第四章 決戦




 まもなく午後9時になる夜の羽咋市沖合に対G機動護衛隊は到着した。

「アレが…………」
「ゴジラです」

 艦橋に立つ武田艦長に海斗は答えた。
 既に海斗の用意した使用武器のリストは確認している。
 艦橋内に緊張が静かに広がる。
 彼らは今、肉眼でゴジラGⅡの姿を見ていた。正しくは、夜の闇の中に浮かぶ炎に照らされたシルエットだ。

「CICへ行きます」

 海斗は武田艦長へ一言伝えると艦橋を出た。

「サシバ、上空に配置完了。各艦との同期も良好です」
「GⅡ周囲に民間人はいません。現地の行政は地震とGⅡで混乱状態の為、避難状況と消防の情報以外はサシバと哨戒ヘリによる確認です」
「万が一の場合は、あり得る……か。現場と哨戒は確認したのだな?」
「はい」

 報告を聴き、武田艦長は目を閉じた。
 対G法によるゴジラへの武器使用。その初陣、初撃で国民に被害を与えることは有ってならない。
 勿論、法は防衛隊に武器使用を認めるものであり、その厳格な要件を満たす為の部隊が四方を海に囲まれた日本で最初にゴジラと遭遇する海上防衛隊に作った。それが対G機動護衛隊であるが、その政治的な責任までを彼らが負う必要はない。幕僚を介し、政府にその判断と責を委ねることもできる。
 しかし、眼前のゴジラGⅡは今も歩みを続ける。このまま沿岸を南下すれば、市街地に近づき威力偵察の機会を逸する。
 武田艦長は目を開いた。

「対G法に基づき、これより対象のゴジラGⅡへの威力偵察を実施する。砲雷長、攻撃を準備せよ!」







 
 武田艦長の号令を受けて戦闘指揮所(CIC)の戦術卓に着いた海斗は、メモ書きのリストを一瞥し、部下達へ指示を出した。

「SSM発射用意!」
「第一発射機、用意よし」

 オペレーターがすぐさま応える。海斗は戦術卓の電子海図越しにゴジラGⅡを捉えた。

「目標データ送信」
「送信完了」
「発射可能です」

 海斗は武田艦長からの最後の命令を待った。
 それは覚悟の籠った一言だった。

『撃て!』

 海斗は命令を実行した。

「SSM第一射、発射!」

 次の瞬間、中央甲板上部にある発射筒から白煙が噴き出し、艦対艦誘導弾(SSM)が放たれた。

「命中まで30秒」
「20秒」
「10……9……」

 周囲の士官が固唾を呑んで見守る中、カウントが静寂の中で響く。
 
「3……2……1……着弾」

 モニターに上空のサシバから送られる映像が映る。暗闇を歩くゴジラGⅡの胸部にミサイルは着弾し、爆炎が起こる。

「目標速度変化なし」
「反応なし。目標は進行継続です」
『攻撃を継続せよ』

 全く意に介さないゴジラGⅡの様子であったが、誰一人動揺する者はいない。想定内だ。
 武田艦長同様に海斗も淡々と続ける。

「照準補正」
「対象の座標更新完了」
「SSM第二射、発射!」

 今度は先程の発射筒に残った3発が同時に放たれる。
 再びオペレーターがカウントダウンを始める。

「5……4……3……2……1……着弾」

 ゴジラGⅡの胴体を爆炎と煙が覆い隠す。明らかに初撃よりも大きな爆発に自然と士官達は身を乗り出していた。
 眩い爆炎は消えて、夜の闇と黒煙がゴジラGⅡの周囲を包む。

「船務長、音と熱の精度を上げてください」

 海斗が船務長へ伝えるとすぐさま彼は部下に指示をして対応する。
 CICは静寂になる。サシバのモニター映像がサーモグラフィーに切り替わり、ゴジラGⅡの輪郭を浮かび上がらせる。
 そして、マイクはズシン……ズシン……ズシン……というゴジラGⅡの足音を拾っていた。

「対象の位置情報を確認」
「目標は進行継続です」

 対艦ミサイル3発でも全く反応なし。CICではそう判断をしようとした際に、サシバから白河が通信を入れた。

『ログを解析。着弾時に僅かな歩調の乱れを確認しました』
「……“おおと”でも確認しました。反応あり」

 海斗は自身の鼓動が高鳴る。それが、反応を示したことへの恐怖か、それとも興奮か、自分でもわからない。しかし、ここで行うことは変わらない。呼吸をして、冷静に努める。

『頭部への攻撃に移行せよ』
 
 武田艦長の低い声がCICに響いた。胴体への攻撃をし、僅かな反応はあったがまだ終わりではない。
 次は感覚器官を狙う。即ち、頭部への攻撃で反応を確認する。
 海斗は戦術卓に手をついて、電子海図上のゴジラGⅡを見ながら言った。

「SSM発射用意!」
「第二発射機、用意よし」
「データ補正完了」

 次の発射筒のロックが解除された。
 海斗は発射を指示した。
 
「SSM第三射、発射!」

 そして、先程の第一発射機の隣にある第二発射機からSSM4発が一斉に放たれ、白煙を中央甲板からゴジラGⅡに向けて伸ばす。

「命中まで30秒」

 三度、オペレーターによるカウントダウンが室内を包む。
 
「20秒」
『対象に変化あり!』

 サシバの白河が叫んだ。続いてオペレーターも声を上げる。
 
「体表温度上昇」
「背鰭の発光を確認」
「対象、立ち止まりました!」

 戦術卓上に表示されていたGⅡのマーカー周囲に放射熱線警報が表示され、CIC内に警報が灯る。
 サーモグラフィー上で、ゴジラGⅡの頸部から背鰭にかけて赤熱が走る。
 同時に武田艦長の声が響いた。

『全艦回避行動!』
 
 刹那、ゴジラGⅡは放射熱線を放った。
 夜の闇に染まる能登に、一本の青白い閃光が輝いた。
 そして、放射熱線は艦隊近くの海面を舐め、夜空に伸び、今放たれたSSMを焼き切り誘爆させた。
 黒い海上を爆炎が迸り、放射熱線の青白く光の線は消えた。
 放射熱線を吐き終えたゴジラGⅡは口を閉じ、再び歩き始めた。

『各艦状況を報告せよ』
『“あいづ”、異常なし』
『“あこう”、異常なし』

 各艦からの報告が届き、“おおと”艦内も報告を上げていく。

「CIC、異常ありません」

 船務長も艦内通信で報告した。
 そして、船務長は海斗に視線を向けた。状況報告は完了。ここからは本来の任務に戻る。

「威力偵察の結果、GⅡの放射熱線を確認。これまでの状況から、対象が上海に出現した個体であると判断できます。……艦長、次の指示を乞います」

 海斗は告げた。既に結論は出ている。
 武田艦長は静かに応えた。

『攻撃を中止せよ。これ以上の威力偵察は不要。また、対象はまもなく避難が終了していない市街地へ進行する。サシバは対象の追尾に移行。陸防への引き継ぎを行い次第の帰投とする。……本艦隊はこれより災害派遣準備を開始する』



 


 
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 2時間後、ゴジラGⅡは金沢市内を移動していた。

『対象、金沢市中心部通過中』

 サシバの白河から艦隊へ報告が入る。
 今、“おおと”の戦術卓には複数の電子海図が分割表示されており、その一つにGⅡの追跡と進路予想が表示されていた。
 羽咋での威力偵察後、ゴジラGⅡはかほく市、河北潟を通り、浅野川を遡上しながら南下している。現在地は浅野川流域、金沢城東方を示している。
 今後の進路はそのまま浅野川上流へ進むか、手取川へ進む予想となっており、地形を考慮すると高確率で更に南下し、手取川から内陸へ侵入する。その為、サシバの追尾は0時頃、手取川上流で陸上防衛隊へ引き継ぐ予定となった。
 一方、“おおと”は輪島沖にいた。電子海図は能登半島を中心にしたものが大きく表示されている。そこには孤立集落、火災地域、道路の崩落したポイントなど、哨戒ヘリによる航空偵察結果が表記されていた。

「艦長、舞鶴地方隊は明朝08:00より順次現着予定です」
「わかった。各市町村との通信は?」
「通信断絶区域には順次中継し、音声通話は可能」
「よし。船務長、このまま通信網の維持と情報の統合を続けろ」

 そして、武田艦長はCICを出た。この後、士官で集まり、災害派遣計画の最終確認を行う。その前に外へ出たかった。
 艦橋の横扉を開けて、外に出る。手摺に設置された羅針盤の前に立ち、その先に見える停電した能登を見つめた。
 沖合に届くのは嗅ぎ慣れた潮の香りだけだが、闇夜に溶けて夜空の下に陰影のみを浮かび上がらせる能登の所々に火災が紅く見える。
 今は戦うべき時ではない。助ける時だ。

「……よし」

 武田艦長は一呼吸すると、踵を返して艦橋に戻った。








 まもなく行われた災害派遣計画は、主に救援優先順位の策定と各艦の分担整理だった。
 能登内陸への救援は哨戒ヘリによって行い、最優先を孤立集落の傷病者救助。次いで、高齢者や障害者、妊婦。“おおと”はこのまま輪島沖に停泊し、洋上司令部として機能させること。既に幕僚、舞鶴地方隊、県災害対策本部、海上保安庁とは連絡員を立てるところまで情報共有の体制づくりは終わっている。
 また、元々戦艦イリノイの時代からあった医療設備は対G機動護衛隊旗艦“おおと”へ改修する際に最新設備に更新してある為、洋上病院として機能できる。
 そして“あいづ”、“あこう”は高速艦という特徴を活かして輸送を行う。それは対G機動護衛隊編成まで、この二隻がもっとも活躍した運用方法だった。



 




『対象、手取川への侵入を確認』

 午前0時過ぎ、予想通りゴジラGⅡは浅野川から逸れ、市街地中心部を横断し、そのまま地形に沿って手取川へと侵入していた。
 サシバから白河の報告が入る。
 既に手取川上流には陸上防衛隊の追跡部隊が到達している。こちらの任務は終了が近い。

「哨戒ヘリとの同期完了。地形情報を更新……更新完了」

 護衛官“あこう”のCICでは、戦術システム士長の赤城が絶え間なくコンソールを操作し、電子海図の更新と孤立地域のマーキング、絶えず更新される優先順位の対応をし、最適なルート、分担のアルゴリズムを構築していた。
 最も処理負荷がかかるデータ統合は“おおと”が行っているが、システムに反映された情報を操作する作業は彼女が担っていた。
 
「赤城士長、デバックです」
「座標確認して。同じ地域を表示していると思う」
「了解。……修正完了。……更新完了です」

 電子海図上では孤立集落を示す赤い点が次々と増えていく。

「よし。……少し休みましょう。あちらは順調かしら?」
 
 データとプログラムが流れていく画面を追っていた赤城は、視線をチラリと船外映像を表示している画面を見た。
 夜の輪島沖に、“おおと”左舷に“あこう”が後ろ向きに横付けされている様子が映っていた。

 照明で照らされた“おおと”の左舷から降ろされた搬入口は、“あこう”の作業甲板に接続され、“あこう”船尾の搬入スロープは海面に降ろされていた。“あこう”が反転しているのは右舷側の作業甲板には大型クレーンが配置されている為、“おおと”搬入口のタラップが下げられないからだ。遠目にみれば船尾を向き合わせて横付けした奇妙な光景となっていることだろう。
 彼らが行おうとしていたのは、二隻を組み合わせた擬似揚陸艦運用だった。“おおと”に積んでいる物資や資材を直接降ろす方法として以前より検討されていた方法だった。
 “おおと”格納庫で用意した小型船舶を台車に乗せ、担架や給水タンク、毛布などを積み込むと牽引してタラップを降りて“あいづ”作業甲板へ降ろす。そして、そのまま台車を作業甲板に伸びるレールに接続してスロープを使って海面へ船舶を降ろす。台車を引き上げる間にもう一列のレールに次の台車を降ろす。
 これによってヘリ輸送の場合は一度に運び出すことの苦手な発電機などの重量がある資材も一度に荷下ろしが可能になる。

「訓練で実験的に行う予定だった擬似揚陸艦運用だけど、順調みたいね」

 擬似的な揚陸活動が順調に回り始めたのを確認した赤城は、後ろを向いて部下へ声をかけた。
 部下は目に見えてグッタリとしている。停泊中の“おおと”へ横付けするだけならば既存の制御システムの範疇だが、今回は搬入用のタラップを作業甲板に降ろし、更に自身もスロープを海中に降ろした状態になる。微調整は当然必要になるものの訓練でない為、失敗もできない。先程まで、彼は“おおと”と“あこう”それぞれの担当同士で喧々轟々のやり取りをし、損傷なくこの擬似揚陸艦運用は成功した。
 部下は赤城の労いに渇いた笑みで返した。



 


 
 
「これで周辺の沿岸地域への支援は小型船舶でカバーできました。漁協や海保からも船舶の提供を希望する連絡を受けています。これによってヘリは内陸部の孤立集落にリソースを裂けます」
『では、“あいづ”は一足先に富山湾へ展開します。MCH-101の着艦次第、本艦は七尾を目指します』
「許可する」

 “おおと”艦橋では各報告が武田艦長へ伝えられていた。
 そして、黒崎艦長からの通信に武田艦長は返答した。
 これが対G機動護衛隊が行う今回の災害派遣第一段階だ。今回の災害派遣で“あいづ”と“あこう”は高速輸送を行う分担としているが、現在“あこう”は擬似揚陸艦運用に使用している為、初動段階は“あいづ”のみが高速輸送を行う。現時点は“おおと”に舞鶴から積載してきた物資を被災地へ荷卸しすることが主となり、洋上拠点となる“おおと”へ資材を送る荷役はこの次の段階となる。
 そして、“あいづ”最初の輸送先として選定したのが七尾だった。理由は港湾部の損傷が能登島の存在によって比較的軽微であったこと。ゴジラGⅡの通過によって内陸部へ向かって被害が生じていること。何よりも七尾から羽咋をゴジラGⅡが横断したことで、半島の物流網が分断されている。したがって、七尾の復旧が半島救援における優先目標となり、七尾が今後の中継地になり得る。

「MCH-101の“あいづ”への発着艦はまだ訓練で数回のみ。優秀な操縦士達だが、くれぐれも無理をさせるな」
『肝に銘じます』

 武田艦長の言葉に黒崎艦長は真摯に受け止めて応えると通信を終えた。
 艦橋の横を“おおと”の後部甲板を発艦したMCH-101が“あいづ”へ向かって飛んでいった。
 哨戒ヘリとして運用しているSH-60よりも一回り大きいMCH-101、通称“マーリン”はゴジラGⅠ出現時にイギリス軍が哨戒と輸送で多数展開させていたが、日本の防衛隊にはまだ正式配備されておらず、国内には一機のみ試験運用を目的に持ち込まれていた。
 その試験運用中の一機が、対G機動護衛隊向け装備評価試験のために旗艦“おおと”へ先行配備されていたのだ。

「……頼んだぞ」

 艦橋の窓越しに武田艦長は夜空を見上げた。MCH-101は灯火を点滅させながら“あいづ”へ降下していく。
 数分後には七尾へ向けて出港するだろう。
 視線を移せばその先には停電した能登半島があった。
 能登半島の長い夜は、まだ始まったばかりだ。
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