第二章 因縁
ガエータ基地にゴードンの運転する車が到着すると、埠頭には彼らを出迎える巨大な戦艦が停泊されていた。
アイオワ級の象徴である50口径16インチ三連装砲を艦首の第一砲塔を残しながらも降ろされた第二砲塔の代わりにVLSと62口径5インチ単装砲、そして艦橋部に増設されたSPY多機能レーダー。それらはアイオワ級戦艦にイージスシステム搭載艦のアーレイ・バーク級駆逐艦を混ぜたかの様な他に類を見ない異質な姿であった。
更に、後部甲板は第三砲塔も降ろし、格納庫を有する4機分の広大なヘリの発着甲板が増設されており、滑走路こそ無いがシルエットは航空戦艦のそれであった。
『イリノイは終戦後に完成を迎えた史上最後の戦艦です。当然ながら、戦う相手がいない時代であり、莫大にあった有事の予算も戦後は削減されて戦艦は次々と引退し、他の建造中の艦も中止や変更となっていました。そんな中、このイリノイだけは完成にこぎつけたのです。この理由には諸説ありますが、事実として戦後に就役し、朝鮮、ベトナム、湾岸戦争に参加した他、中東の警戒や災害派遣、海賊の護衛。近年では主機こそモスボール、つまり予備役という扱いになっていたのですが、一部の防空システムは稼働させて地中海のミサイル防空システムとして利用するなど、汎用的な運用をされてきました』
「この諸説の中にクロスロード作戦後に目撃されたゴジラを合衆国が警戒していたという話があるらしい」
大戸島の港に面して店を構えている定食屋大戸屋。丼ものが多そうな店名であるが、名物は揚げ物の定食と刺身である。夕食時は漁師や単身者の食卓として親しまれている。
コロッケ定食のコロッケを口に運ぶ翠の向かいに座る神谷が刺身を箸でつまんで、お猪口に日本酒を注ぎながらこの瞬間以外で役立つ事はないであろう嘘か誠かもわからないうんちくを語る。話題は店内に置かれたブラウン管テレビで流れる戦艦イリノイとゴジラについてのニュース特番についてだ。
「それよりも他にも席は空いてますよ」
「そりゃ、一人よりも美人を眺めながらの方が酒が美味いからに決まっている。あと、こうやって座っていれば、後から来た客は俺が天羽さんの連れだと思うだろう? それで更に気分が良く酒が飲める」
「中々に最低ですね」
「褒め言葉として受け取っておくよ。……しっかし、あの解説者、2度と呼ばれないと思っていたが、まさかのひっぱりダコになるとはな」
「他にあの戦艦を語れる人がいないんじゃないですか?」
二人は先日の番組で醜態を晒した巨砲大鑑主義の解説者がイリノイについて饒舌に解説する画面を見る。
フランスを縦断したゴジラやN・バメーストの被害については一切触れず、解説者はイリノイの年表を書いたフリップを出して話し続けている。
『この通り、イリノイは常に最後を歩んでいたんです。それこそが、唯一の第二次近代化改修による対潜防空ミサイル戦艦というアイデンティティを生み出したんです。同型艦の課題であった水中防御の強化がなされていますが、本来は戦艦大和に匹敵するバルジと言うんですが、魚雷などから沈没を防ぐ装甲と緩衝構造が追加される予定であったのですね。それがパナマ運河の幅、これをパナマックスと呼んだりするんですが、それを超えてしまう。その為、同型艦より強固な水中防御を持ちつつも、建造時の計画より性能は低いというのが、愛好家の界隈では有名な話なんですね』
「最早、どこ視点なんだ、あれ?」
「まぁ、夕飯中に流すという意味では正解だと思いますよ。被災地の状況とかゴジラの歴史とか、……一昨日なんて太平洋でも地震があったから尚更ですけど、段々と過激な報道も増えてきて視聴者が体調不良を訴えているという問題も出てきているらしいので」
「震災の時にも言われていたな。まぁ、昨日一昨日は特にか」
追加注文をした魚介のぶつ切り入り味噌汁をズズズと啜りながら神谷は相槌を打つ。
一昨日、フランスでN・バメーストによる凄惨な被害が発生した一方、まだ状況がわからない日本では太平洋で起きた海底火山の噴火とごく浅い地震による津波発生の報道が主に流れていた。幸い日本までは到達しなかったが、トラック諸島などは被害も出ていた。その報道が落ち着くと、入れ替わるようにフランスの被災状況が伝えられた。更に日本の場合は、半世紀前の2度の原爆投下とゴジラ上陸が関連づけられ、翠の言うところの過激な報道による視聴者の取り合いが各局で起きていた。
その2日間、テレビを見ながら博物館内やこの店で二人はなんだかんだで毎食共にしている為、会話が自然に続く。
『朝鮮戦争時には既にカタパルトやクレーンを撤去してヘリ甲板が仮設され、ベトナム戦時下に故障もあったらしいですが、第三砲塔を降ろして現在同様の大容量の格納庫を有するヘリ甲板が増設され、レーダーや通信システム等も更新。単艦で防空警戒を行う任務をレーダーピケットというのですが、それを実質的に担ったのです。この功績が後々の600隻艦隊構想で姉妹艦と同じように各種ミサイルを搭載する第一次近代化改修が行われ、1984年にレバノン内戦の就役。更に湾岸戦争への就役、……この時にはレバノン内戦の当時に計画されていた対潜防空ミサイル戦艦化の第二次改修が初期の予定から数年遅れながら終わっていた訳ですがね。この遅れによって最後の改修計画となり、当時建造計画にあったアーレイ・バーク級と同じイージスシステムと180セルものVLSの搭載に繋がったのは界隈で有名な話なんですね』
「界隈ってどこの話なんだ?」
「さっき話していた愛好家界隈じゃないですか?」
「いや、だから何の愛好家だよ」
「そりゃ………イリノイの?」
「範囲狭いな!」
お椀を手に取って小首を傾げ、ポニーテールにした髪を揺らして翠が言うと、神谷が額に手を当てて大袈裟に笑いながらつっこむ。
翠は白米を咀嚼した後、味噌汁を啜るとテレビを見つめてしみじみと言った。
「でも、半世紀以上も前の戦艦が今、半世紀ぶりに現れたゴジラに立ち向かうというは、確かに心揺さぶられるものがあります」
「そのうち興奮して絶叫するようになるぞ」
「なりません!」
急ピッチでイリノイの出航準備が進められている中、ゴードンの元に第6艦隊の司令官から直接連絡が入った。
『結論から伝える。国連経由でイリノイは多国籍軍としてゴジラに対する地中海での迎撃作戦に参加することになった』
「中将、お言葉ですが。元々の任務との差はあまりないのでは?」
『艦隊任務としては。……だが、イリノイ単艦は少し変わる。具体的には、フランスと国連出向中の佐官と随行中の関係者がイリノイに乗艦する。佐官と言ったが、軍としての階級だ』
「つまり?」
『言わせるなよ』
司令官の中将であるが、相手はゴードンと旧知であった。ゴードンもある程度ニューヨークとフランスでの話は聞いている。つまり、海軍所属の佐官でなくスパイ様が乗り込んでくるということか、と心中で答えた。
「しかし、どうしてまた」
『………この通信で伝えることはできない。だが、既に国防総省も、勿論大統領も承認した。こんな馬鹿げた作戦………。彼らは荷物と共に甲板へ直接到着する。作戦の遂行に必要な人材、物質に関しては何を乗せようとその判断は艦長の権限に委ねる。……意味、わかるな?』
「そんな……何故そこまで?」
ゴードンは艦橋の窓から岸壁にいる老人と日本人を見下ろす。仮に、ゴードンが受け取った意味が予想通りなら、今この海に対応できる艦はイリノイしかいない。
部下がヘリ甲板への着艦を求める通信が入ったと報告をする。
すぐにそれを許可して、司令官へ伝えた。
「ヘリがまもなく着艦します」
『任せたぞ。必要な物資は別の経路で搬入させる。おまけで例のLOSATを積んだ車両も行く。これは上からの命令だ。N・バメーストを吐かせない範囲でLOSATの有効性を確認しろ』
「どこまでの範囲がN・バメーストを吐かないのかは?」
『2日間、ゴジラはフランスを散歩していたんだ。それを眺めている分には吐かない』
無論、皮肉だ。
つまり、第6艦隊、否イリノイの攻撃がその範囲を計る物差しなのだ。
「せめて、フランスからのお客様にご助言を賜ることにします」
『健闘を祈る』
通信を終えたゴードンは大きく息を吐くと、艦橋を出てヘリ甲板に向かった。
まもなく4機分ある発着位置の一つに陸軍のチヌークが着艦した。
中からはクルーズ、ブラボー、ムファサ、優、アルバート、そして三神が出てきた。
ゴードンも三神の顔は司令部から見せられた。先程の司令官の言葉は三神の乗艦も含まれていたと理解した。
「艦長のバーソロミュー・ゴードン大佐だ」
「フィリップ・クルーズ、一応大佐だ。彼のことを含め、寛大な判断を感謝する」
「…………」
ここで乗艦の拒否も三神の拘束もできない。できるのは司令官から与えられた艦長の権限で乗艦を認めることだ。
「それで、これが作戦の肝。……ゴジラ團と赤い竹から奪還した特殊爆弾だ」
チヌークから降ろされた特殊爆弾を見て、ゴードンは作戦の概要を理解した。
その答え合わせをするかの様に、岸壁にMGM-166 LOSATの発射筒と照準装置を搭載したハンヴィーと予備のLOSATと弾頭を不活化させたW23が列を成して到着した。
「サイドランプから車両を格納庫へ搬入しろ。……それと、彼らも。特に親父はこの作戦に必要だ」
ゴードンは岸壁に立つダグラスと蒼井を指差した。