第三章 逆襲
2005年3月20日、中国
「やっとこの日を迎えられたな」
「ありがとうございます」
クルーズがしみじみと言った。年明け以降、クルーズと三神は各国の情勢を窺いながらも日本へ向けて移動し、しばらくの間はこの上海で待機をしていた。
年明けからフランスとイギリス、イタリアと、優は年末のゴジラとN・バメーストの被災地の医療支援チームに参加して各地を飛び回っている。
あれからブラボーは師匠であるクルーズを師事し、被災が特に深刻なフランス政府はなし崩し的に国際支援を受けやすい立ち回りを選択した為、国連の名の下に動くクルーズの下にブラボーは派遣されている。日本へ三神に付き添うクルーズの代わりとして上海に派遣されたブラボーが三神に告げる。
「鬼瓦さんからの伝言だ」
「優から?」
「私が行くまで拉致られるな!」
「……あ、はい」
「ククク、流石に三度目の正直と言いたいところだ」
「二度あることは三度あるとも言いますが?」
クルーズは笑っているが、三神は笑えない。そして、三神は苦笑いをすると、ブラボーに挨拶する。
「それではここで失礼します。今まで色々とありがとうございました」
「もう会わないで済むことを自分も祈っている。だから、別れの挨拶を交わす。三神さん、今までありがとう。……故郷の無念を晴らせたのは貴方のおかげだ」
そして、ブラボーと三神は握手を交わした。
「では後のことは頼んだ。工程通りに進めば明後日の朝にはこちらに戻れるはずだ」
「了解」
必要な情報を全く含まない形式的な最低限の確認のみを行い、クルーズは三神を連れて出国ゲートに消えていった。
必要な情報を既に引き継いでいるブラボーは、周囲に違和感を与えない自然なビジネスマンの見送りシーンを終えると身を翻した。
彼の姿は一瞬のうちに観光客の中に溶け込み、見えなくなった。
夜、上海の金融街である浦東地区に聳える超高層ビル、
上海で白人のクルーズやブラボーが長期滞在をしていて最も違和感がないのは、金融街に溶け込むことだ。そして、最高級のホテルに拠点を構えていることで、あとは周囲が都合よく解釈する。
「…………さて」
ブラボーはホテル内を移動中に一人のビジネスマンとすれ違った。
その際、“偶然にも”彼の持つビジネスバックの口が空いており、すれ違いざまにその者の手が触れた拍子に、その手にあったメモ紙がカバンの中に入ってしまった。
ブラボーはそのメモを、部屋のソファーに腰掛けると広げた。
メモは英語と中国語が煩雑に書かれており、数字の羅列がバラバラに記されている。金融街にあるメモから金融商品のメモを走り書きしたものと何も知らない者が見ても思うように作られている。
「上出来だな」
ブラボーは鼻を鳴らして、そのメモ書きに潜んでいる暗号を読み解く。そして、彼は眉を寄せる。
《R-Eが動き出した。副々団長は上海にいる。海軍が騒がしい。日、米、台湾も緊張している。東海方面を注意せよ》
これが暗号メッセージの内容だ。これらは今朝クルーズから引き継いだ情報とも合致する。
3ヶ月前の年末に発生した南太平洋での海底火山の噴火以降、太平洋地域では“GⅡ”という噂が密かに、しかし確実に広まっている。名称は2003年に三神が発表した論文で大戸島の怪物である“呉爾羅”を表記上複雑となることから便宜上、“G0”としたことに起因する。昨年現れたゴジラを1954年のゴジラと区別する際に、“GI”とする場合があり、そこから第三のゴジラを“GⅡ”と呼ぶ様になった。三神の論文では1954年に現れたゴジラを“G”として、“G=G0”であるかをゴジラザウルス説などと比較していた為、本来の意味とは異なる。
はじめは消滅したゴジラによって対G法の存在意義を失った日本政府がゴジラ生存説と共に流した噂だと考えられたが、1月中旬に事情が変わり始めた。
ハワイ諸島近海で大量の捕食されたザトウクジラの死骸が発見されたのだ。合衆国海軍が調査、警戒を行ったが確証は得られず、第三のゴジラを各国の中で想定しつつも公式的なコメントは控えていた。それ故に、“GⅡ”は噂や都市伝説として今のところ扱われている。
しかし、対G法によって戦艦イリノイを買い取った日本を筆頭に、合衆国は除籍前のアイオワ級戦艦の再就役を進め、人民解放軍は現に海軍を展開している。火事場泥棒的に日本と台湾への侵攻を狙っていると考えている者も国内外に一定数いるが、ブラボーとクルーズはGⅡの中国本土上陸を警戒していると考えている。つまり、中国は太平洋に第三のゴジラが存在することを少なからず信じているのだ。
このタイミングで人民解放軍海軍東海艦隊が警戒していることから、何かを掴んだ可能性がある。
そして、ゴジラ團と赤い竹の生き残りである海老羅も上海にいる。R-Eは国際手配上で海老羅を示す名称だ。
「嫌な予感がするな……」
ブラボーは灰皿に置いたメモを燃やすと、窓の外へ視線を移してつぶやいた。
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その頃、海上を一機の旅客機が飛んでいた。この機はまもなく浦東国際空港へ着陸しようとしていた。
コックピットから、空港全体を確認出来た。暗がりに各々のライトが鮮やかに浮き出る。その先には、上海の夜景が美しく見える。そして、滑走路を示すライトを確認して着陸体勢に入った。
旅客機は前部と翼の一部を開き、タイヤを出す。
暗い夜の水面に、旅客機の影が映る。
着陸態勢に入る機へ管制塔から「着陸中止!」と緊急の通信が入る。
「「!」」
機長は慌てて機体を浮上させようとする。
その時、彼の視界に海面が青白く輝く光が入った。海中からの光に照らされ、海面に浮かぶ人民解放軍海軍の駆逐艦のシルエットが見えた。
刹那、海面を駆逐艦ごと貫き、夜空に向かう青白い光の柱が撃ち立った。
光はそのまま円を描いて傾き、シルエットとして浮かんでいなかった他の駆逐艦やフリゲート艦を次々と通過する。そして、それらは次々と爆発炎上して黒煙をあげながら沈没する。
「な、なんだあの光は!」
機長は思わず声に出した。
時刻は19時30分。冬の北半球の海と空は、夜の暗い闇の中にある。
しかし、それが今彼らの眼前には赤く燃える炎で煌々と照らされた海面と星空を消す黒煙であった。
飛行機は高度を上げながら旋回する。
「! 機長!」
「うわぁぁぁぁあああっ!」
副機長が窓の外を指差して叫んだ。機長も彼が叫んだ理由がすぐにわかった。
国際空港の遥か上空には多くの旅客機が着陸許可が下りるまで待機をしている。その一機が先の光に貫かれていたのだ。
落下する機体は炎上しながら胴体を斜めに切断されており、二つに分かれながら彼らの機に迫ってくる。
「「!」」
2人が息を呑む。その瞬間、燃料に炎が引火した。
激しい爆発をして機体はバラバラに砕け散り、機体に向かって破片が降り注ぐ。
爆発しなかった半分の機体は、爆発を受けた翼によって回転し、勢いをつけて滑走路に向かって落下する。
「! 機長! エンジンがっ!」
突如、ジェットエンジンの片方が爆発して機体が激しく揺れ、コックピットはけたたましい警告音に包まれる。
破片がエンジンに入ったのだ。
消火ともう一方のエンジンを使って斬り揉み状態になることを防ぐ。
しかし、高度はどんどん下がる。
「管制塔! 管制塔!」
機長は叫ぶが返事はない。
一瞬、空港が視界に入った。
先程墜落した機体の半分は、翼が滑走路をえぐって、地面に一筋の穴を付け、突き刺さっていた。
そして、胴体は翼から吹き飛んでそのまま回転しながら管制塔へ直撃して、今まさに管制塔を破壊していた。
「…………」
絶望に包まれる中、それでも機長は何もせずに墜落させない決意をした。
「管制塔も滑走路も機能していない。……だが、海面に墜落したら確実に死ぬ! 海面も火の海だ! だが最後まで足掻く! それでいいな?」
「はい!」
副機長の返事と共に機長は機内放送を始めながら、操縦を始めた。
彼は努めて冷静に、力強い口調で乗客が不安と恐怖の中でも機長に命を預けられるように、現状とこれから行う無謀なボロボロになった滑走路への単独不時着を試みることを説明した。
唯一、彼らの奇跡は乗客がパニックにならなかったことだ。
元々着陸態勢にあった機は、どの滑走路が空いているかを知っていた。それが例えボロボロになった滑走路でも他の機体を巻き込む最悪の事態は避けられる。
着陸態勢に入った。片方のエンジンで逆噴射を強いればバランスを失うことは明らかで、翼を使った空気抵抗で限界まで速度を落としながら降下する。
速度を落とし過ぎれば墜落する。早過ぎれば、高過ぎれば着陸は失敗する。
燃え上がる海面近くを機体は減速しながら飛んだ。
「…………!」
滑走路が見えてきた時、空港の目の前に巨大な影が現れた。
水しぶきを上げ、不安定な海岸線の海底に足をつけて体を起こして立ち上がったその巨大な影は、間違えようのないものだった。
「ゴジラ!」
機長は叫んだ。
そして、ゴジラは旅客機に振り向き咆哮した。
今更不時着を止めることはできない。
ゴジラは、目の前を通過する旅客機に威嚇らしき睨みと歯を噛み締める動きをし、背鰭が発光を始めた。
「機長!」
「構うなっ!」
白熱光を吐こうとするゴジラを無視して機長は機体の不時着を成功させることだけに意識を向けた。
ゴガァッ!
爆発とゴジラの声が機内に届いた。
刹那、ゴジラの口から放たれた白熱光は、これまでのゴジラのものと異なっていた。青白い光の筋。放射熱線(radiant heat ray)と名付けられたそれは、ゴジラを爆撃したミサイル駆逐艦へ直撃し、上海の海を更に燃え上がらせた。
そして、ゴジラは悠然と滑走路に不時着した旅客機の前を通過し、空港ターミナルへと続く高架道路を破壊しながら市街地方面へと進んで行った。
