第三章 逆襲




「ムファサは意識不明のかなり危険な状態であるものの、何とか救命に繋ぐことができた。……助かることを願うしかない」

 まもなく優と共に救助が駆けつけ、ムファサはヘリで搬送された。現状はわからないが、ヘリの中でも優が止血や輸血の処置を行なっている。
 船に残されていた4人の親子達も無事に保護され、三神達も船で大戸島へと戻っていた。
 岩戸島を出た船内でグリーンは三神の隣に腰を落とした。三神に話しかけてはいるものの、彼としても覚悟はしていたのだろうが、その声から彼が平静でない様子が三神にも伝わった。

「神谷さん、いや八神は?」
「逃走した。奪った船を海上保安庁が捜索しているらしいが、後手に回ったことは否めない。燃料的には小笠原が限界だろうが、そもそも奴らが潜伏を近辺の島のどこかでしていたのは予想している。そこまで逃げられたと仮定したら、その先の逃走ルートは確保済みと考えていい。そう易々と発見はできないだろうな」
「この海域は?」
「オキシジェン・デストロイヤーで無酸素状態だ。まだ効果があるかもしれないから誰も直接調べられないが、生き物が消滅した死の海だろうさ」
「何がどうしたというんだ?」
「矢継ぎ早に質問攻めかと思えば、ネタ切れか?」
「そうじゃない。君のことだよ。何がどうしたというんだい?」
「……あぁ、そういうことか。さっきも話しただろう? あの時、俺は記録上死んだことにされた。実際、今のムファサと大して変わらない程の重体で救助されて、俺も生死を彷徨った。その間にあのオッさんは俺を死人にした。……というのも、あのタイミングで俺が生きていると少し面倒な問題を抱えることになっていたんだ。それがあったから、今の契約に繋がった」
「もしかして†のことかい?」
「そう。あの時、俺が奴を撃ち殺してしまっていた。事後処理で今の†は、わかりやすく言うところの生死を問わず賞金首という扱いになっていて、死体も公に発見されていないまま処理済みで、公式には生死不明の状態になっている。ブラボーが殺していた場合、それがややこしいことになっていたのかは正直俺にもわからない。ただ、俺が結果的には作戦を成功させてしまった。そうなると色々と都合が悪いというのが、本音だろうな。とはいえ、俺も意識を失う直前ではっきりと覚えていないが、人を一人殺している。特別な訓練もしていないんだ、作戦に参加したといえ、割り切れないものはある」
「やっぱり割り切れているってのは嘘だったのか」
「当たり前だ。あの時はあの状況だったから引き金を引けたが、そのまま日常に戻れるような精神をしている訳でない。治療を終えてからカウンセリングを受け、件の事後処理について話があった。つまり、辻褄合わせをすることになった訳だ。†は特別な許可を受けて作戦に参加していたメンバーの一人である俺が命令に従って射殺したとする為のな。……それで数ヶ月間、俺はプロのお仕事を学び、少し前から実践訓練として上海と大戸島でゴジラ團の捜索を行なっていた。まぁ通常の潜入調査は元々やっていたことと大差がないものだったがな。………ブラボーに狙撃を徹底的に仕込まれて上海ではゴジラGIIの迫るビルからスナイパーをやらされて死にかけた」
「そうか。……ブラボーは?」
「生きているよ。俺にこっちの仕事を丸投げしてからはよくわからないが。……それで、俺は大戸島で貴方達から見つからないように隠れながらゴジラ團を調べていた。八神についても沖縄での海難事故やその後の足跡を追って、神谷と名を変えているところまで掴んで団長としてマークするに至った。……が、その矢先に今回のことになった訳だ。その辺りについては後でゆっくり説明してやるよ。鬼瓦先生の名推理とも擦り合わせたいしな」
「優の?」
「嗚呼。彼女、俺が地道に調べて辿り着いた話を状況と情報だけで読み当てたんだよ。信じられない話だが、偶にそういう天才がいるんだ」

 饒舌多弁であったグリーンの口調も落ち着いてきた。
 三神は一息つくと、今度は彼がグリーンに話し始めた。

「グリーン。この後、島に着いたら二つの事を僕はしないといけない。一つは告発して話を聞かないといけない人がいる。……それはわかるね? そう、所長だ。今回のことは全て所長の計略だった。そして、多分それはムファサも同じで、二人はきっとずっと前から待ち続けていた。ムファサの言っていたこと。アレは僕にオキシジェン・デストロイヤーを見せる為に仕組んだことと言っているとしか考えられなかった。……そして、もう一つは僕がまんまと彼らの期待通りにオキシジェン・デストロイヤーの観察をしてヒントを得てしまった。何故DO-Mからオキシジェン・デストロイヤーの生成ができなかったか、原因と方法についての仮説を立ててしまった。だから、……僕は研究室に戻って実験をしないといけない。オキシジェン・デストロイヤーの生成実験を」

 まもなく船は大戸島の港に到着した。



 

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「その後の調査でゴジラGⅠの体内温度が低下していることが確認された。倒せたとは誰も考えていないが、回復するまでの間は移動しないと僕は考えている。………貴方も同意見ですか?」
 
 3週間後、厳重な監視下の面会室で三神は対面する所長が頷くのを確認した。

「2体のゴジラが接触するまでの時間は稼げただろう。それで、間に合いそうなのかね? オキシジェン・デストロイヤーの生成は」
「えぇ。お望み通り、僕は芹澤博士の命がけの覚悟も、貴重な生物であるゴジラを殺すことを反対した山根博士の想いも、八神の掲げた思想も無視してオキシジェン・デストロイヤーを生成可能な物質にしましたよ。これは所長とムファサの望みですか? ……それとも」
「想像の通りだよ。………恵美子さんは悪女になろうとし、そして悪魔にだって魂を渡したって構わないという覚悟を決めて一計を案じた。それは前に話した通りだよ。その結果ゴジラは消滅し、芹澤さんは一つの切り札を遺して逝ってしまった。義父はゴジラが複数個体いる仮説を立てており、僕も恵美子さんもそれが生物としての理にかなっていると理解していた。だから、作れる人と方法を見つけるまではオキシジェン・デストロイヤーを封印した。恐らくあの床下に答えがあるとは想像していたけれど、僕はその時が来るまで答え合わせをしないと決めた。それでもオキシジェン・デストロイヤーを見つけたい衝動は偽れないからね。他の場所、つまりオキシジェン・デストロイヤーの隠し場所になりそうなところを探していた。ムファサ君は?」
「一命は取り留めました。近いうちに話も聞けそうです」
「良かった。なら、それは彼から直接聞いてほしい。僕からは彼が調査メンバーにいることを知った時から八神君の仲間だと察していた。案の定、彼の口からもそれを告げられ、僕は僕の考えを伝えた。そうしたら、彼は僕に賛同してくれた」
「やっぱりムファサはゴジラ團でありながら、所長の協力者だったのですね」
「そうだ。………僕達の願いは叶うとわかった。だから、もう僕は偽らないよ」

 そう言うと所長は、肩を落として深く息を吐いた。それはまるで長年背負っていた荷を下ろす様に、または怪獣の着ぐるみの背中からスーツアクターが脱ぎ出てきたかの様に、解放的な姿だった。
 そして、彼がこれまで三神に見せたことのなかった鋭い目をして口を開いた。

「三神君、奴を! 兄ちゃんと父ちゃん、母ちゃんを殺した! あのゴジラを! ゴジラを皆殺しにしてくれ!」

 そこにいたのは、かつてゴジラに家族を奪われた一人の少年であった。



 

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 DO-Mは、芽胞形成大桿菌のクロストリジウム属の変異した種であった。クロストリジウム属はボツリヌス菌が有名で、芽胞と呼ばれる堅い殻を形成し、休眠し続ける事が出来るのである。そして、DO-Mはボツリヌス菌に近い特徴を持ち、DO-Hの成分を生成するのもボツリヌス毒を生成する時と同様に、芽胞が無くなり、増殖出来、条件を満たした時のみであることも確認された。
 しかし、これまでの実験ではDO-Hの再現に留まり、オキシジェン・デストロイヤーの生成や放射性物質に汚染された土壌の浄化をするDO現象の完全再現には至らなかった。
 その答えは分かれば単純なものであった。即ち、DO-Mだけでは足りなかったのだ。
 三神は改めてDO-Mの単離に成功した土壌を使って培養を行った。今度は単離ではなく混成培養を行ない、様々な波長の放射線の照射を行った。
 その結果、DO-Mと共生する黒カビが発見された。
 DO-Mが放射性物質を含む環境下でエネルギーを変換して増殖するが、この過程で本来ならばオキシジェン・デストロイヤーが生成されるが、エネルギー変換が単体では効率が落ちてしまう。結果、酸素を分離するエネルギーに留まり、DO-Hの段階で終わる。DO-Mは他のクロストリジウム属と異なり、この条件下では炭素繊維とメラニンの多層構造の芽胞を形成し、放射線や酸素の分離から身を守る。
 しかし、この黒カビとの共存環境下では更に複雑なプロセスの現象が発生する。この黒カビもまたメラニンを含んでおり、更に放射線合成という光合成に似たエネルギー合成を行う。そこにDO-Mが加わると、黒カビは放射性物質を取り込み始める。取り込んだ物質はDO-Mが芽胞を生成して黒カビの細胞と隔離して取り込み、放射線合成の材料に利用する。そして、そのエネルギーを今度はDO-Mが利用し、新たな物質を生成する。それこそオキシジェン・デストロイヤーだ。生成したオキシジェン・デストロイヤーもまた炭素繊維の芽胞によって閉じ込められるが、黒カビが取り込んだ酸素を含む水と反応させ、更なるエネルギーに変換する。このエネルギー変換が黒カビとDO-Mの二者によって生成される膜構造によって初めて成立する。
 つまり、DO-Mとは黒カビと芽胞形成大桿菌の二つで一つの共生生物であった。
 そして、この共生DO-Mは有機物の分解や外敵からの防衛にもオキシジェン・デストロイヤーを用いる。それがDO現象の一端だったのだ。

「………真空、炭素繊維による保護。放射線シールドによる分離。これで取り出せるはずだ」

 最終的に採用した分離方法は重力。再現性を確立した後に、安全な環境下で遠心分離を考えているものの、この実験室レベルでは流体の落下速度の違いで分離するという極めて原始的な方法を三神は用いた。
 全ては失敗した時に過去の悲劇を繰り返さない為だ。
 そして、三神は僅か1ミリグラムにも満たないもののオキシジェン・デストロイヤーの生成と分離に成功した。

 2005年7月末のことであった。
 


 

[第三部・了]
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