第四章 決戦
夕方、時刻は18時を示していた。日没とともに降り始めた雨が、官邸大会議室の大きな窓を時折激しく打ちつけていた。
台風11号は大戸島よりも南方の小笠原諸島付近を移動しているものの、本州の気象に影響が出始めているらしい。
三神達は午後2時過ぎに横田基地を出発し、約2時間かけて永田町の内閣総理大臣官邸へ到着した。しかし会議は始まらず、更に2時間、この会議室で待機を命じられていた。ヒガシヤマが配慮を伝えていたらしく、優は到着後から医務室で休憩を取らせてもらっていた。その彼女もこの会議室に20分程前から待機している。
「もう少しで招集が完了します。残念ながら現場が混乱していまして………。追加データを依頼していますが、到着よりも有識者会議が先に始まるかもしれません」
パソコンと映像音響機器を繋いで画面設定を調整するヒガシヤマが悔しげに三神へ告げた。
少し前からテレビで見覚えのある危機管理監と法務大臣が三神と優、ヒガシヤマのいる会議室の隅とは反対側に腰掛けて、既に数名の官僚達と資料やメモのやり取りをしている。三神と優もヒガシヤマが用意した夏用のネクタイがないフォーマルな服を着用しているが、どうにも落ち着かない。
そこへ入室した制服を着た高齢の防衛官が真っ直ぐヒガシヤマへと近づいた。
「遅くなった。……だが、貴方が方々へ依頼していたデータは持ってきた」
「白井幕僚長。ご足労ありがとうございます」
「ついでだ。お宅さんに動き回られると上と下の両方から愚痴が来るんだ。……今回の件も検察と警察が揉めていたと聞いている」
後半は声を潜めて向かいに腰掛けている法務大臣をチラリと見てヒガシヤマへ耳打ちした。
そして、白井幕僚長は視線を三神と優へと移して、挨拶をする。握手を差し出した腕は、定年を間近に控えた年齢とは思えないほど固く引き締まっていた。
「三神小五郎です」
三神はおずおずと手を取った。優も続く。
「米軍側から確認が取れたが、内調としてはまだ伝えない方針か?」
手を離すと白井幕僚長はヒガシヤマに確認をする。
「いえ、外交ルートでの確認が取れていない情報を外部の人間に私の口から言えないだけです」
「ふっ、よくまわる口だ。……まぁいい。てい良く利用されてやる。………二人へ会議前に共有すべきことがある」
白井幕僚長が二人に向き合うと、優が先に口を開いた。
「クルーズさんはもういない。戦艦ミズーリも」
「何故それを?」
「データは私も確認しています。70ノットでゴジラGⅠが移動した。どこから? 戦艦ミズーリとの戦場と考えるのが自然です」
「……彼を含めた多くの遺体が今も見つかっていない。行方不明というのが米軍側の回答だった」
「失礼。自分からもお伝えしておきたい情報があります」
重くなった空気を変えるつもりか、ヒガシヤマが話に割って入った。
「招集が遅れた理由です。他にも一名、識者を呼んでいます。手続きと調整に時間がかかりましたが、参考人という扱いで話がつきました」
「それって……」
直感的に三神の脳裏にある人物の姿が浮かんだ。
そして、彼がその名前を口にするよりも早く、まるで彼に答え合わせをするように会議室の扉が開き、警察官と共に彼の見知った人物が入室した。
「警察庁です。参考人、所沢新吉氏をお連れしました」
「所長………」
思わず三神の声が漏れた。
それに対して、元国立大戸ゴジラ博物館館長兼元特殊生物研究センター長、所沢新吉は静かに会釈した。
「君はまだ僕を所長と呼んでくれるんだね」
そう言うと、新吉は横に立つ警察官に確認を取り、一呼吸する。彼の表情が変わったことを三神も理解した。大戸島で所長と呼ばれていた時の顔ではない。稀に、三神と意見を交わしている時、不意に見せる研究者、“山根新吉”の顔だった。
三神達との間に席を空けて腰をおろした。警察官達は彼の背後に立った。
「内閣総理大臣、入室」
一同、会話をやめて視線を入口に向ける。
双里総理が会議室へ入り、三神達を含めた室内全員の顔を一度見回した後、三神達の向かいに空けられていた席に着いた。
「それでは、有識者会議を始めます。まずは参加者と資料の確認から………」
ヒガシヤマの進行で有識者会議が始まった。
状況を整理する。
ゴジラGⅠは戦艦ミズーリ率いる多国籍艦隊と戦闘中、70ノット(時速約129.6キロ)で海面付近を移動して作戦海域を離脱。ミズーリを含めた前線は全滅した。
英国海軍所属の原子力潜水艦が追跡をするも、すぐに引き離され、その後はフィリピン、台湾がそれぞれゴジラGⅠと推定される高速潜水体の存在と被害を確認しているものの、日本領海付近で所在不明となる。現在は本来の速度で潜航していると推定されている。
ゴジラGⅡは、飛騨高山方面へ地形に沿ってゆっくりと移動している。陸上防衛隊が追跡しているものの山岳部である為、進路を予測しながらの断片的な追跡となっていた。山々は巨大なゴジラの姿すら隠してしまうが、それでもゴジラGⅡが通過すれば痕跡が残る。それはトンネル崩落や送電線の破壊などの形で現れていた。
現在は岐阜県高山市の久々野(くぐの)駅周辺を通過し、木曽谷方面へ南下している。
「以上が現状です」
陸防が撮影した久々野の映像をスクリーンに写し、ヒガシヤマが淡々と状況を報告した。
久々野駅の木造駅舎やホームが破壊され、ぐちゃぐちゃになった線路と大きな足跡が通過していた。周囲の国道や飛騨川河川敷も踏み砕かれ、橋脚が落ちた川は流れが変わり、泥を巻き上げた濁流となっていた。そして、地面に落ちた防災無線は鈍い音を立てており、その傍で防衛隊員は崩れた土砂に巻き込まれた民家で救助活動をしていた。
惨状を赤裸々に写した映像の前で、ヒガシヤマは感傷も余韻もなく、次に話を進める。
「所沢氏、三神氏両名の見解をお聞きしたいです。特に70ノットで移動するゴジラGⅠについて」
元より依頼されていた内容ではあるが、タイミングが良いとは言えないと三神は思った。
しかし、周囲の大臣達は既に資料へ目を落としている。割り切る彼らに驚きつつも、三神は新吉を一瞥する。
「僕は準備ができていると言えない。三神君の話に意見を付与する形にさせてほしい」
「わかりました。では、お願いしていたデータを」
三神が立ち上がり伝えると、ヒガシヤマがスクリーンにスライドを映す。
冷房はついているが、総理大臣達を前に緊張で汗が滲む。上着のボタンを閉めていたが胸ポケットからハンカチを取り出して頬を垂れた汗を拭き取るとボタンが開いてしまった。ボタンを留め直しながら、言葉を続ける。
「実際に調査観測した十分なデータがない中で見解をお話するのは、自分にはいささか忸怩(じくじ)たる思いがあります。ご承知の通り、過去に例のない現象です」
三神はスライドへ視線を向ける。
「物理学は専門外となりますので、あくまでもゴジラという常識を超えた生物に対しての見解をお話しします。ゴジラが70ノットで移動するというのは、数万トン規模の海水を押し退けて進むことになります。更に言えば、巨大な衝撃波が水中で連続発生します」
映像データがない為、スライドは三神が依頼して準備してもらったイラストが表示されている。
次のスライドへ移る。今度は写真だ。海面が陥没し、両側は大きく盛り上がって渦を巻き、煮えたぎっている様子を上空から撮影したものだった。
「水中で移動する物体の速度が上がっていくとその周囲に気泡が発生して、最終的にはトンネル状に物体を覆ってしまいます。……これは高速魚雷などで応用されています」
三神がチラリとヒガシヤマを見ると、彼は自身で答えずに白井幕僚長へ視線を送った。
「スーパーキャビテーションか。……総理、彼が説明した通り、水の抵抗を軽減させる技術でイギリス海軍も対G高速魚雷にスーパーキャビテーションを応用しています。タイランド湾でのヒミスヴィザ作戦では、その魚雷がゴジラGⅠへダメージを与えています」
白井幕僚長は険しい顔で話を聞いていた双里に伝えた。
そして、ヒガシヤマへ方を向けて、「先程渡したデータを開いて下さい」と告げる。ヒガシヤマはすぐにスクリーンへデータを表示させた。
データは画像データであった。
「これはイギリス海軍から提供されたタイランド湾でゴジラGⅠを追跡した原潜トライアンフのソナー記録をモデル化させたものです。次のデータは、台湾から提供された沿岸の監視画像を解析したものです。これではまだわかりづらい為、複数フレームを重ね合わせて三次元再構成した画像が次のものです」
一枚目はモデル化された画像というが、素人目にはエコーやレントゲン画像と大差ない解像度で、何となくゴジラとされる生物が背を向けて丸くなっていることが辛うじてわかるものの、背鰭辺りから全身を纏う渦でそれ以外の状況はわからない。
次の解析画像は、海面を割って白い蒸気を巻き上げて進む黒い物体が映されていたが、身体を丸めて後ろ向きで進んでいることがわかる。
最後の一枚には、複数の観測データから再構成された三次元画像が表示された。ゴジラGⅠが背鰭を進行方向へ向け、胎児のように四肢と尾を抱え込んだ異様な姿勢をしていた。そして、その口は大きく開かれている。
「にわかには信じられませんが、ゴジラGⅠはこの丸まった姿勢で後ろ向きに進んでいました。台湾通過時は失速しており、50ノット弱と推定されます」
白井幕僚長が驚く一同に説明を終えて着席すると、新吉が手を挙げ、立ち上がった。
「これまでの資料とデータを見る限り、私もゴジラGⅠがスーパーキャビテーションを発生させたと結論付けます。そして、その胎児の様な姿勢と推進力です。身体を丸めることでロケット砲弾のように抵抗を減らし、その全身もスーパーキャビテーションならばその空洞化によって海水からの抵抗は大幅に減少していると推定されます。……そして、それを可能にするエネルギーを放ったと仮定すると、N・バメーストによる蒸気爆発を推進力に転用したと考えられます」
「所沢博士、そのようなことが………」
先とは違い、彼らの内容を理解した双里が先程とは異なる絶望感の混ざった険しい顔で新吉に言った。
新吉はこれを肯定する代わりに三神へ視線を送った。三神は頷くと再び立ち上がる。
「さしずめ蒸発推進(vapor thrust)といったところですね。これまでゴジラGⅠは戦いの中で新たな力を発揮してきました。……つまり、ゴジラGⅠは自身にダメージを負わせた魚雷と同じスーパーキャビテーションを用いる蒸発推進を使用しました。これを偶然とは考えられません」
「恐らくゴジラGⅠは、N・バメーストを吐き出さずに体内でエネルギーを変換させたのです。そして、背鰭から高熱を発して海水を蒸発させ、口からジェットエンジンのように高温高圧のガスを放って爆発的な推進力を生み出したと考えられます」
新吉がまとめ、三神と共に着席した。
一瞬、会議室内に重い空気が過った。
「総理、ゴジラGⅡは依然として内陸を南東へ移動中です。明確な進路予測は現状困難ですが、予測進路には首都圏も含まれます。そして、ゴジラGⅠです。結果として、蒸発推進により、我が国への到達時間は大幅に短縮されました。いえ、既に日本領海内へ侵入している可能性が高いと言えます」
危機管理監が双里へ早口で進言した。その表情は鬼気迫るものがあり、三神にも重大な決断を迫っているのだと理解した。
隣の優はその意味を理解し、生唾を飲み込んでいた。そして、小声で彼に耳打ちした。
「GⅡはこのままだと首都圏まで移動する可能性が高くて、GⅠはGⅡを目指しているわ。2体がここ東京でぶつかるかもしれないなら、国としては防衛よりも先に国民を避難させないといけない。人口1200万人を超える東京都民を」
三神もその意味を理解して青ざめた。
双里も沈痛な面持ちで目を伏せていたが、やがて目を開き、姿勢を正した。
「対G特別措置法の第23条に基づき、首都圏住民に避難命令を発令します。各省庁と知事へ連絡をお願いします」
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