後編




 数分前、金田と結城は都庁ビルの一階にいた。

「結城さん、ここからは二手に分かれましょう。その方が確実に追いつける」
「そうですね」

 金田の提案に結城は頷く。しかし、すぐに表情を曇らせた。

「しかし、相手はバイラスです。金田さん一人では危険すぎます」
「大丈夫。橘さんに拳銃をお借りしていますし、多分江戸川と綾瀬がいるのは右の方です」

 金田は自分の懐から拳銃を手に取って見せると、自分の立つ側のエレベーターを見た。エレベーターの一つが上昇中である事を示していた。

「なら、尚の事二手に分かれるのは危険です! 仮に分かれるとしても俺がそっちに行く方が……」

 反対する結城が最後まで言い終わる前に、金田は手を彼の口の前に出して制した。

「それでは彼らの思う壺です。僕の推理では、彼らの宇宙船は左右の両方に隠していると思います。結城さん、あなたはまず左のビルに上がって、そこのバイラスを倒してください。恐らく、大部分のバイラスはまだ地下にいるはずです。もしくは綾瀬のいる右に。そう数は多くないはずですが、ここで我々が右側に行くと、彼女は鉄人を使って優勢に立とうとするでしょう。更に、左側の宇宙船が加勢に来たら敵いません。そこで、僕が右に行き、時間を稼ぎます。結城さんはその間に左側の戦力を削いでください。……それと、仮にビルとビルの間を飛んで欲しいと言われたら、どれくらいの高さが必要ですか?」
「それは飛び超える為に必要な高さですか? それともジャンプ中の最高値ですか?」

 結城の問い返しに、金田は満足したのか笑顔で答えた。

「最高値です。という事は、飛び越えられるんですね?」
「この距離なら問題なく、同じ高さか少し上の高さに着地できます。高さは多分数十メートルくらいになるでしょうね」
「最高の回答をありがとうございます。これで勝算は得られました」
「どういうことですか?」

 一人納得した様子の金田に結城は聞いた。金田は説明をする。

「恐らく、綾瀬は先ほど言った様に、状況を優勢にする為に鉄人を使います。これは相手が拳銃でも同じでしょう。既に、拳銃もバイラスにある程度有効であるとわかっていますから。そして、綾瀬は鉄人の存在によって外側からの警戒を緩めるはずです。これは仲間が共にいても同じです。僕は彼らの注意を引きつけ、合図をします。そうしたら、結城さんは空中にいる鉄人を飛び越えて綾瀬から意志認識遠隔操作装置を奪ってください。意志認識遠隔操作装置、手に握る物だと思います。利き手である右手にあるはずです」
「確かに、意志認識遠隔操作装置は手で握る事で機能します。多分タイミングと場所を合わせられれば確実に成功できます。しかし、合図はどうやって?」
「それは悩む必要なんてありません。携帯電話を通話させたままにして、僕が言います」

 金田は携帯電話を取り出す。携帯電話はイヤホンが付けられており、そのマイク部分をシャツの襟元に内側から取り付ける。

「外は風が強く吹いてますから、コードの形でばれる事もないでしょう。場所は、そうですね。上手く非常階段の入口近く……階段の5段目でどうでしょう? 丁度、牽制しあえる距離です」
「そこまで細かく決めなくても、多少なら調整できます。では、それでやってみましょう。危険を感じたら、教えてください。助けに行きます」
「大丈夫。成功します! あなたは仮面ライダーなんですから」

 金田は根拠のないことを言い、笑顔を結城に向けた。
 結城は苦笑しつつも頷き、ヘルメットを被る。そして、顎のシールドを差し込む。それらを持つ両手はいつの間にか緑色に変わっていた。
 金田は拳銃をベルトの間に挟むと、右手を差し出した。結城もそれに応じて、右手を出す。
 硬く握手をすると、二人は背中を向け合い、左右それぞれのエレベーターへ向った。






 

「向こうのバイラスは?」

 綾瀬に牽制する結城に、彼の後ろに立つ金田は聞いた。

「元々、宇宙船を加勢させない為の事ですから。全員を殺そうとすると流石に無理が出ますが、宇宙船内部の機能の一部を破壊するくらいなら、奴らを翻弄しながら成功できます。今頃、必死に宇宙船の修理をしているはずです」
「結城甲児ぃぃぃ!」

 綾瀬は般若の様な形相で呻いた。

「どうした夏美、美人が台無しだぞ?」

 結城は握った拳の構えを崩す事無く言った。
 そして、金田は呆れ顔で彼女に告げる。

「そんなことより、いいんですか? 形勢、完全に逆転されてますよ?」

 金田は言い終えると同時に鉄人を見た。綾瀬も鉄人を目で追った。
 鉄人は右手を突き上げ、そのままロケットを噴射させ、左側のビル最上部を突き破った。
 アンテナ部分が砕け散り、黄色と黒の縞模様になっている球体状の宇宙船が露出した。
 鉄人の右手は自分の胴とほぼ同じくらいの大きさである宇宙船の壁を突き破っている。

「やれ!」
「やめろぉぉぉ!」

 綾瀬の叫び声も虚しく、鉄人は金田の命令通り、宇宙船を突き破った右手を船中のコードなどの機械類を握りながら引き抜いた。火花と爆発が宇宙船に上がる。
 更に、鉄人は両手で宇宙船の両脇を掴むと、一気に建物から宇宙船を引きずり出す。そして、そのまま都庁ビルの屋上へ宇宙船を叩きつけた。宇宙船はその衝撃に破壊され、瓦礫となって、地上に落下した。

「ちっ! 地球人めぇ!」

 綾瀬が顔を歪めて呻いた。それを手すりに身を寄りかからせた江戸川が諭した。

「その考え方がそもそも間違いなんだよ。てめぇらの失敗は、社会力だとか抜かしておいて、バイラスだとか地球人だとか下らない枠組みで物を見ていた事だ! ……俺には見える。お前の周りにいる姿形も違う多くの霊の姿がな。バイラスだって、命ってのがあるんだろ? 命があって、そして今を生きている生命なんだ、それに地球人だのバイラスだのはない。その常を理解してないで、社会力を抜かしてるんじゃねぇ! さっさと星に帰りな。……じゃないと、破滅するぜ?」
「五月蝿い! 五月蝿い五月蝿い五月蝿い!」

 叫び声を上げた綾瀬は、その姿を地球人の姿から完全に直立するイカの様なバイラスの姿に変えていた。

「我がバイラスこそ、宇宙で最も優れた生命体なのだ! 地球人、このバイラスの意に背いたことを後悔させてやる!」

 彼女は先端の千切れた触手を江戸川に突きつけると、声を荒げて言い、手すりを飛び越えて地上へ飛び降りた。
 同時に、彼らの頭上から轟音が上がり、見上げるとバイラスの宇宙船がビルの最上部から飛び出し、急降下すると、落下する綾瀬を回収した。

「逃がすか!」

 結城はすぐさま宇宙船目掛けて飛び降りた。

「………!」

 手枷が外れ、手首を擦りながら江戸川は下にある宇宙船を見下ろす。

「江戸川、あれを!」
「ん? ……なっ!」

 一方、空を指差す金田の示す方向を見て、江戸川は絶句した。東京湾の方向から球体の飛行物体三機が向ってきていた。色や形は都庁に隠されていた宇宙船と同じだが、その大きさは倍以上もあるのがわかる。更に、八王子の方向から同じ大型の宇宙船一機が向かってきた。

「まだいたのか……」

 江戸川が手すりを拳で叩く。
 綾瀬のいる宇宙船も上昇し、八王子から来た宇宙船と連結する。そして、他の三機も集まり、新宿の上空で四機の大型宇宙船が並び、綾瀬の宇宙船を中心に円を作る。各宇宙船から管の様なものが伸び、宇宙船は円形に連結した。

「一つになりやがった……」
「俗にいう空飛ぶ円盤の正体かな?」

 蒼白とする江戸川の隣で金田はのん気な事を言う。

「それより、どうするんだ?」
「とりあえず、降りよう。橘さん達が心配だ」
「橘の親分も来てるのか?」
「あぁ、今も地下でバイラスと戦っているはずだ。……鉄人!」

 金田は言い終えると、鉄人を呼び寄せ、その右手に飛び乗った。

「江戸川、早く!」
「わかったよ!」

 金田に急かされて、江戸川も鉄人の右手に飛び乗る。
 鉄人は先ほどの地下駐車場前に開けた穴の中に着地した。



 


 

「他の連中は?」

 地下駐車場の更に地下深くの空間に、橘の声が響く。彼の片手に持つ日本刀にはバイラスの体液がべっとりと付いている。
 彼を庇う様にショットガンを片手に立ち回る側近の男は首を振って答えた。

「私の知る範囲は全滅です。勿論、死なば諸共。死に際に相打ち覚悟と皆、鉄砲玉になりましたよ」

 彼が言った直後、傷だらけのバイラスが数対、彼らの前を横切って隅の方向へ向かっていった。
 直後、激しい閃光と爆音が地下空間に響き、振動が周囲を揺らした。

「手榴弾……いや、あの閃光はプラスチック爆弾の類だな。……無茶をしよって」

 橘が近くにある柱に寄りかかると呟いた。彼は上を見上げた。鉄人が開けた穴から赤黒い空が見える。鉄人が破壊した建物から上がる炎の明かりだ。

「とりあえず、地下のバイラスは今の爆発で全滅でしょう」
「そうだな。だが、お前さんのショットガンも、残弾は無いのだろう? ……儂の刀ももう刃が駄目だ。バイラス共め、イカみたい姿をしている癖に以外と硬いわ!」

 橘は手に持つ刀の刃を見回しながら、目の前に立つ側近に言った。
 彼は何も言い返さない。既に万事はやり尽していた。

「………!」

 上を見上げていた橘の目付きが変わった。側近も、上を見上げた。
 天井にポッカリと開いた大穴に巨大な影がかかり、その影はどんどん迫ってきた。

「鉄人!」

 橘は刀の柄を握りしめ、腹の底から声を出した。側近も懐に仕込んでいた小型の拳銃に手をかけた。
 穴を覆う巨大な影、鉄人28号は橘と側近の目の前に着地した。

「橘の親分、大丈夫か?」

 声を上げたのは、鉄人の手の上に乗る江戸川であった。

「お前さんが乗っているってぇことは……」
「橘さん、鉄人は奪えました!」

 橘が言いかけると、江戸川の隣から金田が顔を出して、声を上げた。金田の顔を確認すると、橘は力強く頷いた。
 その時、突然江戸川の体がブルッと震えた。驚いた金田が彼を見ると、彼は慌てて服の下に隠していた携帯電話を取り出していた。よく綾瀬達にバレなかったものだと金田が感心していると、電話を受けている彼が声を張り上げた。

「……なんだって!」
「! どうした、江戸川?」

 怪訝な顔で金田が聞くと、彼はそれを手で制した。そして、黙ったまま電話の相手の話を聞いている。

「………わかりました。こちらはバイラスから鉄人28号を奪取できました。それと例の仮面ライダーがあそこに乗り込んでいます。………はい、了解です」

 江戸川は溜息混じりに携帯電話を今度はズボンの尻ポケットの中にしまった。

「どうした?」
「あぁ、今インターポールの上司……あぁ、俺は今インターポールにいるんだ」

 食いついて来る様な勢いで聞く金田に対して、江戸川は思い出したとばかりにニヤニヤ笑いながら言った。

「そんなことはいい! それよりも電話の内容だ、何だっていうんだ?」
「なんだよ、俺の大出世を邪険に扱わなくてもいいだろう。……まぁいいか。俺達が見たバイラスの宇宙船だが、アレはどうやら世界中から集まったらしい」
「どういうことだ?」
「言葉のままだ。どうやら俺が捕まったことで、向こうも自棄になれる様に行動していたんだ。複数のアメリカの監視用人工衛星がアメリカ、ロシア、ヨーロッパから飛び出した超高速飛行物体を確認して、日本領空付近でスクランブルしたらしい。ま、結局一つの隊は追えずに侵入を許し、もう一つの隊は宇宙船の攻撃に全滅、残り一つの隊は出撃すら間に合わなかったらしい」
「それは、あの宇宙船で間違いないのか?」

 金田が慎重な口調で確認する。

「あぁ。どうやら間違いないらしい。早い話が、世界中に来ているバイラスは今、この新宿上空に全戦力を集中させたって事だ。都庁はあの通りその機能を失っている。日本政府も他の国の政府と同様、事態の唐突さについてきていないらしい。米軍も自衛隊も出撃の準備を進めているらしいが、事が事だけに混乱気味、出撃するには少し時間がかかるらしい。それと、うちの上司が警視総監に、警視庁は避難誘導に専念する様に釘を刺したらしい。どういう状況か理解できたか?」

 江戸川が早口ながら要点を抑えた説明を終えると、金田は頷く代わりに肩を上げた。

「つまり、相手はバイラスの全総力が結集。対して、地球人側は僕達四人と結城さん、そしてこの鉄人だけってことか」
「そういうことだ。まぁ俺達としては、さっさとあの宇宙船とバイラスを倒すことに専念するしかない。あんまり悠長にしていると、テンパった国側がアメリカに戦術核でもぶち込む依頼をしかねない」
「それは困ったな」
「あぁ、困った」

 しかし、二人は言葉ほど危機感がない様子でいる。橘の側近が不安な表情をして橘に聞いた。

「どうするんですか? ダイナマイトでも体に巻いて自分も鉄砲玉になりましょうか?」
「落ち着け。お前とも有ろう者が何を言い出す。こういう時は葉巻でも吸って、一息つくもんじゃぁねぇか」

 橘は言葉通り、懐からシガーケースを取り出し、葉巻の先端をシガーカッターで綺麗に切り、オイル式ライターでゆっくりと表面を炙る。火を灯すとそれをじっくりと味わう様にふかせた。
 そして、火種が十分に葉に馴染むと、橘は彼にそれを向けた。

「人生最後になるかも知れない休憩だ。味わえ」
「はい」

 そして彼は葉巻をふかした。葉巻特有の香りを含んだ煙が喉元から鼻腔に広がった。

「どうだ、お前さん達も」

 橘が鉄人の掌の上にいる金田と江戸川を誘う。しかし、江戸川は手をヒラヒラと振った。

「有難いが、遠慮しとく。俺はこれが人生最後と思っちゃいないんでね」
「僕も江戸川の意見に同意です。……だけど江戸川、何でまた携帯をいじってるんだ?」

 金田は腰を下ろして天井に開いた大穴を見上げつつ、鉄人の親指に寄りかかって携帯電話を操作する江戸川に聞いた。

「いいだろ。ただちょっとばかし石坂からのメールが受信ボックスに溜まってたんで、とりあえず返信を打ってるんだ」
「終わった後でもいいんじゃないか?」

 金田がニヤリと笑って聞いた。江戸川は鼻で笑った。

「俺は思い立った時に行動しないと忘れる人間なんだ」
「そうだったな」

 金田は微笑を浮かべると大きく伸びをした。
 そして、休憩を終わらせる合図が聞こえた。宇宙船から爆発音と煙が上がった。
 丁度、江戸川が送信ボタンを押し終え、橘が葉巻を吸い終えた時であった。
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