第二章 因縁
グリーンの死は三神と合流した優達にも伝えられた。
「生存の可能性は? 捜索は?」
「希望を持つことは大切だが、それは専門家達に任せるべきだ。………我々ができることを、我々にしかできないことがある」
グリーンの捜索を求める三神にクルーズは淡々とした口調で伝えた。
三神は無言で頷く。
「状況としては三神氏、そして特殊爆弾の奪還が成功した。赤い竹は†と構成員の多くを失った。ゴジラ團は今も副々団長の発見に至っていないが、団員を捉えた。DO-Mは奪還することはできなかったが、消失はした。損失も大きいが、敵の手が奪えた点ではクリアしている」
「クルーズさん、一つ気になったことが」
クルーズの言葉に三神は手を上げて質問する。
「言い給え」
「特殊爆弾は、この島の礼拝堂においた理由です。わざわざ海岸の洞窟ではなく、内地まで運んだか。僕の目の前に置いた理由がないんです」
「†と副々団長が手元に置いておきたかったとか?」
優が顎に人差し指を当てて思案すると、考えを口にする。
確かに優の考えも一理あると三神も頷く。しかし、彼はその理由だけでは解せなかった。
その最も大きな理由が保管が目的でなく、設置が目的だと三神は感じていたからだ。
「直感的な意見です」
「構わない」
「はい。彼らが特殊爆弾をここで起動させるつもりだった可能性はありませんか?」
三神の言葉にクルーズとブラボーは眉を寄せる。それは何のために? という疑問を表していた。
無理もない。それは口にした三神自身もわからず、渦巻いている疑問だ。
「それはゴジラがここに来るから」
「どうやらこの島の至る所にゴジラを誘導する装置を隠したらしい」
口を挟んだのはタカーとユージーだった。ユージーは手に持っていた草木のイミテーションで迷彩させたスピーカーとカセットプレイヤーを見せた。
「部隊が捕虜を尋問して得た情報だ。しかも、†の独断だ」
「ゴジラ團側はゴジラの誘導して三神への交渉で優位にする為だと言われてこの装置を提供したらしい」
「複雑になってきたな。一度整理しよう」
クルーズの提案に一同頷く。
「まず特殊爆弾だ。ポーツマス海軍基地で特殊爆弾の奪取とその為の陽動にゴジラを誘導したのはゴジラ團と考えて間違いない。赤い竹もこれに協力している」
「直接の交渉は†と副々団長の間で行われていたらしい」
「彼らは上からの指示で行動していた」
「この手の組織としては正しい姿だ」
タカーとユージーの話にブラボーは頷く。
「ゴジラ團にとっても利のある話だった可能性はあるけれど、特殊爆弾のことを持ちかけたのは赤い竹の†だったと考えるのが良さそうね」
「アシモフの件から考えても間違いない。そして、判明している情報から†はこの島でゴジラへの復讐の為に特殊爆弾を使用しようとしていた」
優の意見にクルーズが補足する。
「一方でゴジラ團は赤い竹が入手したDO-M、またはそこから作ったDO-Hに関心があった」
「それを見つけたミジンコ君、貴方にもね」
「赤い竹とゴジラ團の利害は確かに一致していた。しかし、特殊爆弾の使用目的、タイミング、対象が違ったか」
三神、優、ブラボーが口々に意見を交わす。そこにこれまで話に入っていなかったムファサとアルバートが口を開いた。
「ゴジラ團はゴジラに対して使うつもりがなくても特殊爆弾が欲しかったんだら? んなら、ホラを並べて裏切るってぇのはあるんでねぇか?」
「特殊爆弾は安全装置が有効になっておった。安全装置は信管と同じものだと思ってくれて構わない」
「副々団長は†がゴジラにこの島で特殊爆弾を使おうとしていることを知っていた上で、特殊爆弾を使わせるつもりはなかったということね。もしかしたら裏切って持ち逃げするつもりだったのかもしれないわ。……チッ! 最っ低ぇーねっ!」
腹に据えかねた優は腕を組んで仁王立ちしたポーズでガラ悪く舌打ちする。
いずれにせよ優の言ったことが真相と考えられる状況である。三神は昨夜考えていたことを思い出す。
「………ゴジラ團は†と同じように特殊爆弾がゴジラに有効な兵器と考えていた、ということですよね。なら、ゴジラ團にとって特殊爆弾はゴジラを倒す脅威であると共にゴジラやゴジラに相当する存在へ有効な武器としての価値があった、そう考えられます」
「おいおい、三神氏はゴジラがもう一体いるとでも言うのか?」
「クルーズさん、あくまでも可能性です。それに……まだ正直信じられないことですが、N・バメーストのことがあります。例えば、当初副々団長はゴジラが来る前に特殊爆弾を使用か破壊を予定していたものの、N・バメーストのことでゴジラが彼らにとっても脅威となった場合のカードとして赤い竹から横取りすることに方針を変えた可能性もあります」
「確かに。この件は副々団長を捕えて聞き出さない限り推測に過ぎないな。………ゴジラ團がゴジラ以外の対象への使用を目的としていた可能性はあるが、赤い竹同様に特殊爆弾がゴジラに有効な兵器となると認識していたと考えるのが妥当だ。そして、ゴジラを誘導する装置がこの島には仕掛けられており、ゴジラはこの島を目指している可能性がある」
「装置は止めているのだろ?」
クルーズが話をまとめるとブラボーはタカーに聞く。
タカーは頷く。
「見つけたものは全てスイッチを切った」
「といっても近づかないと音が聞こえないからな。隊員の中には耳鳴りと頭痛がすると近くに装置があるとジンクスじみたことを言っている奴もいたけどな」
「いや、それはジンクスではないですよ。……この装置を起動してもらっていいですか?」
ユージーの話を聞いて、三神はスピーカーに掌を当てて彼らを見た。二人は一度大丈夫かと顔を見合わせたものの言われるまま、装置を起動させた。
「「「「「「……………」」」」」」
「音、出てるか?」
「……出てますよ。触ってみて下さい」
クルーズが眉を寄せると三神はスピーカーに触れている掌を示す。彼は三神に代わり、掌をスピーカーに置いた。
「! こんなに振動していたのか」
「恐らく人の可聴域をギリギリ超えた音域だと思います。………誰か耳に違和感や音は聞こえませんか?」
「鳥だ……。嗚呼、気持ちが悪くなってきた! その装置を早く切り給え!」
両耳を押さえてアルバートが叫ぶように言った。彼はこの音を聴き取れたのだ。
すぐさまスイッチを切り、アルバートが落ち着くのを待つ。程なくして、彼はグッタリと岩に腰を下ろしているものの、ある程度落ち着いた。
それを確認して三神と優、ムファサは頷き合う。対してクルーズが問いかけた。
「何がわかったのか、説明をしてもらえるかな?」
「渡り鳥の鳴き声は遥か海を越えて届きます。分析をしない段階なので、仮説ですがこの装置はゴジラの声と組み合わせてゴジラを引き寄せる音声、それもほとんどの人は聞き取ることのできない音域で再生されているのです。勿論、この音域が特定できる筈なのでマイクと計器を用意して虱潰しに島を捜索すれば全ての装置を解除できます」
「ダラ、その必要があるのケ?」
「むしろ、ゴジラがこの島へ来るのがわかっている状況になります」
「つまり、この島をキルゾーンにするということか」
クルーズの問いかけに3人は頷く。
「†の思惑を利用します」
「ゴジラ出現が確定しているならば相応の備えをもって対することができる……か。N・バメーストは?」
「仮説レベルですが、ゴジラにとってもN・バメーストは切り札だと考えられます。如何にゴジラだとしてもあまりにも破滅的な技です。そもそも吐き出したのが反応中の体内核物質であるとして、その核物質から普段自身のエネルギーや白熱光などの形で用いています。それを考えれば、これが吐瀉物と同じようにみるべきではありません。むしろ、臓器の一部と考えた方が良いと思います」
「ンダ、生物の中には自らの血液や一部を武器として使い捨てる者もいるダ」
「どの程度の頻度で使えるのかは不明ですが、少なくとも連射はできません」
「つまり、こうか? ゴジラにN・バメーストを吐かせる、或いは吐けないことを確認して、特殊爆弾をゴジラに使う。この島で?」
再び頷く3人にクルーズは頭を抱える。
「君達の言っていることはわかる。だが、イタリアにこの地で戦術核と同等の攻撃をゴジラにさせ、更に“赤い水銀”という政治的には存在しないことにした兵器を使用することを了承させろということだ」
「………彼らはそれを考慮していないし、する必要もない。しかし、その問題が解決しても問題は残る。ゴジラはここを目指し、ここでN・バメーストを使うのが想定されるシナリオだ。残された問題はこの特殊爆弾をどうやって起爆させるかだ。設置しても焦土に消える。ミサイルに搭載するには弾頭として大き過ぎる。核弾頭と比較すれば、ヒロシマ型の核弾頭だ。原始的な手段としては航空機に載せて上空からの投下だが、攻撃対象が移動する上に、対空攻撃をするゴジラを相手では難しい。ついでにN・バメーストの後の上空は不安定だ。弾頭投下は現実的ではない。だからと言って自らの命を犠牲にすることを容認する訳にはいかない」
「「「…………」」」
3人ともブラボーの指摘に代案は浮かばない。
軍事的な知識は持ち合わせていないからだ。
自然と誰もが閉口し、沈んだ空気が一同に流れる。
それを打ち破ったのは意外にも、クルーズであった。
「……一つ、心当たりがある。N・バメーストを島で使用した後にゴジラへ特殊爆弾を送りつける方法が」
「え?」
「陸地とも離れている。EMP発生状況下での高高度からの投下なんて議論するつもりはないぞ」
「移動砲台を使ってゴジラへ直接砲撃によるアナログ時限式着弾直前の空中起爆。これなら可能だ」
「そんな80センチ列車砲と同レベルの兵器が現役で存在する訳……」
「するさ。しかも、このイタリア領海内で合衆国が寄せ集めた対ゴジラ用兵器と一緒にモスボールを解除している」
クルーズはニヤリと笑った。
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「作戦を確認する!」
ガエータ基地を出航したアイオワ級戦艦イリノイ艦内でクルーズが三神達と海斗、そしてクルー達を前にこれから行う作戦について説明を始めた。後部格納庫が艦内でもっとも広く人数が集まれる場所となる為、格納庫の一角を使って説明は行われていた。
既に各々作戦に関しての概要は伝えられている為、主に補足説明が中心になる。
現在イリノイは8基のガスタービンエンジンの4軸駆動によって、原子力空母にも匹敵する36ノットの高速航行でティレニア海をモンテクリスト島に向かって進んでいる。島ではゴジラ團の仕掛けたゴジラ誘導装置を使い、ゴジラを誘き寄せる作戦だが、ゴジラがイリノイよりも先に島へ到達する可能性がある為、ポーツマス海軍基地でゴジラ團が使用したゴジラの鳴き声によるゴジラの誘導を採用し、フランスのマルセイユから200キロ沖に巨大水中スピーカーをつけたブイを浮かべている。
まもなくこのブイが破壊され、フランス領のコルシカ島の方角へゴジラは向かった。その延長線上にはモンテクリスト島が所在する。
モンテクリスト島では作戦の第1フェーズの準備が行われている。N・バメーストが作戦遂行上の最大のリスクとなる。その為、遠隔無人による攻撃、高高度からの地中貫通爆弾の投下を行い、ゴジラにN・バメーストを使用させる。コタンタン半島の映像を解析した結果、N・バメーストには予備動作があることがわかった。第2フェーズはゴジラがN・バメーストを使用するか、即座に使用する様子がないことを確認して開始する。イリノイの船首第1砲塔50口径16インチ3連装砲にW23核砲弾を特殊爆弾に載せ替えた1900ポンド特殊砲弾を装填し、ゴジラへの艦砲射撃を実行する。砲弾の最大射程は36キロだが、失敗なしの一発勝負となる。かといって爆発に巻き込まれる自滅はできない為、同じ1900ポンドのMk13 高性能榴弾を使用して試射をし、誤差修正と着弾までの時間を行う。
今回の作戦遂行上で問題はないと判断されたが、16インチ3連装砲による艦砲射撃を行う時は、その衝撃によってイージスシステムのエラーや故障をするリスクが高い為、一度システムをダウンさせ、使用後に再起動、故障の確認を行う必要があるという、非合理的な運用上の仕様がある。
改修の際にシンボルである主砲撤去は内部の反対が強かった。その結果、本来であればイージスシステムを使えなくなる仕様は諸刃の剣となる為、シースパローなどと交換すべきところを第一砲塔一基のみ残すことになった。浪漫兵器と揶揄されることもしばしばあるが、それがなければ、今回の作戦は成立しなかった。
「以上だ」
クルーズは説明を終え、一同解散となった。
次の集合は2時間後。島の準備と現在計算中のゴジラの島への到達予定時刻、つまり作戦開始時刻が決まり、詳細が詰められる。