第二章 因縁




 数日が瞬く間に過ぎ去り、12月31日を迎えていた。
 ガエータ基地にイリノイは帰港し、三神達もガエータに降りていた。
 本来ならばニューイヤーパーティで盛り上がっているところだが、まだ有事状態を継続している基地内は殺伐としていた。
 そんな中、三神と優はクルーズに呼ばれてイリノイの格納庫に来ていた。時刻はまもなく0時を迎える。

「すまない。二人と過ごす予定だったか?」
「んな訳ないでしょ。朝一でフランスよ。コルス島の避難所と病院に行ってスクリーニングの医療支援の予定が詰まっているから、早くホテルに戻って寝るわ」
「ハハハ、そうかい。三神、君も苦労人だな」

 場を和ませようとクルーズは言ったのかもしれないが、場の空気は冷たい。格納庫に彼らの声が響くのも余計に場をさめさせている。
 
「モンテクリスト島が消滅し、ゴジラも消滅した。それに、グリーンも。………なのに、なぜまだ僕達は日本に帰れないんだ?」

 三神のクルーズに問いかける声が響いた。

「ゴジラの消滅で、これでも大分マシになったんだ。少なくとも、赤い竹が事実上壊滅し、ゴジラ團も存在意義を失った。各国の利権も、ゴジラの幻影に対して騒ぐ以外にはない。キミ達の命を狙うものは、その意味を失ったんだ。ただし、国連が認めている特権も同時に無効になった。つまり、その身が狙われることはないが、その身が守られることもない。確固たる証拠がない以上、他国で身柄を拘束させる力はないが、合衆国とその意見に足並みを揃えた日本に足を踏めば、団長の容疑者として身柄確保され、団長に仕立てられる」
「そんな無茶苦茶な………」
「ゴジラ團の団長が誰であっても、ゴジラがいない今、各国としてはどうでもいいんだ。ただ、苦汁を嘗めさせられた合衆国と団長は日本人というレッテルを張られた日本は、国際社会相手に示さねばならないんだ。怨敵、団長の首は我々の手で仕留めたのだ! と、そして日米の結束は更に強くなりました」
「……どこの時代劇だよ、臭い話にも程がある」
「確かに、臭い話だ。だが、それだけ都合がいいんだ。どの歴史を見ても、そういうモノ程、受けがいい。日本の歴史もそうだろ?」
「確かに。でも、そんな歴史の美談の為に、団長として槍玉に上げられるのは、ご免だね」
「だろうな。だったら、大人しく無期限海外旅行を楽しむ事だ。両国だって、いつまでも足踏みをしてはいられない。それに関する交渉が水面下で始まっていてな。……それを共有したくてここへ呼んだ訳だ」
「やっぱり臭い話なんでしょ?」

 優が嘆息すると、クルーズは苦笑して頷いた。

「そうだ。本来ならばグリーン君に話すことが適任だったのだが、ね。……アシモフのことは覚えているか?」
「諸悪の根源でしょ?」
「彼も嫌われたものだな。ゴジラを生み出した原因で、君達は特にゴジラ團絡みでのとばっちりを受けているから尚更か。……さて、彼は既に合衆国が身柄を“保護”している。合衆国は彼に技術と知識を支払うことを条件にし、彼もそれを受け入れている」
「拒否権なんてない話でしょ?」
「確かに。……だが、彼にとっては不運なことが起きている。当然、我々にとっては吉報だ。ロシア側から国連の正式な外交ルートを使って合衆国と日本に交渉があった。その内容がDO-Mの発見された土壌サンプルと全方位索敵システムの提供と引き換えにアシモフの身柄の引き渡しだ。どうやら祖国の裏切り者として国内では正式に犯罪者として法的な手続きを終えた後らしい」
「DO-Mがいた土壌サンプル。……それで、日本にも」
「あと、日本は今莫大な防衛予算を作り、対ゴジラ兵器を整える対G法というものを制定させて世界一の対ゴジラ国家を目指しているらしい」
「何それ?」

 優が怪訝な顔をする。無理もないとクルーズは苦笑しつつも、今の双里内閣が合衆国から多額の予算を使って兵器を買い付けており、合衆国側としても蜜月関係を築きたいと考えていることを説明する。

「そして、このイリノイは先の戦いで装甲や主砲、各所にそれなりの損傷は受けているが、ゴジラと戦い唯一生還、勝利した浮沈艦だ」
「まさか、日本は買ったのか? 戦艦を?」
「そうらしい。そして、君達は覚えているかな? ニューヨークからヨーロッパへと大西洋を移動している海中のゴジラを写した写真を」
「とんでもない衛星写真って奴でしょ?」
「アレだが、ロシアが種明かしをした。それが全方位索敵システムというもので、元々はソビエト時代に開発研究を行っていた対潜索敵システムらしい。複数のソナーと統合システムによって、海上から海中をまるで透視するかのように三次元に索敵、映像化させることを可能にするシステムということだ。……そして、そのシステムが搭載可能で、相性がよい対潜艦がこのイリノイだ。専用のシステムを搭載させる必要はあるらしいが。……つまり、それを日本はイリノイと共に買い付けることを約束した訳だ」
「あー、アシモフはもう逃げられないわね?」
「逃げられない。正直、天秤は既に傾いている。とはいえ、合衆国としてもこのまま彼の身柄を素直にロシアへ渡すつもりもない。ここが今の状況だ。つまり、アシモフは成果を出し続けないと祖国へと身柄を売り渡される。それ故に、もうしばらくは帰国を待ってほしい。この取引が終われば、DO-Mの再発見、研究をする為に日本は君を呼び戻す。合衆国も大口の買い物をした日本に三神一人の身柄を得る為の圧力はかけないし、結果的に合衆国は日本からその成果を受け取れば十分だ。……という訳だ。そうだな? 日本に近い、中国や韓国にでも滞在していれば、帰る時は楽だぞ」

 三神はため息をつくと、大きく伸びをして言った。

「………僕は日本語と英語しか話せないんだけどなぁ。中国語の日常会話って、何週間位で話せる様になるかな?」
「本人の努力しだいでしょ? じゃあ、私はフランスの仕事を終えたら、タイでエステしたいわね」
「楽しむ事をすすめるよ。もうゴジラの出現に不安を抱える事もないんだ。………あぁ、言い忘れていた」

 腕時計を一瞥したクルーズは背広の襟を整えると、咳払いをして日本語で言った。

「あけましておめでとうございます」

 

 


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 コタンタン半島でゴジラがN・バメーストを放った頃、南太平洋の深海。
 冷たく高圧な深海の奥底で、地中から高温高圧の熱水が噴き出し、起伏が激しい地形は地球でなく、地獄の世界か、原始の惑星かと思わせる。
 その中、巨大な熱水噴出孔に枝や針の様に鋭く尖った岩が連なる山があった。
 山は突如、岩を砕き、噴出孔は崩れ、地中が地割れ、紅蓮に煮えたぎる溶岩と沸騰した泡が爆発的に巻き上がる。
 その中で、巨大な影が咆哮した。
 そのシルエットは、紛れもなくゴジラと同じであった。

 

ボォガァァァァァァァァァオォォン……!



 

[第二部・了]
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