第三章 逆襲




 1時間後、ゴジラは上海市浦東新区を横断しており、開発と解放から十数年で発展を始めていた地域は破壊された瓦礫と燃え盛る炎により、荒廃した土地となっていた。
 この1時間、上陸までに壊滅的な被害を受けた海軍から空軍へと作戦は移行し、上海のある南京軍区の崇明島空軍基地よりJ-7戦闘機を出撃させた。洋上で生き残った海軍からの支援攻撃を加えてゴジラの市街地侵攻を阻止することが中央軍事委員会の決定であった。
 しかし、これまで想定されていた対空戦力としてのゴジラへの脅威は爆熱火球とN・バメーストであったのに対して、射程の長い放射熱線は想定外の脅威であった。
 安価な旧式量産型はゴジラの都市部への侵攻の対抗戦力として一定の効果が期待できる。戦艦クラスの火力と防御力を投入する巨砲大艦主義的方法がゴジラと対峙して存続させることを基本としている。対して侵攻進路を変えること、侵攻阻止を目的するならば、ひたすらゴジラを妨害し、ゴジラの注意を市街地から離せばいい。その為に人的資源と兵器を大量に投入できるならば、ゴジラにとってそれは無数に群がる蟲の大群と同様。十分にその目的は果たせる。
 人民解放軍はゴジラの注意が群がる航空戦力に向くとその展開範囲を海へと移動させていく。
 当初その作戦は有効であったが、ゴジラは周囲に群れる戦闘機の群と洋上からのミサイル支援攻撃に苛立ち、放射熱線を乱射し始めた。
 流石の中央軍事委員会も無尽蔵に戦力を投じることはできず、上海の中心地である黄浦江こうほこう沿いの浦東新区の金融街と対岸の租界時代当時に建設された西洋式高層建築が建ち並んでいる外灘ワイタンの目前までゴジラが迫ってきた今、空軍の攻撃は止んでいた。
 

 
 

 

 外灘に広がるレトロな繁華街に地響きが起こる。既に多くの人々が避難をしていたが、まだ人の姿がまばらにある。
 逃げ遅れた者や逃げることを諦めた者もいるが、中には邪なことを考えてこの場に残っている者もいた。
 火事場泥棒も含まれるが、間近に上海の夜景を炎に変えているゴジラが迫る最中、黄浦江の対岸からゴジラの破壊を傍観していたのはゴジラ團と赤い竹の残党くらいである。
 副々団長は、数人のゴジラ團員と最後の赤い竹幹部である海老羅と共にそこにいた。

「副々団長! 陸軍が到着したそうです」
「表通りに戦車が並んでいました」
 
 ゴジラ團員は口々に副々団長へ報告した。それを聞いた彼は頷く。
 
「では、我々も動くとするか。海老羅はどうする?」
「俺は、ボスの仇を倒して脱出させてもらう」
 
 海老羅は副々団長に言うと、燃え盛る街の方から歩いてくる男を見つめながら言った。





 

 ゴジラ團が立ち去ると、海老羅は追いかけようとするブラボーの前に立ちはだかると言った。
 
「待ちな! 俺の相手をしてもらおうか、フランスのブラボー!」
 
 ブラボーは足を止めて、海老羅に対峙する。
 
「R-E………」
「そんな頭文字ではなく、赤い竹の海老羅と呼んで欲しいな」
「ふん。スパイや裏切り者への拷問や処刑をして地位を上げた男にはコードで十分だろ?」
「生物化学兵器というものは開発者の存在が必要なんだよ。しかし、そういうヤツは時として頭が良すぎる場合がある。そんな裏切り者を逃がさずに場合によっては、抹殺する、そういう番人の存在が俺だ! ブラボー、あんただって似たようなものだろう? 組織の中で生き残る為に同胞を殺す。お頭から聴いていたぞ、あんたも同じなんだろ? なぁ! お?」
「…………」

 ブラボーは答えない。彼の言うことは事実だが、既にその程度の言葉で動じるような精神ではない。ブラボーの心に波紋は浮かばない。
 彼は無言で拳銃を抜いた。
 
「おーおー良いじゃないかぁっ! それでこそ殺し甲斐がある。お頭が死んで赤い竹はゴジラ團に下るしかなかった。まだ俺を担ぎたがる奴もいるが、もうテロ屋にも傭兵にもなれねぇ。精々やれて殺しと武器屋くらいだ! ……だけど、ちっと風向きが変わった訳だわ!」

 海老羅は鞘から抜いたシザーダガーの刃をベロリと舌で舐める。赤い顔の中でギョロリとした漆黒の目をまっすぐブラボーに向けた。

「ブラボォー……おお〜、ブラボォー! ここでさ、俺がお前を殺すんだわ! んでよ、どうなる? 俺はお頭の仇討ちしたことになるじゃねぇか! ほら、コレってよ? ゴジラ團に下った連中に効くだろ? 新生・赤い竹、頭の名は海老羅! そう、俺。んでよ、コレな? ゴジラ團乗っ取りもできるだろ? つまり、コレよ。お前が殺されに来てくれたってぇ事だろ?」

 海老羅は下品な笑いをしながら、シザーダガーをシャキンシャキンと弄んでいた。
 対するブラボーは何も反応せずに拳銃の引き金に手をかけた。

「グヘッ!」
 
 海老羅は、口から泡だった唾を吐くと同時に動いた。
 瞬時に反応したブラボーは地面を蹴り、横へダッシュする。海老羅のシザーダガーはブラボーの体を掠めて空を裂く。
 反復横跳びの如く、横に重心を傾けた姿勢のまま倒れる前に足を踏み出して地面を蹴るとブラボーは、右手に握る拳銃の引き金を引いた。
 
弾!

 ゴジラと人民解放軍の交戦する音に紛れて、黄浦江に銃声が響く。
 しかし、海老羅は防弾着を着ていた。しかも、屈強に鍛えられた肉体は防弾時の衝撃すら耐える。彼は銃撃に怯まず再びシザーダガーをふるった。

「!」

 ブラボーは背を建物にしていた。壁際に追い詰められていた。
 一度目は、拳銃で防いだ。
 しかし、拳銃が飛ばされる。

「オラッ!」
「っ!」
 
 二度目は左手でナイフを抜き、間一髪でナイフを盾にして、シザーダガーの剣撃を防いだ。

「防げた? 残念だったな! これはシザーだ!」
 
 再びナイフでブラボーは剣撃を防ぐが、その直後にナイフが動かなくなった。

「!」

 ブラボーが見るとナイフは、ハサミの刃に挟まれていた。実用的な武器でなく、装飾品であるシザーダガーの筈だが、海老羅のシザーダガーは違った。
 特注の品であり、その刃はブラボーの持つナイフよりも遥かに硬く、鋭利に研がれていた。純粋な剣としての仕上がり、素材の強さが違ったのだ。
 そこに海老羅の筋力が加わる。ナイフの刃は悲鳴を上げた。

「ハッ!」
 
 海老羅が叫び。ハサミをおもいっきり閉じながら腕を降ろした。挟まれていたナイフは二つに割れた。コロンと刃が地面に落ちた。
 
「もう終わりみたいだな」
「くっ!」

 刃を失ったナイフを構え、それでもブラボーは抵抗の意思を示す。

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ぬェェェェェェェェエエエエエエッ!」
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああっ!」

 ブラボーはナイフの根本と柄だけで滅多斬りにしてくる海老羅の攻撃を防ぐ。
 しかし、猛攻は防ぎ切れずにブラボーの身体はズタズタに切り裂かれる。
 追い詰められたブラボーは背中を壁につけ、血飛沫を撒き散らしながらも海老羅の滅多斬りを、ギリギリ急所だけは防ぐ。

「これで、俺が頭だぁぁぁーッ! タァっ!」
 
 海老羅は、勝利を確信してシザーダガーを振り上げ、ブラボーに突き刺そうとした瞬間、銃声が響き、シザーダガーを握る手が撃ち抜かれた。
 思わずブラボーから距離を取り、無事な片手でシザーダガーをシャキンシャキンと開閉させて海老羅は、漆黒の目をギョロギョロと動かし警戒する。
 ブラボーは出血から壁に背中を預けて、そのまま座り込んだ。

「どこだぁ! 出てこいよっ!」

 海老羅が叫ぶが、相手は姿も音も立てない。

「ちっ! 分が悪くなったな!」

 それだけ言うと、海老羅は脱兎の如く素早い身のこなしで黄浦江の河原から姿を消し、外灘の路地裏へと逃げていった。




 
 
 
 一方、ゴジラは東方明珠電視塔を始めとした上海の超高層ビルの間に達していた。
 対して外灘の大通りに人民解放軍陸軍の戦車、多連装ロケット砲車両、迫撃砲が配置され、一斉にゴジラへの攻撃が開始された。
 次々と放たれる砲撃とミサイルがゴジラの頭部に命中する。
 頭部が爆煙で見えなくなるが、全く手応えがない。
 ゴジラはそのまま歩みを進めて、ズイズイと足元の建物を破壊しながら黄浦江へ向かう。ゴジラの長い尾が高層ビルを破壊し、倒壊させる。
 洋上からのミサイル支援攻撃が再開され、補給した戦闘機も基地を離陸する。
 しかし、それらの到達を待たずにゴジラは、陸軍の部隊が展開している外灘へ向かって黄浦江の中に入り、川を渡る。水深の浅い川はゴジラに蹴り飛ばされて、水飛沫を上げ、河原の船や建物、護岸を破壊する。







「ゴジラが迫っています」

 外灘にある建物の屋上に、一機のヘリコプターが離陸準備をしていた。屋上からヘリの風圧でヘリを覆い隠していたビニールシートがバサバサと飛んで落ちていく。
 それと入れ替わるようにヘリに海老羅は乗り込んだ。右手は銃弾に撃ち抜かれて出血している。その手を乗り込んでシートに倒れ込んだ姿勢のまま、機内の包帯を押し当てて止血する。
 操縦席にいた元赤い竹メンバーであるゴジラ團員が海老羅に言った。
 それに対して、海老羅は叫ぶ。

「構うな! 止血は自分でする! さっさと離陸するんだ! …………ブラボーめ、次は命を奪うぜ!」

 操縦士の言葉を無視した海老羅の言葉に、操縦士は口を開きかけるが、血で赤く染まったシザーダガーを振り回して「さっさと行け!」と言う海老羅に急かされ、何も言わずヘリを離陸させる。

「でっけぇ顔しやがってぇ! この田舎もんがぁっ!」

 離陸して視点が上がるヘリの機内からは、黄浦江を渡ったゴジラが目の前に現れる。
 海老羅はシザーダガーを振り回してゴジラに怒鳴った。
 操縦士はゴジラに落とされないかと気が気ではないが、ゴジラの視線は横を通り過ぎるヘリではなく、眼下で尚も砲撃を続ける陸軍に向いていた。

ボォガァァァァァァァァァオォォン……!

 ゴジラは上半身を大きく動かして渾身の咆哮を上げた。
 上空からは戦闘機と洋上からのミサイルがゴジラに向かって迫る。地上からも砲撃とミサイルが次々と放たれる。

「ひぃぃぃぃっ!」
「当たるんじゃねぇぞっ!」

 操縦士が悲鳴を上げるが、止血を続ける海老羅の声が背中から浴びせられる。勿論当たる訳にはいかない。
 一方、ゴジラは背鰭を発光させていた。
 ゴジラは陸軍の部隊が並ぶ外灘の大通りまで到達すると、大きく息を吸い込み、眼下の陸軍の隊列へ一直線に足元から先に向かって放射熱線を放った。
 陸軍は一瞬で爆発炎上し、一列の火柱が立つ。更にゴジラは上半身を動かして、大きく円を描くように放射熱線を上空のミサイルと戦闘機に向けて撃墜する。

「「っ!」」

 そして、その熱線は海老羅達の乗るヘリも巻き込み、背後にあった東方明珠電視塔諸共、焼き切り爆発四散させた。







ボォガァァァァァァァァァオォォン……!

 再び咆哮したゴジラは火の海にした上海を黄浦江に沿って移動する。
 長江へと抜けたゴジラはその後、東シナ海へと消えたのだった。
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