はい。しかし、彼らが飛び出して、バイクが転倒する所までは映っているのですが……。なぜか、それ以降の映像はノイズというか、兎に角、映像が確認できるものではなかったそうです」
「そうですか」
「警察も、捜索すると言っているのですが、一ヶ月間一度も連絡はなくて。それで、こちらに依頼した次第です」
「なるほど。恐らく、警察としても判断に悩んでいるのでしょう。失踪や行方不明と言っても、誘拐や拉致によるものと、自主的な失踪では、警察の捜査方法も全く変わってしまいますから」
「でも、あれは……間違いなく、拉致ですよ?」
綾瀬は前に乗り出す。しかし、金田は動じずに答えた。
「警察が拉致として捜査をできるのは、はっきりとした第三者の目撃証言や犯行の証拠が存在した場合か、犯人側からの何らかの行動があった場合。極稀に、他の被害者からの証言というものもありますが。少なくとも、被害者の関係者だけの証言では、通常の失踪者捜索とそう大差のある捜査はできないでしょうね」
「なぜでしょう?」
「……ただの自主的な失踪でも、必死に見つけたい家族の中に、拉致と嘘をついても探してほしいと思う人がいないと言いきれますか?」
「………」
金田の言葉に、綾瀬は何も言えなかった。
「大丈夫です。探偵は依頼を受けた以上、依頼人を信頼します。必ず、結城さんを見つけてみせます」
「お願い致します」
「はい。……まずは、3日間の調査をし、その報告をします。その内容を聞いた後、調査の続行の有無をお決め下さい。調査料は、3日間は規定料です。以降の調査には、調査料以外に、必要経費を請求する事になります。結城さんを見つけた場合は、成功報酬を頂きます。これは、最初の調査の時点での発見でも同じです。よろしいですね?」
「はい。……依頼料です。この金額で、よろしいですね?」
綾瀬に差し出された封筒を受け取ると、金田は中身を確認する。
「確かに。今、領収書を書きます。……大丈夫、必ず見つけてみせます」
江戸川和也は、一般的な家庭に育ち、一般的な大学を卒業し、一般的な地方公務員試験で地元東京都の警察に採用された。彼は平凡を望んでいたのだ。
しかし、現在の彼は警視庁刑事という平凡とは言い難い職場で働いている。しかも、生まれついたちょっとした才能によって得てしまった、課の中でも検挙率一位の敏腕叩き上げ刑事の肩書きを添えられて。
「外傷も頭部以外にはなし。……ベランダから誤って落ちた、そんな所かしらね」
女性検死官、石坂涼は遺体を調べながら言った。検死解剖室に彼女の声が響く。遺体は中年の男性だった。今朝、自宅マンションの駐車場で発見された。彼女の言葉は、現場の状況にも一致する。
「もう少し調べてくれ」
江戸川が言うと、彼女は遺体から手を離した。彼に近付くと、他の捜査員に聞こえない様に小声で囁く。
「視たの?」
「あぁ。遺体が運ばれる時、すがって泣いている妻を怨めしくにらんでいた」
「泣いてたの?」
「演技かもしれんが」
「わかったわ。……薬物の検査を」
解剖台に戻り、彼女は助手の男に指示を出した。そして、再び黙祷をすると、メスを握った。
「薬物反応、出たわ」
解剖服から白衣に着替えてポニーテールにした長髪を揺らして石坂が、廊下の長椅子に座っていた江戸川に缶コーヒーを渡すと言った。自らも缶コーヒーを片手に、江戸川の隣に座った。
「睡眠導入剤として市販されてるもので、アルコールと一緒に検出されたわ。……それから指の爪に繊維があったわ。分析をかけなきゃ断言はできないけど、黒い服の繊維よ」
コーヒーを啜ると、江戸川は呟く。
「そうか。例の妻、黒い寝間着を着ていた。長袖だった」
「そう。左の二の腕だと思うわ」
江戸川は立ち上がった。空き缶を石坂に渡す。
「コーヒー、ありがとう」
「結果を待てば?」
「証拠は、検察に渡せればいい。……左腕でいいんだな?」
江戸川は、彼女の後ろを見て聞いた。彼女は後ろを振り向くが、廊下がのびているのみで、誰もいなかった。
「じゃ。検察が騒ぐ前には、結果を本庁に届けてくれ」
彼は出口に向かって走り去った。
「……ん? 金田か」
警視庁の一室に金田が入ると、江戸川は彼を一瞥して言った。
「また事件を解決した様だね」
金田は江戸川の机に近づいて言った。
「ただの怨恨だ。浮気した夫をベランダから突き落とした。保険料を貰う魂胆だったらしいが、今晩から柵の中だ」
「流石だね」
金田が言うと、江戸川は苦笑する。
「俺じゃない。解決したのは、検死官と被害者だ」
江戸川の言葉を聞いて、金田の脳裏に石坂の顔が浮かぶ。
「………視て欲しいんだ」
「金を取るぞ?」
江戸川は冗談めいた笑みをして言った。
「生死が分かればいいよ。後は、僕なりにやるから」
「死んでたら、俺の仕事だろうが」
江戸川は立ち上がった。
「ここでいいのか?」
都庁前の通りに立つと、江戸川は金田に聞いた。
「うん。これが写真」
写真を受け取ると、江戸川はぼやく。
「こういう所は霊が多いから面倒なんだぞ?」
周りを見回し、写真を片手に目を凝らす。
「………いないな。死んじゃいない。……ただ、何か嫌な感じだ」
江戸川は顔をしかめて言った。
「悪霊とか?」
「いや、俺は霊を視るだけで、プロの連中とは根本的な所で違う。……珍しい。かなり強力な動物霊の類だ」
「動物のも視えたんだ……」
江戸川は更に目を凝らして、ゆっくりと歩きながら答える。
「まぁな。ただ、俺のは他のモノとは違うから。検死官と同じだ。向こうが何か訴えてくるモノを見つけてやるだけだ。……ある程度の知能、意志や思いがない生物は見えない。昔、渋谷でハチ公を視たのと、長野で元ボス猿を視たくらいだ。……なんだ? コイツ、イカだ」
話の最後に、江戸川は眉を寄せて呟いた。聞いていた金田が怪訝な顔をする。
「イカ?」
「あぁ、イカだ。向こうの霊としてのやる気というか、イカの意志じゃ、弱いんだろう。……邪魔だっての! 他の霊に邪魔されて、ほとんど見えない」
「まぁ、イカだし。……なんで、イカ?」
「さぁ? イカの都合だろ?」
二人がイカイカと言い合っていると、排気音が聞こえてきた。
「……まさか」
「ん?」
江戸川が慌てて車に乗り込み、エンジンをかける。金田が慌てて車に駆け寄る。
その時、金田の後ろを猛スピードで飛ばすバイクが走り抜けた。
「乗れ! 出るぞ!」
江戸川に言われ、金田は慌てて車に乗り込む。車はサイレンを出し、急発進した。
「すまん。仕事だ」
「今の暴走バイクは?」
金田がシートベルトをしながら聞くと、江戸川はカーナビを確認しながら答えた。
「仮面ライダー。俺達と一部のマスコミはそう呼んでいる。ナンバーも偽造で、完全に正体不明。わかっていることは、道交法違反は勿論、銃刀法違反、器物損壊、傷害、誘拐、殺人、死体遺棄の容疑がある間違なく凶悪犯だ」
「そんな事件、初めて聞いた」
「そりゃそうだ。まだ、事件は3日目だからな。ただし、この3日間連続だ。しかも、殺人も映像や目撃証言はあるが、死体が一切見つかっていない。完全犯罪と警察の戦いだ。故に、まだ報道規制がしかれている」
江戸川は金田に説明を終えると、アクセルを一気に踏み込み、加速させる。そして、片手で無線連絡をし始めた。金田は、死を覚悟した。
「博士、お先に失礼します」
「うむ」
身支度を整えた研究員が挨拶をすると、河嶋博士はモニターから視線をそらさずに頷いた。
彼のいる机には大量のファイルと製図が広げられ、ファイルには極秘のマークと鉄人計画という題が書かれている。
「………この構造ならば、28号の設計ならば、実現可能だ。しかし、やはり今の技術では動かすこともままならぬか」
河嶋博士は一人、モニターの前で頭を抱えた。
その時、ゆっくりとドアが開かれた。
「博士……」
「なんだ? 忘れものか?」
部屋に入ってきたのは、先ほどの研究員であった。
「……に、げてくだ………い」
「え?」
河嶋博士が振り向くと、研究員が苦しみ始めた。彼は研究員に近づこうとすると、彼女は叫んだ。
「やめて! 乗っ取らせるもの………!」
彼女はその場に倒れた。しかし、河嶋博士は彼女に近づけなかった。それは、彼女から発せられる雰囲気が先ほどまでとはまるで違ったためである。
「………だ、大丈夫かね?」
河嶋博士が声をかけると、彼女はむくっと起き上がった。瞳の色が、赤くなっていた。
「たくっ! 心配するなら、近づいて来いよ!」
「君は、何者だね?」
「今更あんたに用はないよ。あるのは………」
彼女は、赤い瞳を机の上に向けた。河嶋博士はハッと気がついた。
「鉄人を、設計図を狙っているのか! これは、まだ渡すわけにはいかん!」
「わざわざ完成まで、この女に寄生して待っていたんだ。もったいぶるんじゃねぇよ」
「やはり………。何者だ?」
「バイラス」
「バイラス?」
「全宇宙で、最も偉大な種族だよ!」
彼女は言うと同時に、右腕を前に伸ばした。文字通り、その右腕は長く伸び、思わず回避した川島博士の頭上をかすめ、窓を砕いた。
「まさか……宇宙人なのか?」
「流石は博士ですね。えぇ、バイラスはこんな器とは違う」
そして、彼女は長くのびた腕を払い、河嶋博士を窓から外へと放り投げた。
「うわぁあぁああああ!」
河嶋博士は、地面に向かって落ちた。