第三章 逆襲




 ゴジラGⅡ出現、ゴジラGⅠ復活、三神の大戸島帰還。この一連の出来事から1ヶ月が経過した。
 不定期にクルーズ、優、ムファサから共有されるゴジラ情報に対して三神の見解をフィードバックする。そんな日々が続いており、緩やかに過ぎる島特有の時間経過の中に身を置く三神は、エジプトや中国の被災状況がどこか現実味を持てず、それでいてゴジラの情報はリアリティに満ちていると感じていた。
 
「こういうことを他人事というのか……?」

 或いは平和ボケかと、クルーズへ返信するメールをパソコンで打ち込みながら三神は呟いた。
 偶々それを事務机で書類整理をしていた所長に聞かれていた。彼は苦笑とも労いとも取れる笑みを浮かべて三神のところまで来るとその肩をポンと叩いた。

「これまでが非常だったんだよ。君は君にできることを粛々と行なっている。DO-Mの単離も順調なのだろう?」
「えぇ。かつての詳細なデータはあの時に焼失していますが、単離に適した培地の組成や環境設定は論文にも記述していましたから。再現性は十分にあるので、あとは培地にできたコロニーからDO-Mを探すだけです」
「君の失われた過去は戻らないかもしれないが、再び始めることはいつでもできるよ。それが科学というものだよ」
「そうですね」
 
 三神は頷く。しかし、まだ彼は思案をする表情でパソコンのモニターへと視線は戻しているもののその手はキーボードに添えられたまま動いていない。

「……悩みかな?」
「そう……かもしれません」

 三神は視線をモニターへ向けたまま、所長の問いかけに答えた。所長はそのまま強要することもなく、静かに三神の語りを待つと、彼は感情と思考の整理を行いながらもその過程を言葉にするかのように取り止めもなく話し始めた。

「赤い竹のDO-Hを抽出した方法は結局確定しませんでしたが、恐らく遠心分離か振動によって細胞を破壊していたと思いますし、水との反応を回避する分離や抽出は心当たりもあります。恐らく彼らもその中の何らかの方法を使っていたのだろうと思います」
「そうだね。僕もそう思うよ」

 所長は表情を変えずに相槌を打つ。
 その声を聴きながら、三神はいつの間にかスクリーンセイバーに切り替わり幾何学模様のグラフィックが動くのを目で追って言葉を選ぶ。わざわざゴジラ團という手段を使わずとも所長であれば、団長の行おうとしていたことのほとんどが可能であり、その先に存在するであろう答えにも所長ならば近づくこともできた。そういう位置に彼はいる。
 だから、頭では可能性が低く、これまでの恩は十分過ぎる信頼を三神が抱いていたが、一度でも彼を団長の可能性があると考えたことは無くせない。
 普段は気にしないが、この話題で相談をする時はどうしても葛藤が生まれてしまう。

「…………つ、つまりですね。………それは僕らにもDO-Hが生成できるということになります。……赤い竹は、そういう現象を起こすものとして武器、兵器に使っていた。……DO-Mはボツリヌス菌などの芽胞形成をする単桿菌の特徴を有していますが、その芽胞は炭素繊維で出来います。これは他にない特徴でした。DO-Hは恐らくその形成過程で有機物を分解して取り込んでいて、その分解物質なのだろうと考えられます。……当時、DO-Mの実験では土壌からの残留放射線量が顕著に減少することがありました。DO-Hはそのプロセスの一つにある物質だと思います。…………つまり、何が言いたいかと言えば、このプロセスにはまだ先があって、その生成物はゴジラにも有効な兵器となる可能性がある訳です。……きっと、政府もそれは想像していて、それはオキシジェン・デストロイヤーを連想している」
「…………つまり、芹澤博士の苦悩と同じものを三神君は抱きつつあって、産み出す前ならやめられるかも、と思っているのだね?」
「そこまでは! …………いえ、その通りなのだと思います。またDO-Mに会えて、あの時はその入口で終わってしまった研究が更に深く、真相へと迫れるかもしれない。……だからこそ、この好奇心が怖くて。……でも、それは自分にこの研究が完成できるなんて傲慢な考えがあるからで、実際にはDO-Hすらも僕が見つけた訳でなく、一連の現象が何を意味しているのかもまだわからない。そもそも僕にはこの研究が完成できないかもしれない」
「それは研究者なら皆直面する苦悩だね。僕にも覚えはあるし、……今もそれはまさに抱えている葛藤だよ。…………仮に、このままDO-Mの単離培養が成功すれば、汚染土壌の浄化はこれまでと比べ物にならない程、短時間で行えることになる。ゴジラによって汚染された各国の被災地復興は希望が生まれる。………しかし、DO-Mには兵器利用の可能性が示唆されている、というのが今の予測される事で、これらは今後の研究で事実となることを僕も確信している。………さて、三神君。もしも君が研究者として傲慢だとするならば、どの点だろうか? 研究が完成できる実力があること? いや、違うよ。僕は君なら研究を完成できると信じている」
「では、どの点ですか?」
「DO-Mだよ。僕も君の論文、研究記録、赤い竹からの情報という資料、全てに目を通しているが、DO-Mはオキシジェン・デストロイヤーになり得ないと考えている。あれは世界や君が思うほどに万能でないし、オキシジェン・デストロイヤーも魔法の物質でない。……君には酷なことを言っているのかもしれないけれど、それを証明するのが研究だし、先入観で結果を見誤ってほしくない。その客観的事実をみる冷静さは研究者に必要だからね」

 所長の言葉は研究者として上司であり、先輩である立場を超えた説得力があった。特に、世界も三神自身もDO-Mに重ねている恐怖や期待は、未知のオキシジェン・デストロイヤーという存在に対するものだ。
 所長にそれはなく、冷静であった。
 
「そうですね。………所長に話して良かったです。僕には、いや所長でないとその言葉はなかったと思います」
「………話していたかな?」
「いえ、先日調べました」

 三神の言葉の意図を察した所長は首を傾げた。
 所長というのはあだ名だ。所沢館長兼センター長を略して所長と言い始めたことがきっかけだと言われている。その本名は、所沢新吉。高濃度放射線環境下での生物圏についての研究を長年行ってきた人物である。
 しかし、それ以外のことは今回、三神が疑惑を抱いたことで調べて知った事だった。

「まぁ、言いふらすことでないけど、隠してもいないからね。調べればわかるよね」
「以前、敷島さんから所長の師が山根博士だということを聞きました。しかし、養子だったとは思いませんでした」
「隠してはいないけれど、昔はそれを理由にあまり良くない経験もしたからね。学問の世界も政治はあるし、親の七光りと揶揄されたことも幾度とあった。今の立場も僕が山根恭平の後継として与えられたものだ」

 顔に影を落として話す所長を三神は見つめ、所長の過去について考える。
 三神が調べた彼の経歴は大きく2つに分かれていた。
 大戸島で孤児となり山根博士の養子となった後が一つ。ゴジラの死後、山根博士は大戸島復興への支援とここ、ゴジラ博物館の設立に向けて貢献し、初代館長となるが、当時山根博士は放射能症を発症しており、ゴジラ博物館設立前から実務は彼の家族が行っていた。前後の記録、状況から事務関連を実娘の恵美子、研究や博物館の実務は養子となった新吉、つまり所長が行っていたことが想像できる。山根博士の逝去後の1960年代後半から70年代前半、山根博士が遺した研究を継いだ所長は山根新吉の名で主に古生物学分野で活躍していた。高濃度放射線環境下での生物圏についての研究もこの頃からレポートや機関誌への寄稿として発表がされ始めていた。しかし、1972年の海難事故調査への参加を最後に山根新吉の名は消えてゴジラ博物館からも離れたことが確認されている。
 再び所長の名が現れるのは約10年後であり、それもここの研究室長、所沢新吉としてであり、以降は三神もよく知るゴジラを含む高濃度放射線環境下の生物をテーマとした研究を続け、その第一人者と言われる現在の彼に至る。
 詳細は分からなかったが、敷島曰く所長は所沢家という所謂資産家に婿入りしていたらしい。子どもはなく、妻に先立たれ、所沢家自体も戦後の経済成長の波に乗って成り上がった者らしく、所長以外の親類縁者もいない為、一代で絶える家なのだという。

「三神君、オキシジェン・デストロイヤーを生み出した芹澤博士もゴジラを倒す兵器を作ろうとしていた訳ではないのだよ。彼とオキシジェン・デストロイヤーも、君とDO-Mと同じ。目の前にある研究へ真摯に向き合い続けた中で出会った結果の一つに過ぎない。……そう、今の僕は思っているよ」
「そうですね。ありがとうございます、所長。少し研究室へ行ってきてもいいですか? ……無性に調べたいことが浮かんできてしまいまして」
「ふっ、まだまだ君は若いね。でも、それが研究者としてのあり方だよ。……メールはいいのかい?」

 所長が問いかける時には既に三神は立ち上がっていた。

「後で詳しい文書を送ることだけ打って返信してしまいました」
「そうか。ここは僕一人いれば大丈夫だよ」
「ありがとうございます」

 そう礼を言って三神は事務室を後にした。
 三神が立ち去った後、閉まる扉を見届けると所長は三神が出て行った扉とは反対側の扉に視線を向けた。博物館のロビーにつながっている出入口となるその扉は音もなくゆっくりと開いた。つまり、扉は元々少し開いていたのだ。

「貴方は彼をオキシジェン・デストロイヤー探しの仲間に引き入れようと考えているみたいですね?」
「あくまでも僕は中立だよ。君にも、彼にも」
「沈黙を貫くことも十分に共犯だと思いますが、それでも貴方は俺にも沈黙をしていることがあるようだ。そういう意味では合っているのか……ズルいお方だ」

 普段の飄々とした態度とは違う、別人のような口調とそれに見合った雰囲気を纏った神谷が室内に入ってきた。
 その彼を所長は静かに見つめ、感情の起伏がない表情と口調で淡々と答えた。

「僕は僕の為にしているだけだよ。それは君とて同じだろう? 神谷君、いや――八神宗次君」
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