第二章 因縁




 夕陽に照らされた洋上に浮かぶモンテクリスト島は、旅行会社のポスター写真にいつでも使用できる美しいロケーションであった。
 その景色を唐突に変えたのは、一斉に島から飛び立った鳥の大群であった。瞬く間に夕焼け色に染まった空は黒く塗り潰される。
 鳥達が群れをなして島の周囲を離れると、冬の洋上を生温い風が吹き抜ける。
 波が海を二つに割き、突風が島の木々と岩を吹き飛ばす。

……………ズシン…………ズシン………

 静寂が訪れたのは一瞬。地響きが島を揺らす。

 刹那、咆哮と共に島沿岸の海が吹き飛んだ。
 
 そして、ゴジラが姿を現した。







「フェーズ1、開始!」

 イリノイ艦長バートの号令によって、作戦は開始された。
 夕陽によってコントラストが強くなっていたモンテクリスト島の影となっていた山麓の森と岩石地帯の境界部が光った。そこは先に三神の救出劇があった修道院跡の場所でもある。
 光の正体はミサイルが発射された際の閃光であった。
 修道院跡の壁を崩して作った平地。そこにMGM-166 LOSATの発射筒と照準装置を搭載したハンヴィーが駐車されていた。車内は無人で簡易ながらも遠隔でLOSATをゴジラへ発射できるように細工されている。
 その周囲には島中からかき集めたゴジラ誘導用の音響装置が置かれていた。元々赤い竹がこの修道院跡で特殊爆弾を使うつもりであったことで、島内の装置の多くがこの修道院跡周辺に集中していた為、回収作業は当初の予想よりもスムーズであった。その為、追加の調査も行えた。
 LOSATはゴジラの太ももに突き刺さる。列車砲や地中貫通爆弾程の破壊力はないが、ゴジラへのダメージは確実にあった。
 
「LOSAT、ゴジラへの効果を確認」
「よし。本国からの依頼は達した。そのまま撃ち尽くして次の仕事にかかれ!」
「了解。友軍へ送ります」

 サングラス越しに双眼鏡でゴジラのダメージを確認し、バートは部下へと指示を出す。すぐさま通信で上空の友軍機へ攻撃命令が送られる。
 一方、島のゴジラはザクザクと刺してくるLOSATへ気がさわったのか、背鰭を発光させると白熱光をLOSATを全弾撃ち尽くしたハンヴィーに放ち、燃やす。まもなく燃料に引火して爆発した。
 そして、島に攻撃体制へ入る為に旋回した友軍機の飛行音が届く。
 
「艦長! 空爆開始します」
「よし!」

 艦橋で報告を受けたバートが承認する。
 モンテクリスト島上空から友軍機による空爆が実行される。地中貫通爆弾はモンテクリスト島に上陸したゴジラの頭上に落下する。
 地中貫通爆弾はゴジラの背鰭とゴジラの周囲の地面を爆発して抉る。爆発した地面は更に爆発を重ね、陥没した。陥没した穴から溶岩が噴き出す。
 
「艦長! 空爆の誘爆が発生しています。想定よりも地中深く貫通しているようです」
「構わん! ゴジラがN・バメーストを使わなければ、このままフェーズ2へ移行させる! 次の空爆まで繋げろ! どの道フェーズ2では役に立たない。出し惜しみなしだ! 本艦よりミサイルを全弾発射せよ!」
「了解! ……管制室より、ターゲットへのミサイル飽和攻撃を開始します」
「撃てぇぇぇぇーっ!」

 艦橋の上にある階層は、艦橋と全く趣きの異なるコンピュータと大型モニターが設置された近代的な管制室となっていた。ここがイリノイの目であり耳であるイージスシステムの中枢部となっている。
 既にシステムはゴジラを正確に捉えており、N・バメーストの兆候を正確に記録、観測する為に凡ゆるセンサーが目を光らせ、その全てがここに集約されていた。
 船首側両舷に30セル、船尾側両舷に60セルの合計180セルのMk.41 mod.2VLS、中央両舷に4基ずつ設置されたトマホーク巡航ミサイル4連装発射機から合計32発、合計212発のトマホークミサイルがゴジラへ向けて一斉掃射される。
 その光景を艦内で観た日本人の三神が連想したものは、夏の風物詩である花火大会であった。特に花火大会の大玉で夜空一面を花火で埋めるフィナーレの一斉打ち上げを連想していた。
 実際のところ、火を噴くミサイルの発射はロケットの打ち上げそのものであり、花火は艦砲射撃に近い。
 しかし、VLSが全門開き、次々とセルから火柱を上げながら発射されていくミサイルの光景は圧巻であった。
 そのミサイル全てが空を埋め尽くす。
 ゴジラもそれに気付き、上空を見上げ、背鰭を光らせて息を吸い込む。
 刹那、爆熱火球を連射した。
 爆熱火球によって連鎖的に上空でミサイルが爆発するが、数が多すぎて落としきれない。

「着弾!」
「………」

 150発以上のミサイルがゴジラに命中して爆発が続き、ゴジラの姿が目視できなくなる。
 バートは気を抜かずにその推移を見守る。
 既に旋回を終えた友軍機が再び空爆の準備に入っている。イージスシステムによる観測で上空からの空爆を援護する。
 システムはエネルギーを充填しているゴジラを捉えていた。

「……そろそろ使うのか? イージスシステムをシャットダウンしろ! これより管制はアナログとし、艦砲射撃の発射体制に移行する!」
「了解。システムダウンします。………30秒後、完全にシステムダウンします」
「友軍機より、残弾投下します」
「射撃管制塔より、ゴジラの体内温度急激上昇! 口腔内、喉元に発光を確認!」
「遠隔爆破を用意しろ! 艦長より、全乗員へ衝撃に備えろ!」
「送ります!」

 上空を通過する友軍機が最後の空爆を行う。
 空を裂く友軍機と投下される地中貫通爆弾の落下音が夕空に響き、背鰭を一際強く発光させているゴジラの頭上に命中し、爆発する。
 鈍い爆発音が轟き、ゴジラは爆煙の中で、首を下げると反芻動作を行う。

「反芻動作あり!」
「今だ! 爆破!」
「爆破!」

 バートの声と同時に遠隔爆破ボタンを部下が押す。
 刹那、今まさにN・バメーストを吐こうとしていたゴジラの足元がその周囲に円を描いて爆発。ゴジラは溶岩と共に爆煙が噴き上がる落とし穴に落ちる。
 次の瞬間、ゴジラはN・バメーストを放つ。
 ゴジラが落ちた穴は溶岩諸共吹き飛び、モンテクリスト島の山にN・バメーストは命中した。

「衝撃……来ますっ!」
「掴まれェェェェェェえええっ!」

 バートが叫び、各々手摺りや柱にしがみつく。
 艦内放送で、三神達も頭を抱えて床に伏せた。
 そして、巨大な戦艦イリノイが上下に揺れた。全体に瞬時に炭化した木の幹が飛んでくる。艦内に降下物がぶつかる音が次々に響く。
 N・バメーストは島にあった全てを一瞬の内に焼失させ、火山を消し去り、ゴジラを中心としたクレーターを作る。
 直後、煮えたぎる大地と溶岩に紅く染められたすり鉢状の地面に海から海水が流れ込む。水蒸気が立ちこみ、その空には更に大きな蒸気が渦を巻きながら上昇し、赤紫色に光りながらキノコ雲をつくる。

「状況を確認しろ!」

 サングラスをかけたバートは手摺りを握りしめて叫ぶ。
 部下達が各々起き上がり、各部の状況を確認していく。
 軽傷者は出たが、今尚荒れ狂う海に揺れる艦内の被害としては最小限に留まっていた。

「船外の放射線量値上昇。艦内は安全値を維持しています」
「よし。……短期決着にするぞ。フェーズ2を始める! 親父、大丈夫か?」

 バートは第一砲塔のダグラスへ声をかける。それはかつてイリノイ艦内に這わされたかつては直接声を届けるために使われていた管だ。電磁パルスの中で使えなくなる電子機器対策として、その管内に有線通信を通していた。
 この状況下でも声はクリアに届いた。

『心配でなく、指揮をしろォ! こっちはァ、海斗がァしっかりやってくれてェェェいィるゥゥゥぶらァっ!』
 
 巻き舌にダグラスの叫びと、主砲が動き始める。
 そして、第一砲塔内でダグラスと海斗、そして他の兵達が互いに声を張り上げながら艦砲射撃を準備している様子が聞こえる。
 一方、N・バメーストをほぼゼロ距離の自爆状態で放つことになったゴジラは顔を俯き、全身から湯気を上げていた。
 動かない今を好機と、主砲の照準は合わされる。

『ホントォォォわァ、徹甲弾を撃ちたいところだァァァがっ! 第一射ァ、Mk.13榴弾装填完了ォォオっ! 照準、完了ォォォォォオオオっ!』

 ダグラスの声を聞き、バートは肉眼で遥か海の先に立つゴジラを真っ直ぐと見つめて叫んだ。

「艦砲射撃ィ、てェェェェェエエエエエエエエエエエッ!」
『発射ァァァァァーッ!』

 刹那、爆音と爆裂する閃光と共に、イリノイの第一砲塔を中心とした円状に海面が吹き飛んだ。16インチ艦砲射撃の衝撃波だ。
 1900ポンドのMk.13高性能榴弾は、ゴジラに向けて放たれた。
 そして――――

「着弾確認!」

 ゴジラの右肩に命中した榴弾はゴジラの巨体を大きく揺らし、そのまま体を回しながら後ろに転倒させた。
 それは十二分の威力を証明していた。榴弾でゴジラを拳で殴るようなダメージを与えたのだ。これが徹甲弾となれば、ゴジラの分厚い皮膚を貫き、有効なダメージを与える期待もある。
 しかし、今回の作戦でイリノイは徹甲弾を使用しない。
 転倒した為、照準の誤差修正が必要だ。

『第二射ァ、榴弾でェェェ、補正ェェェするゥゥウっ!』 
「第二射ぁっ! 撃てェェェェェェェェェーッ!」

 砲身の角度を僅かに変え、第二射が放たれる。
 本来、アイオワ級主砲は全ての砲塔の9発中一発でも敵艦に命中すれば撃沈できる為、それを前提とした命中精度を想定している。地対艦の動かない目標への砲撃でもN・バメーストで荒れた海の中では机上計算の通りに命中することはあり得ない。
 しかし、人生のほとんどをイリノイの主砲と共に生きたダグラスにとって、それは計算でなかった。
 ――呼吸。
 それは、生命活動と同じ、全身に刻まれた感覚によって成された達人の技術だった。

「着弾確認っ! ゴジラ、胸部です!」

 艦橋が、艦内が歓声に沸いた。
 完璧な命中精度で着弾した榴弾はゴジラの胸を撃ち、ゴジラはマウントポジションから拳を叩きつけられたかの如く、呻き声を上げて体をはならせた。
 間髪入れずに最後の砲弾が装填される。
 特殊爆弾をW23砲弾だ。

『装填完了ォォォオオオッ!』

 ダグラスの声が届く。
 バートが口を開いた瞬間、ゴジラは湯気を上げて背鰭を光らせる。

「! まさか、連射するつもりかっ!」

 それはN・バメーストの予備動作に他ならない。
 しかも、ゴジラは長い尾を煮えたぎる地面に叩きつけ、その勢いを利用して体を回しながら捻る。巨大で寸胴な外見をしたゴジラからは信じられない程の俊敏な動きで、ゴジラは背鰭を青白く発光させて起き上がった。
 それはつまり、照準が変わることを意味する。

「ゴジラが起きたっ!」
『バートォォォッ! 構わず命令しィろォォオッ! 照準はァ合わせるゥゥウッ!』

 ダグラスの言葉は常識を無視したことだった。
 しかし、バートは父親を信じる決断をした。
 そして、砲塔内ではダグラスが魂を殴りつけるように孫へとその知識と技術の全てを早口で捲し立てていた。
 血は争えない。海斗は、その無茶苦茶な指示を吸収し、例え達人が一人いても実現できない照準補正をダグラスの思うがままに行った。

「第三射、特殊爆弾ッ! 撃てェェェェェエエエエエエエエエエエッ!」
『『発射ァァァァァーッ!』』
 
 バートの声に続き、ダグラスと海斗の声が轟く。
 ゴードン一族の魂を込めた一撃がゴジラへと放たれた。





 

 溶岩に燃える大地に包まれたモンテクリスト島に立つゴジラ。
 全身全霊を込めて反撃のN・バメーストを放とうと息を吸い込むゴジラ。
 その眼は、イリノイを捉えていた。戦艦イリノイを敵としてゴジラは認めた。
 そのイリノイが三度火を噴き、砲弾を放った。
 ゴジラは前の二射を受け、その威力を学んだ。
 真っ向から吹き飛ばそうとゴジラはN・バメーストを放つ直前動作である反芻をする。
 ゴジラがN・バメーストを放とうと、顔を上げた瞬間。
 特殊爆弾はゴジラの眼前で起爆した。





 

 その瞬間、特殊爆弾はゴジラを巻き込んでモンテクリスト島諸共、消滅した。
 それこそ、反物質“赤い水銀”の破壊力であった。
 瞬時に半径2キロの周囲を消滅させた。それは爆心を中心とした球であり、空気も例外でなく消し飛んだ。
 刹那、空気と海水が失われた空間を埋める為、そこに流れ込んだ。

「ゴジラ、消滅。………作戦を終了し、本艦は海域から離脱する。周辺地域への汚染状況をシステム復旧次第確認せよ。本艦は救援活動に移行する」

 バートの声が艦橋に響き、主砲のクールダウンと共に、イージスシステムの復旧作業が始まった。
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