第一章 出現




 ニューヨーク沖に仕掛けたセンサーが、水温の上昇と放射能値の上昇を捕らえたのは、ゴジラ出現の予想時間に30分と迫った時間であった。
 海軍がゴジラ上陸を阻止する為に投入したのは、駆逐艦と巡洋艦を中心とした迎撃艦隊であった。それ以上は時間が間に合わなかったのだ。

「陸上防衛線、第一、第二、第三と配置完了です」
「ご苦労」

 スミス大佐は、部下の報告を満足気に頷いた。既に陸軍はフルトン市場を中心とした海岸線に戦車中隊、自走砲、対戦車ミサイル部隊を配置した第一防衛線、以降ゴジラの上陸後の針路を大通り沿いと仮定し配備された第二、第三防衛線を構築し、セントラルパークに指令本部を設営した。本部付きには戦闘ヘリ、アパッチを中心とした索敵部隊が中隊規模で複数配備されていた。航空映像、GPS情報、各部隊からの無線報告は指揮所へ集約され、参謀達が巨大地図へ状況を書き込み続けていた。統合的な戦況把握を可能にしたスミス大佐の頭には、既にゴジラを捕らえる仕掛けとなった摩天楼が鮮明に浮かび上がっていた。

「それから、例の三人は依然として行方不明のままです」
「既に仕事は終わった。後は事がすんでから然るべき順序で、責任を取らせればいい。我々の戦いは始まっているのだからな」

 スミス大佐は部下に言う。三人とは、グリーン達の事だ。

「後は、海軍がどれほどゴジラを弱らせるかだ」

 スミス大佐は小さく呟いた。彼の中では、ゴジラの上陸そのものは既定路線だった。海洋中では艦隊の移動速度よりも速いゴジラに優位といえるが、陸上ではその逆であり、何よりも彼の手には戦況が掌握できるという圧倒的優位があったからだ。
 しかし、彼は考慮が浅かった。そして、その構想に穴がある事を疑っていなかった。彼が掌握できる情報は、自らの下とする軍のみであり、それ以外の動きは掴めない。しかし、彼はこの戦いが対人ではなく、ゴジラという怪物一体のみであると確信していた。
 その想定外の存在を含めた全てを把握する事は、誰一人としてできなかった。

 



 


「そろそろ起きたらどうだ?」

 擦れた低い声が朦朧とする意識の中、グリーンの耳に聞こえる。

「全く、連絡も一つもよこさずに軍と一緒に居るとは………。貴様を名探偵と見込んだわしの間違いだったかもしれんな」

 その言葉が聞こえた時に、グリーンの意識が一気に回復した。

「これはこれはクライアント。それにしても少々手荒すぎるのではありませんか?」

 瞬時に前後の記憶から、ほとんど拉致同然に連れてこられていると、手錠で背後に両手を拘束されたグリーンは、判断した。そして、床に転がるグリーンの目の前にいる老人、ギケーに言った。
 ギケーが鼻で笑った。

「その判断力と口の上手さを聞くと、貴様を詐欺師と間違えそうだ。ちなみに、これは万が一面倒が起きた時に、貴様達へ降りかかる面倒をなくしてやる為のわしらなりの配慮だ」
「それは、わざわざお手数をかけました。我々という事は、一緒にいた二人もこちらにいるのですね?」
「安心しろ。隣の部屋にいる」
「人質ということですか?」
「何とでも呼ぶがよい。わしは決して肯定せぬがな」

 ギケーは不敵に笑い、床に座るグリーンを見下す位置から言った。
 グリーンは自らの置かれている現状を再確認する。部屋は、ビルの空きフロアであるらしい。物は何もなく、恐らくオフィスの小会議室として利用される部屋であろう、ほぼ正方形の部屋の壁には配線を設けるスペースがいくつかある。ドアは一つのみであり、反対は前面窓張りであり、その先には高層ビルと思われる建物が見える。その景色から、大通りに面した高層ビルの一室に自分はいるのだと、グリーンは判断した。
 部屋には、床にいるグリーンとそれを見下ろすギケーの他にドアの前に銃を持つゲーン一家の一員がいるのみ。脱出を図りかねる状況ではないが、三神と優の姿を確認できない状況で、かつ事実上人質としてギケーの手中にある以上、グリーンは行動できない。
 グリーンは内心苦渋を抱いたが、表情には出さず、微笑を浮かべてギケーに問う。

「それで、クライアントは私に何を聞きたいのでしょうか?」
「流石はジェームス・グリーン。話が早い。貴様には、調査で見聞きした事をすべて話して頂きたい。無論、ゴジラに関することも含めた全てだ」

 ギケーは余裕を持った表情を浮かべて、グリーンに言った。

「構いませんが、私が受けた依頼は船が沈んだ真相です。ゴジラによって、沈められた事実とその結論に至った過程は報告の義務がありますが、全てとなると別料金となりますよ?」
「知れた事。既に依頼料は当初の150%を用意しておいた。これで文句はなかろう」

 ギケーは懐から取り出した分厚い封筒を取り出した。グリーンは振込みや小切手ではなく、現金支払いを要求していた。

「何も今渡さなくてもいいものを。これでは受け取れませんよ?」

 グリーンは背後に回された手を見せて言った。

「契約成立と見ていいな?」
「残念ながら」
「喜ばしいの間違いではないか? これで、一方的な拘束からビジネスとなったのだからな。貴様は自由ではないか」
「ビジネスで拘束された自由を自由と呼べるのか甚だ疑問ですがね、クライアント」

 グリーンはギケーから投げられた手錠の鍵を取ると、鍵を外しながら言った。

「無駄口を叩かずに、仕事をし給え。まずは、そうだな。マイケル・ホワイトに面会した時の話からして貰おう。……あまり悠長にしている時間はないからな」

 それを示す様に、窓ガラスが激しく轟音と共に、振動した。

「ゴジラは、既に海軍と戦闘を始めておる。今のは艦艇一隻が沈んだ音だろう」
 
 グリーンはあまり時間がないことを理解し、ギケーに頷いて腰を上げると、窓際へと歩いて行き、話し始めた。掌を当てた窓ガラスは絶え間なく振動していた。





 
 

 海軍艦隊は、海中に潜む巨獣に苦戦していた。既に一隻が轟沈し、斜め一列となっていた隊列を、素早く立て直す。
 艦隊指揮艦を中心に、前後左右へ艦を散開させた菱形陣形を形成する。前方には、ゴジラと思しき影が潜む。

 先頭の一隻が魚雷を発射し、水面に水柱が立つ。魚雷は命中した。
 更に位置修正を加え、艦隊は魚雷の集中砲撃をゴジラに浴びせる。周囲に爆音と、次々に上がる水柱、そして辺りに霧が起きる。

 ゴジラの動きが止まった。
 この好機を逃さず、艦隊は海中に潜む魔獣を包囲する。艦隊指揮官は、既に続く集中攻撃の指示を下していた。
 指揮官は指揮艦艦長でもあり、その能力は経験と冷静な思考からもたらされ、彼は対潜水艦戦においても高い評価を受けていた。
 その彼は判断において、失敗はしていなかった。しかし、彼には一つだけ決定的に経験のない戦場があった。対ゴジラ戦闘における、潜水艦や巡洋艦では決してなせない戦闘をこなす敵こそが、ゴジラであるという事実を。

 刹那、海が光った。正確には、海洋中に浮かぶゴジラの背鰭が光った。
 その意味を知るものは、艦隊にいなかった。
 そして、海面を突き破るように、光の柱が立ち上がった。光の柱は淡い白の炎で、激しい光線ではない。むしろ、白熱した煙を噴き上げたような光だった。しかし、その光には本能を掴まれるような異様な力があった。
 光を見る誰もが、言い知れぬ恐怖を感じた。指揮官もその一人であった。

 海水が阻み、威力が殺がれた光の柱、白熱光であったが、急速な移動が困難な巡洋艦を、極刑を待つ死刑囚の如く、焦らされた後、艦にいる全ての者が同じく恐怖を感じる中、その白熱した煙の奔流のような光に包まれて、消滅した。
 巡洋艦は炎上し、爆発が繰り返し、沈んでいく。
 指揮官はその情景を目の当たりにしつつも、自らの責務を果たすべく、救助と避難、指揮の建て直しを図る。既に二隻が撃沈された現状、ゴジラの上陸阻止は不可能であり、陸軍の計画同様、如何にゴジラを弱らせるかが彼に課せられた課題であった。
 しかし、それは1分と満たない時間で無意味のものとなった。
 巡洋艦の真下に素早く回ったゴジラの白熱光が、指揮艦を貫いたからである。
 指揮官が我に返った時、艦内は地獄であった。周囲は炎に見舞われ、後部甲板においては完全に炎に包まれ、艦内外に問わず、炎に巻かれていた。彼がいた船橋も例外ではなく、人や物が無造作に散らばっていた。
 彼らは必死に何かを叫び合っていた。しかし、それは無声映画の如く、互いへ届いていなかった。爆発のせいで鼓膜が破れたのか、聴覚が麻痺しているのか、しかし指揮官はそのような理由ではない事がわかっていた。常識外の攻撃による炎の恐怖、ゴジラの持つ放射能についての偏見に近い情報のみを知る多くの兵の恐怖が、混乱を大きくし、既に何かに耳を傾けられる状況ではなくなっていたのだ。

 地獄は続く。動力部が二次、三次爆発を繰り返す。
 沈みゆく艦体は、海に投げ出された兵を巻き込む大渦を生みながら、海中へ消えていく。
 その中、指揮官は静かに船橋から、自らが上陸を阻止できなかった摩天楼を眺めながら、一人呟いた。

「何故、今此処に現れた、ゴジラ」






 

 ゴジラは大波となって、港の大型船が入る桟橋から少し離れた場所へ物凄い勢いで迫った。深さはテトラポットが沈んでいる為、浅くなっている。その為、瞬く間に波を切り裂くように背鰭が海中より姿を現した。その姿はアザラシを狩るシャチの様だ。その勢いのままゴジラは浅瀬、そして桟橋に突っ込んだのだ。
 瞬く間に崩れる桟橋、海から現したその巨体。
 海岸の第一防衛線に就く兵達は、ただそれを眺めるばかりであった。
 大波を起こし浅瀬に乗り上げ桟橋を崩したゴジラの容姿は、グロテスク以外の何者でもなかった。岩のように凸凹の肌、背中に聳えるギザギザの鋭い背鰭、そして恐らく体と同じくらいの長さが有ろう尻尾、顔の半分は有ろう巨大な口、そして全身は闇の様な漆黒。それが人類史上二度目となるゴジラの姿だった。
 海岸線を守る第一防衛線の陸軍部隊に、その際の被害は出なかった。しかし、想像を超えたゴジラの姿に一同、一瞬動きが止まった。それは新米、熟練の差を越え、動物の持つ本能がそうさせていた。

『各車、射撃用意!』
『待て! 照準が定まらない!』
『距離を取れ! そこの歩兵、巻き込まれるぞ!』

 無線越しに怒号が飛び交う。
 彼らが呆然とその巨体に圧倒されている隙に、ゴジラは素早くしかし確実に上体を起こした。その間、誰も撃てなかった。
 ただ、海水が巨体から滝のように流れ落ちる音だけが響いていた。
 そして、ゴジラはゆっくりと歩きだした。

「撃てぇえぇええええええ!」

 部隊長の号令と共に、海岸に聳える漆黒の巨体への陸軍部隊による砲撃が開始された。
 絶え間なく続く、砲撃とミサイルの雨がゴジラを包む。通常戦闘で使用する弾薬の消費速度を遥かに上回る勢いでそれらは放たれた。ゴジラの周囲に配備された部隊は、安全を確保する為、後退をしながら攻撃を続ける。
 この時、各戦車小隊は照準を統一できず、個別射撃へ移行していた。
 しかし、彼らの思惑とは裏腹に、ゴジラは砲撃を意にも介さず、地面を揺らしながら歩みを進めた。
 時刻は、10月12日10時16分。ゴジラはニューヨークに上陸した。
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