第三章 逆襲
「うっ………」
「目ぇ、目がぁ……」
翠と三神が目を瞑り、地面に膝をついた。
それが閃光弾だと三神がわかった時、既に彼の体は何者かによって地面へ押さえつけられていた。
「くっ!」
「……………なよ」
耳と目が回復するまでに彼の体は拘束されていた。
そして、霞がかった視界が3人の人影を捉えた。
一人は神谷。
「……そろそろ聴こえるか? 抵抗するなよ」
「見えるか? 三神?」
神谷の隣から三神に話しかけてきたシルエットが次第に見知った人間の像に変わる。
「ムファサ?」
「正解だ。手荒な真似はしたくなかったんだが、お前の元嫁の勘が良すぎてな。小細工はやめて、勝負に出させてもらったよ」
「ムファサ、日本語上手かったのか……」
「色々と片言の方が都合が良かったものでな」
流暢な日本語でムファサは結束バンドで手足を拘束された三神に告げた。
「今更だが、三神。状況は理解できているか?」
神谷が三神に問いかけた。
三神は頷いた。彼とムファサが共にいるもう一人の男。それはゴジラ團副々団長とされる白人男性であった。更にその手にはゴジラに使用されたものと同じ容器に入った砲丸大のオキシジェン・デストロイヤーがあった。
「神谷さん、貴方が団長だったのですね?」
「そうだ。改めてご挨拶をさせて頂こう。ゴジラ團の団長、八神宗次だ。よろしく、三神小五郎」
神谷――否、八神が三神に告げた。その態度、雰囲気はかつてジェットジャガーの仮面をつけて声明を出したゴジラ團団長のそれであった。
「八神? ……団長?」
三神の隣で同じように拘束された翠がまだ眩しさが抜けないらしく目を細めた表情で呟いた。
それに対して、八神は表情を曇らせた。
「翠……、すまない。このような形で伝えるつもりはなかった。それは本心だ。……だが、こうなってしまっては取り繕いようもない。貴女を俺は騙していた」
「そう……ですか。聞いて、いいですか?」
「いや、聞かれる前に弁明をさせてほしい。君との関係は真剣であり、真実のものだ。こうなってしまっては難しいことは理解しているが、俺の感情では君を団長のパートナーとしてゴジラ團に招きたいと願っている」
「……それは、ごめんなさい。私も貴方を愛しています。だからこそ、それに応じられない。全力で、貴方を私は止めたい!」
「流石だよ、翠」
二人の会話と二人の間に流れる空気感。機微に鈍い方だと自覚のある三神だが、それでも二人がどういう間柄だったのかはわかった。島内で二人が交際しているという噂は元々あった。実際に交際を始めたのがいつだったのかは当人達にしかわからないことだが。
「貴方達は、ゴジラ團とは一体、何者なんだ?」
「良い問いかけだ、三神。既に優はほぼ真相に辿り着いているみたいだが、普通はその疑問を抱くのが当然だ。まず、俺も団長みたいに名乗らせてくれよ。……俺の本名は、ムザッファル・ムジュタバー・ムファサ・
「ゴジラGⅡによる……海難事故」
「そして俺がその事故の生存者だ」
驚く三神に八神が言い添える。それを聞いて、三神は合点がいき、静かに頷いた。そして、ムファサを見た。
「ムファサ、そのお父さんは?」
「ゴジラGⅡの調査を断念せざる得なかった父は、赤い竹の†が遭遇したゴジラGⅠの事件を調べている中で死亡した。……知り過ぎた、って奴だ」
「ちなみに、副々団長は元傭兵でね。サンというコードネームは業界内でそこそこ有名らしい。お陰で、ゴジラ團と名乗るまでの準備中は民間警備会社を装って活動することができた」
「私モ家族ヲゴジラGIIニ殺サレタ」
サン副々団長が片言の日本語で告げた。
つまりゴジラ團はゴジラGⅡと何らかの因縁があり、2体のゴジラの存在を知っていた者達の集団であった。そして、三神は理解した。彼らは自分以上のゴジラ研究者であると。
「だから、ゴジラが現れる前に準備ができていたのか」
「この状況でそれを口にできる。ククク……三神、お前も十分狂気じみているよ」
優は所長からゴジラ團団長八神宗次の素性とムファサとの関係を聞き終え、共に港へと向かった。
結果は案の定、ムファサが船を出した後であった。しかし、想定外であったのは副々団長と思われる男までもが船に乗ってしまったことだった。
「読み違えたわ」
優は舌打ちして組合のカウンターに思わず拳を落とした。
その気迫に漁師達も思わず後ろに引く。
「見方を変えれば奴らは岩戸島という鳥籠の中にいる状態といえる。重要なのはその鳥籠から奴らが翼を広げて飛び立たないようにすることだぜ」
「………な、何で貴方がここに!」
「そのオキシジェン・デストロイヤーでゴジラへの復讐を果たすつもりなの?」
翠が副々団長――サンの持つオキシジェン・デストロイヤーを見ながら八神に問いかけた。
三神から視線を翠に移した八神が少し思案し、「少しいいか?」と二人に問いかける。
「フィリップ・クルーズはこの国にいないが、早めに動いた方がいい」
サンが英語で答える。ムファサは何も言わずに肩をすくめた。それを肯定と捉えて八神は壁際の岩を椅子代わりに腰を下ろした。
「ゴジラ……GⅡへの復讐心は確かにある。我々を一つにしているのもまたその想いだ。……だが、人っていうのはそう単純ではない。否、むしろ単純なのか? 最初に声明でも話した筈だが、我々ゴジラ團は神の威であるゴジラGⅠが愚かなる者達へ制裁をすることを援護する。ゴジラGⅡへの復讐も、そしてその存在を生み出し、隠蔽したこの世界への逆襲も、ゴジラGⅠが果たす。……三神、お前はわかる筈だ。赤い竹への憎悪や復讐心を抱いていた。それが当然のことだ。だが、だからといって自らその復讐を†に、実行犯の海老羅に直接向けようとはしなかった。そして、彼らを追う者達に協力した。勿論、お前自身も囚われの身だったこともあるだろう。しかし、それこそが人だ。復讐鬼というが、復讐のために自らが手を下す行為に染まることは己の心を鬼に堕とし、もう人に戻れなくなる。復讐心に囚われた者ほど、それを理解し、それを恐れる。だから、憎悪の捌け口と救済がある方が集える。我々ゴジラ團であれば、その捌け口とはゴジラを生み出した世界であり、救済とはゴジラGIだ」
「………」
「つまり、そのオキシジェン・デストロイヤーは?」
無言で聞く翠に代わって三神が問いかけた。
八神は表情を変えずに答える。
「ゴジラGⅡへの復讐には使わない。オキシジェン・デストロイヤーは世界に対しての牽制、そして制裁に利用する」
「それはオキシジェン・デストロイヤーを核兵器と同じように政治の道具として扱うということですか? 芹澤博士はそんなことのためにそれを残したのではないのは貴方だってわかる筈ですよ!」
「我々がここでオキシジェン・デストロイヤーを手に入れたという事実が残ればそれでいい。かつての特殊爆弾と同様だ。ゴジラを殺す程の破壊力があると判明しているにも関わらず、威力も効果範囲も過去一度ゴジラに使用された時の記録以外の一切が不明。我々のいう“世界”が脅威とする条件をオキシジェン・デストロイヤーは満たしている。そして、ゴジラGⅡを倒したゴジラGⅠの生殺与奪も、“世界”でなく我々が握ることになる。つまり、我々はもうゴジラGIIへの復讐がしたいのではなく、“世界”への逆襲なのだよ」
「「…………」」
三神も翠も八神に反論ができなかった。批判や否定は幾らでもできる。しかし、それは行動に対してであり、人の考えや想いを変えられるような説得にならない。ましては彼の語ったものはすでに一個人の意見でなく、集団を煽動する思想であり、その演説に等しい。それは彼らを当初のニューヨークで妨害工作を行った過激工作集団という認識から、正確な意味でテロを遂行している集団組織という認識に三神が改めるに十分なものであった。
三神は彼らの思想や行動を言葉で変えることができないと理解した。
「どうやら潮時みたいだな。……これから船で本土を目指す。2隻の燃料を合わせれば足りる算段だ」
「三神。また拉致られることになるが、我慢しろ」
八神が立ち上がり、三神を立たせようと腕を掴んだムファサが皮肉めいた口調で言った。
「だったらやめてほしいものだよ」
「抵抗しなければちゃんと解放してやるよ。ほら、立て!」
三神が立ち上がった瞬間、風を斬る音がドーム状になっている洞窟内に響いた。
「くっ!」
カンッ! という金属音が響く。
見ればオキシジェン・デストロイヤーが地面に落ちており、先程までそれを持っていたサンは肩から血を流して蹲っていた。
更に入口から火花が迸り、再び風を斬る音が響く。
「うっ!」
八神が胸を撃たれて背後に吹っ飛んで仰向けに倒れた。
「チッ! 悪いな!」
「えっ? ちょっ!」
ムファサは三神を盾にして入口から身を隠す。
入口から耳を澄ますと息遣いが聞こえた。
「姿を現せ! 初弾を逃したんだ。サイレンサーももう意味はないはずだ」
「………そうだな」
「! その声……」
洞窟の奥から聞こえた声に思わず三神は反応した。
ムファサも相手の正体を察し、三神の背後にピッタリと体を隠す。そして、三神の体を引き寄せて、更に足元で身を屈めていた翠も片手で掴んだ。
「きゃっ!」
「手荒にさせるな! 立っていろ!」
二人の人質を盾にムファサが最大限に警戒をしていた。
そして、暗闇からサイレンサー付きの拳銃を構えたまま一歩ずつ歩いてきた人物が横穴から差し込む明かりに照らされる。
「……グリーン」
「三神、貴方はいつも人質になっているな」
金色の髪を揺らし、拳銃を構えたままグリーンは驚く三神に話しかけた。
一方、ムファサは三神と翠の背後からグリーンに言う。ジリジリと二人を移動させ、横穴へと逃げる機会をムファサが伺っているのが二人にもわかった。
「あの時、死体が発見されなかったのは気になったが、こういうことだったか。……死人になったついでに転職でもしたのか?」
「転職したつもりはないんだが。……それなりに死にかけていたのは本当さ。その時にクライアントから追加契約を強制的にされてね。今は期間限定契約でスパイ様の仲間入りだよ」
「その割には本格的に射撃を仕込まれているじゃないか」
「そりゃ伝説的なスパイ様とその一番弟子の天才スパイ様が直々に手解きしてくれたからな」
「†を射殺した経験があるとはいえ、素人上がりが躊躇なく撃ち抜くとはどんな精神をしているんだ」
「残念だが、そういう感情はとうの昔に割り切れていてね。人を騙すも傷つけるも仕事上必要になる場面ってのはあるわけだ。……流石にこんなプロ仕様の銃を使うのは初めてだけどな?」
「そういやモグリの探偵だったな。……ただのアウトローじゃねぇか!」
「そろそろコソコソと動くのは終わりだ。わかっちゃいるだろうが、俺は慣れていないんだ。間違えて人質ごと貴方の頭を誤って撃ち抜きたくはない」
「そうだな。………今だ! それを渡すなっ!」
ムファサが叫ぶと同時にサンがオキシジェン・デストロイヤーを拾い、横穴に向かって走り出した。
「!」
咄嗟にグリーンは彼の太ももを撃ち抜くが、彼は獣の如く叫び、血液の噴き出す足で地面を蹴って横穴から飛び降りた。彼の姿が、オキシジェン・デストロイヤーと共に視界から消えた。
「「「っ!」」」
ムファサ以外、思わず息を呑む。
そして、歯を出して笑みを浮かべたムファサは三神と翠を前に突き飛ばした。
虚を突かれた二人は悲鳴をあげる暇もなくグリーンに向かって倒れる。距離が離れていた為、グリーンに倒れ込むことはなかったが、一瞬飛び降りたサンに意識が向いていた彼はこの時、瞬時に反応することができなかった。突き飛ばされた二人の背後からムファサはグリーンに向かって飛び掛かった。
「うわっ!」
直後、火花と鮮血が迸った。ムファサが飛び掛かった拍子にグリーンの持つ銃が暴発したのだ。
ムファサの腹部を銃弾は貫き、血が下敷きになったグリーンの身体を染めていく。
グリーンの動きがムファサの身をもって封じられたこの瞬間、胸を撃たれて倒れていた八神が立ち上がり、彼らの横を走り抜けた。
「なっ! 待てっ!」
グリーンが叫ぶが、拳銃を握る手はムファサが掴んで離さない。
そして、三神は地面を這いながら倒れる二人に近づこうとした。
「こっちじゃない! 三神、お前は海を見ろ! その目で観察しろ! オキシジェン・デストロイヤーを!」
「っ!」
「お前、何を……」
その時、ムファサが三神に叫んだ。腹に穴をあけ、このままでは命に関わる出血をしているにも関わらず、ムファサは三神に海を見るように叫んだ。
驚くグリーンを他所に三神はその意味を理解した。理解して、彼は歯を食いしばり、芋虫の様に地面を這い、横穴から海を見た。
「っ!」
横穴から望む海は、沸騰でもしたかのように泡が上がっており、窒息死した魚が海面に浮かび上がっていた。そして、海はより激しく泡立ち、その魚の死骸は溶けながら今度は沈んで行く。これこそ地獄絵図の光景であった。
「………これが、オキシジェン・デストロイヤーなのか」
三神はその光景を見つめながら思わず呟いた。
呟きつつもその目は起きている現象を逃さず観察し続けていた。
