第四章 決戦




 地震発生を知ったのは、優が診療所から博物館へ来てからだった。
 そこへ雄一少年と共に泉とその夫で漁師の恩田、家族3人が午前中に港の定食屋へ注文していた弁当を届けにやってきた。いつの間にかグリーンとヒガシヤマも注文を入れており、事務所で食べると答えた敷島と土井の二人に留守を任せ、一同はラウンジで昼食をすることにした。

「おかぁ……泉姉ちゃん、茶取ってくる」
「うん、ありがとうね」

 ゴジラ團の一件で漁船ごと連絡が取れなくなった際、島では泉が雄一を心配して周囲が見ていられないほどに動揺した。それを聞いてから雄一の中で変化があったらしい。
 このところ遊びに来た博物館で大助少年といる時に、「お母ちゃん」と呼ぶ大助につられて泉のことを「お母さん」と言っているところを三神達は耳にしていた。
 自動お茶入れ機でコップに緑茶を注ぐ雄一を恩田は嬉しそうに眺めている。
 そして、弁当を並べた優がテレビを付けた。

『当時、私もテレビ局にいました。大きな書類棚が倒れました………』

 正午の様子と上に表示されている映像では、テレビ局内が激しく揺れていた。画面の上には地震の情報が流れ、下にも帯で津波注意報のテロップが流れていた。誰の目にも地震災害が発生したことがわかる報道であった。
 そして、すぐにその地震が富山湾で起きたものだと理解した。

「さっき地震が起きたって………ヒガシヤマさん?」

 表情は至って冷静。淡々とした挙動もいつもと同じヒガシヤマだが、明らかに普段では見せない早さで携帯電話を取り出してメールを打っている。更に、モバイルパソコンをリュックから取り出し、通信用アンテナを引き延ばした。

「お気になさらずに。これは気象庁の仕事です。………っ! なるほど。正午に富山湾沖で断層型地震が発生したようです。……少し席を外します」

 そう告げるとスタッと立ち上がったヒガシヤマは携帯電話を耳に当てながら屋外へと出ていった。
 その様子を見送っていると、背後でグリーンが珍しく「OH, my GOD!」と英語で叫んだ。一同の視線が彼に集まる。
 彼は頭をかいて、三神に視線を合わせるとわざとらしく声を出しながら手招きする。

「おいおい。そんなことがあるのかよ! ……見てくれ」

 グリーンからクルーズも使用していた全面タッチパネルになっている小型携帯通信端末の画面を見せられた。画面にはクルーズからのメッセージが届いていた。

「……えっ」
「何が起きているんだろうな」

 文面を見て驚く三神に、グリーンはそう言いながら視線を窓の外のヒガシヤマへと向ける。
 クルーズからのメッセージはシンプルな文章だった。
 
『GⅠ is moving again.』








 しばらくしてヒガシヤマは恩田一家に帰宅を促し、残った面々にゴジラGIが目覚めたことを伝えた。
 そしてゴジラGⅠは真っ直ぐ東へ移動しており、タイ上陸が時間の問題であることを説明した。
 それを聞いた翠は事務所へ行き、世界地図を持って戻ってくると、テーブルに広げた。
 マラッカ海峡を抜けるつもりならば、南東へ進む筈だが、東方向はマレーシア半島にあるタイの国土へ上陸するコースだ。厳密にはゴジラGⅠの進路は若干北を指していた。
 三神は地図上で、ゴジラGIが眠っていたネプチューン作戦の作戦域、クルーズから送られた現在のゴジラGIの場所にペンで印を付ける。そして、その二つの点を通る直線を引いた。ゴジラGIがこのまま直進するとタイランド湾、そしてベトナムのホーチミンにぶつかることがわかる。
 しかし、三神はそのままホーチミンを通過、南シナ海を抜け、そのまま日本列島にまで線を引いた。

「………富山湾だ」

 誰もすぐには声を出せなかった。
 ペンを止めた場所は、現在地震が報じられている富山湾であった。

「彼らを帰した本当の理由は、コレですね?」

 三神はヒガシヤマを睨んで問いかけた。
 彼は返答の代わりにモバイルパソコンの画面を見せた。
 それは先日、全方位索敵システムによって画像化した富山湾のゴジラGIIの姿であった。

「現在、政府へゴジラGⅡの所在を確認するように伝えています。返答はまだです」
「クルーズの話だと、ゴジラGIは軍のチャチな誘導に全く反応せず、……真っ直ぐに移動しているらしい。まるで狙った獲物以外眼もくれない。そんな感じだな」

 グリーンがヒガシヤマを見ながら言った。
 しかし、ヒガシヤマは全くその視線を気にせず、手元の携帯電話が振動するとすぐさま応答した。

「ヒガシヤマです。……はい。手配できましたか。では、すぐにお願いします。こちらも準備します」

 電話を終えると、三神へヒガシヤマは視線を向けた。そして、彼らとその会話を全く意に介さず、淡々とした口調で三神に言うのであった。

「今、ヘリを手配しました。到着までに身支度をお願いします」





 

――――――――――――――――――
――――――――――――――






 
 タイ王国南部の県、サトゥーン県の海岸から内陸へ瓦礫と巨大な足跡が一直線に続いている。家屋は勿論、森林の木々も薙ぎ倒されていた。その一本の線は隣接するソンクラー県へ達しており、その先端では土煙を巻き上げて今なお、真っ直ぐ前進をしていた。
 その土煙の先には、タイでも有数の都市であるハートヤイがあった。

「推定時速は約60キロ。自動車並みの速度で直進している。駐留している軍が避難と対処に動いているみたいだが、都市部の渋滞に阻まれて難航している。我々にも帰還命令が出た。……健闘を祈る」
『嗚呼。お前もな』

 ハートヤイ中心部にあるビルの一室から窓の先に遠く見える土煙を見つめながら、白人男性が電話をかけていた。
 電話の相手は彼の古い馴染みであるCIAの元同僚のクルーズであった。
 彼が電話を切ると、部屋のドアが勢いよく開き、彼の仲間が屋上へ迎えのヘリコプターが到着したことを早口で伝えた。彼は机に置かれたノート型パソコンの画面を確認し、セキュリティロックがかけられていることがメッセージ表示されているファイルを受信したことを確認すると、乱暴に通信ケーブルを引き抜いた。
 彼らが立ち去った後、部屋から望む景色には都市の先に広がる森林から迫る土煙が一層大きくなっていた。








 土煙の中から道路に乗り捨てられていた自動車が前に蹴り飛ばされて都市郊外の民家の前に落下した。
 その前には道路があり、そこを大勢の人々が我先にと走って逃げていた。更にその先にある都市部ではバイクと自動車が詰まっており、クラクションの音が響いている。
 バイクに乗っていた青年は車の隙間から逃げようとするが、他のバイクに阻まれ、相手の男から「邪魔だ!」と罵声を浴びせられる。
 しかし、その男性のバイクもそれ以上前に進めない。
 そこへ逃げ惑う人々が追いついてきた。バイクごと青年と男性は押し倒され、青年は必死に目の前の自動車へよじ登った。
 周囲を見渡せば、彼らと同じ状況は至る所で起こっており、人々は車の隙間だろうが、その上だろうが構わず踏み越えて逃げていた。
 青年がよじ登った車は、中古の日本製ワゴン車であった。既に運転手は車を乗り捨てていた。彼も屋根の上で姿勢を直し、眼下の群衆による濁流に身を投じようと意を決した。

「!」

 しかし、彼が車の屋根から体を起こした時、地面が揺れてバランスを崩した。思わず屋根にしがみつく。
 地面の揺れは文字通りの地響きであった。群衆によるものではない。足音を伴って地面は揺れていた。
 それでも彼が一瞬、戸惑いが生じたのはそれが彼の想像と異なっていた為だ。
 世界から届いた映像から想像していたのは、ドシン……、ドシン……、という大きな動物がゆっくりと歩みを進めるものであった。
 しかし、今、彼が体感しているものはそのような抑揚のあるリズムなどでなく、激しいビートを刻む絶え間なく繰り返されるヘビィメタルの如き重低音の連打であった。
 
「あぁ………」
 
 後ろを振り返った青年は間近に迫っていた土煙を見上げて絶望した。
 そして、進路上に何があろうと関係なく、ビルが薙ぎ倒され、一際大きい土煙が巻き上がった。その土煙の中から、ゴジラGⅠの巨大な頭部が突き出した。
 それを最期に青年の姿は土煙の中に消えてしまった。





 

――――――――――――――――――
――――――――――――――






 
 地震発生から7時間が経過した。
 依然として太平洋上を東京へ向けて飛行するヘリコプターに乗る三神達3人は、ゴジラGⅠとゴジラGⅡそれぞれの動向を追っていた。
 富山県に上陸したゴジラGⅡは、海岸線から石川県七尾へ進行し、その後は地形に沿って長曽川の流れる低地帯を移動していた。
 日が沈み、夕焼けから次第に群青がかった景色の中をゴジラGⅠはゆっくりと、しかしその歩みを緩めることなく淡々と南西へ羽咋市内を進んでいた。
 テレビは特別報道番組が続いており、『富山湾沖で地震』と『被災地にゴジラ出現』の二つを同時に伝えている。

「進行ルートが悪いですね。先程国道159号線を通過し、路面を破壊しました。そして、今し方七尾線の架線を破壊しました」
「何かあるのなら言ってください」

 優がヒガシヤマに会話するつもりのない言葉を返す。
 彼は三神に一瞬何か言いたげに視線を合わせて、答える。

「上陸時に進路上にあった海岸線の国道160号、能越自動車道の路面は壊滅的なダメージを受けていました。そして、現在ゴジラGⅡは七尾羽咋間を横断中です。……これら国道や自動車道は有事に補給線となるものです。今、ゴジラはいわば能登半島の首を破壊しながら移動している状況になります」

 ここまで説明すればわかっただろうと言わんばかりにヒガシヤマは閉口して、再びヘッドホンから聞こえる通信に意識を向けている。
 確かに三神達も今の話で状況を理解できた。被災地である能登半島は陸の孤島となる。

「……タイの状況がやっと入ってきました」

 ヒガシヤマはもう口を開くことがないのかと思っていたが、思いの外すぐに二人へ話しかけた。
 どうやらテレビではほとんど入ってこないゴジラGⅠの情報を通信で探していたらしい。そして彼は目当ての情報を得た。

「既にゴジラGⅠはタイランド湾へ渡った様です。通過したハートヤイの市街地はかなりの被害を受けています。現地には元々治安維持の為に軍が駐留していたそうで、応戦したようですが、先の例と同様に全く気にも介さずそのまま進行を止められず。……都市を含めてアンダマン海とタイランド湾を一直線に結ばれた様に対して、“interstate(州間高速道路)”と呼んでいました」

 「誰が?」と聞くのも野暮だ。それに彼は三神達が言葉を発する前に次の情報を語った。

「タイランド湾に行ったゴジラGⅠの進行ルートはわかっています。現在、ミズーリがチャンギ基地を出港し、タイランド湾へ向けて北上中です。予定では23時間後にカマウ沖で迎撃作戦が行われます」
「ミズーリ。……ということは」
「お二人がよくご存知のフィリップ・クルーズ“大佐”が、事実上の作戦指揮として乗艦しています」

 三神の脳裏に過ったことを言葉にして突きつけると、ヒガシヤマは再び何処ぞかの通信に耳を傾け始めるが、「嗚呼」と三神達につけ足す。
 
「GⅡに対しては、その出現が確認されたので対G機動護衛隊が出動しています」
7/8ページ
スキ