第四章 決戦




「こうしてまた話ができて良かったよ、ムファサ」

 病棟内でも他の病室から隔離された特別な構造のフロアにムファサは厳重な監視の中、入院をしていた。一命を取り留めたとはいえ、今も集中治療の必要な状態に変わりなく、三神に面会の許可が出たものの15分の時間制限を設けられていた。

「やっと知った顔に会えて安心したよ、例の探偵スパイは一緒ではないのだな?」

 酸素マスク越しの籠った声でムファサは答えた。もう隠す必要がない為、流暢な日本語で話している。

「グリーンは外で優と待機しているよ。かなり騒いでいたけれど、今はまだ日本が君の身柄を抑えているらしい。正直、よくわからないけれど今はそういうことなんだと」
「研究畑の三神もそういう話をそういうことと受け止められる位には慣れさせられた訳だな。否、そうでないとお前自身の身も危険か。オキシジェン・デストロイヤーを作った二人目の人間になったのだからな」
「そうだね。まぁ、優やグリーンがその辺は上手くやってくれているよ。……本当は色々と話したいんだけど、時間がないんだ。僕の聞きたいことに答えてくれるかい? ムファサ、君は所長の協力者だったということで合っているんだね?」

 ムファサは「ふぅー」と深く呼吸をすると頷いた。

「そうだ。我が父、アル・ムジュタバー・仲村は第四昂栄丸海難事故の調査に参加した後も、ゴジラ生存の可能性を調べ続けていた。そして、赤い竹の†とブラボーの故郷を襲ったゴジラGIの事件に辿り着いたが、その存在を隠そうとしていた連中……あのアシモフというロシア人達がそうなんだろう? まぁいいや。つまり、知りすぎた父は連中に目を付けられて殺害された。あぁ、公式には不幸な事故ってことになっているよ。
 そして、父を亡くしてまだ間もない頃に、父親を探していた八神からの連絡を受けた。再会といっても前に会ったのはガキの頃だからな。あまり実感はなかった」
「それで、八神の勧誘を受けた?」
「そうなるが、ゴジラ團の内部で掲げているゴジラGIによるゴジラGIIを倒す発想は団長でなく、俺のものだ」
「ムファサの案なのか?」
「嗚呼。何せ、その時点ではゴジラGⅠの存在を確信していたのは俺だけだからな。そして、八神は別ルートで勧誘したサン……副々団長と言った方がわかりやすいか? 彼の傭兵組織を使って準備を進めながらゴジラの研究を行っていたことは、もう知っているな? ………うん。俺も考えそのものは団長達と同じだ。だが、俺と所沢先生は少し違った」
「違った?」
「団長達はゴジラGⅡを倒した後、生き残ったゴジラGⅠを利用して世界への復讐を果たそうとしていた。だが俺達は違う。二体をぶつけるところまでは同じだ。だが最後は、残った方も殺すつもりだった」
「二人ともゴジラGⅡに関わっていたけれど、ムファサはGI、所長はかつてのゴジラに怨みがあった。直接的、間接的の違いはあるけれど、被害者には変わりない。……ということは、オキシジェン・デストロイヤーを使おうとしていたのも」
「あぁ。その通りだ。二体を同士討ちできなければ生き残ったもう一体を倒すのに必要になる。……だが、仮に二体を倒せても、また別のゴジラが現れるかもしれない。ならば人類はもう一度あれを作れるようにならなければならない。だから、三神、お前が必要だった。……ふぅー」

 ムファサは酸素マスクに手を当てて呼吸を整える。話し過ぎたらしい。
 呼吸を整えると、三神に顔を向け直した。

「俺と先生は、共にゴジラという存在そのものの被害者だった。ゴジラGⅠもGⅡも同じだ。どちらも災害であり、怪物だ。被害者の俺達にとって区別する意味はない。それが団長達と違うところだ。だから、ゴジラGIにゴジラGIIを殺させようとしていた団長とは違う。二体をぶつけて、最後は二体とも倒す。その為には世界中がゴジラという存在を恐れ、怒り、憎むようにしたかった。ゴジラ團や赤い竹の行動はそれを叶えるのに都合がよかった」
「それぞれのゴジラへのヘイトを利用した訳か」
「そうだ。特に、俺達の研究にサンと赤い竹の†は役立ってくれた。団長は独自の研究を行なっていたがな」
「ムファサと所長の研究?」
「ゴジラと音の関係だよ。これまでで三神も理論構築にならなくとも理解はできているだろう?」
「確かに。モンテクリスト島の音響装置とかだね?」
「あぁ。……あれはゴジラを挑発すると思われる音を組み合わせたものだ。ゴジラに限らず不快感を与えるものだけどな。………特定の音にゴジラは反応する。過去の事故や事件も偶然か故意かその音となる組み合わせが揃うとその音は生まれる。ある時は船のエンジン音とハーモニカの音、またある時はタンカーのスクリュー音とボイラー音とラジオの音楽みたいにな」

 ゴジラが暴れている状況なら兎も角、平時からゴジラが無差別に船を襲っていたら、もっと以前からその存在は明らかになっていた筈だ。ムファサの話は合点のいくものだった。
 同時に、ニューヨークでの戦闘を経たとはいえ、それ以降のインド洋側までゴジラGⅠが進出したことへの仮説が浮かんだ。
 
「まさか、ゴジラGⅠがニューヨークやヨーロッパを襲い、太平洋を目指したのは?」
「流石に考え過ぎだ。……ただ、最初のミニドア島上陸とニューヨークを目指したのはお前が考えた通りだ。正しくは実験だ。あの時、俺達は船をゴジラが襲ったと気づき、周辺の島々と沿岸で実験を行った。その時点で今説明した音に関する仮説はあった。むしろ、その時点では先生や団長が過去の海難事故をなぜゴジラが起こしたかという疑問の答えを求めて考えた可能性の一つにしか過ぎなかったがな」
「実験………ということは、もしかしたら他の地域にゴジラが出現していたかもしれないのか?」
「そうなる。疑わしい音の組み合わせは幾つか考えていて、偶然にもある地域の交響楽団が演奏した楽曲に幾つかその音が含まれていた。その音源を海中へ流す実験だ。ちなみに、該当の曲目はボレロとSF交響ファンタジー第1番というものだった。ゴジラは音楽のセンスがあるらしい。音源の実物は先生に確認すれば教えてくれるはずだ」
「それを、流したのか………」

 この事実だけを聞けば三神も思わず拳を握ってしまうものの、ここまでのゴジラ團や所長達の過去を知ってしまった今、その拳に込めた力は自然と抜けていた。

「神谷さん……いや、八神の行方に心当たりは?」
「ある所は全部言っているよ。そもそも俺よりその手のことはサンの担当だったしな」

 入口に立つスーツ姿の男が「そろそろ時間だ」と告げた。三神は寝ているムファサを一瞥すると黙って立ち上がった。

「互いに何と言って別れればいいかわからない。……だから三神。団長のこと、頼んだ。お前なら、あの人のことを理解……いや、なんでもない。三神、友人だと思っていたよ」
「嗚呼。僕もだよ」




 



 三神がムファサの面会をしている間、同じフロアの待合室で優とグリーンは待機していた。このエリアまでは二人も立ち入りが認められていた。

「そういえば貴方は今どういう立場になるの?」

 話題もなく黙って座っていたが、優がグリーンに話しかけた。
 グリーンも応じて口を開いた。

「一応、クルーズと同じ国連に直轄する諜報員になるらしい。元々そんなセクションは存在しなくて、クルーズが特別顧問諜報員というポストに入る為に作られた書類上の組織だな。俺は赤い竹とゴジラ團、あとゴジラに関する調査、諜報活動を行う有期の契約を交わして活動していることになっている」
「契約スパイ?」
「………そうなるな」
「…………」

 会話が止まった。そこにスーツ姿の男が近づいてきた。
 それにグリーンが反応した。

「同業の方ですか?」
「探偵でも諜報の専門職でもありません。情報を取り扱うことには自信がありますが。……はじめまして、内閣情報調査室のヒガシヤマと申します」

 歳は三神や優と同じか、少し上くらいか。感情の読み取りにくい微笑みを浮かべた顔と整えられた身なり、口調は認識しやすい割に人物像が掴みにくい。

「聞いたことがある日本のCIAだろ?」
「クルーズ氏の古巣ですか。扱う情報や役割は近いですが、我々は情報の収集と分析、多少の活用程度です」
「確かに。わざわざボスの名前を出すところは流石だな。俺達と同じように八神の捜索か?」
「待って、私達は関係ないわよ」

 すかさず優が口を挟む。

「それは警察が行っています。嗚呼、彼らも感心していましたよ。我が国もゴジラ團と赤い竹の金の動きから日本人だと言われる団長の正体を探っていましたが、副々団長の傭兵会社を介していることで途中から追えないでいました。本人の工作もあって神谷と八神が同一人物だということは巧妙に隠されていました。神宮寺も神谷と八神が別人になるように彼らの過去を改竄したことを認めています。貴方は八神宗次の口座から資金の流れを突き止めました。答えが得られてからならば理解できますが、貴方は逆を成した。流石は名探偵と言われていた方です」
「お褒め頂き光栄だよ。だが、あんなのは推理でも調査でもない。ただゴジラ関連に過去の時点で関わっていた可能性がある事件や関係者を総ざらいして沖縄で当時の病院や孤児院、地方紙の新聞記事、学校の卒業生とかを片っ端から聴き込んで2人が同一人物だと特定したに過ぎない」
「それに日本の警察は関心していたのですがね。……話が逸れてしまいました。現在の双里内閣は、有事特化です。平時なら組まれない体制とも言えます。……つまり、私のような人間が忙しくなるんです。既に指名手配となっている人物の捜索をしている暇はありません」
「たったそれだけの為に、暇がない癖によく調べているじゃないですか。そこまで聞かされると嫌味だな。いい性格をしているぜ」
「よく言われます」
「そんな忙しい方がわざわざ長話をしにきた訳もないでしょ? ゴジラ團でなく、ここに来たということはこの人への牽制? それともあの人やDO-M? ……いえ、私を含めた3人かしら?」

 優がヒガシヤマを睨みつけて言った。彼はわざとらしく手を叩く。

「素晴らしい。流石ですね、鬼瓦……いや、“三神優”さん」

 ヒガシヤマの言葉に優の表情は一層に険しくなった。

「何か? 戸籍のことなら、我々にしてみれば最初に確認する情報ですよ。三神小五郎さんご自身がまだ貴女の戸籍が残っていることを知っているかわかりませんが。住民票と異なり戸籍を確認する機会は少ないですからね」
「………」
「おい、どういうことだ?」
「そのままですよ。日本は戸籍単位で管理します。米国のような個人番号での管理も目指していますが、実現はまだ先になります。離婚届が受理されていなければ、戸籍は残ります。つまり、彼女は離婚届を提出していなかったのでしょう」
「その通りよ。……ミジンコ君には、彼には私から話すまで秘密にしておいて下さい」
「勿論。職務上知り得た個人情報を安易に漏らしませんよ」

 目の前で漏洩した張本人がその舌の根も乾かぬうちに言う。最早汚物を見る視線をヒガシヤマに向け、優は腕を組む。

「わざわざ嫌がらせですか?」
「そういう趣味はありません。私が今言ったことでこの情報がここで共有されました」
「最低ね」
「DO-Mとオキシジェン・デストロイヤーはゴジラ対策のみでなく、我が国……否、現在の双里内閣にとっての切り札でもあります。三神さんと貴女はもう一つの情報を使えば、我々の懸念するリスクはかなり減ります。しかし、グリーンさんは米国の人間なので、このような方法で枷を一つつけておくことにしました」
「確かに、この女性を裏切るには相応の覚悟が必要だ。なるほど、ポーカー中にジョーカーを見せられた訳か」
「勿論、これだけで貴方が裏切るリスクを減らせたと思っていませんが、貴方はビジネスライクな印象を見せているものの情に篤い人物であると分析しています。もう一つの情報と合わせると相応の効果はあると思っています」
「もう一つの情報ってなんだ?」

 グリーンが問いかけると、ヒガシヤマは少し思案する。
 その視線はムファサの病室と廊下の先に見える窓へと順に移した。

「雲はまだゆっくりですね。気象衛星が今朝、南方で台風が発生したことを確認しました。今回の台風は大きく、強く成長して日本列島へ接近する可能性が高いです。気圧の低下はそのお身体に障るかもしれませんので、心配です。かなり進行しているみたいじゃないですか?」
「なっ……!」

 優の表情が凍りつく。

「……え?」

 そこへ病室から出てきた三神が、虚を突かれたような声を漏らした。
 優が振り返るが、その行動と彼女の表情は三神の脳裏に過ぎった想像を確信に変えることへ十分なものであった。

「ああ、次があるので、私はこれで失礼します」
「おい、待て!」
「…………」
 
 グリーンが咄嗟に彼の腕を掴むが、彼は無言でその掴む手を見つめる。グリーンにもわかっていた。ここで彼を糾弾することに何も意味がなく、互いの立場を考えればこれ以上のことは何もできない。
 グリーンはその腕を離した。

「……台風、本当に来なければ良いのですが」

 その言葉とコツコツと廊下に響く足音だけを残してヒガシヤマは彼らの前から立ち去り、残されたグリーンは行き場のない想いを込めた拳を壁にぶつけていた。
 そして、優と三神は互いにしばらく無言で見つめ合っていた。
 優は放射能症で、既に抗がん剤治療を始めていた。
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