第二章 因縁


 

「蒼井海斗、海上防衛隊一等海尉です。防衛隊では護衛艦あいづの砲雷長をしています」

 解散後、必然的に同郷者同士挨拶を交わすことになった三神と優は海斗と共に艦内散策をしていた。
 勿論、彼らそれぞれの立場から自由の効く範囲は限られているが広大な艦内で立ち入りを許されている場所だけでもかなりの移動距離となる。

「素人な質問ですが、護衛艦と戦艦はどう違うのですか?」
「護衛艦は日本の防衛隊に限った呼称で、世界の軍隊での呼称で倣うとあいづは巡洋艦か駆逐艦になります。というのもあいづ型護衛艦はタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦とこんごう型を組み合わせたような艦だと、よく言われます。対して、イリノイは戦艦です。戦艦は最も強力な艦砲と堅牢な装甲を持つことが最大の特徴です。その艦砲が今向かっている第一砲塔です」

 イリノイの艦内を移動する一行。改修を重ねたことで区画毎に艦内の内装が異なる。特に居住性が高くなっている区画が目立つ。
 ミサイル戦艦とも評せるイリノイはさながら移動武器庫ともいえる。誘爆リスクを軽減する為の対策が必須となる。隔壁毎に閉鎖や注排水、更にミサイル排出装置などが設けられている。

「………同型艦のミズーリを見学したことがありますが、構造が異なりますね。何よりも区画の独立性が高くなっています」

 海斗は隔壁に視線を向けて感想を述べる。
 
「それってどういうことですか?」
「ダメージコントロールがしやすいということです。攻撃を受けて浸水するリスク、中の爆薬が事故で誘爆するリスク、それ以外にも計器や配線配管の損傷、戦闘以外でも沈没に繋がるリスクは存在しています。それでも最悪のケースである沈没を回避する工夫がこの艦には細部で見られます。世界最後の戦艦。……なるほど、この艦には戦艦の歴史とその知恵が残されています」

 海斗は感慨深い表情で答えた。
 そして、まもなく一行は第二砲塔の基部に到達した。手前には心臓部である司令塔へと繋がる階段と昇降機があるが、現在彼らが艦橋やイージスシステムの指揮管理フロアへの立入は制限されている。第二砲塔跡には両舷にVLSが設置され、中央に62口径5インチ単装砲がある。これが今のイリノイの第二砲塔となり、艦砲としては同型のイージスシステムを採用しているアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦では主砲相当の艦砲である。
 しかし、第一砲塔に戦艦イリノイが戦艦足り得ている50口径16インチ3連装砲という巨砲を目の前にしている為、外観としては小さく、内部としても省スペースに収まっている。
 それ故に第二砲塔があったこの空間はほぼVLSのミサイル保管スペースとなっている。
 甲板のフロアまで上がる階段が見えるが、直接外には通じていない。場所は第一砲塔と第二砲塔の間に位置する。
 
「そっちは観測室だァ! 海斗ォ、こっちに来いィ!」

 第一砲塔の基部に当たる区画から老人が顔を出す。海斗の祖父、ダグラスだ。イリノイの元上等曹長である彼が今回の作戦の要となる。
 区画に入るとその内部の様相は手前のそれと明らかに異なる。理由は武器システムが明確に第二砲塔と異なる。砲弾の大きさは同じ砲弾というカテゴリで語ってよいとは思えない程に違う。5インチ砲の砲弾も70ポンド、約31キロと決して軽くはないが、目の前にあるのは1900ポンド 、約860キロと桁違いの大きさだ。弾薬庫に並ぶ160センチの砲弾は近づいた優よりも大きい。

「……今、失礼なことを考えた者はここに並びなさい! 代わり中に入れてやるわよっ!」

 砲弾を見上げていた優をジッと見ていた三神と海斗は彼女の振り返り様の眼光に視線を逸らす。

「この巨大砲弾なら特殊爆弾は勿論、小さい先生も中に入れてしまいますね」
「…………」

 場の空気を一切無視してアルバートが言った。
 言葉を詰まらせる優に日本人二人は何も言えない。
 一方、アルバートはダグラスの指示を聞いているのか、全く聞かずに思うがままにしているのか、アルバートの作業にダグラスが口を出しているのか、どちらがとも言えない様子で作業を進めている。
 全くコミュニケーションが取れていない二人だが、素人目には特殊爆弾が砲弾へ組み込まれていく。







 三神と優はまだしばらく祖父から直接指導を受けながら手足となって体を使う海斗を残し、司令塔へ向かう。
 司令塔の艦橋部等は勝手に立ち入ることができないが、居住区画に分類される範囲は制限を受けていない。
 同型艦で実際に調印や交渉が行われた通り、出入りはできないが貴賓室などもある。食堂といった休憩、交流のできる場所もある。
 三神と優が食堂に入り、台に置かれていた新聞を手に取り、コーヒーを飲んでいるとムファサとブラボーがクルーズと共にやってきた。

「そういや大戸島は大丈夫だったベ?」
「ん? ……あぁ、連絡は取っていないからわからないけど大丈夫そうだよ」

 三神は新聞を見て答えた。ゴジラのN・バメースト関連の記事が一面を使っている為、記事は小さいが太平洋の海底火山による津波についても続報が載っていた。南太平洋の島には津波の被害を受けた地域があり、支援や災害救援を近隣国やオーストラリアが行っているという。
 しかし、艦内にあった新聞はヨーロッパ向けの英字新聞なので情報は少なくゴジラ関連の記事が大半だ。津波の被害範囲から日本は被害がほぼなかったと判断したに過ぎない。

「もうすぐ各情報が集まり、作戦詳細が詰められる。ゴジラ到達までに余裕をもって島の近海にイリノイは到着できるそうだ」
「高速戦艦って異名は伊達じゃないってことダラ」

 まもなく先の伝達通りクルーが格納庫に再集結し、作戦詳細を説明が伝えられた。
 そして、4時間後。モンテクリスト島から30キロ地点にイリノイは待機していた。
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