第四章 決戦
国立大戸ゴジラ博物館の館内、1954年に上陸したゴジラが一面の焼け野原にした東京の凄惨な当時の景色とその被害者へ手向けられた少女達の美しい歌声が液晶画面に流れる。パネルには、当時の放送映像と記されていた。
その画面の前には視聴用の三人掛けソファーが設置されており、一人の青年が腰かけていた。
今年二十歳になるという彼は、そのまましばらく画面に流れる映像を見つめながら口を開いた。
「自分が生まれた時、既に父は死んでおり、母も長らく父のことをほとんど教えてくれませんでした。今にして思えば、息子の自分が世間の好奇や迫害に晒されないようにという配慮だったのだと思います。なので、父のことを知ったのはつい最近のことなんです。……まぁ、やはり血は争えないらしいですね。母の影響も大きいですが、それでも自分の関心は母の分野でなく、父の……ゴジラへ傾倒していました。その点でいえば、ここへ来たのは我ながら今更になってやっと果たしたという気持ちです。もっと早く来たかったのです」
そして、一呼吸おいて彼はソファーの横に置いていたリュックからタブレット端末を取り出した。資料を差し示す指先が僅かに強張っていた。
「……共有したものと同じです。漁獲量と海流のデータをマッピングした各年の比較がわかりやすいと思います。えーっと、……あった。この図とこの図が顕著です。本来は漁獲量が増えるべきものが、この海域に限っては激減していました」
彼は大戸島沖にある岩戸島周辺の海域を示していた。
既に自身の手元にあったデータを用いて解析をしていた“僕”は、資料から視線を彼に移して頷いた。
彼の示したデータは、“僕”の仮説を裏付けていた。
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怒涛の日々に睡眠不足が重なるものの、長年の政治家人生で培った能力か、どんなに短い睡眠時間であっても決まった朝6時には目覚めてテレビと新聞へ目を通す。
報道では、神宮寺元官房長官の勾留から始まり、内閣不信任案決議と解散総選挙、史上最短の選挙戦へと至る一連の政局が連日取り上げられていた。
そして、永田町の想定を覆す与党大勝により双里内閣は存続し、昨日第三次双里内閣が発足した。
早朝から、この話題で持ちきりであった。
世間ではファーストレディとしての振る舞いを求められる妻もこの場では普通の婦人であり、自分のただの夫だ。
今はただの夫である双里もこの部屋を一歩出れば、官邸内であっても総理大臣、双里元となる。官邸での生活を始めて5年、外ではファーストレディとして振る舞う婦人だったが唯一、朝食だけは自宅暮らしの時と変わらず彼女自身の手で作る味噌汁と卵かけご飯を貫いている。朝の日課と言ってしまえばそれまでだが、双里はこの日課に度重なる苦境の中で救われた。
数日前まで、与党大敗と党首辞任の文字が脳裏について離れなかった。ゴジラという脅威がある中、ゴジラ團の協力者として国家安全保障上の目的で作られた法に抵触する疑いで現役の官房長官が勾留されたのだ。政治家は勿論、報道も世紀の大事件と評し、神宮寺を官房長官にした双里も政治家生命の終焉を考えていた。
それが与党大勝と総理大臣就任以来最高となる内閣支持率を得たことで、政治家と官僚の支配する永田町の盤上はひっくり返った。
双里を窮地に追い込んだゴジラが、彼を救ったのだ。双里達は、世界経済へのダメージとそれに伴う日本周辺情勢の不安が高まる中でも、対ミサイル防衛や海上・航空防衛の強化を優先すべきだという政治家や官僚の声を退けた。そして、対G法を異例の速さで成立させ、護衛艦おおとを始めとした対ゴジラ防衛兵器群を整備した双里内閣を国民は評価し、支持した。
使用後の被害想定ができていないという非常にリスクが高いものの、史上唯一ゴジラを倒した切り札であるオキシジェン・デストロイヤーが少量ながら生産に成功したことも追い風となっていた。
「ご馳走様。……聴いていると思うけれども、今日も」
「大使を招いてのお食事でしょ? 心得ております」
連日の会食やパーティと言葉遊びをしてテレビのワイドショーでは視聴率の為に世間の関心を煽っているが、その実態は外交そのものだ。持病を診ている主治医からは寿命を削る行為だと苦言を呈されているが、今は自身の生命も政治家人生も価値が低くなっている。比較対象があまりにも大きいからだ。国民、国土、そして国家が危機に瀕する事態が刻々と進行しており、我が国の存続には世界からの支持が必要だった。被災後に国を安く買い叩かれることがあってはならないし、対ゴジラ兵器を保有した防衛隊に対してその事実以上でも以下でもない適正な理解を諸外国に得て脅威とも標的にもされない位置にいる必要がある。
護衛艦おおとに搭載した全方位索敵システムの試験運用を行った結果、ゴジラGⅡは東シナ海から日本海へ移動し、富山湾沖の深海域に潜んでいることを確認している。国民へは混乱や風評被害を避ける為に具体的な情報を伏せ、日本近海にいる可能性が高いという説明に留めている。
現在はゴジラGⅡへの刺激を避け、攻撃はせずに護衛艦おおとを旗艦とした対G機動護衛隊を表向き「日本近海にいる可能性が高いゴジラGIIに備え、日本海側における警戒監視および災害即応能力の強化のため、前方配置している」と説明し、舞鶴港の防衛隊基地に係留させて、ゴジラGⅡを張り付き監視している。
オキシジェン・デストロイヤーの存在によってゴジラを倒す手段が登場したものの、マラッカ海峡手前の海底で眠っているゴジラGIに対してと同様に、今の時点で富山湾でそれを使用する政治判断は容易なものでない。自然と険しい表情となっていたことに気づいて双里は眉間の皺を指で揉んでのばした。
そして、食卓を離れて身支度を終えると、双里は内閣総理大臣となって私室を出た。室外には秘書官と顔に覚えのある官僚が並んでいた。
「………」
「本日は内閣の方で来ています。ヒガシヤマです」
「そうか」
表向きは別の名前で気象庁の専門職となっているが、数年前より頭角を表して現在は内閣情報調査室に属するもう一つの顔と名前を持つ人物。その彼が秘書官と共に彼を出迎えた。
「派閥議員、官僚を含めた関係者の調査が完了しました。神宮寺の側近にあたる事務数名が資金の移動で関与していました。もっともそれは彼の個人資産となった資金であった為、国会で直接取り上げられるものではありません」
その資金が副々団長サンの海外にある民間警備会社とされる傭兵組織へ行き、ゴジラ團の活動費となっていたことはグリーンやその後の警察での調べで明らかとなっていた。
現在も日本国内の公安警察などが八神宗次を含むゴジラ團の捜索、情報収集と共に各国諜報員の動向も警戒している。ゴジラGⅡの所在を発見したことも相まって防衛庁に属する情報本部は近隣諸国との情報を見張っている。
そんな中、ヒガシヤマは双里内閣と日本政府の情勢不安に繋がる情報を扱っている。現在は神宮寺がその筆頭であり、ゴジラGⅡの所在に関する情報とその調査を情報本部や各国とやりとりをし、双里へ都度報告を行っている。
ヒガシヤマは表向き気象庁で自然災害に関する情報をとりまとめる役割とされており、会議等に際して閣僚や議員への答弁を補佐している。記録に残る内閣情報調査室の定期報告に彼は顔を出さず、このような記録に残らない場面で双里への接触と報告を行っている。
「今後はゴジラ関連でどこも忙しくなります。例の対ゴジラ兵器の件と三神小五郎らの扱いに関わる予定です。“マッチ”は気象庁を長期休暇することになりました。当面、ヒガシヤマが内外で動きますので、ご承知おきください」
「わかった」
マッチとは本名を伏せて自身の表の名前を示す際の彼の呼称だ。つまり、表立った場面でも今後彼は内調のヒガシヤマとして行動するということだ。恐らく記録もすでに事務次官などの最高位に相当する役職で名簿に載っているのだと双里は理解し、返事をした。
スッと彼は双里から下がり、気配を消した。
