第一章 出現
アメリカ合衆国ニュージャージー州の孤島ミニドア島は、一夜の内に壊滅した。ミニドア島は全周数キロの歩きで回れる小さい島であり、海抜も5メートルと無い。元々、人口も産業も僅かな孤島であったが、誰一人予想する事のできなかった理由で壊滅した。
家屋は大型の竜巻に襲われたかの様に破壊され、木々は炭化している。
しかし、明らかに異色を放っているのは、地面に残された定期的な大きな窪みとその形である。それは海岸の入り江部分から海岸線の集落を突っ切り、再び海に向かっていた。上空からそれを見たものは断言できるだろう、それは巨大な足跡であった。
三神達はヘリコプターで眼下のそれらを眺めながら、ミニドア島に降り立った。
「色々と調査をしたいところだと思うが、先に陸軍との会議に参加してほしい。向こうも時間が無いそうだ」
クルーズはヘリコプターから降りる前に三神とグリーンに伝え、ヘリコプターが降り立つと、テント群の中の一つに入った。二人もその後へ続く。
テントに入ると、中にはテーブルを囲んで数人の男女がいた。
「遅くなって申し訳ない。日本からは流石に時間がかかる」
「いや、要請していた時間には後2分ある。流石はCIAのフィリップ・クルーズ氏だ」
一番に迎えたのは、軍服を着た屈強な男であった。
「こちらが、日本のゴジラ研究者の三神小五郎氏。こっちはオマケだが……例の探偵、ジェームス・グリーン君だ」
グリーンが文句を言おうとするが、男の挨拶が先に割り込んだ。
「遠渡遥々よく来てくれた。私は合衆国陸軍大佐、アレキサンダー・スミスだ。早速だが、席についてほしい」
そして、スミス大佐は席を示す。
この時、テーブルを囲う面々を初めて見た三神の顔色が一瞬の内に変化した。
怪訝に思ったグリーンは、三神の視線を追った。そこにはマイケル・ホワイトの主治医を務めていた東洋系の女性が座っていた。
「三神博士、如何なさいましたか?」
スミス大佐に話しかけられ、慌てた様子で三神は答える。
「あ、いいえ。……それから、僕は博士ではありません」
三神は訂正をしつつも、挙動不審気味に席に座った。
三神に対し、彼女は全く意に介していない様子である。
「さて、始めるとしようか」
「椅子が一つ空いていますが」
スミス大佐が言うと、クルーズが挙手し、聞いた。
「その席はエジプトのムファサ・ムーラン氏が来る筈だったのだが、消息不明の為今回は空席となった」
それを聞いた三神が隣で小さくため息を吐いた。
「どうしました?」
「ムファサは学生時代の友人なんですよ。……全く、どいつもこいつも何をやっているのか」
三神は小声でグリーンにぼやく。
一方、会議は各自の自己紹介に入った。最初に立ち上がったのは、件の女医であった。
「鬼瓦優です。放射能症治療の研究と癌外科手術を行う国際医師団に属しており、今回の第一被害患者と考えられるマイケル・ホワイトの担当主治医も務め、患者のバイタルを記録しておりました。患者を一人でも少なくする為にも、協力は惜しまない覚悟です。よろしくお願いいたします」
優は凛とした態度で挨拶をした。三神やグリーンと同世代の三十路前後といった容姿からの伺える年齢的にも、その立ち振る舞いからも、相当優秀な人材である事が伺える。
続いて、合衆国州立大学の女性古生物学者クイーン教授、ロシアの科学研究所の原子物理学者アシモフ博士、ヨーロッパの科学技術研究士団のイギリス人分子生物学者ドイル研究員の挨拶が順次済まされた。
三神が立ち上がる。
「日本の国立特殊生物研究センターより参りました、三神小五郎と申します。ゴジラについて生物学的研究をしております。この度の出現した生物がゴジラであるという可能性から、要請を受けて参りました。可能な限りの協力を尽くす所存です。宜しくお願致します」
三神は優にも負けず劣らずの、丁寧な挨拶をする。
彼の隣に座っていたアシモフが口を挟んだ。
「コゴロー・ミカミ。………もしや、2年程前にチェルノブイリから放射能汚染環境下における浄化特性を示した細菌、DO‐Mを研究されていた方ではないですか?」
「アシモフ博士、確かに僕はその研究者です。しかし、既に研究は凍結され、現在はロシア政府が研究資料を管理されている筈です。それに、今回の件とかつての研究は違います」
「確かに。申し訳ない。しかしながら、私も同じ号のネイチャーに研究が掲載されていたものでね、好意的なのだよ」
ネイチャーという単語をアシモフが発した瞬間、全員の顔色が変わった。皆、その雑誌の名が研究者にとって栄誉ある存在に類する事を知っている為である。
一呼吸を置いた後、グリーンも挨拶をする。今度は一切の偽りもない。
「ニューヨークを中心とし、探偵業を営んでおります。ジェームス・グリーンと申します。ここに集まられた皆様とは些か趣向が違う職業ですが、人間の観察とその周囲の環境、それら結果から考察し、報告するという面では私も同じであると自負しております。この度、こちらに招かれたのは、依頼調査の中でCIAに先行してゴジラ再来を仮定した為だと考えております。以後、お見知りおきを。勿論、浮気調査から商業トラブルの解決まで幅広く対応致しますので、お困りの際は是非私へ……」
「もういい。ここで営業活動をするな! それから、肝心なところが抜けている。彼はモグリの探偵だ。依頼の為なら、詐欺師紛いの事も平気で行う男だ。最も、名探偵と称される実力はあるらしいがな」
皮肉とも賞賛とも取れる言い方をし、クルーズはグリーンの挨拶を途中で切った。
「さて、改めて私はフィリップ・クルーズ。アメリカ連邦調査局の者です。まず、これまでの流れについて簡単に説明を致します。その後、今回のミニドア島での被害と痕跡について、巨大生物がゴジラである可能性と今後の巨大生物の行動と対策について話し合いたいと考えております。スミス陸軍大佐、宜しいでしょうか?」
「肯定する。クルーズ氏、はじめ給え」
スミスの返答を確認すると、ゲーン一家のタンカー襲撃事件からクルーズは概略を話し始めた。
「三神さん、休まなくていいのですか?」
夜、グリーンがミニドア島の海岸を歩いていると、一人ニューヨーク側の海を眺めている三神を見つけ、話しかけた。
会議の結果、巨大生物の針路と出現時間の大まかながらも予想ができた。巨大生物は90%以上の確率でゴジラであり、その針路は眠らない摩天楼、ニューヨーク。出現予想時間は、10月27日10時と算出された。
その為、彼らはニューヨークへ移動する事となったのだ。三神やグリーンはその後発隊に属し、ミニドア島に設置された陸軍のキャンプで一泊した後、明朝4時に移動する予定となっている。
「あぁ。グリーンさんですか。いや、時差ボケにやられてしまいまして、眠れません。………名探偵だったのですね?」
「申し訳ありません。あの段階では、正体を明かしていいものか些か疑問であったので」
「構いません。人間、誰しも一つくらいは秘密があるものですよ」
「三神さんも?」
グリーンが三神の顔を見ながら聞いた。三神は軽く笑ってグリーンの観察を誤魔化す。
「ところで。その敬語、やめませんか? やはり母国語ではないので、丁寧すぎる言い回しは難しい」
「あぁ、すまない。職業病って奴だ。三神さえ構わなければ、俺もこの口調の方が楽だ」
グリーンは肩の力を抜き、今までと一転し、砕けた口調になる。
「その方があなたらしい。僕も、グリーンと呼んでもよろしいですか? 地球をほとんど半周してしまうと、道中を共にしたあなたがとても心強い」
「勿論だ。グリーンと呼んでくれ。………しかし、鬼瓦という女性もキミの知り合いではないのか?」
グリーンはさりげなく三神に探りを入れた。彼自身、三神の様子が気になっていたのだ。
「彼女は、優は………僕の元妻です」
「……そうだったのか。様子からただの知り合いという訳ではないと思っていたが、まさか元夫婦だったとは」
「流石の名探偵も面を食らった様子だね」
三神はこれを面白いとばかりに笑って言う。
「偶然とは恐ろしいな。何にしても、二人の関係がわかって俺は満足だ。それ以上の詮索は依頼でもない限りは無闇にしない」
「それは助かる」
「明日は宜しく頼むぞ」
「あぁ。こちらこそ」
三神は右手を差し出した。グリーンもそれに応じ、二人は堅く握手を交わした。
彼らの先には、まだ見ぬ魔獣が潜む、月明かりに照らされた大洋が広がっていた。
----------------------------------
------------------------------
薄暗い倉庫の中、慌しく人々が荷物の積み下ろしを進めている。
白人の男がその木箱の一つを開くと、そこには大量の銃器があった。店舗で購入可能な拳銃ではない機関銃を始めとした各種銃火器だ。
「大したものだな」
「この位ならば、闇ルートで直ぐに揃いますよ。それよりも、団長はいつまでこちらに?」
白人の男が答えた。
団長と呼ばれた男は、少し思案する。帽子を深く被っている為、その人相は分からない。
「明日の10時まではいる予定だ。何、俺や副団長がおらずとも、お前だけでも問題は何一つないさ。既に完璧に計画は出来上がっている。後は、準備を抜かりなく済まし、時と共に戦いの狼煙を上げればいい。頼むぞ、副々団長」
団長は、口元にニヤリと笑いを浮かべ、言った。
「御意」
副々団長と呼ばれた白人の返答に納得した様子で、団長は机の上に広げられた海図を眺める。海図には、Gと記されたマークと、その先に延ばされたニューヨークまでの線と、10時と記入があった。
「指示した事を守ってくれれば、自己判断で行動して構わない。その権限を副々団長に託す」
「御意。団長の素性、我々の真の目的、これは時が満ちるまで私よりも下の者には伝えません」
「頼んだぞ」
頭を下げる副々団長の肩を叩くと、ここまで長かったな、と呟いた。
「それから、この写真の男には注意しろ。恐らく、敵に回すと我々にとって大きな脅威となりうる」
その写真に写っている人物は三神小五郎であった。