第三章 逆襲
時系列であれば1999年のチェルノブイリ調査が先の出来事であるが、当時の新吉にとってはこれまでにも度々あった神宮寺が関与して実を結んだ調査活動の一つであった。
その為、翌2000年に世間を騒がせた核兵器を搭載した原子力潜水艦が横須賀へ入港したことに起因する一連のニュースが新吉にとって神谷達ゴジラ團との再会であった。
当初、非核三原則の解釈と日米安保を巡る政治問題として報道がされたが、それを発足したばかりの内閣が容認しており、防衛大臣を就任した神宮寺がその責任追求を受けていた。政権と政治家としての危機に瀕する中、更に潜水艦が“ムサシ2号”と呼称される日米共同開発艦である可能性が浮上し、戦後最大の事件とまで云われ、内閣不信任決議案が国会に出されようとしていた。
連日の報道の中、唐突に神宮寺が神谷を参考人として国会に招致した。議会側には当然根回しを済ませている筈なので、彼の登場に動揺はなかったが、関係機関でもない一般人の神谷の登場に日本中が困惑した。
動揺はなくとも当然の質問である何故彼が参考人なのかを野党は追及する。遂に意味のない時間稼ぎを始めたと多くの者が考えるのも自然な状況であった。
「ムサシ2号という潜水艦は存在しない。横須賀に入港した原子力潜水艦は核兵器を積んでいなかった。つまり、これは下らない茶番だ。何故俺を呼んだかと質問があったが、それは俺がこれからそれを明らかにするからだ! そして、ここに俺が立つ理由はこのシナリオを書いた奴はこの中にいるからだ!」
登壇した神谷は野党議員の質問に堂々と宣言した。
そして、指を鳴らし、資料が出されるのを確認すると彼はムサシ2号計画の実態を説明する。曰く、ムサシ2号計画は確かに存在した。1991年のソビエト崩壊直前に当時の日本政府が合衆国と極秘裏に進めていた日本初の原子力潜水艦開発計画の名称であった。しかし、ソビエト崩壊と共に冷戦は終わり、計画は中止された。
過去の計画が何故今現れたかというと、中止となった時に当初極秘裏に用意された予算はその大部分が余った。その資金がこの8年の間に消えていた。それを防衛大臣となった神宮寺が気づいたことに起因する。
消えた資金を追及される前に神宮寺達を陥れる為に行われたのが、今回の騒動だった。
「そして、それを主導したのが与党の対立派閥のアンタだ!」
神谷が指をさしたのは政界で最も強い発言力を持つ与党の政治家であった。代々の政治家一族で閣僚経験も豊富。近年は年齢的に閣僚などの第一線から退いているが、杖は片手に持つがまっすぐに伸びた背筋は一切衰えを感じさせない。その貫禄ある佇まいから政界のドンなどと呼ばれている。
それ程の大物を相手に神谷は一切臆することなく、次々と彼が米軍幹部と結託してムサシ2号に見立てた原子力潜水艦を横須賀へ入港させ、架空の事件をでっち上げた後、その罪を神宮寺達へなすり付けたことと、その証拠を提示した。
「これがただの政敵を陥れる罠でも自らの罪を隠蔽する工作ではない。そもそもまどろっこしい。これは元々用意されていたシナリオだった。つまり、核兵器を本当に搭載させず、非核三原則を守りながらも日本国内に防衛目的の核兵器を配備しているかもしれないと思わせるシナリオだ。本来は世界よりも国内の反応をみて安保や法を解釈する参考が目的で作られたシナリオだったみたいだが」
神谷は最後に当該の米軍幹部側で個人のレベルでは考えられない資金がどこからか流入し、やはり行き先不明の支出がある事実を明かした。
そして、双里が神谷と神宮寺から発言を引き継ぎ、先程合衆国大統領からの指示でその幹部が拘束されたことを報告した。
それを聞いた瞬間、これまで不敵な笑みを浮かべていたドンはガクっと項垂れて椅子に腰を落とした。
そこには先程までの貫禄はなく、ただの痩せこけた老人がいた。
――こうして国会という舞台で繰り広げられた推理ショーは終わり、神谷は名探偵として日本中にその名を馳せた。
月日は巡り、2002年5月。三神を大戸島へ呼んだ新吉が彼との約束をした時間に合わせて準備をしているところに、三神よりも早く彼を訪ねてきた人物がいた。
事務室には新吉以外いない。ノックと共に入った神谷を見て新吉は思わず生唾を飲み込んだ。
そこにはかつての少年も青年もいなかった。所長と呼ばれ、偉大とされる者達とそれなりに相対してきたが、神谷はその者達にも匹敵する存在感を持っていた。
「お久しぶりです、所沢館長。覚えておいでですか?」
「……君の事を忘れる筈がないよ」
「それは光栄……否、賢明な言葉ですね」
緊張が新吉の表情に現れていることに気付いた神谷は口角を上げた。
新吉は何故彼が今日ここに来たのかを考える。タイミングを考えれば三神に何か関連があるのは明らかであり、彼が発見し、彼の社会的地位を奪ったDO-Mは神谷の興味を持つ存在だった。
それを察した神谷は聞かれる前に答えた。
「この後に貴方と面接をする三神小五郎。彼はパンドラの箱を開いてしまった可能性がある。少なくとも今の彼は自らの発見によって身を滅ぼした」
「彼の過失だと言われていることは承知しています。それでも彼の才能は本物だ。研究テーマを変えても彼はその才能を発揮できると僕は考えている」
「えぇ。私も同意見だよ。それから彼の身に起きたことは過失でない。かつての神宮寺と同じ、全く無関係の他人が私欲の為に彼を罠にかけた」
「君は何か知っているのか?」
「えぇ。我々は既にそれができる程の組織になっています」
「我々………」
一昨年の推理ショーの時から気がついていた。神谷は一人でなく、相当数の協力者を有している組織を作っていると。
八神が別人の神谷として国会に招致され、その後も様々なメディアで取り上げられているにも関わらず沖縄の事には触れられず、誰も彼の正体を語らない。これだけでも彼が個人でなく活動していることが考えられる。
神谷は言葉を続ける。
「あの一件で我々の一個人としての復讐は細やかながら成し遂げた」
「つまり、あの政治家が海難事故調査を打ち切らせたと?」
「彼だけではありません。既にその後の処遇もわからない状況になっていますが、例の米軍幹部という人物。あいつが1962年に太平洋キリスィマスィ島で行われたドミニク作戦という核実験後、周辺海域で目撃された巨大な生物の情報を隠蔽し、その後も第四昂栄丸を含む海難事故に際して真相が明らかになることを妨げてきた」
「あれ以外にも被害が………」
「そりゃ起きるでしょう? あんなのがいれば」
神谷は事務室の棚に飾られたゴジラの骨格模型を見て言った。
「事実、類似した海難事故の遺族で我々の仲間となった者もいる。今回もその海難事故からあいつに辿り着くことができた」
彼は既にゴジラが太平洋にいると確信していると、新吉は理解した。そして、彼と考えを同じくする者達が彼の仲間になっている。
それが一つの信仰なのかはわからないが、既に後戻りのできない程に大きな力を有して動いている。それが、新吉には怖いと感じた。
「君達を苦しめた者への復讐を果たしたというならば、何をこれから君達は考えるのだね?」
新吉の問いに神谷は少し思案すると、不気味な笑みを浮かべた。
「そうですね。もう個人レベルの復讐ではありません。我々のような者を生み出した原因と世界に対しての“逆襲”です」
