第二章 因縁
フランス、コタンタン半島。世界史においては、ノルマンディー半島の名で知られる1944年6月6日から始まったドイツ軍に占領されていたヨーロッパへイギリス海峡を越えて連合軍が侵攻し、第二次世界大戦後半の戦局に大きな影響を与えたオーヴァーロード作戦の舞台である。
戦後、この地はフラマンヴィル原子力発電所の他、ラ・アーグ再処理工場など原子力産業が盛んになった。
そして今、フラマンヴィル原子力発電所の沖合の海を割ってゴジラの背鰭が迫る。
対するフランス軍は海戦を避けて航空部隊と陸上からの攻撃部隊によって防衛線を展開していた。
戦いの様子は映像を通じて、ブラボー達もホテルのテレビに映して確認していた。
「便利なもんだな。市販化される場合、あと10年は先の技術だ」
「口外することは認めない」
「わかっているよ」
テレビの端子に繋いだ小箱型のデジタル映像受信機を見ながらグリーンは言う。ブラボー曰く、テレビの入力端子の都合上、この大きさになるが、本来のスペックは棒状のアンテナ一つ分のもので足りるものらしい。
「ゴジラは時速30ノットで接近中。航空部隊は地中貫通爆弾のBLU-109で攻撃する」
「水上の標的に使うことってあるのか?」
「ない。そもそもその性質上移動する目標に使用する兵器ではない。あくまでも上陸前の威嚇と上陸後の使用武器選定の為の威力偵察だ」
「だよな」
これまでイギリスで行われた空爆で有効性を確認できた兵器はなく、海戦では完敗。現状の戦果から推測される有効な攻撃手段は貫徹力のある兵器を至近距離で使用することだけ。近代戦闘に逆行する戦術が必要になる。
どの国も自国内でバンカーバスターを使って土地を耕したいとは思わない。それはフランスも同じだろう。ゴジラと地中貫通爆弾による空爆、どちらの被害が少ないか、どちらに利があるか、様々な計算と天秤が偉い人達の頭を悩ませる。そして、陸に近くては爆撃に原発を巻き込む。かといってゴジラが上陸して原発を破壊されてからでは遅い。
結果が威力偵察を兼ねた洋上移動中のゴジラへの地中貫通爆弾による空爆。言葉遊びとしてはツッコミどころしかない。
「地上の防衛は更に狂気だ。アレを見つけて保管する選択をした第四共和国も中々に狂っていた」
「アレ?」
「何ダラ? 海にバンカーバスターより面白いベ?」
「……連合国のD-DAYが遅れた場合、世界史は変わっていたかもしれない。アレはそういう遺物だ」
今までベッドでゴロゴロとしていたムファサが興味を示してテレビの前にやってくる。ブラボーは受信機を操作し、別の映像に切り替えた。
映像は原発側からゴジラのいる海ではなく半島側を向いている。地形としては小高い丘がある広陵地帯となっているが、その丘に茂る木々がすっぽり無くなり、丘の中から砲身らしき巨大な筒が生えている。
「アレは? ……何だ? アレ! 大砲なのか? え? んん? どっかで見たような………」
「80センチ列車砲だ。一般に知られる2つは終戦前にナチスが爆破解体したとされるが、この第3の列車砲、ベルタは連合国軍の上陸作戦に間に合わずにナチスが撤退したことで半島地下に放置したままになっていたものだ」
「列車砲って……マジか」
80センチ列車砲、第三砲ベルタ。列車砲を造ったクルップ社会長グフタスの夫人の名から付けられ、ブラボーの説明通り戦時下で使用されることがなく、その存在自体が知られることなく忘れられていた。
その存在が発見されたのは終戦後、連合国軍が撤収し、フランスの第四共和国時代の1952年であった。
ただし、それを知って補修とモスボール処理をさせて、そのままフラマンヴィル原子力発電所が後にできる半島の地下に封印して情報を含めて存在を隠蔽したのは、当時の第四共和国政府ではなかった。既に当時の政府が倒れることを予想し、欧州防衛共同体の批准を拒んだ直後のタイミングであったこともあり、この兵器の存在をアメリカ合衆国を始めとした他国に知られること、更に言えば情報含めて渡したくないが為に手の込んだ嫌がらせを指示した人物がいた。当時、フランス国民連合であったド・ゴールである。
後に大統領となった彼の指示で正式にこの兵器は国防省の管理下となり、ある意味使い方次第では核兵器に対して洒落の効いた外交カードとなるとの判断をし、晩年に将来的建設することになる原子力発電所の候補地としてこの地を伝え、後世にそのまま原発の防衛砲台として遺したのだった。
国内でも軍部と政府の一部にしか伝えられなかったこの洒落の効いた兵器は、地下保管場所から地上へと敷線された限定的な範囲のみの運用ながら、使用時に出現させることのできる固定砲台として半世紀以上の時を保管されたのであった。
「空爆が始まった」
ブラボーの言葉と共に映像は切り替えられ、洋上に上空から投下された地中貫通爆弾と海面が爆発で盛り上がり、吹き飛ぶ光景が映る。
波紋というにはあまりにも大きな波が周囲へ広がり、カメラの設置されている海岸線にも押し寄せる。
「海を抉っているんじゃないか? あれはもう津波だぞ!」
「既に周辺海域と海岸線の避難はできている」
「自分達の起こした津波で原発がメルトダウンしたら笑えないと思うが?」
「炉は昨日から停止している」
「停止していても核反応はそうすぐに止まらないだろうが……」
グリーンが全く安心できないと苦言を呈するが、既に戦いは始まっている。
命中精度を上げて再度上空からBLU-109が投下され、今度はゴジラの背鰭に命中した。
海面と共にゴジラは爆発に巻き込まれ、海中へと叩き込まれて姿が消える。荒れ狂う海面には爆発による黒煙と泡立ちの他、赤黒いゴジラの血液が滲む。
「よく命中させられたな」
「まだだ。ここから陸空の攻撃だ」
ブラボーが告げるとカメラが振動し、カメラの上を弾丸がゴジラへと向かって飛んでいく。
言わずもがな、列車砲による砲撃だ。
まもなく、ゴジラの近くに着弾し、再び海面に大きな水柱と衝撃波によって海が抉れる。
列車砲の冷却、装填作業を同等の高さを誇るクレーン車と消防車が行う間に、上空から次のBLU-109が投下される。
海中から火球が放たれ、BLU-109は上空で爆発する。
ゴジラが爆熱火球を使って防空迎撃したのだ。
「中々に優秀な防空能力みたいだ。フランスの防空システムにどうだ?」
「生憎と間に合っている」
すぐさまもう一機がBLU-109を投下し、爆熱火球を放つ為に浮上したゴジラに着弾する。
ゴジラの皮膚が吹き飛び、血飛沫と共に再びゴジラは海中に沈む。それは貫徹力のある兵器がゴジラに有効性があるという仮説を実証するものであった。この時点でフランスの目的は一つ達成できた。
「このまま空爆を続けたいところだが、まもなくデッドラインに達する」
「自分達の爆弾で原発を吹き飛ばす訳にはいかないものな」
しかし、それでもギリギリまで空爆と列車砲の砲撃は続けるつもりらしく、更にBLU-109を連続して三発投下される。
加えて地上からの列車砲も照準の補正が終わり、ゴジラに向けて砲撃される。
二度目の砲撃は衝撃に耐えられず、振動と共にカメラが傾く。
楕円軌道を宙に描き、先の空爆で動きを止めていたゴジラに着弾。ゴジラを巻き込んで着弾の衝撃は海面を凹ませ、ゴジラを海底にまで叩きつける。
そこに3連続のBLU-109が着弾。
モーセの十戒を彷彿させる光景であった。海は吹き飛び、ゴジラと海底が一瞬、露出し、それすらも爆撃で海底にクレーターを作りながら爆発した。
傾いていたカメラは襲いかかる津波に攫われ、映像が切れる。
ブラボーが映像を切り替え、列車砲周囲の視点で海を望むと、海は無数の渦によって荒れ狂い、その中心に赤黒く海を染めて背鰭を浮かせたゴジラの姿が映っていた。
「倒したのか?」
「流石にそれ程の威力は期待していないが、負傷させて気絶させることはできているらしい。上陸後の攻撃プランはほぼ確定した」
勝利を確信したとも取れる自信溢れるブラボーに対してグリーンは楽観的でなかった。グリーンはこれまでの戦い、そして大戸島で見た半世紀前の東京の映像を思い出していた。
それを裏付けるようにゴジラは背鰭を発光させ始める。ゴジラは白熱光や爆熱火球を放つ訳でもなく、背鰭斬りをする訳でもなく、ただ不気味に背鰭を発光させ続ける。次第に周囲の海水が沸騰を始めて蒸気を出し始めた。
「なんだか、様子がおかしくないか?」
グリーンが言うと、ムファサも表情をいつになく真剣なものにして画面を食い入るように見つめる。
「アァ。あんな行動、これまでの記録にはないダ」
ゴジラの背鰭の光は頭頂部まで達した。それはまるでバッテリーのエネルギー充填を視覚化させた目盛りの如く、ゴジラは何かのチャージを完了させたことを誇示するようであった。
そして、ゴジラは一度口から放ちかけた光を呑み込む仕草。それは反芻のようであった。
刹那、ゴジラの首筋から口元までが一気に発光し、ゴジラは青白く光り輝く閃光の火球をカメラの方角、即ち原発のある地上の列車砲の方角へと放った。
次の瞬間、映像は消えた。