第一章 出現




「ミジンコ君、港へ行ってもらえないかい」

 10月11日体育の日。祝日恒例となっている大戸島の子ども達への学芸教育の一環である観察教室を終えた三神小五郎の元に近づくなり、所長は言った。ミジンコとは彼のあだ名だ。

「何かあるんですか?」

 三神は器具を片付けながら聞いた。

「ここにアメリカの新聞記者さんが取材に来る事になったんだよ」

 ここというのは、彼らが今いる国立大戸ゴジラ博物館の事だ。所長はその館長であり、隣接した旧館の研究施設、国立特殊生物研究センターのセンター長も兼任している。名字をもじったあだ名を本人が気に入り、今では“所長”という呼称で定着している。ひょろりとした体格に飄々とした雰囲気。定年間際のその外見はいかにも天下り官僚然としているが、これでも三神達が一目置く優秀な研究者だ。
 そして、三神は特殊生物研究センターの研究員であり、兼務で博物館の学芸員を務めているが、入職から2年、気づけば学芸員のしかも生涯学習教育活動が仕事の中心となっていた。
 しかしながら、人口500人に満たない離島の分校に通う子ども達に取って貴重な学習機会となっている為、彼自身仕事へのやりがいは感じていた。

「しかし、何故わざわざここへ?」
「どうやら核がらみの海難事故があったらしく、他と違った切り口で核やゴジラについて記事にしたいそうだよ。一応電話では流暢に日本語を話してはいたが、君が対応した方が何かといいだろう。昨年の論文の事もあるし。……同じ件なのかはわからないけれど、私は明日の来客の準備があるから」

 確か、アメリカ合衆国の国防省関係者からの分析依頼だったはずだ。先方からは放射線量や波長のデータが予め所長宛に送られており、明日サンプル持参で来訪する予定だが、それ以上の情報は所長も聞かされていないとのことだった。
 記者が何かを嗅ぎつけて先回りしてゴジラの取材と言って調べにきたのかもしれない。
 
「まぁ、そうですね。いいですよ。……あ、ここの片付けをお願いしてもよろしいですか?」
「うむ。任された」

 そうして、所長は笑って片付けを始めた。




 


 マイケルが死亡した3日後、グリーンは八丈島経由大戸島行きの南海汽船“くろしお丸”に乗船していた。大戸島は日本の伊豆諸島最南部と小笠原諸島北部の中間海域に位置し、昨夜空港から東京観光をする間もなく竹芝桟橋へ移動して乗船。慣れない船旅に凝った肩を回しつつ、昼食に船内で購入した弁当を口にした。来日後初めて食べた日本の米だった。
 強行軍をしてまで大戸島へ向かう目的は、世界で唯一のゴジラ専門の博物館、国立大戸ゴジラ博物館だ。
 史上唯一、人類の前に現れた怪獣、ゴジラ。そして、世界の核問題を象徴する“核の申し子”である。
 しかし、グリーン自身、ゴジラは名前を聞いた記憶があるのみであり、存在自体を疑ってさえいた。大戦後60年、ゴジラ出現から50年、原爆を落とし、ビキニ環礁の核実験を行った国の人間だからといっても、今回関わるまでは歴史の一つにしか過ぎなかったのである。
 マイケルの証言で”光の柱”と聞いた時、グリーンはそれを何かの比喩であると考えた。
 しかし、その後に彼が語った“モンスター”という言葉を聞いた時、グリーンは以前耳にしたゴジラの話を思い出した。そして、巨大生物、放射線被曝、そして海を貫いた白熱光といった事件の要点は、グリーンの記憶にあるゴジラ災害の記録と酷似していた。
 CIAやFBIは今後も少なくとも人間が犯人である前提で調査を続けるだろう。
 そこでグリーンは、ゴジラが犯人である可能性を調査する為に、大戸島に向ったのだった。

「間もなく、大戸島に入港いたします。本日の大戸島の天候は…………」
 
 船内アナウンスを聞き、グリーンは食べ終えた弁当箱をゴミ箱へ捨てると荷物を整え、下船の準備をした。
 まもなく、汽笛が鳴った。






 

 連休最終日の為、港は折り返し便へ乗船待ちをする客へのお土産や見送りで賑わっていた。そして、くろしお丸から下船した乗客の中で、白人はグリーン一人であった為、三神はすぐに彼を見つけることが出来た。
 相手もすぐに三神を見つけられ、互いの自己紹介もそこそこに、グリーンは三神の運転する軽トラックに乗った。
 所長でなく三神が中古の軽トラックで迎えたことをグリーンが気を悪くするかもしれない。そうした三神の心配を他所に、グリーンは物珍しそうに日本の軽トラックの車内を見回していた。

「日本は初めてですか?」
「いや、以前にも旅行で二回。しかし、主に東京の中心地や大阪で、日本の自然を見たのは今回が初めてです。まぁ、仕事柄で日本語にはそこそこ慣れてます」
「十分なレベルですよ。島の子ども達よりも上手いかもしれない」

 当たり障りのない会話をしながら、手回しで窓を開けて蒸し暑い空気を外へと追い出すと、三神はエンジンをかけた。
 火山島である大戸島は古いカルデラであり、港やその周りの集落もカルデラ湾に沿って形成されている。港から島の中心にある丘の頂きにある博物館へは大きく蛇行しながら登る。所々傾斜角の大きい坂があり、その都度三神はギアをファーストにして軽トラのエンジンを唸らさせる。そんな中でも、「そこにある竹壁の建物が老舗の酒屋で宿屋です。本日は予約しているんですよね?」や「西の藪の中に見える社が神社で伝説上のゴジラを祀る神楽を奉納する祭りがあります」など、グリーンへの観光ガイドをしていた。

「思っていたよりも新しいですね」

 博物館の駐車場に軽トラを駐車し、降車したグリーンの第一声はそれであった。

「3年前に改築したばかりですから。裏にある旧館は、特殊生物研究センターになっています」
「日本はゴジラを忘れていないのですね」

 グリーンの言葉に、三神の顔が曇る。しかし、それも一瞬であり、三神はグリーンを博物館へと促した。

「では、中へ」

 博物館にはゴジラに関するあらゆるものが展示されていた。ゴジラが丘から顔を覗かせている写真や、ゴジラによって潰された大戸島の集落の写真などが展示されている。他にも、1954年当時の大戸島の模型があり、ゴジラが大戸島を襲撃した流れがわかる。ショーケースの中にはゴジラの足跡から採取された三葉虫や土などの他、東京出現時破壊された国会議事堂の大理石の欠片という物まであった。

「大したものですね。……想像以上です」
「ありがとうございます」

 他に人のいない展示室内に響いたグリーンの感想に三神は素直に応じる。

「こちらのゴジラ研究者は何人いるのですか?」
「特殊生物という明確な分類は存在しませんが、通常の系では例外や想定外にあたる生物を研究する施設がここ特殊生物研究センターなので、研究員は複数人在籍していますが、明確にゴジラを専門に研究を行っている人間は一人です」
「それが、三神さんですか?」

 三神は頷いた。

「僕以外には、所長もその研究の一端にゴジラが含まれています。もともと、史上一度しか出現した事のない生物ですし、そのサンプルも既に消滅している。この様な状況では、そもそもまともに学問として発展することが難しいのですよ」
「しかし、あなたはゴジラを専門とされているのですよね?」
「まぁ色々あったんですよ。それに、専門といってもゴジラの研究を始めたのは、僅か2年前です。論文としてまとまったものも、1年前に一つのみですから」

 三神はグリーンに説明する。その口調に謙遜はなく、事実を述べている。

「その論文というのは?」
「あぁ、そういうところですか………。僕の研究は、生物学的にゴジラの存在を証明させる事にあります」

 三神は何かを察したように、グリーンに説明をする。些か理解を示せないグリーンに、三神は順を追って教授を始めた。

「まず、ゴジラは50年前に一度しか現れておらず、事実上10年前に絶滅とされた。どちらにせよゴジラが載っている図鑑などの資料は、出現当時の山根博士などによる報告書以外には、UMAの図鑑くらいです。それで窺える様に、日本においてもゴジラの存在する学問の位置はとても不確定と言えます。事実、メディアで時々ゴジラの教科書問題が報じられます。具体的にいうと、歴史の場合だと戦後の復興とゴジラとで一ページで片付けられていること、経済ではゴジラの放射能とオキシジェン・デストロイヤーによる東京湾の水産物被害についての記述についての問題、生物に関しては高校生物まで一切触れられていないという紛れもない事実がそれです」
「つまり、三神さんは一つの生物としてゴジラを定義したいということですか?」
「勿論、それが研究の意義になりますね。仮にゴジラの存在を定義した場合、核兵器の根絶に繋がる可能性がありますね。かつては社会へ浸透する以前に混乱が大きく、怪獣災害という存在でゴジラは広まった。今度は、核の恐怖の象徴にゴジラはなります。………勿論、これはあくまで、意義でしかない。僕の研究目的は、ゴジラが実際に出現した際の具体的な解決策を模索することです」
「確か、オキシジェン・デストロイヤーはもう存在しない」

 グリーンが言うと、三神は頷いた。

「そうです。現在は総説論文……まだ机上論でしか過ぎませんが、ゴジラの特殊生物である理由についてとその仮説をまとめたのが僕の論文です」

 そして、三神は本題に入った。

「第一に、ゴジラはどうやってあの巨体を直立二足歩行で支えているのか? これは、もし人間をゴジラと同じサイズまで巨大化させた場合、自重を骨格が支えきれないと計算されているからです。
 第二に、ゴジラは本当に古代の恐竜が放射能で変異、巨大化した生物なのか? これは最近の考古学の研究で明らかになったことで、ゴジラは先程言ったとおり人間と同じ直立二足歩行で尻尾を下に垂らしている、それに対して恐竜は二足歩行だが尻尾を頭とで天秤状に支えて歩いていた。つまり、尻尾は立てていた。よって、ゴジラは本当に恐竜が巨大化したのか怪しい。
 第三に、ゴジラは放射能を帯び、その熱線を吐いているにもかかわらず、何故ゴジラは無事なのか? 言わずもがな、放射線は生物に有害です。この謎が明らかになれば、ゴジラの生命の謎も、場合によっては癌治療に革命が起こる可能性があります。
 第四に、熱線を吐くメカニズムの解明。他にも寿命や、非常に高い生命力、栄養の摂取方法などがあります。そして、それらの可能性を机上論ながら整理し、実証方法まで考察したものが僕の論文です。………といっても、結局の所、ゴジラが実際に現れないと確認のできない事ばかりなのですがね」

 三神は苦笑する。

「実際に生物学的に定義をすることができるとどうなるのですか?」
「一番わかりやすいのは、対策をとりやすいということです。生物の行動には、その種の持つ特有の特徴が存在します。それを利用すれば、行動を予測することや、誘導することが可能になります」
「つまり、裏を返せば、机上論ながらもいくつかの情報があれば、ゴジラの行動を予測することは可能なのですか?」
「勿論、その情報にもよります。どのような環境で、どのような行動をしたのかなど、ありったけの情報を用意しなければならないですがね」
「それならば………」

 グリーンが事情を話そうと口を開きかけた時、旧館から所長が走ってきた。館内のしんとした静けさを所長の足音が破る。

「大変だ!」

 所長は荒くなった息を整える。そうしていると、外から妙に大きなヘリコプターのローター音が聞こえてきた。島中に響き渡る、聞いたことのない低いローター音だった。

「何かあったのですか?」
「ミジンコ君、とりあえず外へ来てくれ」

 三神は所長に理由も聞けぬまま、外へ連れ出された。グリーンは何もいわず、その後を追った。








「あれは?」
「ティルトローター。V-22“オスプレイ”か。……豪快なことを」

 上空から着陸体勢に入っている見慣れない垂直離着陸機の姿に三神が目を細めていると、グリーンが渋い顔で教えた。
 オスプレイは、博物館の敷地内にあるヘリポートに着陸した。強風と轟音が周囲に集まった三神達を襲う。
 血相をかいて集まった大戸島支所の職員や野次馬の人垣の中央に鎮座するオスプレイから降り立ったクルーズは、三神達が近づくと、彼も歩み寄ってきた。グリーンの顔を見ても、特に驚く様子も無い。

「こちらは……」

 三神が言うと、クルーズはグリーンにもひけをとらない流暢な日本語で挨拶をしてきた。

「アメリカ合衆国中央情報局、CIAと名乗った方がお分かり頂けると思います。フィリップ・クルーズです」
「はぁ」

 三神は唐突に出てきたCIAを名乗る白人にやや圧倒され気味に応じた。

「三神小五郎さん。誠に申し訳ないが、我々と一緒に合衆国へ向かって頂きたい。これは正式に日本政府への依頼です。そして、総理大臣が認可を致しました。任意ではありますが、法的強制も手続き次第で可能です。既に外務省、防衛庁、内閣官房には連絡済みですよ」
「………理由、聞いてもよろしいですか?」

 恐る恐る三神が言うと、クルーズは少し大げさに驚きを見せる。

「それは、既に彼から聞いていないのかな? ……違うかね、グリーン君」

 クルーズは三神と所長の後ろに立っていたグリーンに言った。一斉に視線がグリーンに向く。
 グリーンは口を開いた。

「何故CIAがここまでくるんだ?」
「それは、私がキミに問いたい質問だ。何故キミがここにいるのだい? ……確かに、キミの推理はモグリながらも名探偵と呼ばれるにたるものの様だな。元々ここへは本国で回収された破片の分析を依頼する為だったのが、予定が変わったのだよ。しかし、我々よりも先にここへ来ているとは、正直脱帽だよ」

 二人とも英語で会話をする。三神や所長以外の人々は皆キョトンとしている。

「名探偵?」

 三神が二人の会話に割って入った。クルーズは不敵な笑みを浮かべて、今度は日本語で言う。

「そうか、相変わらず詐欺師紛いの演技をしているようだな」
「そんな詐欺師紛いの演技に騙されていたアメリカの007がいたようですがね?」

 グリーンも日本語で言い返す。
 一瞬二人の間で火花を散らしたが、クルーズはすぐにさめた。

「君と不毛な言い争いをする気はない。……理由だったな。もはや過去事例との比較分析をする段階ではなくなった。……端的に言えば、“ゴジラが現れた”ということです」
「何だって?」

 ゴジラ。その名を、研究対象としてではなく、“現実”として聞かされる日が来るとは思っていなかった。
 三神の背筋に悪寒が走った。だが同時に、自身の論文で積み上げてきた仮説が現実になるかもしれないという、研究者として最低の高揚が胸をよぎった。
 
「おい、何があった?」

 三神の隣でグリーンが聞くと、クルーズは説明する。

「昨夜、ミニドア島という孤島が壊滅した。生存者の証言、残存放射能、足跡などから、ゴジラが最有力候補として上がった。それを先刻知った我々も、そこのグリーン君同様に、海難事故の犯人もゴジラだと判断した。……故に、ゴジラ専門家の三神小五郎さんに合衆国へ来て頂きたい。既に在日米軍経由で移送経路は確保済みです」
「……所長は?」

 三神は所長を見た。所長は顔を横にふる。

「私は既に前線を退いた身だよ。それに、ゴジラが再び現れたという事になれば、ここが重要な拠点になる。私はここを守るよ」
「わかりました。フィリップ・クルーズさん、同行致します」

 三神の決断は早かった。この会話の間に覚悟ができていたように、グリーンには見えた。

「クルーズでいいさ。……それからグリーン君、キミもだ。協力をしない場合は強制連行だ。偽証罪も立派な罪だぞ」
「脅迫は罪じゃないのか?」
「言っておくが、これは脅迫ではない。合衆国からの命令だ」

 クルーズに、グリーンは肩をすくめて同意する。
 三神は手短に出発準備を済ませ、30分と経たずに二人はクルーズと共に大戸島を旅立った。
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