第三章 逆襲




「そうか。………わかった。君は引き継ぎ金の動きを調べてくれ給え」

 電話を終えたクルーズが振り返る。
 日差しと潮風を浴びて目を細める。その視線の先には巨大な鋼鉄の艦艇、戦艦が停泊していた。
 ここはシンガポールのチャンギ海軍基地。クルーズの背後に停泊している戦艦はイリノイと同型艦であり、パールハーバーで記念艦として保存されていたミズーリであった。年末のイリノイの戦果を受けて再就任を果たしていた。
 インド洋に消えたゴジラGⅠだが、中国に現れたゴジラGⅡを目指して太平洋へと進出するというのが三神を始めとした有識者達の共通意見であった。
 かつて所長が神谷へ答えたものは合衆国を含む各国の考えと同じものであった。即ち、ゴジラ同士が接触することで生じる被害は想像を超えており、全力で阻止すべき事態であった。
 そこで合衆国は再就任を果たしたミズーリを投入。インド洋のディエゴガルシア島基地に当初はミズーリを主力とした米英合同の海空軍によってゴジラを哨戒監視する計画が立てられていたが、上記の太平洋への進出する可能性が濃厚となったことでディエゴガルシア島基地の米英海空軍は既存の装備での哨戒を行い、ゴジラとの戦闘は避けることとなった。
 そして、合衆国はミズーリを含む対ゴジラ部隊を第7艦隊から編成して、ここチャンギ海軍基地が防衛戦の前哨基地となった。ASEANと中露との外交的な都合で、名目上は国連の名の下に防衛戦が始まるまでの補給基地ということにしているが、GⅡ出現によって中露を筆頭ととしたアジア各国はGⅡへの防衛に対して神経を尖らせている。
 その為、GⅠの太平洋侵入警戒防衛はオーストラリアと東南アジアの各当事者国、そして米英が対応にあたることになった。その布陣がインド洋内を哨戒する米英海空軍、オーストラリアの北西にあるティモール海からの侵入に対する防衛はオーストラリア、インドネシア、東ティモールの3国が当たることになり、南シナ海への侵入に対する防衛としてミズーリ部隊が割り当てられた。
 情勢上も合理性も妥当であるものの、共同作戦という建前に対しての蓋を開けた実体とそこにある打算的な本音が見え隠れする状況にクルーズは思わず苦笑した。かつての自分はこの様な状況を作り合衆国を優位にさせる為に奔走していたのだから奇妙な可笑しさが出てしまうのも仕方がない。

「………ところで、君はムファサ君と共に日本へ戻らなくてよかったのかね?」

 ミズーリに補給する医療物資の確認を衛生兵と行なっていた優にクルーズは声をかけた。

「帰りますよ。でも今はここを蔑ろにできません。明日、中国へ戻って、その後に日本へ帰ります」
「熱心なのは有り難いが、体も労わってくれ給え。医者の不養生という言葉が日本語にはあるのだろう?」
「………休む為にも今はやれることをやっているんです!」

 そう答える優は以前よりも痩せていた。




 

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 アラビア海にゴジラGⅠが消えて2ヶ月。唐突に事態は急変した。
 未明、スマトラ島北部のアンダマン海沖でゴジラGⅠと思しき巨大生物が遊泳している事を確認。それはそのままスマトラ島沖を南東へ移動し、マラッカ海峡へ向かっていた。
 すぐさま上空からの追跡とミズーリ部隊への出撃が命じられた。

「タイやマレーシアを横断する可能性もある。海峡を越えることも上陸することも阻止するように各国との最終調整を終えておけ!」

 チャンギ海軍基地内に設置された作戦司令部ではクルーズが彼の下に集められた部下達に命じた。
 この2ヶ月の情勢の変化によって、かつての部下も合衆国から派遣されており、クルーズも本来得意とする諜報と外交調整の指揮をふるうことができていた。
 ブラボーほどの実戦に秀でた部下はそういないが、ASEAN各国の軍幹部とのパイプを独自に作っている地の利に長けた面々が集められており、クルーズにとって理想的な状況であった。

「タイ王国空軍参謀からゴジラ上陸時のマラッカ海峡への誘導を引き受けると返答がありました」
「マレーシアも同じく」

 その後も海峡周辺の各国から一様の回答が届いた。
 それを聴きながらクルーズはババ抜きを連想していた。各国も今回の防衛戦の概要は把握している。最も命懸けとなるのは言わずもがな主力として前線に出るミズーリ部隊だ。それ故に合衆国はジョーカーを見せた。ジョーカーは厳密にいえばゴジラではない。ゴジラとの防衛戦を行う場所だ。
 モンテクリスト島と同様に作戦遂行上、N・バメーストを使用させる必要がある。ゴジラGⅡの被災をした上海よりもゴジラGⅠによる被災地の方が除染の課題は小さいことを確認しているが、保健、経済ともに実施場所となる国にとってはジョーカーとなる。
 それぞれの国が誘導という名目でこのジョーカーを他に渡したいことは明白だ。

「………とはいえ現時点ではネプチューンが最有力か」

 ゴジラはまだマラッカ海峡に侵入していない。
 出港したミズーリ部隊とゴジラの接近がどこになるかにもよるが、アンダマン海内にゴジラが滞在中にこの作戦名“ネプチューン”の実施可能海域に布陣できればマラッカ海峡の北西部、つまり海峡の入口が戦場になる。

「現地はスコール。我々よりゴジラに優位な条件だが、ショックアンカーとステントの展開には影響しない。………せめて死者なく足留めになれば作戦は成功だな」

 テーブルに広げられた海図に印をつけたクルーズは呟いた。







 ゴジラ程の巨大な海棲生物を洋上で足留めか進路変更をする方法は容易なものでない。特にゴジラは陸路も使う為、単なる妨害では事態を一層に悪化させる。
 つまり、これまでの経験を元にこれまで以上にゴジラを倒す作戦が必要となる。過去に有効打となったオキシジェン・デストロイヤー、特殊爆弾は存在しない。人類はゴジラに対抗する手段を考える必要があった。
 そこで様々なシチュエーションでの有効性に期待がある作戦が考えられて、それぞれの環境を象徴する神の名をつけられた。中でもこのネプチューンは日本のサイエンスミュージアムと防衛隊で立案した作戦で、最初はゴジラ低温攻撃作戦と呼ばれたものだ。
 作戦の目的はシンプルでゴジラが適応するよりも早く低温高水圧の深海へ引き摺り下ろすことによる環境変化によってゴジラへのダメージと活動の低下を狙う足留めだ。絶命に至ることは困難でもゴジラの進行を妨害するには大きな期待がある。
 マラッカ海峡内の水深は浅く座礁の危険すらある海域であるが、海峡の入口付近は水深1000メートル級の深海がアンダマン海から繋がっている。ネプチューンの理想は水温が1.5度で一定になり、水圧が150気圧以上になる1500メートル級の深海であるが、作戦に使用する装備の耐久を超えてしまう為、水深1000メートルが技術的な作戦の限界点と判断された。その為、結果的には目標深度の海底へアンカーを打ち込むことが可能となるこの海域での作戦が採用された。
 ゴジラの深海への引き摺り下ろす手段は気泡に包まれて海水がゴジラに接触を小さくさせて浮力を減らす方法となり、オキシジェン・デストロイヤーが使用された際にゴジラが浮上したもののすぐに海底へと引き摺り込まれてそのまま絶命した現象も同じであったとされる。
 しかし、オキシジェン・デストロイヤーの爆発的な発泡がない状況では、実験室の水槽レベルで実証されているものの海中では気泡が拡散してしまい、思うように海底へ引き摺り込まれていかない。その為、ステントと名付けられた金属製の網状の筒をゴジラの周囲に展開し、その筒の中で気泡によってゴジラを包み、アンカーから伸びるワイヤーによってゴジラとともに降下させる。実験水槽の環境を海中に作り出す大胆な作戦である。
 筒に泡が満たされた状況下では一時的ながらもゴジラは自由を失い、筒の中に拘束される。そして、最後は気泡の発生で用いる液体ヘリウムの装置を魚雷でそのまま爆発させる。4ケルビンの超低温の液体ヘリウムによる氷漬けとしたいが、その爆発的なヘリウムの蒸発によってゴジラへ直接的なダメージを与えることが主となる。
 周辺国への根回しによって、クルーズの部下からネプチューンの作戦海域となるインドネシアからの返答も得られた。
 幸いにも作戦開始時、洋上はスコールが上がって晴天となっていた。
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