第三章 逆襲




 日本時間、3月21日月曜日。
 現地時間、深夜1時。
 イタリア、地中海。シチリア島沖。
 現地では前日から続く群発地震を受けて海底火山の活性化を警戒し、観測を続けていた。
 シチリア島で観測作業を行なっていた研究者は、その時の光景を海が光ったと表現した。
 地震とともに海底火山は噴火を開始。水蒸気と噴煙が洋上に上がり、津波への警告が出される中、その中心が眩い閃光を放ったのだ。
 その後、一際大きな爆発によって海面は盛り上がり、大きなドーム状の噴煙が上空へと昇った。



 

 

 地中海各地が津波に関する報道で上海の被害がほとんど話題に上がらなくなっていた夜明け、スエズ運河河口にあたるエジプトのポート・サイトは混乱状態となっていた。
 津波による被害は少なからず海岸線で生じていたが、逃げ惑う人々は津波を見ていなかった。
 海から船首のみとなったフリゲート艦が飛んでくる。通りを逃げる人々と建物を巻き込んで街に落下して滑走する。
 そして、地響きを伴って足音が地中海側から迫ってくる。

ギャグオォォォォォォォォォオゥンッ!

 朝日に照らされて街を蹂躙しながらスエズ運河に沿って進行するのは、昨日上海を襲撃したゴジラと同じ姿をした巨大な生物であった。
 エジプトの人々の記憶にはまだ鮮明に残っていた。その怪獣こそ、3ヶ月前にヨーロッパを蹂躙してモンテクリスト島と共に消滅した筈の、あのゴジラであると、人々は気づいていた。






 
 直線距離にして約100マイル。人類が10年をかけて開通させたスエズ運河に沿って、ゴジラは悠然と移動し、僅か数時間で紅海へと到達。その日の内にバベルマンデブ海峡を通過し、そのままアデン湾からアラビア海へと消えていった。






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 2日後、利用客で溢れかえり、混沌とした様相となっているカイロ国際空港でクルーズは優とムファサの2人に合流した。
 ムファサは元々エジプト国内におり、クルーズは三神を日本へ送るとすぐさまヨーロッパへと駆けつけて優を迎えるとエジプトまで地中海を越えてきた。
 
「一旦、情報を整理しよう」

 空港を移動し、VIP専用のエリアで予めクルーズが抑えていた部屋に入ると、インスタントコーヒーをテーブルに置いて2人に座るように促した。
 2人が腰掛けるとクルーズも椅子に座り、コーヒーを口にする。

「さて、ゴジラが上海に現れた翌日に地中海でゴジラが出現した。シチリア沖の海底火山噴火との因果関係だが、目撃情報と放射性物質が周囲で観測されていたことから、ゴジラがN・バメーストを放ったと考えるのが妥当だ。また、上海でゴジラは過去の白熱光と異なる放射熱線を使っていた。ムファサ先生の見解を聴くまでもないが、ゴジラは2体いる。我々がこれまで遭遇したのが2日前に地中海から現れたゴジラ。そして、新たなゴジラが上海の個体だ」
「異議なしダ。二度あることは三度あるってことだべ。そして、三度も偶然ゴジラが核を受けてその力を得るってぇことも考えずらいだら。元々ゴジラという生物は放射能を自らの糧にする力を持つか、それが放射性物質に限定した話ではないかのいずれかに限られたンダ」

 ムファサの言い回しにクルーズの頭に?が浮かぶ。それが表情にも現れ、優が嘆息混じりに補足した。

「つまり、ゴジラは少なくともその身に受けた核エネルギーなのか放射性物質そのものなのか、その両者なのかを吸収する能力がある。ここまでは最早確信と言っていい程の状況証拠が揃っているわ。特に、こっちのゴジラ……GIだっけ? ゴジラGIのN・バメーストは当初試算された被害よりも小さな規模になっているわ。その原因はゴジラGIが撒き散らす放射性物質の量が試算で扱われた核兵器のそれよりも少なく、また含有される物質もストロンチウムのような半減期の長いものの割合が低かったという調査結果もあるわ。これによって実際に各地の除染や復興の目処が立ち始めている訳でもあるのだけど、シュナイダー博士曰くゴジラGIは彼の作った限りなく純粋水爆に近い一つ目の“赤い水銀”を受けている。兵器としてのそのものは私よりもクルーズさんが専門よ?」
「なるほど。ゴジラGIの使う核エネルギーは“赤い水銀”ということか」
「えぇ。そして、ムファサの言ったのはこれが放射能に限定されたゴジラの能力なのか、別のエネルギーでも該当する能力なのか」
「別?」
「ンダ。少なくとも三神の仮説では、オキシジェン・デストロイヤーの能力を獲得したゴジラ、“デルタ”を予言しているべ」
「前提がそれを受けても尚も生存して自らの糧にすることだから、骨一つ残さないで消滅した以上、実在できない机上の存在だけどね」
「ふむ。……ゴジラGIとゴジラGIIの白熱光や行動に違いがある」
「それもゴジラの個体差だべ。一種の獲得形質ってぇ解釈だら」

 ムファサのいう獲得形質は、親から子に遺伝する形質に対してその代のみで獲得したものを意味する。キリンの首やゾウの鼻は世代を超えて長くなり、能力を獲得する進化をした。獲得形質とは一個体が環境や努力などによってその生涯の中で獲得した能力をさす。
 ゴジラが世代交代ではなく、一世代で能力を獲得する性質がある発想は山根博士が唱えた説にも共通する。三神はそれを今の古生物学とゴジラのあまりに逸脱した存在であることを踏まえて組み立て直した説になる。
 それこそ呉爾羅からゴジラへの変化が仮に存在していたとしても、それは巨大化などでない。元々巨大な核程度で死ぬこともない超常的な生命力を持つ生物が水爆を受け、その力を自らの糧にした状態こそ、ゴジラなのだ。
 三神の総説論文を証明する発見がこの数ヶ月、続いていることも事実だった。最も奇天烈かつ科学者を苦悩させたことはニューヨークで回収されたゴジラの肉片を分析した結果である。ヨーロッパ各地、特に地中貫通爆弾と列車砲によってゴジラの肉片はその大部分を直後のN・バメーストで消失させつつも後に回収され、各地の研究機関へ渡った。これを受けて当初サンプルを独占状態であった合衆国の優位性は失われ、年明けから一転して発表競争が始まった。
 その基礎となる考えが三神の論文であり、それら発表も三神が当時映像や記録、伝承から凡そ事実と思えない口伝に至るまでの情報を元に組み立てた机上であった理論の根拠、証明をする為の事実として行われた。三神の仮説が真実であったと判明した事実もある。しかし、この事実に対するもっとも適切な評価は、ゴジラのサンプルがあまりにも常識から逸脱した存在であることが判明する結果になり、既存の理論では対応できなかったが為、現在学術的な評価を得ている唯一のゴジラに関する論文で説明するしか発表する術がなかったというものだ。
 しかし、理由は兎も角、結果的に三神の論文はどんなに超常的な存在であろうと、ゴジラを生物として扱う為の考え方が示されており、その論拠が現在も示され続けている。これは神や禍として扱われていた存在を生命を止めれば死ぬ生物だと証明していることに他ならない。
 そして、発表された大きな新事実は大きく三つある。
 一つ目は、ゴジラの組織は金属元素の含有率が高く、植物の細胞壁とも異なるがそれを超える強度を持つ未知の細胞膜構造を有すること。これが通常の生物では重力によって、本来自重を支えることすら叶わない筈の巨大を維持する秘密であった。
 二つ目は、優が先程話していた体内放射性物質の特性だ。細胞膜構造と共にこの体内放射性物質を取り込む細胞小器官がゴジラの細胞には存在し、サンプルでは含有量が少なかったもののゴジラの細胞は放射性物質を取り込み、化学エネルギーとして取り込む機能が存在していたことが判明したのだ。
 三つ目が、その遺伝子情報である。ゴジラにもDNAは存在したものの、余計なスペースが存在せず、更に細胞核と一体化して特異な構造体が確認された。当初はその役割、挙動が全く不明であったが、ヨーロッパで回収されたまだ活動が停止していない細胞サンプルが発見され、その細胞サンプルに強力な放射線の照射実験を行ったことで判明した。それこそ三神が論文で自らあり得ないと思いながらもこれ以外に考えようがないと結論づけた、放射線を浴びても癌化しない遺伝子の秘密であった。ゴジラの遺伝子はエラーを起こしにくい、余計なスペースのないものであったが、それでも放射線によって破壊される。破壊された遺伝子はエラーとなり、細胞も死に至るか暴走状態となり癌化する筈だが、その特異な構造体は破壊された遺伝子を復元したのだ。
 これら新事実が三神の唱えた不老不死の巨大生物呉爾羅が放射性物質を取り込んでゴジラとなった仮説を証明した。
 世代交代をしない神がかったゴジラが何故三体も地球上に存在したのかはわからないが、現実として三体目のゴジラが現れ、二体のゴジラが地球上で活動している。

「三神氏は状況が変わったことで再び微妙な立場となった。日本と合衆国がこれまでと一転し、彼を保護する役に回っている。人柱になってくれたアシモフ君のおかげだが、逆に商談が成立したロシアは以前までの合衆国の立ち回りをすることになる」
「つまり、今度はロシアが率先してミジンコ君を団長と主張して、その身を確保しようとしているのね?」
「そういうことだ。ゴジラよりも国家の方が環境一つで立ち回りも機能も変わるということだ。地政的な事情で中国はロシアと足並みを揃えると考えるべきだ。上海のゴジラGIIの現地調査は諦めておくのが賢明だ。まだ直接の連絡は取れていないが現地のブラボーの安否は確認されている。彼の立場上、長期の滞在はリスクになる。連絡があるのは他国へ移動した後になるだろう」
「つまり、2匹のゴジラのサンプル比較はしばらくお預け?」
「そうなる。……もっとも、三神氏はそれをネガティブに捉えていない様子だったがな。それが、君達と合流した目的になる」
「彼は何と?」

 優が身を乗り出して聞くとクルーズは静かに空となったコーヒーカップをテーブルに戻す。
 そして、一息吐くと2人に告げた。

「三神氏はゴジラGIが太平洋のゴジラGIIを目指していると言っていた。根拠はゴジラの行動が互いに影響し合っているタイミングだと言う点で、目的で二つの可能性がある。一つは繁殖。もう一つはニッチ」

 ニッチとは生物学の用語で生態的地位を指す。生物は種が生きていくために適した環境を求める性質がある。しかし、同じ生態系、同じ生息域にライバルとなる別の種が存在する場合、種の存続の為に生存競争を勝ち抜くか、生息域を棲み分ける。
 
「ダベな。……オラは後者を推すべ」
「三神氏もムファサ先生と同じ見解だった」
「当然と言うべきね。彼の唱えたゴジラは繁殖をそもそもする必要のない生物よ。世代交代を必要としない種が生存競争をするならば、そのライバルは他種でなく、同種となるわ」
「ゴジラの敵は、ゴジラ……ということだな」

 クルーズの言葉に二人は頷く。

「ダベ。生物学でピンと来なくても、ゴジラという存在が常識を逸脱しているってのはわかるべ? 人智を超えた存在を人間は端的に神と呼ぶんだべ。古今東西、異なる同じ立ち位置の神が2つ存在したら何が起こったラ?」
「…………」

 ムファサの言いたいことはクルーズにもよくわかった。
 戦争、聖戦、ラグナロク、ジハード、呼称は枚挙にいとまはないが、どの神も座る椅子は一つだ。同じ位置にいられる神は一柱のみ。それは一神教も多神教も変わらない。故に争いは起こる。それを回避する手段は生物学でいうところの棲み分けだ。役割や意味付け、時間、空間などを分け、同じ位置にいても昼と夜、善と悪などで棲み分けている。

「そういう意味ではゴジラ團という存在と行動も理解できるわね」
「? どういう意味だ?」

 優の言葉にクルーズが怪訝な顔をする。一瞬のうちに言葉の意味を様々に解釈したらしい。
 対して優は意外という顔をして、答えた。

「え? 気づいていませんでした? ゴジラ團が上海で妨害をしなかったということですよ?」
「…………ああ。確かに。しかし、それが今の話と?」
「んー……つまり、こう言えばどうでしょう? ゴジラ團はこれまでゴジラGIへの攻撃を妨害してきて、特殊爆弾もゴジラGIに使うつもりはなかった。そして、上海に現れたゴジラGIIへの攻撃を間近にいたにも関わらず、妨害しなかった」
「つまり、ドクター。……こういうことか? ゴジラ團の仰ぐゴジラというのは、ゴジラGIであって、ゴジラGIIではない」
「そうです。……それに、もしもそれが正解なら、3ヶ月前の疑問の答えも」
「疑問とは……。特殊爆弾を盗んだ目的と赤い竹との共闘の謎か?」

 クルーズが顎を撫でながら宙に視線をむけて3ヶ月前の優との会話を思い出す。

「そうです。ゴジラGIIはゴジラ團が仰ぐゴジラGIの敵。倒すべき敵もまたゴジラなら、ゴジラを倒す兵器は欲しいし、それならゴジラ團の仰ぐゴジラGIが†にとっての復讐相手だったのだから、互いに裏切るつもりでありながらも同じゴジラを倒す共通認識で協力関係は成立します」
「だが、ドクター。それはゴジラ團がゴジラGIIの存在も知っていたことが前提となるぞ?」
「その前提ですよ。むしろ、私はゴジラ團がゴジラGIIを倒す為に、ゴジラGIへの攻撃を妨害していたと考えていますから」

 優は驚愕するクルーズに平然とした顔で告げ、冷めかけたコーヒーを飲み干した。
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