第一章 出現



『先日より発生し各国に抗議していた原潜事件の原因が判明。我が国に戦線布告をした愚か者は、1954年に日本へ出現し東京を破壊した怪獣ゴジラと判明した。同時に、既にニュージャージー州ミニドア島の襲撃から、一部メディアでも報じられているが、現在ゴジラはニューヨークへ向かっていることが判明した。その為、本日0時より避難を開始した。しかし、合衆国はゴジラに屈指はしない。ゴジラは我が国の力の粋を挙げて倒す。合衆国はゴジラを必ず撃滅する。会見は以上』

 フルトン市場近辺に設置された合衆国陸軍の対ゴジラ防衛線のテントの中では、テレビ中継の大統領演説が報じられていた。
 既に、深夜0時より避難勧告が下されている。だが、世界経済の拠点であるニューヨーク。企業ビルの避難はかなり遅れており、まだ朝靄が摩天楼をつつんでいる中を慌ただしく人々が移動している。

「大統領はゴジラ撃滅を宣言したか」

 テント内で、グリーンは中継を見て、呟いた。

「ゴジラを甘く見なければいいけれど………」

 三神が隣でグリーンに言った。グリーンも同意する。

「確かに、不安だな」
「8時。出現予想時間まで、後2時間か」

 三神は時計を見て言った。

「外に出よう。どうもここの空気は悪い。俺達の仕事はゴジラについて考えることだ。ゴジラと戦う緊張感の漂うここじゃ、邪魔になるだけだ」
「そうだな」

 三神とグリーンはテントを後にした。
 しばらく、埠頭を忙しく走り回る陸軍隊員の姿を眺めて歩いていると、外れで三神は立ち止まった。

「おはよう。昨夜は眠れた?」
「時差ボケで、2時間くらいかな」

 優だった。彼女も周囲を歩いていたらしい。三神と優は、この時初めてまともに言葉を交わした。

「途中で寝るんじゃないわよ?」
「わかっているよ」

 グリーンが二人に気を使い、その場を静かに離れようとした時、後頭部に激痛が走った。
 視界が一気にぼやける。そして、異常な浮遊感が襲う中、意識は遠ざかる。
 その中、眼前では三神と優も同じく後頭部を殴られていた。






「そろそろ起きたらどうだ?」

 擦れた低い声が朦朧とする意識の中、グリーンの耳に聞こえる。

「全く、連絡も一つもよこさずに軍と一緒に居るとは………。貴様を名探偵と見込んだわしの間違いだったかもしれんな」

 その言葉が聞こえた時に、意識が一気に回復した。

「これはこれはクライアント。それにしても少々手荒すぎるのではありませんか?」

 瞬時に前後の記憶から、ほとんど拉致同然に連れてこられていると、手錠で背後に両手を拘束されたグリーンは、判断した。そして、床に転がるグリーンの目の前にいる老人、ギケーに言った。
 ギケーが鼻で笑った。

「その判断力と口の上手さを聞くと、貴様を詐欺師と間違えそうだ。ちなみに、これは万が一面倒が起きた時に、貴様達へ降りかかる面倒をなくしてやる為のわしらなりの配慮だ」
「それは、わざわざお手数をかけました。我々という事は、一緒にいた二人もこちらにいるのですね?」
「安心しろ。隣の部屋で休んでおる」
「人質ということですか?」
「何とでも呼ぶがよい。わしは決して肯定せぬがな」

 ギケーは不敵に笑い、床に座るグリーンを見下す位置から言った。
 グリーンは自らの置かれている現状を再確認する。部屋は、ビルの空きフロアであるらしい。物は何もなく、恐らくオフィスの小会議室として利用される部屋であろう、ほぼ正方形の部屋の壁には配線を設けるスペースがいくつかある。ドアは一つのみであり、反対は前面窓張りであり、その先には高層ビルと思われる建物が見える。その景色から、大通りに面した高層ビルの一室に自分はいるのだと、グリーンは判断した。
 部屋には、床にいるグリーンとそれを見下ろすギケーの他にドアの前に銃を持つゲーン一家の一員がいるのみ。脱出を図りかねる状況ではないが、三神と優の姿を確認できない状況で、かつ事実上人質としてギケーの手中にある以上、グリーンは行動できない。
 グリーンは内心苦渋を抱いたが、表情には出さず、微笑を浮かべてギケーに問う。

「それで、クライアントは私に何を聞きたいのでしょうか?」
「流石はジェームス・グリーン。話が早い。貴様には、調査で見聞きした事をすべて話して頂きたい。………いや、その前にゴジラの出現予想時間を教えて貰おう」
「私と共にいた彼らが検討した結果、午前10時にマンハッタン到達と予想されている」
「それならば、安心だ。まだ後1時間ある」

 ギケーは余裕を持った表情を浮かべ、ドアにいる男に目を配ると、彼は頷いてみせると部屋を出た。それを確認すると、ギケーはグリーンに言った。

「さて、ゴジラについて知る事を全て提供して頂こう」
「構いませんが、私が受けた依頼は船が沈んだ真相です。ゴジラによって、沈められた事実とその結論に至った過程は報告の義務がありますが、全てとなると別料金となりますよ?」
「知れた事。既に依頼料は当初の150%を用意しておいた。これで文句はなかろう」

 ギケーは懐から取り出した分厚い封筒を取り出した。グリーンは振込みや小切手ではなく、現金支払いを要求していた。

「何も今渡さなくてもいいものを。これでは受け取れませんよ?」

 グリーンは背後に回された手を見せて言った。

「契約成立と見ていいな?」
「残念ながら」
「喜ばしいの間違いではないか? これで、一方的な拘束からビジネスとなったのだからな。貴様は自由ではないか」
「ビジネスで拘束された自由を自由と呼べるのか甚だ疑問ですがね、クライアント」

 グリーンはギケーから投げられた手錠の鍵を取ると、鍵を外しながら言った。

「無駄口を叩かずに、仕事をし給え。1時間はすぐに過ぎてしまうぞ。……まずは、そうだな、マイケル・ホワイトという男と接見した時の話からして貰おう」

 ギケーに言われ、グリーンは腰を上げると、窓際へと歩いて行き、話始めた。






 ニューヨーク沖に仕掛けたセンサーが、水温の上昇と放射能値の上昇を捕らえたのは、ゴジラ出現の予想時間に30分と迫った時間であった。
 海軍がゴジラ上陸を阻止する為に投入したのは、一個艦隊であった。それ以上は時間が間に合わなかったのだ。

「陸上防衛線、第一、第二、第三と配置完了です」
「ご苦労」

 スミス大佐は、部下の報告を満足気に頷いた。既に陸軍はフルトン市場を中心とした海岸線の第一防衛線、以降ゴジラの上陸後の針路を大通り沿いと仮定し配備された第二、第三防衛線を構築し、セントラルパークに指令本部を設営した。本部付きには戦闘ヘリ、アパッチを中心とした索敵部隊が中隊規模で複数配備し、GPSを利用した完全な戦況の把握を可能にさせた。既にスミス大佐の頭には、ゴジラを捕らえる仕掛けとなった摩天楼が鮮明に浮かび上がっていた。

「それから、例の三人は依然として行方不明のままです」
「既に仕事は終わった。後は事がすんでから然るべき順序で、責任を取らせればいい。我々の戦いは始まっているのだからな」

 スミス大佐は部下に言う。三人とは、グリーン達の事だ。

「後は、海軍がどれほどゴジラを弱らせるかだ」

 スミス大佐は小さく呟いた。彼の中ではゴジラが上陸するのが前提となっている。海洋中では艦隊の移動速度よりも速いゴジラに優位といえるが、陸上ではその逆であり、何よりも彼の手には戦況が掌握できるという圧倒的優位があったからだ。
 しかし、彼は考慮が浅かった。そして、その構想に穴がある事を疑っていなかった。彼が掌握できる情報は、自らの下とする軍のみであり、それ以外の動きは掴めない。しかし、彼はこの戦いが対人ではなく、ゴジラという怪物一体のみであると確信していた。
 その想定外の存在を含めた全てを把握する事は、誰一人としてできなかった。




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 薄暗い倉庫の中に、黒色の服を着た人間が整列していた。服は、軍服に近いものである。
 人数は二十人であり、五人一組が四列並んでいた。その前に、一人の男が立っている。副々団長だ。
 彼らの後ろには、武装された車両が4台ある。内一台は、土木工事用の大型車両だ。その先の小窓から見える景色にはマンハッタンが小さく見える。

「準備は全て整った。我々は、歴史に残る事をこれから行う。覚悟はいいな?」

 誰一人、異を唱える者はいない。

「まもなくゴジラは降臨する。これより、団長からの言葉がある」

 団長は舞台に上がった主演役者の如く、倉庫の上階にある通路に立ち、眼下に控える団員達に言った。

「半世紀前、過ちを行った人類に神はその威を持って知らしめた。しかし、愚かなる者達は過ちを繰り返した。そして、神は再びその威を人類に下そうとされている。それでも、愚かなる者達は、その過ちに気づくどころか、それには足掻こうとしている。嘆かわしい。………我々は物言わぬゴジラに変わり、愚かなる者達に教えねばならない。我々は、代弁者であり、神の威に歯向かう愚かなる者達からゴジラを援護しなければならない。それ故、今この時を持って、神の威の名を我々はその名に宿す。ゴジラ團、それが我々の名だ」

 ゴジラ團団長は言った。その瞬間、眼下では野太い雄叫びを上げるゴジラ團の二十一人の団員の姿が広がっていた。
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