第三章 逆襲


 

 お茶が無くなってしまったと、所長は立ち上がり自販機で新しいお茶を購入する。静寂の中でガタンと自販機がお茶のペットボトルを出す音が響いた。

「さて、前置きはこの辺りでいいかな? 君ならこれ以上多くを語らなくてもわかってくれるだろう」

 ゴジラとオキシジェン・デストロイヤーの話をする上で必要な芹澤博士と恵美子、そして尾形たちの物語とその内なる真実は三神も理解した。
 芹澤博士の人間的な感情と行動の結果、オキシジェン・デストロイヤーは使用されてゴジラを倒した。そして、その顛末を予想しながらも恵美子は彼女の決意と覚悟で彼の行動を誘導した。
 それは紛れもなく悲劇であったが、今日この場での話に関しては前置きだという。つまり、続きがあるのだ。それこそが、ゴジラとオキシジェン・デストロイヤーのことだ。
 三神は静かに頷いた。

「うん。義父、山根博士がゴジラの最期を見届けた後に残した言葉を覚えているね?」
「はい」

 “あのゴジラが、最後の一匹とは思えない。もし、水爆実験が続けて行われるとしたら、あのゴジラの同類がまた、世界のどこかへ現れて来るかもしれない。”

 この言葉はここ国立大戸ゴジラ博物館にも象徴的に残されている。
 そして、半世紀の時を超えて、その言葉が現実となっている。

「それは山根博士一人が考えていたことでなかった。むしろ当時の山根博士はゴジラに取り憑かれていた。……ゴジラに家族を殺された僕にとって、その当時の山根博士を義父と思うことができなかった。当時僕もそこまで子どもでなかったけどね」

 所長は自嘲気味に言う。当時の山根博士の発言は三神でも眉を寄せる様なものが含まれている。ある意味狂信的とさえ言える程にゴジラを殺すことに反対していた。勿論、後に記した手記や論文を読めば、その根拠に当時の兵器がゴジラに効果が認められず、攻撃性を刺激する可能性が高いことが上げられている。しかし、それは事態が過ぎた時の後付けされた言い訳ともとれる。
 それは被害者でありながらも自身のいわば後見人的立場が山根博士になっている当時の新吉――所長は複雑な思いも抱くだろう。
 しかし、ここで重要なのはそこでない。

「山根博士以外にもゴジラ再来を予見していた人がいたのですか?」

 疑問系だが、先程の前置きで登場人物は出揃っている。答えは自ずと出てくる。
 
「そう。芹澤さんだ」

 原子物理学を専門とする芹澤博士ならある意味古生物学者の山根博士以上に生物として逸脱しているゴジラをそのままに冷静な目で捉えていた可能性はある。既にその由来に水爆があると知られていたのだから、熱核兵器にも耐え得るゴジラがたった一個体しか存在しない突然変異体だと信じたい想いと裏腹に、その元となる種の存在が推定不要なのだから、ゴジラとされる種ははじめから地球上にゴジラとされる種として存在し続けている証明になっている。
 これは三神がまとめた論文が妄言でなく論証として成立させているロジックの一つでもある。
 もしかしたら山根博士のジュラ紀の生物だという主張も今の三神同様にゴジラという特殊な生物種として解していたかもしれない。
 三神は察した。自分と芹澤博士を重ねてしまったのかもしれない。唯一の違いは時代と状況か。

「ゴジラが一個体でなければ、再びオキシジェン・デストロイヤーを必要とする可能性がある。だから、芹澤さんは山根博士――義父にオキシジェン・デストロイヤーを託した」

 芹澤博士の“僕の手でオキシジェン・デストロイヤーを使うのは今回一回限りだ。これだけは絶対に悪魔の手に渡すわけには行かない。”と、山根博士の“あのゴジラが、最後の一匹とは思えない。もし、水爆実験が続けて行われるとしたら、あのゴジラの同類がまた、世界のどこかへ現れて来るかもしれない。”という言葉がもう一つのオキシジェン・デストロイヤーというキーワードで一つに繋がった。
 現実としては芹澤博士がオキシジェン・デストロイヤーを使用する瞬間に山根博士は彼が命がけで使用しようとしていたことは知らなかったはずだ。愛弟子とされる芹澤博士を師匠が死地へ黙って送り出すとは思えない。そもそもゴジラを殺すことに反対していた山根博士ならゴジラも芹澤博士も失いたくないと猛反対するはずだ。それこそ今のゴジラ団のような妨害だってしたかもしれない。
 山根博士はすべてが終わった後に芹澤博士から託されたのだろう。

「現実ではゴジラは更にもう一体出現し、二体のゴジラと人間は対峙しているけれど、芹澤博士はすべての資料を焼却して、たった一つのサンプルとしてもう一つのオキシジェン・デストロイヤーを残した。……つまり、僕はそのオキシジェン・デストロイヤーを君に見つけてほしいと思っている」
「…………」

 所長は三神の反応を見ていた。
 三神は一瞬、驚いた。しかし、それを表情に出すこともなく、理解してしまったのだ。
 死を決意した芹澤博士は自らの命でオキシジェン・デストロイヤーを封じた。しかし、自身の亡き後にゴジラが現れる未来も予見していた。故にもっともゴジラを殺すことに反対しており、誰よりもその時の芹澤博士がオキシジェン・デストロイヤーを託せる師匠の山根博士にその存在を託した。方法など問題にならない。翌日以降に届くように手紙を投函するなど幾らでもある。最後のオキシジェン・デストロイヤーを託された山根博士は当然、弟子の意思を継いでその存在を隠した筈だ。
 しかし、山根博士がそのまま墓場まで秘密にしていた訳ではない。実際に新たな弟子であり、養子となった所長が知っているのだから、引き継いだのだ。

「所長は、その隠し場所を知っているのですか?」
「いいや。僕も、探している。知っていたのは、山根博士……いや、義父。そして、恵美子義姉さんだ」

 なるほど。隠した張本人の山根博士は勿論だが、その秘密は来るべき時に備えて継承しないといけない。恵美子が継承したのだ。

「恵美子さんは、その……」
「病死だよ。結構前から永くないと医者からの診断を受けていた。……最期は僕が診ていた。彼女は自身を悪女にしたかった。そして、僕はその共犯なんだよ」

 所長の“共犯”という言葉の響き、それは“悪女”と同じ本来の言葉とはまた違う意味を含んでいた。
 それはまるで“共犯”ということでこれまで脇役の一人に過ぎなかった新吉に舞台のスポットライトが当たったように思えた。

「もう20年くらい前になるか。妻を看取った後、僕はこの島へ戻ってきた。その後、恵美子さんの容態が悪くなって、この島に移った。……最期は本土の病院でしばらく過ごしたのだけど、それでも数年間はこの島で療養していた」
「では共犯というのは?」
「いや、それはもっと前だよ。……義父の生前に僕達はオキシジェン・デストロイヤーの、今の話を引き継いだ。そして、当初は既に山根博士を師事していた僕がその隠し場所を引き継ぐ予定だった。しかし、恵美子義姉さんはそれを固辞して、隠し場所は親子だけの秘密となった。僕は……その時、共犯になったんだ」

 しみじみと呟いた。山根博士の逝去した時期からして、1960年代の出来事だろう。
 三神には理解が十分にできているとは言い切れないものの何故か彼らがそうしたことを受け入れていた。その理由をみつけようと咀嚼するように三神は所長に問いかける。

「所長は、恵美子さんのことをその……好き、だったんですか?」
「そうだね。……多分、初恋という奴だろうね。でも、そういう若い時の浮ついた感情だけではないんだよ。恩人でもあるし、姉として尊敬もしていた。あと、悲劇的な運命に同情のような気持ちも少し。親兄弟を僕は殺された筈なのだけど、恵美子さんはそれ以上に悲しい人。そう見えていたんだ。少なくとも、当時の僕にはね」

 芹澤と尾形、自分を愛した二人の男が死に、父親も失う恵美子と唯一の家族として残された新吉。当時の所長は恵美子にとっての何になろうと考えたのだろうか。目の前にいる所長を見つめて、三神は色々な像を浮かべた。
 年齢的にも若い男女だ。できれば芹澤、尾形に続く第三の存在になりたいと思っていたとしても不思議はない。否、実際そう思っていたのだろう。
 しかし、恵美子は既に悲劇的出来事と件のオキシジェン・デストロイヤーにまつわる決意で悪女を演じている。今更彼女にはそうしたヒーローを必要としていないことだろう。
 故に、彼は共犯だったのだろう。しかし、何故隠し場所を知らないことが共犯なのか。それが三神にはわからなかった。

「それであれば、隠し場所を二人の秘密にすることもできたのでは?」
「そうだよね。僕もそう思うよ。……だけど、違うんだよ。恵美子さんは当時の僕の気持ちにも気づいていた。だから、僕にも秘密にしたんだ。そうすることで、恵美子さんは望んでいた悪女を演じ続けられるからね」
「……あ」
 
 少なくとも当時の彼女は自身を二人の愛する男を死なせた悪女だと思うことで、心を保っていた。故に、自分を思う男には自身に翻弄される役になってもらわないと、恵美子は自身の心を保てなかったのだ。

「それに、僕はオキシジェン・デストロイヤーの場所を知らないから、ゴジラの研究に関わりながらもゴジラへの復讐に狂わずにいられた。自分が使うことはできないけれど、必要な時に使える切り札があるとわかっていたから、僕は山田新吉ではなく、山根新吉としてゴジラと向き合って、そして所沢新吉として此処に居られるんだ。だから、恵美子さんは最期まで僕に隠し場所は伝えなかった。僕も今日までこの事を胸の内に留めて、僕一人の範囲で調べていた」
「それなのに、何故?」
「今、君が新たなオキシジェン・デストロイヤーを作る可能性に至ったからだよ。生み出すためには本物を知らないのは困難だからね。だから、僕はこの秘密とオキシジェン・デストロイヤーを君に託したい」

 所長が三神を真っ直ぐに見据えて言った。
 そして、三神が答えを口にする前に、フッと自嘲すると頭を掻いて彼の前に片手を出して言葉を制する。

「今の言い方は君に対してズルい言い方だった。……ここまでやってきたんだ。それほどに、僕は秘密を抱え過ぎてしまったらしい。ここで君に誠実でなければ、僕は恵美子さんの共犯という役すら失ってしまう。言い直させてほしい」
「…………」

 三神が頷く前に所長は静かに頭を下げた。

「三神君、自分で見つける覚悟のない僕の代わりにオキシジェン・デストロイヤーを見つけて欲しい。そして、僕達の代わりに、第二、第三のゴジラを殺すオキシジェン・デストロイヤーを完成させてください」

 三神に断る理由はなかった。
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