第三章 逆襲
大戸島へ到着した際、三神はヨーロッパの優とエジプトのムファサと合流する為に航空機の手配をしていたクルーズにゴジラGIがゴジラGIIを目指している可能性とその理由を伝えた。
「アラビア海から東シナ海までどの程度の航路ですか?」
「概ね2ヶ月だ。ゴジラが航路通りに進むとも考えられないが、1ヶ月以上はかかる。ルートによっては3ヶ月といったところか」
つまり、ゴールデンウィークから梅雨までの期間には2体のゴジラが太平洋で争いを始める可能性がある。
2体のゴジラが都合よく洋上や無人島で邂逅すれば被害も少ないが、例えば東京で戦い始めれば被害は尋常でなく拡大する。
「………せめて一体になれば」
「ん?」
「いえ、ここは実際に起きている事象から考えるべきです。本来であれば僕も一緒に向かうべきだというのに………悔しいです」
「この件に関して君は被害者だ。他国は勿論、この国や合衆国にも未だ君を狙っている者はいる。既に博物館と研究所、更にこの島全体もセキュリティを強化しているが、くれぐれも気をつけてくれたまえ」
「耳の痛い話ですが、勿論ですよ」
苦笑しつつも三神は頷いた。
そして、クルーズはそのまま大戸島から本州へととんぼ返りしていった。
クルーズを見送った三神がフェリー乗り場前まで歩いていくと、見慣れた軽自動車が駐車スペースにいるのが目に着いた。車体には国立大戸ゴジラ博物館の名前が掠れた文字で書かれている。
軽自動車に三神が近づくと、ドアが開き、見知らぬ男女が降りてきた。
「会いたかったよ、三神小五郎」
「初見でフルネーム呼び捨てとかどう言う神経をしているんですか?」
「こういう神経だよ、アメーバちゃん」
「帰りは歩きでお願いします」
「ひでぇ!」
「あの………」
唐突に目の前で繰り広げられた夫婦漫才に困惑する三神がおずおずと声をかける。
状況から女性の方は三神の代わりとして臨時に派遣された採用職員の天羽翠だと彼も察していたが、男性の方は全く情報がない。
「すみません。天羽です。……で、こちらは居候の神谷さんです」
「失礼だな。これでも調査料は今も発生しているんだぜ? ……改めて、神谷想治。名探偵と言われている者だ。つい先日まで、アンタをゴジラ團の団長だとする証拠か、アンタよりも団長がゴジラ研究者として優れている証拠を掴む依頼を受けていたんで、ここで厄介になっていたんだ」
「何もしてませんでしたけどね?」
「仕事のできる男は女の前では仕事をしないものなんだよ」
「なんですか、その謎な決め台詞」
そのやり取りで三神も理解した。現政権が用意した人物が島で三神を調べていることは伝え聴いていた。それが神谷だと。
「それで、僕のお迎えに来てくれたということで宜しいですか?」
「はい」
「え? ドライブデートだと思ったよ」
「神谷さん、黙ってて下さい! 話が進みません! ……所長が手を離せないので、代わりにお迎えに来ました。帰国早々ですみませんが、既に荷物が研究所に届いていて、まずそちらの確認をお願いしたいんです」
「わかりました。僕も状況を確認したいので、お願いします」
そして、まだ時折軟派な発言を挟んでくる神谷を何だかんだ相手にしながらも三神を乗せ、軽自動車は国立大戸ゴジラ博物館へと向かって走り出した。
「やぁ、三神君。大変だっただろうけれど、無事に再会できてよかったよ。それと、帰国早々にすまないね」
研究所は佇まいこそ以前と変わらぬ旧館であるが、入口にはカードキー式オートロックの自動ドアに変わっており、窓も防弾の強化ガラスに張り替えられ、それぞれにセキュリティサービスのセンサー機器、監視カメラの設置がなされている。
それを翠が解除し、研究所に入ると所長が三神を出迎えた。
「ご迷惑をおかけしました」
「気にしなくていいよ。ある程度はこちらも状況を既に共有してもらっている。それよりも、こっちだよ。君に託された研究であることと、極限環境生物としては希少なサンプルであることというのは間違いなのだけれど、こう放射能警告マークのあるコンテナを廊下に置いたままにする訳にいかない。部屋を一つ用意したから運び込んでくれるかい」
所長は肩にかけたタオルで額の汗を拭きながら、研究所のエントランスホールに鎮座するコンテナの山を示した。
博物館としての資料や史料の保管、管理は新館にあたるゴジラ博物館に収まっているが、半世紀の間でゴジラ以外も研究対象に含まれた特殊生物研究センターは博物館機能がなくなった旧館でも手狭にさせている。実際、ゴジラ関連の研究者に該当する職員は三神と所長の2人だけであり、他の職員は各々ゴジラ以外の特殊生物研究を行っている。
「あぁー……ご迷惑をおかけしました」
三神は改めて同じ言葉を繰り返した。
その後、所長の呼びかけで他の職員も集まり、三神の指示通りに荷運びが行われた。
荷運びが終わり、三神は培養実験の機材や器具を整備し、コンテナに入っている大量の土壌サンプルからDO-Mの単離、研究をする為の準備を終えた。
いつの間にか陽は傾き、差し入れ程度の食事しか摂っていなかった体は空腹を訴えてくる。
所長が管理をしてくれていたらしく、長らく留守にしていた自宅や冷蔵庫が悲惨な状態になってはいないというが、当然食糧はない。
港にある定食屋で今夜は食べようか等と考えていると、白髪の小太りに汚れがこびりついた白衣を着た老人が部屋に入ってきた。彼は元官僚で政府の研究所で勤めていた敷島博で、ほぼ一日テラスを改修した温室で過ごしている為、天下りとあだ名されている。もっとも、本人含めここの職員は皆、彼が日本での細胞科学、遺伝子工学の開拓者であり、基礎研究は勿論のこと、応用研究も含めた日本の細胞学の礎を築いた人物だと知っている。知っているからこそ本人にも言える愛称だ。
「ミジンコ君、今夜だけどルシイルを予約したから。つまり、君の帰還を祝う会をささやかながら行おうと、所長との話でなってね」
「ルシイルを?」
「奮発はするけど、自重はしてくれよ。こちとら薄給の天下りなんだから」
「またまた。……ありがとうございます」
「じゃ、閉館後に入口前集合ね」
それだけ伝えて敷島は部屋を後にした。
三神は残り時間を確認して、明日からの準備も終えておこうと作業に取り掛かった。
その後、三神は何故か神谷も混ざっている博物館の面々と坂道を降りていく。
ルシイルアンダソンは港から博物館の建つ丘へ向かう坂道の途中にある老舗酒屋だ。元は戦後に戻ってきた島民が始めたラム酒造の会社。もっとも、島はサトウキビの生育に本土ほど適さない為、あくまでも自社でも造酒をしている老舗の酒屋で小笠原本島のものとは異なる。酒造、販売の他、彼らが利用する居酒屋も営んでいる。小さいながらも母屋は宿泊施設となっている為、その板長が居酒屋の食事も提供しており、島内では冠婚葬祭などで利用することの多い高級店のイメージが定着している。
ちなみに、名前は何となく創業者が外国人受けしそうな名前なら儲かる気がすると深く考えず、外国っぽい名前にしたもの。ルシールやアンダーソンといった名前に縁は全くない。
「それでは、三神君の帰還を祝して、乾杯!」
「「「「「「乾杯!」」」」」」
所長の音頭で軽快に始まった会食は、各々酒と料理に舌鼓を打ちながらささやかにも盛り上がった。
店員は宿の番頭も務める若旦那と呼ばれている長男で、屋号の“ルシイルアンダソン”とカタカナで書かれた半被を羽織っている。
そんな中学生になる娘と小学生の息子を育てる立派な父親ながら、大旦那である父親と女将である母親から経営の全ては引き継がれておらず、年々平均年齢が上がる青年団を漁師長の息子と束ねるなど、苦労の絶えないことを示す白髪混じりの頭にはまだ夜の寒い時期にも関わらず汗を滲ませて、皿を運んでいる。
「若旦那、ラムにある食べ物も頼めるかい? カルパッチョとかで良いんだが」
何故か神谷が慣れた様子で若旦那に注文を伝えており、翠が眉を寄せる。
「神谷さん、時々ここに来てますね?」
「……誘って欲しかったかい?」
「そういうの、今日はいいですから。最近、本当に信じている人が出ているんですよ」
「そいつは光栄だ。……そういえば、そういう浮いた話はどうなんだい? 一応、これでも探偵していたから調べはついているんだ。遠慮なく聞かせてもらうことも仕事のうちさ。資料で見たら、結構な美人らしいじゃないか」
神谷は隣で頭を抱える翠を他所に三神に絡む。主語と目的語がないが、何を言いたいのかは三神にもわかる。
酒の肴に他人の色恋を探る俗な行為だが、その瞳は笑っていない。三神もそれに気づかない程に酔っている訳でない。
彼は脳裏で話題の元妻やクルーズならば、あえて挑発する言葉や酔ったふりをして煙に巻くこともするだろうと考えつつも、素直に相手の策にハマることを選んだ。こういう駆け引きは苦手なのだ。
「残念ながら、優との復縁はできていないですよ。……まぁ、色々と話せずにいたことを話すには十分な時間だったので、昔と同じではないですが、それなりに話ができる関係にはなりましたよ」
「面白味のない当たり障りない回答をどうも。でも、別れた女と一緒にいるってのは、俺なら難儀だわ。だから三神さんは大したものだよ」
「神谷さんがそういうとは意外ですね」
「おや、嫉妬かい?」
「聴いてましたか?」
翠がジトっとした目で神谷を見るが、彼は飄々とそれを交わして三神に酌をする。
「まぁ、もう少し酔ってその口を割らしてくれや」
「……あぁ、それは勘弁してください」
酌を受けつつ、三神は苦笑した。
そうして夜は更けていき、翌朝から三神の大戸島での新たな日々が始まった。
