第三章 逆襲




 所長こと、新吉が八神宗次と出会ったのはまだ彼が山根新吉であった1972年、当時日本返還の真っ只中にある沖縄でのことであった。
 新吉が沖縄へ来たのは海難事故の調査であった。彼を呼んだのは、市議会議員の神宮寺薫。後の内閣官房長官は当時、初任期の若き議員であった。海難事故の調査を彼が取り仕切る背景には、行政機関内の混乱や日本復帰記念事業である沖縄国際海洋博覧会の開催決定など様々な事情があったらしいが、調査に呼ばれた新吉は神宮寺自身がこの海難事故へ率先して関わっている印象を受けた。
 調査には新吉の他にアル・ムジュタバー・仲村という沖縄在住の化学分析を行う研究者も参加していた。複雑な血統もあるが、彼は幼い息子を連れていた為、特に新吉の印象に残った。

「ムザッファル仲村です」
「息子ダ。唯一の生存者が子どもダッテェので連れてきたンダ」

 市役所に設けられた『第四昂栄丸海難事故調査室』なる小部屋で挨拶を交わす。緊張しつつも新吉に礼儀正しく挨拶をしたムザッファルへ微笑むと、真剣な表情に戻すと視線を神宮寺へと向けた。

「生存者……つまり、目撃証言があった。だからこそ詳細をひたすらに伏せて僕を呼んだ」
「流石です。山根博士」
「その呼称は父に使うべきです。僕はただの山根です」
「ご謙遜を」

 新吉はこの時に事情を察した。政治に疎い彼でも今のタイミングの沖縄で、ゴジラは非常にマズいことはわかる。
 だからこそ、ひたすらに海難事故の調査依頼で突き通し、放射能の検出された残留物が発見されたという理由で新吉を指名したのだと理解した。

「生存者の少年は幸い放射能症にもならず、線量も問題ない水準でした。本人曰く父親に保冷庫へ放り込まれたというので難を逃れたのでしょう。一応検査の為に入院をしていましたが、今はすでに退院しており、現在は別室で待機してもらっています」
「直接、見たのですか?」
「見てはいますが、決定的なものではありませんでした。その為の調査です」

 神宮寺が答えると部屋の隅に立つ職員に目配せをする。職員は頷くと部屋を出ていき、まもなく少年と母親を連れて戻ってきた。

「彼が、八神宗次君です。第四昂栄丸船長の息子です」
「………おじーがあいつをくるすぬがや?」

 小学校低学年位だろうか、まだ幼さが多分にある日焼けした八神少年は、その外見とは対象的なまでに鋭い眼光を宿した目尻の下がった瞳で、ギロリと新吉を睨んだ。
 その瞬間、新吉は真夜中に嵐の中でゴジラに踏み潰された家へむけて家族を呼んで叫んでいた18年前の記憶がフラッシュバックした。
 拳を思わず強く握り、彼は直感的に理解した。この少年は当時の自分だと。
 同時に彼の言葉から自分と彼との決定的に違う状況も理解した。
 あの時の新吉には同じ被害を受けた島民達がいて、まだその全貌はわからなかったものの島の伝説にある強大な存在が現実にあらわれたのだと信じて一同が陳情に本土へ赴いた。しかし、今の彼には彼の信じられる状況も仲間もいない。

「君に仇がいるのか、またそれが何か、それを調べに来ました」

 新吉はその眼光に真っ直ぐ見つめ返して答えた。そして、突然の二人の言動に動揺が見られる母親を八神から「大丈夫です」と離し、膝を折って彼と目線の高さを合わせる。

「怒り、仇への復讐心を持つことは当然のことです。しかし、その為に冷静さを失ってはいけませんよ。仇がいるならそれが何か、どのようなものか、知る必要がありますが、子どもには難しいことが多いんです。いざという時に恐怖に負けて身を滅ぼすのではただの無謀というものです。大人を頼りなさい。……いや、今の君にはこう言う方が良いか。大人を利用しなさい。仇を調べる者に付いて誰よりも多くを学び取りなさい。敵討は自らの手で成すことが全てではありません。仇を討てる力を持つ者に託しなさい」

 新吉の言葉に親子を連れてきた職員は眉を寄せて口を挟もうとするが、それを無言で神宮寺は止める。
 彼は新吉の素性を知っていて、ここに呼んでいる。彼もまた八神の瞳に宿るそれが、銀座で家族を失ったあの日の自分と重なるものだと理解していた。

「おじーがあいつを調びーねぇ、たーがあいつをくるすぬがや?」
「僕が調べた結果にも寄ります。駆除が必要であれば、然るべきところが対応するでしょう」

 或いは対処不能となる、という言葉は飲み込んだ。






 新吉は八神へ伝えた言葉をなぞるように、或いはかつての自分を投影するように、彼を調査へと連れ出した。
 既に得ていた彼の証言は神宮寺の言葉通り、決定的なものではなかった。
 八神は父親が船長をつとめる漁船、第四昂栄丸に乗っていた。親子の他に、父親の部下、弟子に当たる漁師が3名が乗船しており、明け方に出港して沖合の漁場で事故は発生した。父親達が網を引き揚げていると突然網が海中へと引き摺り込まれた。この時に2名の乗員が巻き込まれて海中へと転落した。
 網は引きちぎれたが、船体は大きく左右に振られて転覆し、その際に父親から浮力のある冷凍庫に八神は放り込まれた。直後、転覆した船は海中から突き上げられるように真っ二つに割れて父親と船員を巻き込んで沈没した。事故のあった漁場は南西諸島海溝上に位置しており、八神が救助されたこと自体が既に奇跡であり、他の乗員は遺体も含めて発見されていない。
 そして、沈没の瞬間に海中から船を沈めたものを八神は一瞬ながらも目撃した。それが、“巨大で黒く鋭い岩のようなゴツゴツした怪獣が船を沈めた。”という証言であった。
 しかし、この証言だけでゴジラと決めつけるわけにはいかない。特に前述の内容は八神の証言以外にも彼の入っていた冷凍庫、船の破片の分析からもある程度の信憑性があった。対して、その船体を海中から押し上げた存在がゴジラを連想させる証言のような怪獣であるかは全くわからない。
 新吉もアルも、そして神宮寺も八神が嘘を言っているとは考えていない。八神でなく、彼の脳が真実を彼に伝えているか疑っていた。

「今のところ、漁船に衝突した可能性がある個体は確認されてネーダ」

 アルが調査船の甲板にいた新吉に声をかけた。クジラを八神の脳はトラウマによって怪獣と誤認したという可能性を潰す必要があった為、アルはこの海域のクジラを調査するグループと連携していた。
 神宮寺は米軍の潜水艦が漁船を沈没させたことを隠蔽していないか調べている。

「神宮寺さんからの伝言です。この海難事故調査に圧力があったようです」
「ドコからのダ?」
「断言はできないみたいですが、恐らくアメリカ政府のようです」
「国?」
「えぇ。なので、僕は二つの可能性が高くなったと考えています」
「二つ? 米軍の隠蔽ダガ?」
「八神君の証言が真実を捉えていた場合、ゴジラはどこから来たのでしょう?」
「なるほど。またアメリカの核がゴジラを生んだとしたら都合は悪いベ」
「祖国の一つではないのですか?」
「4分の1ダ。母方の祖母が貿易会社社長の娘でエジプトで祖父と駆け落ち同然で結婚したと、今では一族の語り草になっているダ」

 時代背景を考えると映画が一つ作れるほどの大恋愛があったのだろう。アルの話に驚く新吉に彼はちなみに、自身の話も添えた。

「ちなみに、妻は戦前に大陸で結婚したハーフダ。ムザッファルの本名は、ムザッファル・ムジュタバー・ムファサ・木蘭ムーラン・仲村ダ」
「それは、大層な名前ですね」

 新吉が感想を述べると二人で苦笑した。
 狭い船内からは八神とムザッファルが遊んでいる声が聞こえる。息子を連れてきたアルの判断は正しかったらしい。

「ああ言う声を聴くと彼も息子と変わらないとわかって安心するダ」
「そうですね。何とか彼が子どもらしくいられるようにしたいです」

 新吉は強い願いを込めて答えた。
 先程の圧力について、新吉はかなり大きな障壁であると考えていた。そもそも始めから不自然であった。時期的な影響は間違いなくあるが、間違いなく最年少議員で新任の市議会議員が指揮しており、役所の協力こそあるものの捜索も調査も小規模である。既に八神を救助した時点で他の生存者が絶望視されたとも言えるが、一つ間違えれば日米の安全保障にも関わる可能性すらある事故に対してどこの動きも小さい。神宮寺に話が来た時点で既に何者かのシナリオは完成していたという陰謀論めいた発想が脳裏に過ぎるのだ。
 仮にそれが事実であれば、この調査自体が事態を収束させる為の証拠づくりに過ぎず、結果すらも意味をなくす可能性がある。

「……考え過ぎだ」

 新吉は自嘲し、視線を水平線に向けて思考をリセットさせた。
 しかし、新吉達が沈没させた存在の正体に迫る前に日本と米軍基地からの唐突な謝罪と多額の慰謝料が遺族に支払われて強制的に調査が打ち切られた。その謝罪で語られた真相は、戦時中の機雷が不発のまま掃海されずに残っていたものが網にかかって発生した不幸な事故というものであった。
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