第三章 逆襲




 ネプチューン作戦より3週間前に遡る。
 三神はかつてのDO-Mと同種と思われる株の単離培養に成功した。便宜上DO-M2としたその培養株は既に防衛隊で実験室レベルのDO-H抽出実験にも成功し、現在過去のDO-Mのデータと照合させ同種であることを確定させる分析に出している。
 これでかつての研究に追いつくことができたと言える。
 同時に、暗礁へ乗り上げてしまったことを意味した。
 改めて資料を調べ直した結果、今回と前回の二つの土壌サンプルは別の場所から採集されたが、同じ条件の土壌から採集された試料からDO-Mは発見された。
 そもそも三神達の調査は旧ソビエト連邦に属していたロシアのモスクワからスタートし、ベラルーシを経由して原子力発電所の存在するウクライナのチェルノブイリ立入禁止区域に入り、ゴーストタウンとなった市街地のあるチョルノーブィリ及びプルィープヤチ、そして原子力発電所周辺で行われた。この調査を管理していたのが例の赤い水銀の件でアシモフ氏も関わりがあった旧ソビエト時代の原子力研究機関だったらしい。所長の話ではウクライナ、ベラルーシともに調査のおける外交的な調整はスポンサーであるロシア側が行っていた為、チームはノータッチだったという。
 そもそも所長自身も当時既に国立大戸ゴジラ博物館館長と国立特殊生物研究センターセンター長を兼任しており、調査参加も政府側からの要請だったという。
 DO-Mを発見した土壌サンプルに共通した条件とは、元々プリピャチ川の氾濫による湿地帯であること、空気の循環がなく嫌気性環境となっていたこと、他の生物の痕跡が残されていないにも関わらず地表から露出した部分のみが残っている不自然な生物の残骸が発見されていたこと、土壌からの放射線量が著しく少ないこと。四つ目こそDO-Mが放射性物質浄化細菌とされた理由であり、三つ目がオキシジェン・デストロイヤー生成細菌と期待されている理由になる。
 この三つ目の不可思議な現象はソビエト連邦時代にも確認されており、DO現象と呼称されていた。

「なんだこれ。根っこが途中で溶けたみたいに無くなっている」

 最初のDO-Mを発見した土壌は水分を多く含む泥土であった。所長と三神、国際医師団の放射能症研究チームの一員として参加していた優、そして三神同様に大学からの参加メンバーであったムファサらの日本チームは空間放射線量が周囲と比較して著しく減少している場所を調べていた。ムファサと所長が成長が通常とは異なる奇形植物を見つけ、三神が土壌サンプルと共に採集をしようと手を伸ばしたが、地表部以外の部位がぼろぼろと無くなっていた。
 新たなDO-Mを発見した土壌はロシアとベラルーシのチームが同じ状況下で小動物と思われる骨が同じ状態で発見された場所から採集された。
 そしてクルーズ曰く、アシモフ氏から聞き出した情報によるとロシアもその土壌からDO-Mを探していたらしい。更に赤い竹がDO-H抽出を試みたことと同じようにオキシジェン・デストロイヤーと期待される物質の抽出や実験も試みていたらしい。
 しかしながら、オキシジェン・デストロイヤーが都合よく見つかることはなく、DO-Mも三神が論文を発表し、まもなく赤い竹による事件で研究データ一式も手に入り、オキシジェン・デストロイヤー生成が難しいという結論に至ったという。
 つまり、ロシアが困難と切り捨てたことを三神はこれから挑むことになる。

 そもそもDO-Mとオキシジェン・デストロイヤーが無関係である。

 これがもっとも高い可能性である。それにも関わらず、三神もこの二つの関連性を無視できない。
 直感的なものが大部分であるが、オキシジェン・デストロイヤーを連想することがDO現象以外にもあったこともあった。
 ロシアは土壌サンプルを使用した実験を行っていた。その中で放射線の線量値の減少と酸素濃度の低下や生物の死滅が生じていた。これが再現可能であればDO現象がオキシジェン・デストロイヤーによる可能性が高く、その現象を起こす存在を突き止めることになる……はずだった。
 ただ一度限りの成功をした以外に全て再現実験に失敗し、その成功も想定を上回るDO現象が発生したことで物的にも人的にも被害を生んでいた。
 断片的であるもののDO-Mとオキシジェン・デストロイヤーには薄らと線が結ばれているように思えてならないのだ。それを三神は掴もうとしているが、決定的に彼が不利な点がある。
 それこそオキシジェン・デストロイヤーのことを知らなすぎるということだ。

「……それで本物を見た僕に」
「はい」

 閉館時間が過ぎて人のいなくなったゴジラ博物館のラウンジで三神と所長は腰を下ろしていた。
 少し前、三神が所長にオキシジェン・デストロイヤーについて聞きたいことを伝えると互いに長い話になるだろうとラウンジに場所を移した。事務室から貰い物だという菓子と自販機で購入したペットボトルのお茶をテーブルに置いて二人は対面で座っていた。
 
「………少し、昔話をさせてもらうよ」
「はい」








 1954年、家族と帰る家を失った新吉は山根家に迎えられた。当初は孤児として山根博士の小間使いや南海サルベージ所長の尾形秀人の手伝いをしていた。
 当時、彼はゴジラにまつわる出来事の渦中にいた。それは事実であったが、その顛末に関わる物語においては脇役の一人に過ぎなかった。親兄弟の仇であるゴジラを葬ることを被害者として望みつつも、間近で貴重な生きた資料として見て人智を超えた生物であることを誰よりも理解を示していた山根博士の側にいた新吉には、実際に行動へと移すその物語の主役にはなれなかった。
 その意味では、真に主役といえた人物は自らの命と共にゴジラを葬り去った芹澤大助博士でも、彼と共にゴジラの元へと潜った尾形でもなく、その二人を動かした義姉、山根恵美子であった。彼女は間違いなく、あの夏の物語でヒロインであった。
 山根博士は戦前北京大学の教壇に立ち、芹澤は謂わば弟子にあたる存在であった。家族としての交流があり、恵美子も彼を兄のように慕っており、山根博士は彼をゆくゆく息子として迎えるつもりであったという。つまり、芹澤と恵美子は許嫁の関係であった。その後、芹澤は戦時下で片目を負傷した。その影響もあったのか、それとも旧日本軍から他人へ言えないような研究を強要でもされたのか、憶測はいくらでもできるものの戦後の彼は、自宅の地下で研究に籠り、周囲との交流に消極的であった。
 尾形と芹澤も旧知の仲であったらしい。つまりは恵美子も二人と交流があった。男女三人も大人になれば、関係性に変化が訪れるのも必然である。尾形と恵美子は交際し、周囲にも堂々と示す健全な交際であったが、芹澤との許嫁は残っていた為、その解消は二人にとっても大切なプロセスであった。このまま彼女達の物語が進めば、仮に愛憎劇が生まれようとシェイクスピアのような悲劇的な展開にはならなかったであろう。
 物語を芹澤の死で幕引きする悲劇とさせたのはゴジラだ。

「後年に聞いた恵美子さんの話によると、芹澤さんはオキシジェン・デストロイヤーの使用を拒んでいたらしい。それどころかオキシジェン・デストロイヤーの存在そのものを否定していたらしい」
「………そんな方が何故命がけで使うことに?」

 三神の疑問に所長は微笑んでお茶を一口飲むと答えた。
 
「君や例の特殊爆弾を作ったシュナイダー博士は芹澤さんと近いところにいる立場だと思うが、やはり状況が違う。まだ戦争の爪痕もあり、原子物理学者であった芹澤さんにとって原爆や水爆は特別な思いを抱えていたはずだ。多くの学者がウランやプルトニウムなどの放射性物質を研究していた中で、芹澤さんは酸素を研究し、それらを凌駕するかもしれない脅威と可能性を持つオキシジェン・デストロイヤーなる存在を見つけてしまった。……恵美子さんの話では、芹澤さんはその当時を“僕は酸素の研究に没頭している最中に思いがけないエネルギーを発見した。そして、初めて実験した時、あまりの威力に驚きうち震えた。”と語ったらしい。確かにあの脅威の力を自らの手で生み出したと気づいたら……」
「シュナイダー博士もそれに近い葛藤があったことを聞いています」
「無理もないさ。……君は、DO-Mを見つけた時、そしてこの島に来ることになった出来事を経験した時、誰のことを考えたかい?」
「それは……」
「それが答えだよ」

 三神は優の顔を浮かべていた。
 今の所長の話は核心へ触れる為の前談だ。それを踏まえれば、芹澤は自ら生み出したオキシジェン・デストロイヤーを恐れ、その存在をひた隠しにしていた。それでもその研究を処分できなかったのは科学者としての葛藤だろう。人間の使い方次第でオキシジェン・デストロイヤーは従来のものとは比べ物にならない程のエネルギーを取り出せる可能性を秘めていたと言われている。しかし、彼は人間が信じられなかった。それは当時の体験としても身に刻まれていたのだろう。その唯一の例外といえる人間が恵美子だったとしたら今の話は合点がいく。
 その芹澤の人間的な感情が異性に対するものだったのか、兄貴分としての想いだったのかはわからない。それでも愛と呼べる想いを恵美子には抱いており、それ故に彼は恵美子にオキシジェン・デストロイヤーの存在を明かした。更にいえばオキシジェン・デストロイヤーを使う行動へと向かわせたのだ。

「これは僕の想像なのだけどね。……恵美子さんは悪女となる決意をしたのだと思う」

 おもむろに所長は呟いた。その言葉は不気味な印象を与えるものだが、それを口にした所長は対照的で懐かしみ慈しむような哀愁を帯びていた。
 
「悪女?」

 その言葉を三神は聞き返した。
 
「それはすべてが過ぎた今、それも僕の立場だから。だから思うのだろうね。……先に結末を話しておくよ。君の知る通り、芹澤さんはゴジラを倒し、そのまま自らもオキシジェン・デストロイヤーによって文字通り海の藻屑となって消えてしまった。そして、尾形さんはその後、ゴジラと全く無関係の海難事故で帰らぬ人になった。まだ喪に伏していた為、結納はしていなかったけれど、恵美子さんと結婚を約束していたみたいだった。まるで芹澤さんとゴジラに連れ去られてしまったように僕には思えてならかなったよ。……そして、孤児となった僕を引き取った山根博士もしばらく放射能症に悩まされた後に亡くなった。生涯独身だった恵美子さんも10年前に他界した。……僕は彼らの背負っていた十字架を継いでいるんだ」
「その十字架というのが、悪女?」
「恵美子さんに芹澤さんはオキシジェン・デストロイヤーを見せた後に当然だが口止めをした。恵美子さんもそれを守るつもりだった筈だが、ゴジラによって破壊された東京と苦しむ人々、泣く子どもの声を聴き、約束を破り尾形さんに見聞きしたオキシジェン・デストロイヤーのことを話した。恵美子さんはその時点で十字架を背負う決意をしていたんだよ。他ならぬ恵美子さんだ。芹澤さんがその事を知ったらどうするか理解していた」

 資料や今の話だけでしか知らない芹澤博士であるが、彼の人生史を知っている三神にも恵美子が考えていたことは予想できた。
 
「芹澤さんは研究の記録を燃やしながら、“僕の手でオキシジェン・デストロイヤーを使うのは今回一回限りだ。これだけは絶対に悪魔の手に渡すわけには行かない。”と話していたらしい」

 やっぱりだ。と三神も思った。その時の芹澤博士には様々な感情があったのだろう。それでもゴジラを倒すことを優先させた覚悟を彼もしたのだ。恵美子も彼が最終的にオキシジェン・デストロイヤーをゴジラを倒すために使う人間だとわかっていた。だから尾形に打ち明けたのだ。
 同時に、その覚悟とは自らの命を捨ててオキシジェン・デストロイヤーを葬ることも含まれていた筈だ。
 つまり、それは芹澤博士の遺言で、恵美子がそれを理解していない筈もない。

「三神君なら理解できると思ったよ。恵美子さんは自身を悪女にしたんだ。彼女の独白が記されている日記を僕は引き継いでいるんだけども、そこには尾形さんとの交際に芹澤さんの存在が疎ましいと感じていた為、芹澤さんを死へと向かわせたと書かれていた。……あぁ、僕だってわかるよ。そんなことはないとね。そもそも恵美子さんと尾形さんとの交際を反対している人はいなかったから、芹澤さんも許嫁解消に異議を唱えることなんてない筈だ。悪女になった方が恵美子さんにとっては心が楽だったのだと思うよ」
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