第四章 決戦
「雨が降り出す前に戻ってこれてよかったよ」
昼過ぎ、国立大戸ゴジラ博物館へ戻ってきた敷島が事務室に荷物を下ろしているグリーンに言った。
既に建物前で解散をしたが、二人の他に大戸島支所で建設水道係、環境係それぞれにいる二十代の男性職員を一人ずつ連れていた。出発は今朝早く。目的地は昨夜エラーが出ていた島の反対側に位置する立入制限区域の観測装置だった。
グリーンは彼らが出発準備をしているところに合流し、自身も同行することを求めた。敷島としては、若い男手が増えることを拒否する理由はない為、快諾した。
台風接近の余波で風が強まっている中、古い山道の周囲では木々が荒々しく風に揺れていた。人や獣が使う道であった為、悪路であっても歩みを妨げられる程ではなかった。
立入制限区域は簡易な柵で囲まれていた。彼らは柵を乗り越えて中に入る。半世紀で朽ちた集落は草木に取り込まれていた。ボロボロになった木の蓋と錆びた警告板に塞がれた古井戸、足跡の形を留めていなくてもそれが朽ちたのではなく踏み潰されたと理解できる基礎部分から凹んだ家屋。そこが半世紀前のゴジラ襲撃から時の止まった集落なのだと、足を踏み入れたグリーンにも理解できた。
敷島の案内で集落を歩き、故障した観測機に辿りついた。観測機そのものは1.5メートル程度の大きさで下部1メートルは金属製のトラス構造の足になり、本体の装置は50センチ四方の箱、上部にアンテナとソーラーパネルが付いていた。鉄塔と金属製にしてアンテナとパネルにした百葉箱といった外観だった。
しかし、その装置は今、彼らの前で横に倒れている。足は根本から凹んでいた。上部の箱も元が立方体であったことはわかるものの、その側面は大きく潰れており、そこから中身の計測器やケーブルが飛び出ている。
足元は小川になっており、ぬかるんでいる。そこに複数の獣と思われる足跡があった。
敷島達は猪などの獣が荒らしたものだと判断し、柵の立て直しと本体の修理を行なった。本格的な修理をするより交換した方が早いと判断し、今回は持ち帰らず、現地で応急処置のみを施し、その場で最低限の観測とデータ送信ができるようにした。装置の設置は元通りとすることが難しい為、石材などのその場で確保できる資材と組み合わせて終わりにした。
装置の本体が台風を耐えられれば他は後日、観測機ごと交換すると敷島は彼らに告げ、半日で撤収してきたのだ。
「そうですね。……明日の観測は大丈夫ですか?」
「まぁ、ほとんどエラーになるだろうけど、原因がわかっている想定内のエラーだからね。問題ないよ。台風が去った後が大変だろうがね」
敷島は豪快に笑い飛ばすと、老眼鏡をかけて装置の交換修理に必要な備品の注文リストを作り始めた。
「……少なくとも、台風とゴジラが過ぎるまでは大人しくしていた方がいいです」
「確かに。ゴジラGⅡが日本を縦断したら島の方にまで来るかもしれないからね。怪獣達にはもっと遠くの海でやり合ってもらいたいよ。もっとも、我々にとって今備えるべきは台風だよ」
GⅡとGⅠの2体のゴジラが戦う為に移動しているという三神の仮説を例えにしつつ、敷島はカタログをパラパラとめくっていた。
静かに嘆息したグリーンは、ポケットに入れていた携帯端末が通知の振動をしていることに気づいた。
「ん? 動きがあった………か」
端末の画面には滅多に彼へ直接送信されることのない国連事務局からのメッセージが通知されていた。それを見たグリーンは思わず息を呑んだ。
“MIA(作戦行動中行方不明):Phillip Cruise”
8月21日日曜日。タイランド湾、現地時間午前10時前。
『対象、発見! 本艦隊よりも早い!』
『ここまで来て取り逃がすな!』
『このままでは距離がある!』
そこはタイランド湾の出口付近、マレーシアとベトナムを挟んだ中央に近い洋上であった。
艦隊の先頭を航行する戦艦ミズーリへ矢継ぎ早に通信を入れているのは、ミズーリの後ろに続くタイコンデロガ級巡洋艦と2隻のアーレイ・バーク級駆逐艦だ。彼らはフェーズドアレイレーダーで洋上を移動するゴジラGⅠを発見したのだ。
合衆国所属の4隻から遅れてフランス、オーストラリア、シンガポールのフリゲート艦や支援艦が後続にいた。
彼らは、シンガポールのチャンギ基地を出発してから17時間以上連続で全速力で航行していた。30ノット以上の高速航行で進むミズーリに追従し続けた3隻が先頭の艦隊となった。
通信で各々大声を張っているのも、次第に艦橋も空調や海面を叩く振動音が響くようになっていたからだ。
そして、各艦が焦るのは大幅なスケジュール変更を余儀なくされたことも理由だ。チャンギ基地出発時のプランは、今よりも6時間後のベトナム・カマウ沖で、先回りして展開させる迎撃作戦だった。
しかし、タイランド湾へ移動したゴジラGⅠの速度は彼らの想定を上回った。その為、迎撃作戦を断念し、全速力で移動して洋上を進むゴジラGⅠとの遭遇戦に切り替えざるを得なかった。
「…………」
「クルーズ司令官、交戦に入ります。戦術判断は私に任せて頂きたい。……対象の速度はほぼ一定だ! ハープーンを撃ち続けろ! クルーズ司令官、後続にも援護要請を!」
ミズーリの艦長はクルーズと同じ大佐階級で、艦隊司令官はクルーズだった。しかし海戦となれば話は別だった。ミズーリ艦長は数十年を海で過ごした本職の海軍士官である。彼はいわば戦術指揮担当だ。
クルーズは何も言い返さずに通信でミサイルの援護を後続のミサイルフリゲート艦へ命令する。
まもなく、上空を次々に対艦ミサイルが通過し、前方を通過しようと移動しているゴジラGⅠ周辺に着弾して海面を爆発が吹き飛ばす。
中にはゴジラGⅠに命中したミサイルもあったが、ゴジラGⅠは何も攻撃を受けていないかのように速力も進路も全く変えずに進行する。
『対象、効果なし』
『対象の速力計測結果は35ノット。このままでは徐々に引き離されます』
『このまま逃す訳には……飽和攻撃の許可を求む!』
各イージス艦からの報告を受けてミズーリの艦長は、クルーズを見た。艦載していたミサイル以外に、各艦には生産を再開させてまでかき集めたLOSATも積んでいる。飽和攻撃となれば戦術の範囲ではない。
クルーズは艦長に近づいた。
「艦長、第三砲塔の中央砲身は訓練用装薬のままになっていますね?」
「……本当に行うのか?」
「えぇ。確証はなくとも、確信はあります。チャンスは今しかない」
「わかった」
クルーズの確信を持った顔を見て、艦長も頷いて指示を出した。
「艦砲射撃用意! 第三砲塔中央砲、射撃準備! 目標は後方真っ直ぐ!」
『準備完了!』
「空砲、撃てぇぇぇぇぇぇぇぇえええっ!」
次の瞬間、高速航行中のミズーリの後部甲板にある第三砲塔にある16インチ三連装砲の真ん中の砲身が火を噴き、閃光と衝撃、そして発砲音が白昼の海に轟いた。
ミズーリとゴジラGⅠのいる海域の深い海の中を彼らと同じスピードで潜航する潜水艦があった。英国海軍所属のトラファルガー級原子力潜水艦、その最後の7番艦“トライアンフ”がそこにいた。
「ミズーリ、艦砲射撃。これは……空砲です」
「……挑発だ」
隊員の呼吸音すら聞こえそうな静寂の中、ソナー担当が報告をする。艦長のマッケンジー中佐は、戦闘に合わせて先程剃り揃えたばかりの髭を指で軽く撫でると言った。
8ヶ月前、トライアンフの姉妹艦“トラファルガー”はゴジラGⅠとの戦闘でイギリス海峡に沈んだ。
かつてマッケンジーはトラファルガーの水雷長だった。
艦長から潜水艦乗りとしての全てを学んだ。
やがて互いに艦長となった後もその関係は変わらなかった。
陸に上がれば酒を酌み交わし、サブマリナーとしての在り方を語り合った。
師であり、友。それが彼にとってのトラファルガー艦長だった。
師を失った彼は今日までゴジラGⅠの戦闘を研究し続けた。それはゴジラGⅠだけでなく、クルーズ達の戦いを学ぶことも意味していた。
何も見えない海中で窓のない潜水艦にいながら、マッケンジー艦長には洋上で起きていることが手に取るようにわかった。
「対象……進路を変更しました。ミズーリに向かっています」
「『釣れた』」
マッケンジー艦長と同時タイミングでクルーズの通信があった。
ミズーリの16インチ砲は、たとえそれが空砲であっても他の砲声と聞き間違えようのない迫力で作戦海域中に轟いた。
そして、その砲声はミズーリの遥か前方を横切ろうとしていたゴジラGⅠへも届いていた。
「対象、進路変更!」
「ミズーリへ向かっています!」
艦橋が騒がしくなる中、通信機を片手に双眼鏡を覗いていたクルーズは笑った。
「釣れた」
双眼鏡からはミズーリへ向かって海面から背鰭を出して進むゴジラGⅠの姿が見えていた。
クルーズはそのまま指示を続けた。
「全艦へ告ぐ! 作戦A-5を開始する!」
通信を切り、クルーズはミズーリの艦長に視線を送った。彼もクルーズから指揮を引き継ぎ、そのまま指示を続ける。
「速度そのまま、面舵! 対象との距離を保つ!」
「速度そのままぁぁぁーっ! 面舵ぃぃぃぃぃいいーっ!」
操舵士は声を張り上げて舵を切る。その声は艦内中に響き、乗員は持ち場を続けつつ手近な物に掴まる。
最高速度のままの転舵。慣性の法則に従って全員の体が傾く。船体も悲鳴を上げていた。
「艦長!」
「司令官!」
艦橋にいる乗員がクルーズ達に視線を向ける。その目だけで状況は理解できる。大戦時代の老艦に連続17時間以上の高速航行に加えて、最高速度のままの転舵だ。転覆してもおかしくないことをしている。
ミズーリが戦場に立っていられる時間はもうほとんどない。
クルーズは通信を入れて、彼らに応えた。
「速度を落とせば奴はN・バメーストを使う。それは艦隊壊滅と同義。このまま逃げ続けながら戦う。それが唯一の勝利条件だ。……すでに魚は餌に食いついた。標的は真っ直ぐ本艦を追い続ける。今が攻撃の好機だ!」
「聞いた通りだ! 主砲全砲射撃準備! 続いて、各艦LOSAT射撃準備!」
艦長の号令と共にミズーリを含む前線の4隻は攻撃体制に入った。
合衆国の武装でゴジラへの効果を確認しているものは2つ。一つは16インチ砲だが、戦艦イリノイは榴弾を使用しており、ネプチューン作戦での徹甲弾は命中していない。その為、ゴジラへ命中してダメージを与えた実績があるのはLOSATとなる。
LOSATは専用の発射機を必要としており、ミズーリの船尾にあるヘリ発着甲板には軽戦車のM8 AGSをベースに、砲塔の代わりに左右6発ずつのボックスランチャー型の発射機を搭載した試作車が固定されていた。
そして、タイコンデロガ級巡洋艦の甲板にはモンテクリスト島でも使用したM1114装甲強化型ハンヴィーが2台をそれぞれ両舷に向けて固定し、アーレイ・バーク級駆逐艦には後部甲板のハープーン発射筒2基を撤去し、M8と同様の6発分のボックスランチャー2基を設置していた。アーレイ・バーク級駆逐艦のボックス型発射機はチャンギ基地で応急的に行われた改修であった為、甲板と発射機の基部を溶接固定し、配線はガードを取り付けているものの甲板上に置かれたままの無骨な外観になっている。
また、固定をした都合、発射台が回転するミズーリ以外はそれぞれの向いている弦側の後方が射程範囲と限定的になっている。それでも4隻で計44発のLOSATが発射可能な状態になっていた。
「艦長、頼みました」
クルーズに艦長は頷くと、気迫の籠った号令を宣言した。
「主砲ぉ、発射ぁぁぁああっ!」
