第三章 逆襲



 
「もう、お父ちゃまのそばに行くのよ。……ね? もうすぐ、もうすぐ! お父ちゃまのところに行くのよ!」

 半世紀を経ても鮮明に覚えている母親の声。姉と妹と自身を抱きしめて、ゴジラの白熱光によって燃やされた松坂屋の裏口で、母親が言った。
 火の手が迫る中、和光の時計台へと向かって歩いていく巨大なゴジラの姿を見上げる母親に、彼はすがりつくことしかできず、顔を上げてその巨獣の姿を見直すこともできなかった。
 幼い妹が生まれ、船の仕事で家を開けることの多い父親、実家から離れて上京していた母親は、頼る親戚も近くにはおらず、自分達3人を必死になって育てていた。それでも父親の稼ぎがあって、日本中がまだ貧乏であった当時、比較的裕福な家庭であったと彼は思っている。
 しかし、ゴジラが全てを奪ってしまった。






 
 彼の父親は、南海汽船という会社の備後丸に乗っていた。船長ではないが、それなりの役に立つ船員だったらしい。
 ある日、母親は父親の乗る船が消息を絶ったことを知らされ、保安署に他の船員家族と共に乗り込んだ。それがゴジラによるものと判明するのはしばらく経ってからとなる。
 小学校の同級生がチラホラと夏休みは田舎へ「ソカイする」と言う話を耳にするようになった頃、母親は奔走していた。ゴジラで沈められた船の遺族への支払いは補償されることになったとしらされていたが、食べ盛り3人と家賃の支払いが滞る時期が重なっていた。ゴジラが東京に来るというの噂で食べ物の値は上がり、ゴジラに踏み潰されたら家賃を取りっぱぐれると思った大家から家賃の肩代わりに質入れを要求された。家財を質入れし、母親は方々へ金策に走っていた。
 ろくに父親の葬儀もできず、その日を迎えた。
 ゴジラが東京へ上陸。ラジオと警報が避難を呼びかける中、風呂敷一つに荷物をまとめて自分達を連れて築地にあった家の外に出た母親は、皇居を目指して走った。
 しかし、幼い子ども3人を連れて逃げるのは簡単ではない。人々が我先にと大八車を押して逃げ、あっという間に周囲には避難する人の姿がなくなった。
 がらんと人気のなくなった銀座の街を親子で歩く。

「お母ちゃま、大丈夫?」

 姉が途中、足を痛めた母親を気遣う。最初、母親は3人だけでも先に逃げろと言っていた。
 しかし、彼らはそれを受け入れず、足を引き摺る母親と共に銀座の街を歩いていた。土埃に揉まれ、彼らの身なりはいつの間に汚れていた。
 妹は泣き始め、姉が背負う。母親は壁に手を置きながら歩く。彼はずっしりと重たい風呂敷包みを抱えていた。
 もしも彼らがそのまま大通りを歩き続けたり、人が逃れていた地下道へと入っていたら、何かが異なった結末があったかもしれない。
 しかし、その時彼らは休みながら歩ける路地裏へ逃げ込んでいた。
 既に浮浪者もそこには残っていなかった。
 やがてゴジラが迫り、歩き疲れた彼らは松坂屋デパートの裏口に身を隠した。
 母親は3人を抱きしめ、運命を覚悟する時間を迎えた。

「もう、お父ちゃまのそばに行くのよ。……ね? もうすぐ、もうすぐ! お父ちゃまのところに行くのよ!」






 それから半世紀が経った。
 唯一生き残った彼は、東京から離れた沖縄にあった母親の親戚に引き取られた。彼に残された財産や補償金は、慣れない彼の地での生活を十分に補償させた。
 満足な勉学を納めた彼は、政治の道を進んだ。
 市議会議員から始め、県議会、知事。そして、国政。
 政党内でのキャリアと派閥を確実に自らの血骨として行き、双里元という担ぐべき神輿を得た。
 神宮寺薫。
 半世紀前にゴジラによって家族を奪われた少年は、内閣官房長官となり、対G法を成立させた。

「………………」

 彼は今、視察に来た帝洋重工の造船所で一隻の艦を見上げていた。改修作業を行なっている為、まだ全貌を見ることはできないが、その巨大な艦影と特徴的な三連砲はそれが戦艦イリノイであることを示している。
 アイオワ級対潜ミサイル戦艦イリノイは、日本の地で新たな名を得て対ゴジラ兵器としての任に就くための装甲強化、システムアップデートの改修が行われている。

「大統領より、例の取引が成立したと。……彼の国としては早期の我が国との交渉を進めたいと」

 防衛大臣が神宮寺に耳打ちした。
 昨年はニューヨークのゴジラ襲撃によって米国市場は大きな打撃を受けたが、その後は復興支援による特需で回復傾向だった。
 しかし、ニューヨークの被害が霞むほどの災禍をゴジラはヨーロッパで起こし、N・バメーストとゴジラ消滅という2大ニュースが年末年始の国際社会と市場経済を一変させた。3ヶ月後の今、米国市場はイリノイの戦果による軍事産業等の一部で好景気はあるが、全体的に伸び悩んでいる。
 そんな中で、イリノイを一括購入するほどの莫大な特別会計を年度中に追加した日本は、合衆国にとって大口の顧客といえる。
 或いは、ネギを背負った鴨と見えるのかもしれない。

「それは我が国も同じだ。別の会計報告で出せるようなものではない。この艦と一緒に領収書を切ってもらわなければ、今度こそ対立派閥と野党が共闘してくる。……なんとしても年度内で金の話は決着するように。総理には私から話しておく」

 ゴジラが消滅した今、対G法は双里内閣最大の爆弾となっていた。ゴジラがいなくなってしまったらただの金食い虫となる戦艦イリノイやその他兵器を大量に開発、買付をした対G法が天下の悪法となっていないのは、まだゴジラ消滅が両手をあげて喜べる状況かの確証が得られていないからだ。
 現在も消滅したモンテクリスト島の地質調査は継続している。ゴジラがかつてのオキシジェン・デストロイヤー同様に特殊爆弾で骨の一片も残さず消滅したとは考えられなかったからだ。
 そして、それが特殊爆弾を生み出したアルバート・シュナイダー自身の言葉であることも大きい影響となっている。
 つまり、まだ世界も日本も信じきれていないのだ、ゴジラが死んだと。

「我々は賭けたんだよ。この、護衛艦“おおと”に。……今更後に引くつもりはない」
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