第二章 因縁
「あとはお前の知る通りだ、三神」
研究員は赤い竹の目論見通り、事故の爆発に巻き込まれて死亡したと検死結果が出た。同じフロアは軽傷者が1名出た。そして、爆発で落ちた天井に潰された院生1名。この被害は赤い竹も予想していないものだった。
大学側が調査委員会を立ち上げ、赤い竹の工作が上手くいっていたことで三神含む研究室の過失は少なからずあるものの想定外の不幸な事故であったと結論が出され、三神も恩師である教授も刑事責任は課されなかったが、研究初期の段階でも小規模の爆発が発生していたこともあり、研究継続は認められず、研究室は閉鎖、教授も職を辞した。不幸な事故と判断されたものの、DO-Mの危険性は認識され、被害者と家族への補償や建物の修築費を抱えていた大学は焼け残った研究資料一切をロシアの大学に渡した。
DO-Mのサンプルは全て焼失したが、DO-Mを発見した土壌等は保管庫に残っていた。それらはロシアに渡り、凍結保存されたされる。
刑事責任は問われなかったものの、三神は大学院を中退し、これまでの実績も将来も失った。優を巻き込み道連れにすることはできないという想いが三神を優から離した。路頭に迷った三神は、せめて恩師の教授に挨拶をしようと身辺整理をしていた彼のもとを訪ねた。
そして、教授からチェルノブイリ調査メンバーの一人であった所長への紹介状を渡され、三神は大戸島へと渡った。
「どうだ? 知りたいことは話したぞ。死者の一人は確かに我が部下の犯行で、爆発も工作によって起きたものだった。……だが、お前達の論文から想定された被害を上回る爆発が起きたこと、工作による爆発ではあったが全てがあの場所にあったもので行われた。つまり、本当に事故が起きていてもおかしくはなかった」
「……………確かに。DO-Mは事故を起こすかもしれない存在だった。しかし、貴方達はそのDO-MからDO-Hという兵器を作り出した。DO-Mは放射性物質を吸収し、放射線をエネルギーに変換する。放射性物質を食べる放射能浄化細菌です。あの現象は、そんな高濃度の放射線環境下でも自身を守り、取り込んだ放射性物質を包む膜構造、放射線を遮断するフィルターを形成する為に生じるものです。あのDO-Hが生成できたということは、既にDO-Mの水を分解して放射線遮断膜構造を生成するメカニズムを解明しているのではありませんか? それもそれなりの犠牲を出して」
「犠牲は出ている。それだけの成果をDO-Hはもたらした。だが、我々は研究者でない。メカニズムなどに興味はない。我々が成したのはDO-MからDO-Hの抽出生産方法に過ぎない。DO-Mの培養も論文を元に行っているが、量産が困難な状況だ」
つまり、研究室レベルの培養と抽出生産を行う段階で、十分な数を作るのにはそれなりの時間を含めたコストのかかる状況ということだ。費用対効果を考えれば生産コストを抑える技術が欲しいのだろう。
抽出生産法の確立には今の†の口調から相応の人的犠牲を出していたと考えられる。赤い竹がどの様な技能を有する研究開発の人材を確保しているか、協力機関の存在があるかはわからない。しかし、工業的な量産ができない状況を考えると研究室レベルの環境で抽出していることになる。有力な方法は細胞を破壊し、濾過か遠心分離あたりか。水に接触させられない物質である。その困難な過程を経て得た情報だ。三神が聞いても容易に話さないだろう。
それでも三神としては知りたいことを先に確認しておきたかった。
「一つ、疑問があります。抽出した物質は乾燥した真空の環境下であれば保管可能でしょうが、DO-Hとして利用しています。水に溶ける物質で包んでいるのですか?」
ギロリと三神を睨む†。三神は悪手をしたかと思い、まだ人道的といえる今の扱いが終わることへの覚悟を始める。
しかし、その覚悟は必要なかった。
「……まぁいいだろう。あれは塩だ。水も酸素も水素も含まない。塩でコーティングをしている。ペットボトルの水に溶け、反応が劇的に起こり、爆発する。それがDO-Hだ」
†はチラリと副々団長を一瞥した。その行動の意味を三神はすぐに察した。
如何に赤い竹が高度な技術を有していたとしても三神らが出した論文からこの兵器の構想に辿り着くのだろうか。先程の話にあった赤い竹がDO-Mに関心を寄せたそもそものきっかけが科学誌を読んだだけ、と考えることに違和感があったのだ。
「……ゴジラ團が赤い竹にDO-Hのアイディアを伝えたのか?」
「そこまではしていない。それに当時まだゴジラ團はない。ただ商談の中で論文の読み解き方を雑談として触れたまでだ。もっとも、自分も受け売りだがな」
受け売り、つまり副々団長に話した人物がいる。考えるまでもないが、恐らくそれは団長を指している。
団長は三神らの論文を読んでDO-Hの着想を得ていた。それをゴジラ團の前身となる組織で副々団長が赤い竹へ話した。ゴジラとは無縁だった当時の三神とゴジラ團の因縁があった。
DO-Mとゴジラをつなぐ線上にいる人物に、三神は心当たりがあった。その人物と正体不明の団長が重なる。
その人物は、兼任の肩書きでチェルノブイリ調査に参加していた国立特殊生物研究センター長、所長だった。
確認をしたいが、それを今、副々団長に聞いても答えてもらうことはできず、悪戯に三神の身が危険になる。
「さて、もう話は十分だろう。もう一度、返事を聞かせて貰おう。今度は快い返事が返るものと思っているがな」
†が三神を見下ろし、告げた。
その時、礼拝堂跡の中を激しい閃光と耳をつんざく高音が響き渡った。
「「「「「「「「「「「「っ!」」」」」」」」」」」」
その場にいた全員が、咄嗟に目と耳を覆う。
そして、視覚と聴覚が機能しない中、唯一まともに機能する触覚が、三神の体に厚手の素材でできた布が覆ってきたことを彼に伝える。
「なんだっ!」
叫ぶが自身の声がどれほどの声量であったのか、三神もわからない。
しかし、どこか覚えのある香りが鼻に入る。その香りと布越しに誘導され、三神は礼拝堂跡から連れ出された。
三神救出作戦は特殊爆弾及びDO-Mの奪還作戦と同時に実行することになった。
「三神氏の所在は最後に観測された位置情報及び周辺から得られた情報からモンテクリスト島とみて間違いない」
イタリアのティレニア海を航行する船舶へ航空機から乗り換えた船内で作戦会議を行っていた。
船舶は民間の大型クルーザーを改造したもので、居住空間が広い。遠くから一見すると洋上パーティをしているように見られる。そのような擬装をした船内空間には、ティレニア海の地図をプロジェクター投影するスクリーンの前に立つクルーズ、最前に優、グリーン、ブラボー、ムファサ、アルバートが椅子に腰掛け、クルーズが手配した文字通りの特殊な訓練を受けた部隊が列を成して他の椅子に座っていた。
合流時にブラボーと視線を交えた者が2人いたことをグリーンは目敏く確認していた。後にブラボーから聴いた話によると、彼らとは仕事でバッティングしたことがあったらしい。
「モンテクリスト島……」
優が眉を寄せて島の名前を復唱する。記憶を辿る様にグリーンが「巌窟王」と耳打ちすると、思い出したらしく「あぁ!」と頷いた。
モンテクリスト島は、日本では『巌窟王』の名で親しまれる小説『モンテ・クリスト伯』で登場する財宝の隠されていた島だ。
「この島は自然保護区に指定されており、入島には許可が必要であり、週代わりに森林警備隊が常駐している。しかし、先に送信した彼ら宛の電子メールへの返事はない。相手の警戒を強める可能性を考慮し、電話や無線を入れての確認は行っていないが、ルーチンとしてのメール確認を行う時刻は過ぎている。彼らの安否も心配ではあるが、本作戦の目的に変更はない。今は島が敵に占拠されている可能性が高いことに意識を向けてほしい」
クルーズは淡々と島と周辺環境の説明へと話を進める。
森林警備隊は救出をするつもりがないと彼は言った訳だが、それは見捨てるという意味でなく、彼らの生存が見込めないことを意味していた。
その後も地形と建造物から三神と特殊爆弾、DO-Mそれぞれの所在する可能性の高い場所をクルーズと部隊の長が交互に説明する。
島へは夜明けに小型船舶で上陸。風下から近づき、沿岸付近ではエンジンを切り隠密状態での着岸を行い、三神含む対象の場所を特定する。
三神は発信機、特殊爆弾は装置固有の波長を探して位置情報を特定する。DO-Mは三神の拉致目的と状況から島内への持ち込みをしている可能性が高いと想定をしているが、位置情報を特定する手段もない為、作戦中に対象を発見した場合に奪還する。
†は生死を問わず、副々団長は生け取りでの確保。いずれも第一目標ではなく、奪還に次ぐ第二目標で、奪還任務に際しての交戦による殺害はやむを得ないものとする。
この様に作戦計画は決まり、メンバーの選出が行われた。
「ブラボーとグリーン、君達にも加わって頂きたい。私は立場上、この船を離れることができない」
「ちょっと待て。俺まで作戦指揮官様の弟子になった覚えはないぞ!」
「ならば、名誉と誇るといい。この私が目と耳になると買っているのだから。ちなみに、ブラボーには手足をお願いしたい。三神氏を生きて連れ戻すことと、特殊爆弾を使わせないことは本来、私が命を賭して果たさねばならないことだからな」
「目も耳も鼻も売った覚えはありませんがね……。つまり、汚れ仕事はしなくていいから作戦成功率を上げる為に現場判断を俺に委ねるってことか。買い被りすぎだろ! あっちは特殊部隊の隊長がいるんだ。任せときゃいいだろ?」
「作戦遂行上でお前への期待はないし、邪魔をするなら処分して構わないと隊長にも伝えておくつもりだ。それにイレギュラーへの対処としてはブラボーがいる。言ったはずだ、目であり耳となってほしいと。お前には事後対応も含めた作戦成功率を上げる為に現場の中にある情報を収集してきてほしい」
「なるほど。……つまり、戦場に送り込まれて尚も探偵をしろと」
「私のプライベート・アイだ。文字通りの」
「気のせいか? クルーズ、あんたの教育プログラムを俺に依頼と称して行っていないよな」
「ふっ、私の教育はもっとスパルタだ。追加報酬は期待してもらって構わない」
「ちっ。契約成立だ」
グリーンは諦めた様子で舌打ちをしてクルーズの差し出した手を握った。
そして、三神が特殊爆弾のある修道院跡に連れられたことで奪還作戦実行は決定した。突入までの配置、見張りの無力化、突入方法を隊長の指示で決められた。突入班の主力はブラボー、部隊からはブラボーとかつての因縁ある2人、タカーとユージー。他が援護と退路確保に配置される。
グリーンは隊長と共にいる。武器を持って立ち回る役はない。
「対象が一箇所にいるなら作戦はシンプル。華麗に俺達で決めちゃいましょう」
「昨日の敵は今日の友。ということで、ヨロシク」
いざ同じチームとなると、途端に二人組はフレンドリーにブラボーに話しかけた。聴けばブラボーが2人に対して眼光鋭く見ていたから船上では距離をとっていたらしい。
憮然としつつもコミュニケーションがあるのはチームとして必要だとブラボーも彼らと会話をする。
作戦配置へ移行するまで残りわずかな時間だ。敵に気づかれない程度に緊張を解している。
「…………隊長さん、確認したい場所があるんだが、見に行ってもいいか?」
グリーンはこの島のことを知ってから考えていたことを隊長に伝えた。日焼けした赤黒い鼻を手袋をはめた手で撫でながらグリーンの話を聞いた隊長は、護衛を一名付ける判断をした。ファンタジーが過ぎる発想だが、ゴジラとDO-M、赤い水銀を利用する赤い竹とゴジラ團を相手に笑い捨てるものではないと彼も考えたのだ。
条件は作戦遂行に支障ないように、アクションを起こす場合は作戦時刻以降とすること。合流地点に来なければそのまま置いていくこと。それらを了解してグリーンは海岸へ向かって移動した。