第三章 逆襲




 翌日、大戸島の港にツバの広い帽子を深々と被り、レンズの大きいサングラスをかけた女性が連絡船から降り立った。セレブでもハリウッド女優でもない。鬼瓦優だ。

「ここが大戸島……」
「そうか、優は初めダラ?」

 優の背後でムファサが声をかけた。現在、チャンギ海軍基地を拠点にミズーリ部隊はネプチューン作戦を展開する方針で準備が進められていた。
 クルーズは作戦遂行時の各国との調整が彼の役割となる為、シンガポールから出られない。中国を経由して久しぶりの帰国を果たした優は昨日までに自身の用事を終え、大戸島へ向かうムファサが乗る連絡船に駆け込みで間に合った。
 長い船旅、ムファサと情報交換を済ませて三神や所長と共有する資料も移動中にまとめ終えられた。もっともムファサは優との情報交換を終えると船内をウロつき、そしてゴロゴロとしていたが。

「ムファサは来たことあったの?」
「チェルノブイリ調査の後に何回か来たべ。三神が来てからは初めてダラ?」
「ふーん」

 あまり詳しく知らなかったが、ムファサは父親も研究者で留学する以前も、幼少期から何度も日本へフィールドワークで訪れていたらしい。

「優、呉爾羅神社やゴジラが現れた入り江も描いてあるベ!」

 ムファサが島内地図の描かれた看板を見て指差している。側から見たら呑気な外国人観光客だ。否、ゴジラ接近が囁かれている今だと、不謹慎な迷惑観光客と思われかねない。
 優は嘆息してムファサを観光案内所を兼ねた組合事務所に移動した。








「ちぇっ! 雄一の奴、抜け駆けしやがって」
「大助、おめぇは網を直す手伝いだ。雄一のところは修理で漁に出られなかったからな。丁度良い仕事だよ」
「あの辺りは潮が複雑だからな。恩田は適任だ」
「子連れの一人親で心配していたが、やっと泉ちゃんと一緒になったんだ。稼がないとな」
「組合長、恩田さんところをずっと気にしてましたからねぇ」
「ったりめぇだ! 大助も同い年の漁師の子ども同士だしな。組合の者で支えてやんないと。……ってぇ、おめぇら、祝いと景気づけなんだろ? アイツらが戻る前にさっさと直すぞ!」
「「「「へぃっ!」」」」

 優が扉を開けると網を広げて子どもと漁師達がその修理をしていた。
 今の会話だけでこの組合で起きている物語が理解できた。恐らくその雄一の母親というのも何かエピソードがあって、泉という女性と雄一少年はまだ母親として打ち解けていないのだろう。これだけで一つのドラマが描けそうな場面だった。

「ん? 観光かい?」

 優とムファサに気づいた組合長が網を直す手を止めずに話しかけてきた。

「いえ、国立大戸ゴジラ博物館に行きたいのですが」
「あぁ、役場に電話すると乗合タクシーを出してくれるぞ。博物館に用なら直接博物館へ電話すれば車出してくれるかもしれんが」
「だけど、今日はアメーバちゃんも出ているから所長と敷島の爺さんくらいか」
「三浜は?」
「アイツはしばらく島に帰ってないだろ?」
「役場に頼んで泉ちゃんか、由貴ちゃんに頼んだ方が早いんじゃないか? 由貴ちゃん、この前まであそこが取材で大変だった時手伝っていたし」
「「確かに」」

 流石というか、勝手に話が進んでいく。

「えぇーと、三神小五郎って人はご存知ですか?」
「ミジンコさんか? そりゃ知っているぜ!」
「おめぇ、ミジンコの兄ちゃんに懐いているからな」
「んで、三の字のコレかい?」
「やめろよ。都会の人にそういうのは!」
「いや……その………」
「優は三神の嫁ダベ」
「「「「おおっ!」」」」
「ちょっ!」

 優がムファサの発言に口を挟もうとするが、もう遅い。「いたのか、アイツ」「隅に置けないな」「嫁置いて島にいたのか」など口々に彼らは勝手に話し始めた。
 深い溜め息をした後、優は元妻だと説明することを諦め、三神への連絡を優先させることにした。

「あぁ、博物館に連絡してもアイツはいないぞ。アメーバちゃんと探偵とかいう変な彼氏と三人でうちの者の船で出かけているから」

 と、組合長が優に教えてくれた。
 
「え? どこに?」
「岩戸島ってぇ、この島の姉妹みたいな小さい島に。無人島で名前の通り、岩ばっかりの島だ」
「なんだってその島に?」
「さぁ? あそこの人はいつも変な所に調査をしにいくからなぁ」
「だな」
「…………」

 それは十二分に的確な評価だ。優から見ても所長を筆頭にゴジラ含めてちょっと調べてみてもよくわからない研究をしている人々だ。

「俺、聴いたよ! 昔の軍の施設があるんだってさ」
「あぁ、確かにあそこは岩戸って名前の元になった洞窟があるな。死んだ親父の話だと戦時中は軍の施設に使っていたらしいぞ」
「………すみません。その島に行くことは可能ですか?」
「そうだな。……ただでさえ潮が複雑だから、燃料とかは多めに出してもらわなだな。準備に時間が必要だ」
「わかりました。……ムファサ、その間に事情を把握する必要があるわ! 知り合いの方が良い。……すみません。博物館の所沢館長に連絡したいので、電話の場所を教えて下さい」
「あぁ、そこの使っていいぞ。隣の貯金箱に10円入れてくれ」
「はい!」

 優はすぐさま所長へ連絡し、所長の車で博物館へと向かった。
 嵐のように去った優達を見送った後、組合長達は彼らを乗せる船の準備を始めた。

「しかし、相変わらず外人さんが来る島だね」
「ん? 最近いたか?」
「あれ、見たことないか?」
「時々外人の兄さんを見かけるぞ。最近だと二人くらい見かけたな」
「一人は……。ほら、確か一年程前に……」




 



 所長からオキシジェン・デストロイヤーについて話を聞いた優は乱雑に段ボールを戻した資料室と三神の研究室を確認した。研究室で机を移動して床を剥がされた床下とそこにある何も残されていない空間を見た彼女は岩戸島を示す何かをここで見つけたと判断した。
 そして、後から続いてきた所長とムファサにそれを説明し、ムファサに船へ捜索で役立つ装備を積んでおくように伝えた。

「所長、もう一つ。ミジンコ君にも私にも隠していること、ありますよね?」

 ムファサが外に出た後、優は所長に話しかけた。
 所長は静かに振り向くと彼女の言いたいことを話すよう、頷いて返した。

「所長はゴジラ團の正体を知っていますね? もしくは所長も?」
「いや、僕はゴジラ團ではないよ。芹澤さんが仇を討ってくれたからね」
「そうですか。神谷という探偵とムファサ。どちらが団長ですか?」
「鬼瓦君はどう考えるかい?」
「私はその神谷という人と会ったことがないので。……でも、ムファサは違うと思うので、やはりその神谷という人が団長ではないかと」
「なるほど。……しかし、良いのかい? ムファサ君は君が行けなくなったと伝えて船を出してしまう筈だよ」
「そうですね。けれど、所長も一緒に連れていくよりも良いと判断しました」
「………なるほど。君以外にもいるんだね?」
「ご想像にお任せしますわ」

 まるで自分こそが悪の組織の総帥であるかのように、優はほくそ笑んだ。








 恩田親子の漁船で持参したおにぎりで昼食をとり、三神と神谷、翠の三人は昼過ぎに岩戸島の岸壁に上陸した。

「ダメだ! お前はここにいろ」

 雄一も三神達に同行しようとして父親に怒られている。「へーい」と雄一は渋々返事をしていた。

「雄一君、ここで待っていてくれたら、後でお姉さんが戦利品を分けてあげるわよ! 船を守るのが船員の役割だからね!」
「ホント! わかった!」

 翠がウィンクすると、雄一は飛び跳ねて喜んでいた。

「大丈夫か? ここは旧帝国軍基地の跡地だぞ?」
「別にここで見つけた物とは約束していないですよ」

 神谷が耳打ちすると、翠は悪戯っぽい笑みをしてポケットからおにぎりを購入した港の店先に置かれていたベーゴマを取り出して見せた。「帰りにお駄賃で渡そうと思っていたんですよ」と。

 
 それから三人は岩だらけの島を歩く。海岸線沿いに切り立った岩肌の崖が聳えており、居住に適さないことは言うまでもない。崖の上は平坦な台地となっているが、登れる場所がない。稀にセンターの職員が調査に訪れるが、ロッククライミング用の装備を持参していた。
 島には南北に大岩を割るように走る谷間があり、その谷の中に洞窟がある。大岩に見えるこの台地は内部が複雑な迷路のような構造になっている。
 戦時中はこの洞窟を基地にし、島を自然の要塞として運用していた。
 床下から見つかった山根博士の遺品はこの洞窟内の地図だった。地図上で洞窟の奥に海へと迫り出した岸壁に通じる広い空間があった。まさに天然の司令室であり、戦時中もその通りに活用されていたらしい。
 三人は地図を頼りに洞窟を進む。奥へと進んでいくにつれ、戦時中の残留物が落ちていることが増えてきた。残留物といっても武器の類ではなく、桶の金具や割れた食器などだ。
 そして、迷路になっている洞窟を進み、目的地へと到達した。
 長い歳月で朽ちているが、扉があった。そして、それは閉ざされていた。足元には燃え尽きた蝋燭があった。

「……山根博士が最後に此処を訪れた人間という可能性が高いな」

 神谷が蝋燭と扉を見ながら言った。
 懐中電灯で周囲を照らしながら、三神も同じように考えた。それ程にここの空気は時間が止まっていた。

「南京錠が付いている。恐らく山根恵美子に受け継がれていたのだろうが……。扉そのものがここまで朽ちているならば、………壊すぞ」
「そうだね」

 三神と神谷が持ち込んだ工具を出して構える。トンカチで数回叩いたら南京錠がついたまま扉の金具が落下した。そして、その衝撃でグラグラと扉が揺れ、そのまま扉が倒れた。

「南京錠の意味、なかったな」
「そうですね」

 神谷の意見に三神は苦笑した。





 
 

 目的の空間は想像以上の場所であった。
 岸壁に通じる穴は左右に裂け、この空間全体を外の明かりが照らす大窓になっていた。
 空間そのものも六畳から八畳はあり、朽ち果てているが中央に木製の台が残されていた。そこは、司令室だった。

「驚いた。探せば当時の資料や武器も見つかるかもしれないな」

 神谷は感嘆の声を上げながら、日の届かない暗がりを懐中電灯で照らしていた。
 天井もドーム状になっている為、部屋の真ん中は天井まで2メートル以上の高さがあり、広く感じる。正直にこの場所なら住めると三神も思った。

「三神さん、これじゃないですか?」

 壁際に土埃と潮風で赤茶色に朽ちた箱が置かれていたのを翠が見つけた。
 三神と神谷が近づいて確認をすると、ジュラルミンケースだとわかった。金具や蝶番は錆びている。
 神谷はジュラルミンケースを揺さぶると、ボロッとふたが落下し、中身が露わになる。堅牢なカプセルに入った砲丸大の水中酸素破壊剤――オキシジェン・デストロイヤーが、半世紀の時を超えて彼らの前に現れた。
 
「これが、オキシジェン・デストロイヤー」
「資料の通りです」
「間違いない。これが、オキシジェン・デストロイヤーだ」

 三者三様の反応を示したその時、眩い閃光と爆発音が洞窟内を包んだ。
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