第一章 出現



 三神が目を覚ましたのは、優と共に寝かされていた部屋の一面窓張りにされていたガラスが激しく轟音と共に、振動した為であった。

「大人しくしろ」

 真っ先に目に飛び込んできたものは、日常では決して見ることのない小銃の銃口であった。その先には、見知らぬ白人の顔がある。

「キミは何者なんだ?」
「我々は、ゲーン一家の者だ」

 その名前に心当たりはあった。昨晩、グリーンの話にあった彼のクライアントの名だ。

「グリーンと一緒にいたから、連れてこられたのか……」
「そういう事だ。三神小五郎だな?」

 銃口を突きつけたまま、男は三神に質問した。三神は抵抗せずに答える。

「あぁ。グリーンは何をしている?」
「質問に答えるのはお前の方だ。ゴジラに傷を負わせる事は可能か?」
「それは、確信がない。ただし、可能性はあるといえます。50年前は、ゴジラに皮膚を貫くほどの能力を持った武器がなかったが、今の武器なら可能かもしれないからです」
「明快な回答だ。その傷の治癒は?」
「不明です。僕の知る情報には、ゴジラがまともな傷を負ったというものがそもそもない。ただし、僕の考えで回答は二つ。全く治癒がないか、驚異的な治癒能力を持っているかの何れかです」
「根拠は?」
「ゴジラは常に細胞を放射線によって傷ついているといっても過言ではありません。したがって、並の生物の持つ治癒能力程度では、むしろ自滅する可能性がある。全く修復せずに驚異的な防御力で傷を負わないようにしているか、驚異的な治癒能力を有しているか、この二つのいずれかである可能性が高い。僕はそう考えています」
「ゴジラを誘導することは可能か?」
「不可能ではないと思います。ゴジラは、動物的本能が極めて強いと考えられています。例えば、光や音といった刺激に引かれやすい。好奇心というよりも、好戦的な本能が強いと考えられています」
「弱点は?」
「全く持って不明です。唯一、ゴジラを倒せる兵器は、芹沢博士の開発したオキシジェン・デストロイヤーですが、それは残存していない。そして、その兵器の能力は一切が謎となっています」
「ゴジラの上陸後の移動針路は?」
「予想は幾つか立てられます。しかし、情報が少ないので、どれも断言できない。強いてあげれば、その巨体故、恐らく高層ビル群の中では、大通りを好んで進むでしょう」
「その放射能による被害は?」
「東京での被害は、白熱光によるものが主です。足跡に残されているものも、安全というわけではないのですが、生命の危険があるほどではない。白熱光はその熱で大抵は燃え尽きてしまうのですが、その範囲外でも近い距離であれば、放射能による被害は大きいです」
「貴方のお仲間である、マイケル・ホワイトさんがその例よ」

 いつの間にか目を覚ましていた優が三神に補足した。

「それよりも、ゴジラは何処まで迫っているの?」

 優は男に聞いた。男は、答えた。

「湾内だ。ゴジラは、既に海軍と戦闘を始めている。恐らく、先の爆音は艦艇一隻が墜ちた音だろう」

 それを示す様に、絶え間なく爆発音が、小さいながら聞こえていた。







 海軍艦隊は、海中に潜む巨獣に苦戦していた。既に一隻が墜ち、斜め一列となっていた隊列を、素早く立て直す。
 艦隊指揮艦が中央に位置し、前後左右に配置した菱形の隊形を作る。前方には、ゴジラと思しき影が潜む。

 先頭の一隻が魚雷を発射し、水面に水柱が立つ。魚雷は命中した。
 更に位置修正を加え、艦隊は魚雷の集中砲撃をゴジラに浴びせる。周囲に爆音と、次々に上がる水柱、そして辺りに霧が起きる。

 ゴジラの動きが止まった。
 この好機を逃さず、艦隊は海中に潜む魔獣を包囲する。艦隊指揮官は、既に続く集中攻撃の指示を下していた。
 指揮官は指揮艦艦長でもあり、その能力は経験と冷静な思考からもたらされ、彼は対潜水艦戦においても高い評価を受けていた。
 その彼は判断において、失敗はしていなかった。しかし、彼は経験していなかった。対ゴジラ戦闘における、潜水艦や巡洋艦では決してなせない戦闘をこなす敵こそが、ゴジラであるという事実を。

 刹那、海が光った。正確には、海洋中に浮かぶ影が、ゴジラの背鰭が光った。
 その意味を知るものは、艦隊にいなかった。
 そして、海面に光の柱が聳えた。光の柱は淡い白の炎で、激しい光線ではなく一見煙の様だが、それとは違う、引き込まれるような強さが、力がある光だった
 光を見る誰もが、言い知れぬ恐怖を感じた。指揮官もその一人であった。

 海水が阻み、威力が殺がれた光の柱、白熱光であったが、急速な移動が困難な巡洋艦を、極罪を犯した死刑囚への刑執行の如く、焦らされた後、艦にいる全ての者が同じく恐怖を感じる中、貫いた後、消滅した。
 巡洋艦は炎上し、爆発が繰り返し、沈んでいく。
 指揮官はその情景を目の当たりにしつつも、自らの責務を果たすべく、救助と避難、指揮の建て直しを図る。既に二隻が墜ちた現状、ゴジラの上陸阻止は不可能であり、陸軍の計画同様、如何にゴジラを弱らせるかが彼に課せられた課題であった。
 しかし、それは1分と満たない時間で無意味のものとなった。
 巡洋艦の真下に素早く回ったゴジラの白熱光が、海上にあったものを貫いたからである。
 指揮官が我に返った時、艦内は地獄であった。周囲は炎に見舞われ、後部甲板においては完全に炎に包まれ、艦内外に問わず、炎に撒かれていた。彼がいた船橋も例外ではなく、人や物が無造作に散らばっていた。
 彼らは必死に叫び、言葉を発するが、全て無声映画の如く、お互い聞こえていない。爆発のせいで鼓膜が破れたのか、聴覚が麻痺しているのか、しかし指揮官はそのような理由ではない事がわかっていた。常識外の攻撃による炎の恐怖、ゴジラの持つ放射能についての偏見に近い情報のみを知る多くの兵の恐怖が、混乱を大きくし、既に何かに耳を傾けられる状況ではなくなっていたのだ。

 地獄は続く、動力が二次、三次爆発を繰り返す。
 海に投げ出された兵を巻き込む大渦を起こしながら、指揮艦は沈没していく。
 その中、指揮官は静かに船橋から、自らが上陸を阻止できなかった摩天楼を眺めながら、一人呟いた。

「何故、今此処に現れた、ゴジラ」






 ゴジラは大波となって、港の大型船が入る桟橋から少し離れた場所へ物凄い勢いで迫った。深さはテトラポットが沈んでいる為、浅くなっている。その為、瞬く間に波を切り裂くように背鰭が海中より姿を現した。その姿はアザラシを狩るシャチの様だ。そのままの体制でゴジラは浅瀬、そして桟橋に突っ込んだのだ。
 瞬く間に崩れる桟橋、海から現したその巨体。
 海岸の第一防衛線に就く兵達は、ただそれを眺めるばかりであった。
 大波を起こし浅瀬に乗り上げ桟橋を崩したゴジラの容姿は、グロテスク意外の何者でもなかった。岩のように凸凹の肌、背中に聳えるギザギザの鋭い背鰭、そして恐らく体と同じくらいの長さが有ろう尻尾、顔の半分は有ろう巨大な口、そして全身は闇の様な漆黒。それが人類史上二度目となるゴジラの姿だった。
 海岸線を守る第一防衛線の陸軍部隊に、その際の被害は出なかった。しかし、想像を超えたゴジラの姿に一同、一瞬動きが止まった。それは新米、熟練の差を越え、動物の持つ本能がそうさせていた。
 彼らが呆然とその巨体に圧倒されている隙に、ゴジラは素早くしかし確実にその巨体を起こした。そして、ゆっくりと歩きだした。

「撃てぇえぇええええええ!」

 部隊長の号令と共に、海岸に聳える漆黒の巨体への陸軍部隊による砲撃が開始された。
 絶え間なく続く、砲撃とミサイルの雨がゴジラを包む。通常戦闘で使用する弾薬の消費速度を遥かに上回る勢いでそれらは放たれた。ゴジラの周囲に配備された部隊は、安全を確保する為、後退をしながら攻撃を続ける。
 しかし、彼らの思惑とは裏腹に、ゴジラは攻撃を諸ともせず地面を揺らしながら歩みを進めた。
 時刻は、10月27日10時16分。ゴジラはニューヨークに上陸した。
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