第三章 逆襲
作戦開始時、沿岸域の住民避難は完了していたが、これまでの被災状況とネプチューン作戦の想定は避難住民がそのまま住宅どころか生活圏も失う可能性が高いことを意味していた。住民への説明は各国の政府に委ねられていたが、それがどれ程の保障も含めたものになっていたかは定かでなく、作戦成功がなせた後にも彼らへは何重苦を残すか誰にもわからない状況の中、事態は刻々と進んでいた。
それでも人類はゴジラ同士の戦いを避ける為に足掻くことを選んだ。
赤道に近い洋上はスコール直後の湿度と一転した晴天の日差しで蒸していた。
作戦海域にゴジラが接近したのを確認すると、戦艦ミズーリの艦長は防護服を着用し、作戦開始を宣言した。
スプルーアンス級駆逐艦。現役を退いたその艦はN・バメーストを当てさせる囮として用意された。
ミズーリの前方で4隻の駆逐艦が並走してゴジラへと接近する。その背後からミズーリによる艦対艦ミサイルと艦砲射撃が行われる。
衝撃が瞬時に砲塔を中心に円形に広がり、周囲の海面をクレーター状に凹ませる。そして、黒煙を残して撃ち放たれた2700ポンドのMk8徹甲弾はゴジラの周囲の海面を吹き飛ばし、その衝撃波がゴジラにも襲う。
イリノイと異なり砲台を撤去していないミズーリは試射後、三連の三砲塔9門による連続同時艦砲射撃が可能だ。イージスシステムこそないものの近代化改修によってアップグレードされた管制システムによるミサイル攻撃と双方移動中という悪条件によって直撃は困難ながら十分にゴジラを挑発できる至近距離に着弾している。
巨大な戦艦が全盛期である太平洋戦争で、その巨砲によって直接敵艦を撃沈させた例は稀だ。その巨砲は主に陸上の敵基地への艦砲射撃で活躍し、敵艦は艦載機によるの航空攻撃によって撃沈させていた。
戦艦同士の砲撃のみによる戦闘は彼らが誕生する以前の歴史で終わっていた。如何に装甲の厚い巨大な艦でも被弾すればダメージがある。一撃が強力でも互いに航行していれば命中は困難になる。例え高速航行と高い照準性能があろうとアイオワ級が旗艦の椅子を空母に譲り、最後の戦艦となったのは費用対効果をみれば必然であった。
『G1、急激に体温上昇中!』
『背鰭の発光を確認!』
『G1の速力低下、反芻動作を始めると思われる!』
『囮を出して各艦退避! 衝撃に備えろ!』
艦長の号令でミズーリは急減速。逆にその前を航行する無人のスプルーアンス級駆逐艦2隻は速力を上げたままゴジラへと向かい、けん引していた両側の駆逐艦と左右に退避する。
ゴジラは背鰭を発光させて、動きを止めると喉元を青白く発光させて反芻動作を行う。
次の瞬間、迫り来る囮艦にゴジラはN・バメーストを放った。
『衝撃が来るぞ! 総員、身を守れ!』
ここまでの作戦はこれまでのゴジラとの戦いの経験と三神達有識者の知識によって成功はほぼ確実であった。むしろ不確定要素はこの瞬間にあった。
今回の作戦でミズーリを含む3隻はモンテクリスト島とイリノイよりも囮艦と近い距離に位置する。その時の風向きなどの不確定要素により、3隻はN・バメーストによる被爆リスクが高い状況にいた。
その為、3隻の乗組員はこの時全員が防護服を着用していた。
『ガイガーカウンター反応あり! 外部の空間放射線量値が急上昇!』
『総員、艦内から出るな! 密閉された空間で作戦を継続する。衛生班は艦内の放射線量の観測を継続し、異変があれば即座に報告を上げろ! ……フェーズ2へ移行する! ショックアンカー、射出!』
艦長の号令によって、3隻から一斉にゴジラを中心に2本ずつアンカーが円を描くように放たれ、着水する。アンカーは砲弾の如く加速した状態で射出されており、その後のワイヤーも同様に高速で海中へと送り込まれる。
瞬間的な射出速度とその後の高速ワイヤー射出を行う装置こそ今回の作戦を可能にした秘密兵器ショックアンカーである。原理そのものは空母などの艦艇への配備を計画されている電磁式カタパルトでリニアモーターによって艦載機を発射させるシステムを用いている。
『着底ーっ!』
『液体ヘリウム装置以上なし!』
『補助ケーブルを繋ぎます。各機発進!』
ショックアンカーの射出装置は各艦の後部発着甲板に両舷から斜めに飛び出た2門のカタパルトとその後ろに設置されたワイヤーを高速で送り出す巨大なリール、そして同じく巨大なバッテリーで構成されている。
結果として発着可能なスペースが大幅に減っているもののそれぞれアンカーから伸びるワイヤーを繋ぐ補助ケーブルを運ぶ為のヘリを発艦されることは叶った。
それぞれのワイヤーがヘリによって送られた補助ケーブルで繋がれ、ゴジラを中心とした円を描いた。
そして、最後にヘリから降ろされた補助ケーブルをミズーリの発着甲板の残されたスペースに置かれたステントの収納されたケーブル状の装置に接続された。ステントは補助ケーブルをリールで巻き取ると共に海中へと投下され、まもなくゴジラの周囲にステントが巻かれる。
ゴジラが動き出すまでの時間との勝負である。
『各ワイヤーとステントの接続を確認!』
『ステント展開!』
水飛沫を上げて、ステントがゴジラの周囲で円筒状に海中へと展開された。
『液体ヘリウム装置、始動!』
ゴジラのいる周囲の海水が泡立ち始める。
そして突然、ゴジラの巨体は泡立つ海中へと引き摺り込まれた。
ゴジラの体は無数の泡に満たされたステント内を降下する。
しかし、このままではステントの底部でこの現象は終わり、ゴジラが自由を取り戻してしまう。
『ステント降下!』
ステントがゴジラを泡で包んだまま海中へとワイヤーを伝って降下を開始した。
海上からはゴジラの姿を見ることができないが、海中のソナーには確かにゴジラを捕えたステントの姿が映っていた。
『着底!』
『魚雷発射!』
海底へ沈められたゴジラ。通常の生物であれば、これだけで肺の空気が膨張して体内で内臓などを押し潰して死に至る。強靭な肺を持つゴジラは膨張した空気を肺の中で押し留め、口から排出していた。
しかし、全身の皮膚は急激な温度低下と圧力にダメージを追う。そこに魚雷が液体ヘリウム装置に命中した。
瞬時に凍った海水と爆発的に膨張したヘリウムがゴジラを襲った。
『ゴジラ、沈黙』
大量のヘリウムは間もなく海面を吹き飛ばす勢いで湧き上がったが、ゴジラは海底で沈黙した。
「その後の調査でゴジラGⅠの体内温度が低下していることが確認された。倒せたとは誰も考えていないが、回復するまでの間は移動しないと僕は考えている。………貴方も同意見ですか?」
厳重な監視下の面会室で三神は対面する相手が頷くのを確認した。
